The Strongest Wizard Becomes a Countryside Guardsman After Taking an Arrow to the Knee
92 Let's Go Behind The Dungeon
ダンジョン奥を調べることになったからには確かめないといけないことがある。
ルカに視線を送ると、意図を察して冒険者ギルドの職員に尋ねてくれる。
「で、恐ろしい謎の魔獣って、具体的にはどんな魔獣だったの?」
「はい。全身が血のように赤く、体は山のように大きく、稲妻のごとき速さで動き、火と毒液と酸を吐くとのことです」
「……それは恐ろしいわね」
さすがのルカも返答に困っている。
そんな魔獣はいない。少なくとも記録にはないだろう。
それは冒険者ギルドの職員もわかっている。
「何分、恐慌状態に陥っていた新人冒険者の言うことです。話半分、いや十分の一ぐらいに聞いておいた方がよいやもしれません」
「その冒険者は?」
「落ち着かせる魔術をかけて休ませました」
「そう。それがいいわね」
冒険者から得られた情報はほとんどないと言っていい。
分かったことは、ひどく怯えさせる何かがいたということぐらいだ。
新人だから仕方ない。
「あたしたちが見てきます。あなたたちは待機しておいてください」
「了解いたしました」
ルカの言葉にギルド職員は素直にうなずく。
中途半端な冒険者をつけても、ルカにはかえって邪魔になると知っているのだ。
「じゃあ、行きますか」
ルカの声に、俺は無言でうなずいた。
ダンジョンに入ってからルカが言う。
「あれ使えばいいじゃないの。なんで使わなかったの?」
「あれ?」
「念話よ、念話」
「ああ、そうだったな」
隠密行動中はパーティーの意思疎通を図るために念話を使う。
念話はそれほど難しい魔法ではない。
「隠密行動中じゃないし、いざとなれば普通に話せばいいしな」
「そうだけど、面倒でしょ?」
「今度からそうするか」
「そうしてちょうだい」
雑談しながら進んでいく。
会話しながら俺とルカは気配をさぐり、罠の有無などを慎重に確認している。
油断は論外だ。だが緊張しすぎるのもよくないのだ。
一方ヴィヴィは、モーフィの背に乗ったまま、がちがちに緊張していた。
牛の被り物をかぶったままなので、少し面白い。
「お、おぬしら。気が抜けているのではないかや?」
「そうか?」
「もっと真剣に敵襲に備えなければだめなのじゃ」
「おう。わかった」
「山のように大きくて稲妻のように速い魔獣なのじゃぞ! その上炎に酸も吐くとは!」
それは新人冒険者が、怯えすぎて見間違えたのだと思う。
だが、一応魔獣学者でもあるルカに尋ねてみる。
「そんな魔獣に心当たりある?」
「大きくて速いだけならいくらでもいるけどね。この辺りにはいないと思う」
「じゃあ、この辺りに限らなければ、何が思いつく?」
「そうねー」
ルカはしばらく考え込んだ。
その様子をじっとヴィヴィは睨むように見つめている。緊張しすぎである。
「ドラゴンじゃない?」
「これはまた大きなくくりだな」
「ドラゴンは有名な割に研究は進んでないのよ」
「そうなのか?」
「強いし数も少ないから。研究が進んでるのは地竜とかワイバーンぐらいよ」
「なるほど」
それ以外は大きさでレッサードラゴンとかグレーターとか区別していることが多い。
討伐難度で区別しがちな冒険者としては、それで用が足りてしまうのだ。
「昔の魔獣学者は強力な魔獣をとりあえずドラゴン属に放り込んだ可能性があるわね」
「ドラゴンの他には?」
「キマイラとかかなぁ?」
「キマイラか」
キマイラの頭は二つある。一つはライオンでもう一つは山羊だ。
尻尾は毒蛇で、蹄の足を持ち、火炎を吐く強力な魔獣である。
「キマイラって赤くないよね?」
「返り血とか? それに亜種とかもあるし」
「返り血とか恐ろしいのじゃ」
「もう?」
ヴィヴィが怯えていると、モーフィが心配そうに鳴く。
ヴィヴィはモーフィを撫でる。
「大丈夫じゃぞ、モーフィ。わらわが守ってやるのじゃ」
「もっも」
むしろモーフィの方がヴィヴィよりも強い。
だが、ヴィヴィはモーフィを守る気のようだ。ふんふん鼻息を荒くしている。
守るという意識に変わって恐怖が薄れたのかもしれない。
