The Strategist Knows Everything
gossip free roy
青い空に鳥が羽ばたいている。
芝生の上で寝転がってその鳥を見ながら、ロイはゆっくりとため息を吐いた。
「暇だ~……」
ユキトが帰還してから3週間。
ノックスは一時解散となり、ユキトはカグヤが用意した館で休暇を過ごすことになった。
残される形になった5つの隊は半月ほどの休暇のあと、カグヤの指示を受けて、ヴェリス国内に散った。
アルビオンとの戦争が終わり、帝国との和平も進んでいるヴェリスではあったが、問題は山積みだった。
目下の問題は戦続きで荒れてしまった国内の普及だが、それを邪魔する存在が2つあった。
1つは帝国軍や小国連合などの敗残兵たち。
彼らは半ば山賊へと身をやつし、国内で好き勝手に暴れていた。
特にアルビオンに侵攻するために、ヴェリスが侵攻、併合した3つの小国付近は、いまだに敗北を認めない者たちが結託しているため、厄介なことになっていた。
もう1つは魔獣たち。
ヴェリスは元々、魔獣の少ない地域であるが、軍隊に反応した魔獣が人里に出没する事件が最近では多発するようになっていた。
荒れた町や村の復旧を行なおうにも、魔獣に邪魔されるということもあり、ヴェリスの復興は中々進んでいなかった。
そこで元ノックスの5つの隊が各地に派遣された。
アルス・クロウが率いる第一部隊、エリカ・ファーニルが率いる第二部隊、そしてロイ・クライハウドが率いる第五部隊は、それぞれ、クロウ隊、ファーニル隊、クライハウド隊と名を変えて、3つの小国へと向かった。
残る2つの隊。
ニコラ・リオールが率いる第3部隊とミカーナ・ハザードが率いる第4部隊は、同じくリオール隊、ハザード隊と名を変えて、帝国に占領されていた海岸部の復興支援と魔獣の討伐に向かった。
そして5つの部隊には、カグヤから独自の戦闘行動権が与えられた。
いちいち、王都にいるカグヤに判断を仰ぐ必要はないということだ。
しかし。
「どうしてモールの奴らは大人しいんだよ……」
ロイの担当国であるモールの残党兵たちは、ロイの隊が派遣されてからピクリとも動きを見せていなかった。
1000人の部下を引き連れて、意気揚々と乗り込んだロイとしては、肩透かしもいいところであり、ロイは拠点としている町で暇を持て余していた。
「俺らに恐れをなしたって言うなら、さっさと降伏してくれねぇかなぁ」
ロイは呟き、体を起こす。
今、ロイがいる場所は、滞在している町、ヒューレの宿舎にある中庭。
元々は、モール軍が駐屯していた際に使っていた場所で、ロイの隊も町に負担にならないようにこの宿舎を利用していた。
1000人の部隊にはいささか大きい宿舎で、中庭もしっかりと訓練ができるほどに広い。
けれど、周辺への警戒のために偵察に出たり、町を囲う小さな壁の上に見張りを置いたりしているため、ロイの隊はその広さをいささか持て余していた。
隊長であるロイは基本的に、100人単位の分隊に指示を出す立場にあり、偵察や見張りに出ることはなく、かといって書類仕事が出来るほど頭が回るわけでもないため、部隊の運営は部下にまかせきりであった。
つまり、今のロイにはやることがなかったのだ。
そんなロイの下に1人の部下が走ってくる。
30代前半くらいの大柄な男で、粗野な顔立ちだが、顔には愛嬌のある笑みを浮かべている。
名前はリゲル・ゴードン。
ロイの隊の副長で、指揮能力に問題のあるロイを補助するためにユキトが手配したベテランの軍人だ。
「隊長ー! 悲報ですよー!」
「言わなくていい」
「なんと、ミカーナ隊長の隊がまた魔獣を討伐したそうです! しかも今回は前回よりも数が多かったのに、人的損害はゼロ!」
