その日を含めて3日、断続的に雪が降った。

近衛府・後宮に顔を出し、詰める必要が無いことを確認して後。

晴れ間を突いて磐森郷に戻る道すがら。

「雪だー!」

ほっぺたを真っ赤にして容赦なく走り回る子供たちと鉢合わせた。

雪合戦に興じている。

天候の様子を見に出ていた大人たちが、小さい子を抱えて遠ざかる。

間違ってご領主に雪玉でもぶつけてしまえば、おおごとだから。

笑顔を見せる老人もいた。

我が隣を歩むマグナムの頷きに応えている。

田舎の家名無し、つまりは農家でなければ分からぬやり取りでもあったものか。

その機微は分かる由も無いけれど、とりあえず今すぐ聞きたいところとして。

「なあマグナム。田畑その他に影響は? 麦播きを終えた後だったよな?」

艶やかな褐色の頬から白い息と共に返って来たのは、頼もしい言葉。

「地面が凍りつかなけりゃ大丈夫さ。雪の下は暖かいんだ。麦はそこで芽を出して、雪解け水で育つんだぜ? 春まで寒さが続くようなら厄介かも知れないが……ま、その時はその時なりの対策もあるし」

俺も実家が兼業農家だったから、野菜と稲、山の管理は分かるけれど。

小麦と畜産については、いま一つ。

経験の有無は大きい。

「ヒロは街場出身だったのかもな」

日本の地方都市郊外。王国基準なら十分街場だよな。

などと、思い出に浸る自分の弱さに気づき。その不快に目を細めれば。

何か勘違いを呼んだものでもあろうか。

「悪い、今さら蒸し返す話じゃなかったな。気にすることはないさ。俺みたいなヤツを、田舎育ちの家名無しを学園から引っ張ってくりゃ十分だろ?」

確かに。半端に経験があると自分がしゃしゃりたくなるが、それも問題だ。

ご領主様が現場に出ても、うまく回るわけがない。

「そう言うマグナムは、そろそろ文官系の秘書を雇わなくちゃいけない時期か」

言われたからには言い返せば。 

負けず嫌いのマグナムが分厚い肩を揺るがし。

しょうもないことで言い合いになるその前に、歓声が聞こえてきた。

磐森館でも子供たちが大はしゃぎしていたのだ。

都から半日という立地は、こうした時にありがたい。

だが子供たちの中心にいたのは、おっさんであった。

大雪玉を転がしている。

「ガキども……いえお坊ちゃん方の相手ぐらいしか、やることが無いんですよ」

ふつうの意味での「仕事」が何ひとつできないケヴィン。

博打は禁じられ、酒を飲む機会も限られて。

お陰で今や白ケヴィン、ドブネズミからハツカネズミぐらいに漂白されていた。

「計数ならできるってことが分かったんですけどね、任せてくれない。下僕どもめ、自分がバカだからって俺様の才能に嫉妬しやがって」

バクチ打ちだもの、計数能力は死活に関わる。

だがバクチ打ちに金の計算を……財布の紐を任せる者など、いるはずもなく。

そのためヒマを持て余していたケヴィン、やる気満々であった。

「見てろよガキども。このケヴィンさまが巨大雪だるまを作ってやるからな?」

口にして10分も経たぬうちに、焚き火の誘惑に釣られて投げ出していた。

数人がかりで頭を作っていた子供達の期待に応えるべく、仕方なく続きを肩代わりしてやるものの。

「乗せられないや」

胴体も頭も大きすぎたのだ。

ユルなりマグナムなりに頼めば、いや俺でも簡単な話……ではあるものの、ヴェロニカが遠くから睨んでいた。

はいはい、教育ですか。創意工夫は大切だよね。

何か手は無いかと、あちこち見回す子供たち。

「あれだ!」と、ヴィートが指差した庭の一角には。

以前伐採した、胡桃の切り株。 

雪を被って、こんもり小山になっていた。

雪で斜面を作り、頭を必死に押して持ち上げれば。

それはちょうど胴体と同じ高さになっていて。

OK、胴体をそこまで転がしてやるぐらいの手伝いはしても良かろうよ。

「できた!」

一部始終をそっと眺めていた大人たちが、子供たちを抱え上げる。

頭の雪を払ってやる。

「賢いなお前たち」

「お館様に手伝わせるとは。大物になるぞ」

おとなげ無いヤツもひとり、駆け寄ってくる。 

「ひでえや大将! 俺の手柄を盗みやがったな! 男爵サマのやることかよ!」  

笑い話……で済ませるには、少しばかり声が尖りすぎていたから。

家臣団が一斉に振り返る。

「忠誠心の見せ所」とばかりに、目が光る。固められた拳に力が籠もる。

誰だってアピールに必死、それは分かっているけれど。

こういうものを忠誠心と認めてはいけないような気がしたから。 

「悪かった。許せ許せ。これで良いだろう?」

木片に「ケヴィン」と書いて、雪だるまの首に下げてやる。

アンヌ・ウィリスが雪だるまの頬を少し削って、翳を作れば。

――理解してくれる――それが、我が一党。

「うん、この貧相な面構え。まさにケヴィンですね」

「聖人の誕生日に新年も近いと言うのに、景気の悪い」

「厄除けだるまか。我らに代わり、不運をこのケヴィンに引き受けてもらおう」

「己を犠牲にして家に尽くす忠臣ケヴィン。そこのケヴィンとはえらい違いだ」

「ああもう! 俺が悪かったよ! 勘弁してくださいって!」

「覚えとけケヴィン、武家は機略を旨とする」

「出し抜かれるほうが間抜けなのさ」

……などと、からかう声が続く中。

「口ばかりで、最後までやらないからだ」

「人に尻拭いをさせるんじゃない」

マグナムとピーターの声は、真剣で。

それだけ気にかけているのだと思わされたから。

ほのかな雪明りの中、3人を酒に誘えば。

「自分でもわかっちゃいるんですよ。俺は根気が無くて、何やってもダメで。いつも他人においしいところをかっさらわれてるような気がしてて。そのたびに噛み付いては、蹴飛ばされてたけど……今日みたいな話なのかなあ。最後まで一生懸命押してれば、何かひとつぐらいは、手に入れられたのかなあ」

