次の日の朝。

いつも通りクルスたちを見送ってから衛兵業務につく。

といっても、座っているだけだ。楽でいい。

ヴィヴィはいつものように、地面に魔法陣を描いている。

「アル。魔石抽出に生育加速の魔法陣を加えてみようと思うのじゃが」

「どれどれ?」

「ここをこうすれば……」

「そうすると、ここが……」

「むむ」

どうやら、魔石抽出魔法陣に、別の効果を付け足すのは難しいようだ。

実現はまだまだ遠そうだ。

そんなことをしていると、村長がやってきた。

「村長おはようございます」

「おはようございます。アルさん、種イモの件なのですが……」

「あ、ミレットからお聞きになりましたか?」

「はい。アルさんのお願いということで、何とかしたいのですが実は村の種イモに余裕がなくてですね」

「そうでしたか。それなら仕方ないですね」

「まことに申し訳ございません」

村長は本当にすまなそうに頭を下げる。

急にお願いしたのはこちらだ。恐縮してしまう。

「じゃあ、種イモ以外ならなにがあるのじゃ?」

「ええっと……」

ヴィヴィの問いに村長は口ごもる。

「お恥ずかしながら余裕がなくて……」

「そうでしたか。それならそれで、考えてみます」

もう一度謝って、村長は帰っていった。

「むむ。イモ栽培したかったのじゃが」

『イモはうまい』

『うまい』

フェムもモーフィも残念そうだ。牛はともかく、狼はイモが好きなのだろうか。

それともイモが好きなのは魔狼だけなのだろうか。

イモがダメなら何を植えればいいだろうか。

俺は周囲を見回した。

「あの辺りの畑で栽培してるのってなに?」

「む? あれは豆じゃな。牛の餌にもなるし人間も食べれるのじゃ」

「あれを植えるのは?」

「今だと少なくとも一か月は遅いのじゃ」

「そうか」

季節の問題は重要だ。今は夏の盛りが過ぎたころである。

「この時期から種まいて収穫できる作物があればいいのにな」

「それはもちろんあるのじゃが……。村にあるのかは別の問題じゃ」

「ふむ」

考えている間に昼になる。

昼食を持ってきたミレットにも謝られた。

「ごめんなさい。種イモに余裕があると思っていて……」

「いやいや、気にしないで」

ヴィヴィは少し不満げだ。

「開墾許可を出した時に教えてくれればよかったのじゃ」

「それもわたしのミスです。村長はこんなに早く開墾が終わると思ってなかったみたいで」

「なるほど。それはそうか」

村長としては、種まきできるのは早くても来年だと思っていたのだろう。

「わたしが、村長に開墾のスピードについて詳しく報告していたらよかったのですが……」

「ミレットのせいじゃないさ」

村長も開墾の様子などを、時々は見ていたはずだ。

だが、魔法陣を使ったり霊獣をつかったり、特殊な開墾方法だった。だから進捗を把握するのが難しかったのだろう。

午後は、畑に残っていた大き目の石を取り除いたり雑草を抜いたりした。

ヴィヴィとミレットにコレットも雑草抜きを手伝ってくれる。

モーフィは雑草を食べていた。霊獣だから食事は必要ないはずだ。

だから、純粋に手伝ってくれているのだろう。

「アル。魔法陣壊さぬように気を付けるのじゃぞ」

「わかってるよ」

魔法陣を壊すには魔力を使う必要がある。そう簡単には壊れない。

多少壊れても、楽に修復はできるのだが面倒ではある。

大き目の石を見つけて畑の外に投げながらヴィヴィに尋ねる。

「野菜の成長って、魔法陣で加速できないの?」

「それは簡単なのじゃ」

モーフィを巨大化させたヴィヴィである。やはり野菜の成長加速もお手の物らしい。

そうなると、多少、季節を無視して植えることもできるのではないだろうか。

「春に種まきする野菜でも今から間に合う?」

「いまは魔石抽出魔法陣稼働中じゃぞ。その魔法陣に付け加えるのは難しいのじゃ」

「……そうだったな」

魔石抽出が終わるのは三か月後。それまでは、ただの痩せた畑だ。

「わふわふ」

フェムがモグラを咥えて俺の前に持ってきた。

後ろの方では魔狼たちが畑に穴を掘っている。

「偉いぞ」

「わふぅ」

俺はフェムをほめて撫でてやる。

「大き目の石とかもあったら畑の外に出してくれると嬉しい」

「わふっ!」

フェムも石除きを手伝ってくれる。

それを見ていた魔狼たちも石を畑の外に持って行ってくれるようになった。

とても助かる。

合間合間にモグラやネズミを見つけては俺のところに持ってくるので、その都度ほめてやった。

あっという間に夕方になる。

いつものようにクルスがやってきた。

「あれ? 植えてないんですか?」

昨夜、「明日から植える予定」と言っていたからだろう。

クルスはあからさまにがっかりしていた。

「種イモの余裕がなくてな」

「そうなんですか。でも、それならイモ以外を植えたらいいんじゃないですか?」

「それも村に余裕がな」

「じゃあ、ぼくが王都で買ってきましょうか?」

「あっ」

そういえば、そうだった。王都にはすぐ行けるのだった。

クルスはきょとんとして、首を傾げた。

「え?」

そんなことに気づいていなかったと知られるのは恥ずかしい。

俺は誤魔化すことにした。

「いや、なに。クルスに頼もうと思っていたのだ。頼まれてくれるか?」

「お任せください!」

クルスは嬉しそうに胸を張る。

「じゃあ、早速買ってきます」

「いや、まてまて」

「はい」

量や品種も言ってないのに駆けだそうとするクルスを止めた。

「ヴィヴィ、品種とかはどういうのがいいんだ?」

「そうじゃのう。この土質ならば……」

ヴィヴィは真剣な顔で考えはじめた。

ミレットが教えてくれる。

「ムルグ村で栽培されてるのは伯爵イモですね」

「伯爵イモもいいのじゃが……。竜の瞳とかも面白いかもしれぬのじゃ」

「なにそれ、かっこいい! それにしましょう」

ヴィヴィのあげたイモの品種名をクルスは気に入ったようだ。たしかにクルスが気に入りそうな名前ではある。

だが、クルスは伯爵さまなので、伯爵イモに関心を示してもいいと思う。

「両方買うのはどうだろうか?」

「そうじゃな」

「それがいいかもしれません」

「わふ」

俺の提案は受け入れられた。

フェムも賛成してそうな尻尾の振り方をしている。

「わかりました。買ってきます!」

「まあ、まてまて」

「はい」

またクルスが駆けだそうとするので止めた。

今からだと店も閉まっているだろう。それに紙に品種や買う量を書いて持たせたほうが安心だ。

「明日でいいぞ」

「わかりました」

元気よく返事するクルスをみながら、牛肉も王都に直接売りに行けるのではと考えた。