「言わなくていいって言ったろ!?」
ゴードンはロイの反応を楽しみつつ、一定の距離を保つ。
機嫌が悪いときのロイは、からかわれるとすぐに手が出ることを知っているからだ。
距離を取るゴードンを恨めしげに見つつ、ロイは体から力を抜いてため息を吐いた。
「はぁ……手柄を立ててねぇのは俺だけだってのに……どうして残党軍は動かねぇんだよ……」
「彼らは自分たちを解放軍と呼んでるらしいですけどね。まぁ、ユキト・クレイがいないとはいえ、ノックスの部隊長の武勇はヴェリス近辺じゃかなり広がってますからね。まともに戦えば負けるとわかっているんでしょう」
「残党軍でも、解放軍でもどっちでもいい。自分の国の負けも認められねぇってのも理解できる。けど、それなら戦えよ。引っ込んでちゃ勝てるもんも勝てねぇっての」
ロイは言いながら、顔を顰める。
それを見て、ゴードンは真剣な表情を浮かべて、自分の推測を口にした。
「もしかしたら、待っているのかもしれませんね」
「待っている? なにをだよ?」
「隊長が焦れるのをですよ。ノックスの部隊長たちの中で、隊長は最年少。しかも戦い方は自分の武勇任せの突撃一辺倒。功を焦って出撃したところを狙う気なのかもしれません」
「はっ! 馬鹿馬鹿しい。もしもそんな考えを敵さんが抱いてるとしたら、勘違いだと教える必要があるな」
「そうですね。意外にも冷静だということを」
「待ち伏せ程度じゃ俺を止められねぇってことを教えてやるぜ」
ゴードンはやる気満々なロイを見て、閉口する。
ロイは罠に掛からないように1歩退くのではなく、罠だと承知で食い破る気でいた。
あまりにも突出した力を持つゆえに、ロイは力任せに解決しようとする傾向があることをゴードンは知っている。
そんなロイを諌める役を、総隊長であるユキトに任されたゴードンとしては、今の発言を聞き流すわけにはいかなかった。
「隊長。自分の話を聞いていましたか?」
「聞いてた。罠の可能性があるから気をつけろってことだろ?」
「ええ、その通りです。ですから、無闇に出撃しないでくださいね。死ぬのはごめんです」
「無闇には出撃しねぇよ。勝てると踏んだら出撃するけどな。解放軍の規模は俺たちと同数か、やや多い程度。まともにやりあえれば負けることはねぇ。けど、敵はまともにやる気はねぇ。だから膠着状態なんだろう? そして、ここからは主導権を握ったほうが勝つ。ユキトの兄ちゃんも主導権を握ったほうが有利だって言ってたしな」
「まったくその通りです。ですから、出撃せずに、敵が焦れるのを待ちましょう。どうせ、彼らに補給はなく、こちらの補給物資を狙う以外に方法はないんです。そこを狙えば、被害を最小限に抑えられます」
「それじゃあ、時間が掛かりすぎる。ユキトの兄ちゃんが復帰するまでには、軍としての規模を保てないくらいの打撃はあたえねぇと。ヴェリスとしても困るし、俺たちも再編成されるユキトの兄ちゃんの軍で居場所がなくなる」
「それはそうでしょうけど……では、長期戦覚悟の相手をどうやって戦場に引きずりだすと?」
「それを俺に聞くな。考えるのはお前の仕事だろう?」
ロイはそう言うと、大柄なゴードンの背中を叩く。
そんなロイの言い分に呆れて、ゴードンはため息を吐きつつ思った。
よくもまぁ、ユキト・クレイはロイの手綱を握っていられたものだ、と。
しかし、次の瞬間には思いなおす。
ロイという男の手綱すら握れるからこそ、ユキト・クレイは凄いのだ、と。
「あ~、でもさっさと敵を倒したら、また暇になるな……ああ、早くユキトの兄ちゃん復帰しねぇかなぁ」
そうロイは呟き、青空に向かって大きく伸びをした。