シギショアラは俺の懐から頭だけ出してきょろきょろしていた。
道中では魔獣に遭遇せず、順調に進む。
「フェム。めちゃくちゃ強そうな魔獣の臭いとかする?」
『わからないのだ。魔獣と冒険者の臭いがいっぱいすぎるのだ』
くんくん匂いを嗅ぎながらフェムが言う。
初心者用のダンジョンだけあって、冒険者がたくさん出入りする。
臭いが混じって区別しにくいのだろう。余程近づかなければ判別できないのかもしれない。
しばらく進むと、まずモーフィがびくりとして足を止めた。
すぐにフェムも足を止める。
『何かいるのだ』
「何って?」
『わからないのだ。だが嫌な臭いなのだ』
フェムの緊張が伝わってくる。
魔狼王であるフェムが緊張するほどの相手。警戒に値する。
「慎重に進むぞ」
「言われなくても」
ルカも警戒しているようだ。
ダンジョンの最奥が見えてきた。
俺が知っているダンジョンの最奥よりはるかに広くなっていた。
そしてその中央に巨大な魔獣がいる。
「ひっ」
ヴィヴィは怯えたように息をのんだ。
「なんだあれ」
「……石蛇(ストーンナーガ)ね」
「あれが石蛇か」
俺も名前しか知らない。初めて見た。
外見は巨大な蛇だ。鱗がすべて石でできている。
ただの石ではない。石を食べた後、体内で凝縮され魔力でコーティングされているのだ。
石蛇の鱗は鋼鉄よりも硬い。
倒すのがとても難しいのでAランク魔獣とされている。
「石を食べることで有名な魔獣ね」
「なるほど、それで広くなってるのか」
石蛇がダンジョンの壁を食べて部屋を広くしたのだろう。
石蛇の周りには、かみ殺された無数の魔獣が転がっている。
「なるほど。返り血で赤いのか」
「魔獣の肉を食べないから死体が残るわけね」
「こいつが入り口付近の岩も食ったせいで、崩落したと考えたほうがいいかもな」
「そうね。あたしが突っ込むからサポートお願い」
「了解」
言うや否や、ルカが目にもとまらぬ速さで突っ込んでいく。
それに合わせて石蛇の尻尾が振るわれる。
ルカの斬撃が尻尾を弾き返した。
「こいつ、硬い!」
「見た目からして硬そうだよね」
目にもとまらぬ尻尾の連撃。それをルカは剣ではじき返していく。
「こんの!」
ルカの一撃が、尻尾を大きく傷つけた。
鋼鉄よりも硬い鱗であっても、ルカならば刃を通す。
「今ので、切り落とせないのね」
「手伝おうか?」
「防御はお願い!」
ルカははっきり言う。つまり攻撃は自分に任せろということだ。
戦士として燃えているのだ。
尻尾の連撃と剣の斬撃が何度もぶつかる。
そのさなか、石蛇は口を開くと火炎を吐く。
俺は魔法障壁を張ってルカを守った。
その時には、ルカは素早く距離をとって火炎の範囲から逃れている。
「ルカ。火炎はよけなくてもいいぞ。防御は任せてくれるんだろ」
「じゃあ。お願い」
ルカはにこりと笑った。
石蛇は火炎だけでなく毒液も吐きかける。それも完璧に俺が防ぐ。
尻尾の打撃や牙の攻撃はルカに任せる。
「うん。だいぶ分かった」
激しく戦っているさなか、ルカがつぶやく。
何がわかったのかわからない。きっと、戦士ならではの感覚に違いない。
次の瞬間、石蛇の体は胴体の真ん中で切断されていた。
尻尾側がびちびちと跳ねる。頭側も跳ねて壁に食らいつこうとする。
「あ、まずい!」
石蛇は岩を食らう。そしてトンネルを掘って移動するのだ。
このままでは逃げられる。
ルカは頭側を追う。俺も魔法で追撃しようと構えた。
「甘いのじゃ」
ヴィヴィが叫ぶ。
壁に食らいつこうとした石蛇が、壁に弾かれた。
そこに追いついたルカが、石蛇にとどめを刺した。
「ふふん。そんなこともあろうかと、壁を強化する魔法陣を描いておいたのじゃ」
「すごい」
「やるわね」「もう!」
「もっと褒めるがよいのじゃ」
ヴィヴィの先読み能力は大したものだ。
素直に感心してしまった。
「ヴィヴィ、本当にすごいな」
「えへへ」
ヴィヴィは照れていた。
「フェム。近くに他の魔獣はいるか?」
『強そうなのはいないのだ。魔鼠とかはそれなりにいるのだ』
「そうか。ありがと」
魔鼠はこの洞窟に元から生息している魔獣だ。
初心者冒険者のために狩らずに取っておくべきだろう。
「とりあえずはこいつを倒して無事一件落着かな?」
「そうね。色々調べないとだけど」
ルカは真剣な顔でうなずいた。