秋の朝日が窓から射し込んでくる。

今日は、祝勝会の日だ。

アルマークはもう顔を洗い、出掛ける準備を済ませている。

祝勝会は昼からだが、昨日の帰り道、ウェンディが朝から二人で街へ行こう、と誘ってくれた。

ウェンディには以前から、アルマークを連れていきたい場所がノルクの街にたくさんあるようだった。しかしその前の日にアルマークが魔法で失敗して気絶したり、補習があったりといつもなんやかんやでタイミングを逃してしまっていた。

だから、今日はその絶好の機会というわけだ。

アルマークがなんとなく落ち着かず、意味もなく窓から外を見たり剣を抜いてみたりしながら、そわそわしていると、ドアが控え目にノックされた。

急いでドアを開けると、ウェンディが立っていた。

制服のローブではなく、髪型が少しいつもと違う。

ただそれだけのことで、アルマークはどきどきしてしまって思わず目をそらす。

そんなアルマークの気持ちを知ってか知らずか、ウェンディは笑顔で、もう出れるの? と尋ねてくる。

「う、うん。もちろん」

アルマークは変などもり方をしながら頷く。

「じゃあ早く行こう。時間がもったいない」

ウェンディがそう言って、ふわりと身を翻して歩き出す。

アルマークは慌てて部屋を出ると、ウェンディの背中を追った。

街へ出る道すがら、二人の話は弾んだ。

ウェンディは元々明るい女の子だが、今日は特によく笑うのが、アルマークにも分かった。

ちょうど、夏に「冬の屋敷」でピクニックに行った時もウェンディはこんな風によく笑っていたな、と思い出す。

街に着いてみると、張り切って朝早くに出たせいで、まだ時間が早すぎて店がどこも開いていなかった。

それはそうだよね、と二人で笑いあって、とりあえず港に足を向ける。

何艘かの船が港に停泊していた。

その中の一艘がちょうど荷下ろしをしているところで、人夫たちが忙しくたち働いている。

「星の守り号」という船名が見えた。

「僕もここに来る前にああいう仕事をしたよ」

アルマークが言うと、ウェンディは目を丸くする。

「えっ?」

モーゲンにもこんな話をしたな、と思いながらアルマークはノルク島へ渡る前に約一ヶ月、港で働いた話をする。

ウェンディは時々相槌を打ちながら真剣な表情で聞いてくれた。

そして、聞き終えると感心したように呟いた。

「アルマークがみんなと何となく違う理由が分かる気がする」

二人の目の前で、人夫たちの間をその船の船員とおぼしき男たちが行き来する。

「そろそろ店が開く時間かな」

アルマークはウェンディに声をかけた。

「行こうか」

そう言ってウェンディを促して港に背を向ける。

アルマークには一見して分かった。

行き来する船員の一人が、明らかに北の人間だった。

しかもその動きからして、ほぼ確実に傭兵の経験があるように見えた。

だからどうというわけではないのだが、あまりウェンディに見せたくなかった。

「星の守り号」。

アルマークは最後にもう一度振り向き、その船名を頭に刻んだ。

街に戻ると、店が開き始めていた。

ウェンディは嬉しそうに、自分のお気に入りのお店にアルマークを連れていく。

パンの店。

お菓子の店。

小物の店。

これから飛び魚亭でたくさん食べるので、パンとお菓子は覗くだけで我慢したが、ウェンディが今日の記念にお揃いの小物を買おうと言い出した。

「いいよ」

アルマークは頷く。

「何にする?」

はっきり言って、小物店のどこを見ても、アルマークにはウェンディが喜びそうなものが何なのか皆目見当もつかない。

自分で選べと言われても、適当に手の届くところのものを何となく買ってしまいそうだ。

ウェンディは笑って、迷わず店の奥の棚に歩み寄る。

「実はもう決めてあるの」

はにかんだ笑顔でそう言って手にしたのは、小さなペン立てだ。

石でできた素朴な作りのペン立てだが、そこに彫り込んである青い花にアルマークは見覚えがあった。

「ナツミズタチアオイだ」

アルマークは思わず声をあげてウェンディを見る。

ウェンディは笑顔で頷く。

冬の屋敷のピクニックで、モーゲンと三人で見た思い出の花。

稚拙なデザインだが、それは確かに夏のノルク島を彩るあの青い花だった。

「いいね。これにしよう」

アルマークは頷いた。

そういえば今日のウェンディがあのピクニックの日のようによく笑っていたのは、こういうことだったのかもしれない。

二人は並んで店主の女性にお金を払い、お揃いのペン立てを買った。

「そろそろ時間だね」

二人は街や学院を見下ろせる小高い丘に上って街を眺めていた。

少しの沈黙の後で、アルマークがそう言った。

ウェンディが頷く。

「そうだね。ちょっと予定より遅くなっちゃった」

祝勝会まで、もうあまり時間がない。

「また一緒に来ようよ。次はパン屋さんやお菓子屋さんで、ウェンディのおすすめのものが食べてみたい」

「うん」

アルマークの言葉に、ウェンディは嬉しそうに頷いた。

「よし、じゃあ行こうか」

もと来た道を歩き出そうとするアルマークを、ウェンディが止める。

「どこ行くの、アルマーク。飛び魚亭はこっちだよ」

そう言いながら、アルマークの手を引いて別の道へと導く。

アルマークはウェンディと手を繋いだまま、丘の小道を駆け下りた。

ウェンディの髪が風になびく。

モーゲンは優勝できてよかったって言っていたけど。

アルマークは、ウェンディの手の柔らかさを感じながら、考えた。

僕も同感だ。

優勝できてよかったな。