前回の休日は、ウェンディと一緒にノルクの街を散策した。

柔らかかったウェンディの手の感触を、アルマークは今でもはっきりと覚えている。

あの時は幸せだったな。

今、曇り空の下、森へ向かって歩きながら、アルマークはそんなことを考えている。

僕は、何をやっているんだろう。

森の奥の草っぱら。

コルエンによれば、そこでポロイスとその決闘相手が待っているのだと言う。

「俺はポロイスの付添人として先に行ってるからよ。遅れないで来てくれよな」

アルマークの部屋を訪問した夜、コルエンはそう言って、アルマークの肩を馴れ馴れしく叩いて帰っていった。

コルエンが自信満々にお前の知りたい話をしてやる、と言うので、なんとなく断りきれずに結局来ることになってしまったのだが、アルマークは、つまらない揉め事に巻き込まれたな、と今では後悔し始めていた。

とりあえず、決闘を見届けるだけ見届けたら、さっさと帰ろう。

そう決めて、歩を進める。

しばらく歩くと、森が開けた。

草っぱらに、ポロイスとコルエンがこちらに背中を向けて立っているのが見えた。

その向かいに、見たことのない少年が二人立っている。

飛び抜けた長身のコルエンほどではないが、二人ともポロイスよりも大きな体をしている。

あれが、決闘の相手と付添人か。

アルマークはそう見当をつけて、四人に歩み寄る。

足音に振り返ったコルエンが、アルマークを見て笑顔を見せる。

「来てくれたか」

「ああ」

短く答えて、アルマークは四人の中央に進み出る。

相手方の二人が、胡散臭そうな視線をアルマークに向ける。

「立会人のアルマークだ」

アルマークは簡潔に、それだけ言った。

「どういうことだ」

険しい声をあげたのは、ポロイスだった。

「聞いていないぞ。コルエン」

「言ってないからな」

コルエンが明るい声で答える。

「俺が頼んだ」

「大丈夫なのか、こいつで」

ポロイスの対戦相手とおぼしき少年も声をあげた。

「ちゃんと勝負が見極められるのか」

「それは俺が保証する」

コルエンが頷く。

「こいつは俺たちの学年で一番か二番に強い」

「はっ」

対戦相手の付添人の少年が笑う。

「お前らの学年で一番。そりゃ、あのウォリスとかいう気取ったやつだろ」

「こいつはウォリスよりも強いかもしれんぜ」

コルエンは不敵に笑う。

付添人がなおも何か言おうとするのを、対戦相手の少年が押し留めた。

「まあいい、モルフィス。こっちは立会人はお前らが決めていいと言ったんだ。そいつがいいのならそうすればいい」

対戦相手の少年はそう言って、ポロイスを睨み付ける。

「年下相手だ。それくらいのハンデはやる」

その言葉にアルマークはコルエンを見る。

「聞いていた話と違うな」

コルエンは涼しい顔で肩をすくめた。

「嘘をついたからな」

悪びれもせずにそう言ってのける。

「悪いな。でもそうでも言わなきゃお前は引き受けてくれないだろうと思ってさ」

「コルエン」

ポロイスが尖った声を出す。

「どういうことだ。なぜ彼を連れてきた」

「ん? 不満か」

「無論だ。これは伝統に則った貴族同士の決闘だぞ。立会人が平民でいいわけがない」

その言葉に、コルエンが実に嬉しそうに笑う。

「俺が決めた」

コルエンは無邪気な、だが有無を言わせぬ口調で言い切る。

「この勝負はアルマークに見届けてもらう。立会人の選択は俺に任せると昨日言ったよな」

二言はないだろ、とコルエンはポロイスに言うが、ポロイスは険しい顔で首を振る。

「彼の実力に不満があるわけではない。ただ、ここは彼の身分にはそぐわない場だということだ」

「ポロイス。ここはただの草っぱらだ」

コルエンは首を振る。

「俺の人選が不満なら、アルマークには帰ってもらう。その代わり、俺も帰るぜ。それがお前の言う伝統に則った決闘にそぐうのならな」

「む……」

ポロイスは黙り込んだ。

「それともアルマークが立会人だと勝つ自信がないか?」

「バカな」

ポロイスは気色ばんだ。

「勝つに決まっているだろう」

「ならごちゃごちゃ言うな。男らしく勝ってこいよ」

コルエンは笑顔でそう言った後で、アルマークに向き直る。

「悪いな、ごたごたして」

「帰ってもいいのなら帰るけど」

「まあそう言わねえで。頼むよ」

コルエンはアルマークに両手で拝んで見せる。

「ダメか?」

「別に構わない」

アルマークは肩をすくめる。

「引き受けたからには、きちんと役目は果たすよ。その代わり、君にも後できちんと説明してもらう」

それからアルマークは、対戦相手の二人組に顔を向ける。

「さっきも言ったけど、僕は立会人のアルマークだ。立会人として君たちの名前を聞きたい」

「こいつ、やる気だぜ」

付添人が呆れたように言い、対戦相手が苦笑いして首を振る。

「いいさ。コルエンごときに策を弄する頭があるとも思えん。いつもの悪ふざけの延長だ」

そう言った後で、アルマークに名乗る。

「僕の名はガレル・デルガー。中等部一年だ」

「俺はモルフィス」

付添人が簡潔に名乗る。

「おい、きちんと姓も名乗れ」

ガレルがたしなめるが、モルフィスは鼻で笑う。

「必要ねえよ」

「僕の方でも必要ない。名前が分かればそれでいい」

アルマークは答えた。

「ガレルとモルフィスだね。分かった、ありがとう」

それからコルエンに向き直る。

「決闘のルールは?」

「武術大会とほぼ同じだ」

コルエンが答える。

「魔法なし。攻撃は突きのみ。先に三本取った方が勝ち」

「三本」

アルマークが繰り返すと、コルエンは笑顔で頷く。

「一本だと、今のはおかしい、とか諦めが悪いんだよ」

「どっちが?」

「どっちも」

「おい」

「貴様、取り消せ」

コルエンの答えにポロイスとガレルの二人が同時に抗議の声をあげる。

「ま、そういうことだ」

コルエンの言葉に、アルマークは頷く。

「じゃあ僕は武術大会のボーエン先生の役目をすればいいわけだ」

「そういうこと」

コルエンは頷く。

「理解が早いな」

「君たち付添人は何をするんだい」

アルマークの質問に、コルエンは、ああ、と笑う。

「俺たちは、相手や立会人がおかしなことをしないように見張り合うのさ」

「ふうん」

アルマークは頷いた。

「だいたい分かった。じゃあ始めようか」

アルマークがそう言うと、決闘するポロイスとガレルの二人は、防具を着け始めた。