村に帰ると、みんながワクワクした様子で待っていた。

俺たちがやってきたのは、魔法陣の消去。それほど期待されるようなことではない。

「えっと……? 魔法陣は無事消去できました」

「ああ、そうですか。お疲れ様でした。それよりどうでしたか。ミレットは」

村長はにこにこしながら、そう言った。

「ミレット? ああ、ミレットはよくやってくれましたよ」

本当は特に何かしたわけではない。だが、ミレットは村長の代理として同行したのだ。

見分役としては充分な働きだったと思う。

「そうでしたか」

村長は満足そうにうなずいている。

ミレットの幼い妹コレットが、ミレットに駆けよる。

「お姉ちゃん、おっしゃんは優しくしてくれた?」

「うん。アルさんはいつも優しいよ」

「なるほどー。おっしゃん。わかってるね?」

コレットがそういいながらこっちを見る。

前にコレットは、ミレットが俺のことを好きだとか言っていた。その関係でなにか俺に言いたいのだろう。

「どうした。コレット」

頭をわしわしすると、コレットは「きゃっきゃ」と喜んだ。

それをみていたヴィヴィが不満げに叫んだ。

「わらわを労らぬか! 魔法陣を実際に消去したのはわらわぞ」

「してんのーのおねーちゃんだ」

「魔法陣すげー」

あっという間にヴィヴィは村の子供たちに囲まれた。その中にはコレットも混じっていた。

子供達には相変わらず人気のようだ。

そんな様子を見ながら、俺は尋ねる。

「村長。ところでヴィヴィの処遇ですが、決まりましたか?」 

「皆とも話し合ったのですが、決めかねていて……」

村長は歯切れが悪い。

なにやら、実害が少ないということで、心情的に厳罰を下しにくいようだ。

確かに魔猪は薬草を食べたので困った。だが、増減はあれどそれは例年のこと。

むしろ、村のそばに来た魔狼が怖くて採取が遅れたほうが主因。

そう考えられているようだ。

俺は犯人、いや犯狼フェムを無言で見る。

「くーん」

フェムはお座りして、目をそらす。

それでも、俺は無言でじっとフェムを見た。

「…………」

フェムは無言でころんと転がった。腹を見せている。

そんなことをされたら許すしかない。

「仕方ないな」

俺はフェムの腹をわしわしと撫でてやった。

そんな様子を見ていた村長がおずおずと語りかけてくる。

「あのう、アルさん」

「はい」

「申し訳ないんですが、しばらく衛兵小屋でヴィヴィさんを預かっていただけませんか?」

一般魔族とはいえ、魔族である。村で抑えられるのは俺ぐらいだろう。

だからといって、ヴィヴィを解き放って、また魔獣を巨大化させられても困る。

「領主に突き出せばどうでしょうか?」

「それも考えたのですが、領主は魔族嫌いで有名でして…… 突き出せば死刑は免れないかと」

「なるほど。それなら任されましょう」

「ありがとうございます!」

村長に深々と頭を下げられた。

「村の方からも協力しますので」

「ありがとうございます」

「ミレット」

村長に呼ばれたミレットが駆け寄ってくる。

「はいなんですか? 村長」

「申し訳ないのだが、ヴィヴィさんをアルフレッドさんに預かってもらうことになったのだが」

「はい」

「ヴィヴィさん担当として世話を焼いてあげて欲しい」

「ということは、アルフレッドさんの家に入り浸れるのですね……わかりました!」

ミレットは嬉しそうに返事をした。

それから俺は帰宅すると、ヴィヴィに屋根を直すように指示する。

「なんでわらわが――」

「がうがう」

「わ、わかったのじゃ」

いつものように、ヴィヴィはフェムにほえられて素直になった。

「なんでわらわが……」

そんなことを言いながら、屋根に木を打ち付けていく。

適切な大きさの木材はすでに準備されていたので、打ち付けるだけだ。

俺たちが沼に行っている間、村人たちが木材を用意してくれたのだ。

ヴィヴィは屋根の修理を完了する。不器用らしく少し時間はかかったが、手抜きではない真面目な仕事だ。

「よくやった」

「当然なのじゃ」

ヴィヴィも誇らしげだった。

次の日。俺はヴィヴィを連れて家畜小屋に向かった。

家畜小屋ではミレットが待っている。

「アルさん、この子なら大丈夫です」

「ありがと」

ミレットは少し離れた場所に牛を用意してくれていた。

「ヴィヴィ。牛を大きくする魔法陣を作って」

「なぜわらわが下等生物のためにそんな疲れる面倒なことしなければならぬのじゃ」

「ムルグ村の皆さんに迷惑をかけたんだ。そのぐらいしてもバチは当たらないだろ」 

「下等生物がどうなろうと知ったことではないのじゃ」

フェムに吠えさせてもいいのだが、そればかりでは芸がない。

「ヴィヴィの力量なら、牛を大きくする魔法陣程度、簡単だと思ったんだが」

「はぁ? 簡単に決まっているのじゃ」

「いや。確かにヴィヴィにとっては、とても疲れる面倒な仕事だったな」

「わらわにとっては造作もないことじゃし」

「いやいや、無理しなくていいんだよ。未熟な魔導士にとって、魔力の使い過ぎは命に関わる」

「馬鹿にするでない! そこで見ているのじゃぞ」

ヴィヴィは面白いように挑発に乗ってくれた。

いちいち解説しながら、魔法陣を刻んでいく。

流石に手慣れたもので、魔法陣は一時間ほどで完成した。

「どうじゃ!」

「頑張ったな」

「すごい!」

どや顔のヴィヴィを俺とミレットは褒めた。

ヴィヴィは嬉しそうに胸を張る。

ミレットと別れて帰宅する途中、村長と出会った。

「アルフレッドさん、おつかれさまです。ところで、膝の調子はどうですか?」

「おかげさまで、最近はだいぶましです」

「そうですか、それはよかった。そうだ! 今日はもうお休みにして温泉にでも入られては?」

「いいんですか?」

「もちろんです」

村長のありがたい申し出を、俺は受け入れることにした。