さっきはすいませんでした、大将。

そう呟いて、ぐびりと喉を鳴らし。

ふうっと吐かれた熱い息。

その臭いに、ジロウがぶるぶると顔を振った。 

「やり方がわからなかったんだ。……なあ、ピーターにマグナムさんよ? あんた方も家名無し、庶民だって言うかもしれないけど……それでもちゃんと両親がいて、メシを食えて、いろいろ教わることができた、そうだろ?」

雪だるまのケヴィンに吸い寄せられる、ハツカネズミのケヴィンの目。

何を思いだしているやら、黒々とうつろで。いやに澱んでいたけれど。

……その目つきすら、維持することができなくて。

歪み澱んでいたとしても、それもまた「一念」。

片意地がなけりゃ、何事も成し遂げられない……か。

「俺も頑張ることができて、それで何かを手に入れて。たった一度でも、ほんのちっぽけでも。そういう思いをしていれば、違ったんですかねえ」

……「頑張る」ことが「できる」・「できない」。

頑張ることができて、結果を手に入れた者には分かりにくい話。

成功者は「頑張る」ことを「したか」・「しなかったか」と。

そこばかりに目を向けがちだから。

ふたたび雪だるまのケヴィンに向けられた目は、溶けていた。

それこそハツカネズミのように赤い……弛んだ酔眼へと。

「あのガキどもみたいな知恵、昔の俺にもあったのかな? それともガキの頃から違ってんのかなあ」

言葉に応じて、雪だるまが動いた……ような気がした。

酔ったかと思い、目をこすれば。

大きな雪だるまの陰からもう一体、やけに整った雪だるまがもぞもぞと。

ケヴィンに用があって来るヤツなど、思いあたりはひとつしかないのであって。

「人間以外のゴーレムも作るんだな?」

可能性の神、希望の悪魔。

(気分の問題さ。それにしても……ケヴィン、君酔っ払ってるのかい? 僕を見るたび、金をくれと叫んでいたのに。今日は静かだね)

「んー。大将の後ろについてりゃ、『いい顔』できるからなあ。みんな頭を下げるから良い気分だ」

そんなことを口にしつつ。

ケヴィンめ、雪だるまとの距離を測り始めていた。

(なんだい。やっぱり金が欲しいのとは違うんじゃないか。僕は欲しくないものをあげることはできないんだよ?)

「いやでも、やっぱり金だな。金があれば、大将がいなくたって、何もかもが思いのままだ」

漂白されてハツカネズミになっていたケヴィンだが。

ふたたびドブネズミの黒ケヴィンに戻ってしまっていて。

(もうしばらくカレワラさん家の子でいなよ、ケヴィン。飽きたら迎えに来るからさ)

言うが早いか、雪だるまのゴーレムは崩れ去った。

俺の都合は関係ないんですね、コンチクショー。

音も気配も無く、ミケが近づいていた。

こういうところ、こいつも神様・ゴーレムなんだよなあ。

「あいつ、たかが伝言にこんな精密なゴーレムを! 見せびらかしちゃって!」

放たれた猫パンチに蹴散らされた雪塊が、ケヴィンの鼻にクリーンヒット。

怨嗟の声を上げ、こいつも神様だということに気づき、ふたたび「金をくれ」とせがみ始め。

その一部始終を、我ら3人が冷たい目で眺めているのに気づき。 

「いえ、エルキュール兄さんが心配ではあるんですよ。俺がいなきゃ何もできない。神様みたいな力を持ってても、あれじゃいいように使われて終わりだ」

何にもできない自分でも、人の力になることができる!

……などと考えるような、殊勝な男ではなかろう。

自分より出来の悪いヤツを傍で見ることで優越感に浸れる、といったところか。

それが天下の英雄とあれば、気持ち良さは層倍だろうと思う。

「ですけどねえ。最近あいつ、ディアネラとできてやがるんですよ。俺がいたんじゃお邪魔でしょ? こっちもなんか腹立つし。いつか帰ってやろうと思ってはいるんですけど……大将にくっついてりゃ、メシの心配はしなくて済むからなあ。なんか居心地良いんですよね」

真っ黒というわけでもないらしい。

情のようなものはあるのだろう。 

……どうにも憎みきれない、嫌いになりきれない男なんだよなあ。

「分かったよケヴィン。もうしばらく子供に算術を教えがてら、遊び相手になってやってくれ。……くれぐれも、悪い遊びを教えるなよ?」

本気であることを示すべく、殺気を飛ばせば。

案の定、転がるように逃げ出すも……足を取られて、全身雪まみれ。

2体目の「雪だるまのケヴィン」、泣きそうな声を挙げていた。

「そんなことしたら、大将の前にヴェロニカ姐さんに殺されますって。つまみ食いしただけで薪ざっぽう振り回しやがったんですよ、あのアマ!」