アルマークが校舎への道を駆け出していくらも行かないうちに、向こうから歩いてくるウェンディを見付けた。

「ウェンディ!」

声をかけると、ウェンディは驚いたように足を止める。

「あれ、アルマーク? どうしたの?」

「どうしたの、じゃないよ。君こそ今までどこに。もうお迎えのウォードさんたちが来て、君のことを探してるよ」

「えっ、もうそんな時間」

ウェンディは慌ててアルマークに駆け寄ってきた。

「まだ時間に余裕があると思ってた。急がなきゃ」

「一体どこに行ってたのさ」

「ちょっと森に……」

「森?」

アルマークは眉をひそめた。

「まあ、いいや。とりあえず急ごう。ウォードさんたち心配してるよ」

「うん」

二人で並んで寮に駆け戻ると、ウェンディをいち早く見付けたウォードが駆け寄ってきた。

「ウェンディお嬢様!」

「ウォード! ごめんなさい。私ちょっと時間を勘違いしていたの」

「いいのです、そんなことは。お嬢様、お元気そうで何よりです」

ウォードはウェンディの手をとり、その顔を笑顔でくしゃっと歪める。

「お嬢様!」

その後ろから追いかけてきた召使いとおぼしき二人の男女を見て、ウェンディは笑顔を見せる。

「リーサ、ペイル、あなたたちも来てくれたの」

二人とも笑顔で口々に、お嬢様お元気そうで、とウェンディに声をかけている。アルマークはそれを見て、ウェンディはバーハーブ家の使用人たちからも愛されているのだな、ということを理解した。

ウォードはアルマークの方を振り返り、

「アルマーク殿。ありがとうございました」

と再びわざわざ頭を下げる。アルマークも恐縮して、

「いえ、森の方に行ったらウェンディがもう帰ってきていただけでしたから」

と答えるが、ウォードは、いえいえ、と首を振る。

「先ほどの適切なご判断。感服いたしました。さすがはウェンディお嬢様のご学友」

いちいち言うことが大げさである。

「アルマーク、心配かけてごめんなさい。ウォード、部屋にいきましょう」

ウェンディに声をかけられ、ウォードはもう一度アルマークに会釈して寮に入っていった。

寮の外でしばらく待っていると、ウェンディ一行が下りてきた。

ペイルと呼ばれていた男性の召使いが荷物を持ち、ウェンディは小さなカバン一つの軽装だ。

「アルマーク、お待たせ」

ウェンディがアルマークに声をかけ、彼女の荷物を持っている召使いを見て決まり悪そうに、自分で持てるって言ったんだけど、と言う。

「とんでもない。そんなことをしたら我々が旦那様からお叱りを受けます」

とウォードが首を振る。

アルマークはウェンディ一行とともに、庭園を正門に向かって歩いた。

「実は、アルマークとモーゲンに夏休みの間におうちに遊びに来てもらおうと思ってるの」

とウェンディがウォードに言うと、彼は、ほう、と声をあげる。

「ウェンディお嬢様のご学友がお屋敷に。それは素晴らしい」

失礼のないようにしませんとな、と笑顔で続ける。

アルマークは、ご迷惑お掛けします、と頭を下げるしかない。

ウォードは、とんでもございません、と首を振る。

「わたくしが言うことではありませんが、是非お越し下さい。ウェンディお嬢様の笑顔はバーハーブ家全ての喜びなのですから」

「ウォードはいつも大げさなの」

とウェンディが苦笑いするが、ウォードは真面目な顔で答える。

「大げさなことはありません。わたくしどもはいつもそのような気持ちで働いております」

「……ありがとう、ウォード」

ウェンディは言って、アルマークを見て恥ずかしそうに笑った。

そのまま庭園をしばらく歩く。

「そういえば、さっきはどうして森に?」

ふと思い出してアルマークが尋ねる。

ウェンディは、ああ、と言い、

「花をね、見に行ったんだけど……」

と残念そうな表情。

「花?」

「うん。小川のすぐ近くに咲くナツミズタチアオイって花なんだけど……すごく綺麗なんだけど、真夏にしか咲かなくて。私、毎年真夏はここにいないでしょ? だから見たことなくて」

「ああ……」

「でもこの前、ちょっと蕾みたいなのが見えたから、もしかして、と思って今日が最後のチャンスだから行ってみたんだけど……やっぱり咲いてなくて」

それでも諦めきれず、しばらくその辺りを探したのだという。

「そのせいで遅くなっちゃった。ごめんね、迷惑かけて」

「ああ、僕は別に」

ウェンディがそんな花が好きだとか、僕はまるで知らなかった。アルマークは思った。まだまだ知らないことばかりだ。

そんな話をしているうちに、正門に着いた。

「じゃあ僕はここで」

アルマークが立ち止まる。

「ありがとう、アルマーク」

とウェンディがアルマークに向き直る。もう笑顔はない。

「手紙書くね」

「うん。待ってるよ」

アルマークは頷いた。

「道中、気を付けて」

「うん」

ウェンディは頷く。そのまま、しばらく沈黙。

ウォードが遠慮がちに、お嬢様そろそろ……と声をかけると、ウェンディは素直に、うん、と頷いた。

「アルマーク。見送りしてくれてありがとう。またね」

「うん」

アルマークは頷く。

「それじゃ……」

と言ってウェンディが歩き出す。

ウォードたちも、アルマークに会釈してその後ろに続く。

アルマークはしばらくウェンディを見送っていたが、突然、強い感情がこみ上げてきた。

自分でもその感情に戸惑いながらも、それでも我慢することができず、遠ざかるウェンディの背中に声をかける。

「ウェンディ、ありがとう」

驚いた顔でウェンディが振り向く。

「入学から今日まで、ずっと君に助けてもらってきた。僕が今ここにこうしていられるのは君のおかげだ」

そう言って、手を振ると、ウェンディは泣き笑いのような表情を浮かべて、大きく手を振り返してくれた。