転移魔法陣を通って、領主の館に到着する。

魔法陣部屋から出ると、役人の一人が気づく。

「これは伯爵閣下。どうされましたか?」

「代官代行に話があるんですよー。今いますか?」

「あ、はい。ご案内いたします」

役人に連れられて、代官の執務室へと向かう。

クルス以外に、俺とユリーナそれにシギショアラが同行しているが何も聞かれない。

牛や狼に比べたら、目立たないのだろう。

執務室前に到着すると、役人は扉をノックする。

「代行どの、伯爵閣下がいらっしゃいました」

「なに?」

部屋の中から、聞こえてくる声から判断するに、代行は驚いたようだ。

そしてすぐに向こうから扉が開かれる。

「閣下。お出迎えもできず申し訳ございません」

「いえ、急に来たのはこちらですから」

そして、執務室の中へと案内される。

代行はすぐにユリーナにも気が付いた。

「リンミア閣下まで。ご健勝なようでなによりです」

「お久しぶりです。閣下」

もともとリンミア家と代行の男爵家は交流がある。

だからこそ婚約の話が持ち上がったのだ。

ちなみに代行と俺は初対面だ。なので、代行はクルスをちらりと見る。

紹介してほしいのだろう。

「えっと……」

代行の視線に気づいたクルスが俺を見る。紹介していいか尋ねているのだろう。

俺は無言でうなずいた。今後の話をするには紹介してもらったほうが早い。

「代行。こちらはアルフレッド・リント子爵閣下です」

「かの御高名な……お会いできて光栄です」

代行からも自己紹介してもらったころ、お茶が運ばれてきた。

クルスがお茶を一口飲んだところで、代行が口を開いた。

「閣下。なにか問題が起こりましたか?」

「残念ながら」

「そうですか。一体どのような」

「言いにくいのですが……」

クルスは冷静な口調で、代行の息子、つまり臨時代官補佐の悪行を告げていく。

代行の顔はどんどん青くなっていった。

「ということで、困ってしまいました」

「愚息がそのような恐ろしいことを! 申し訳ございません!」

代行は土下座した。冷や汗をだらだら流している。

「愚息には私が責任をもって厳罰を与えます。私も責任をとって代官代行職を辞職いたします」

「その必要はありません」

「そ、そうですよね。辞職などと、私は何を甘いことを……当然懲戒免職でございますよね。不服はございません」

懲戒免職ともなれば、今後の再就職も厳しくなる。

社交界でも不名誉な噂が一気に広がるだろう。貴族間の付き合いも厳しくなる。

それを甘んじて受けるという代行の覚悟は相当なものだ。

「いえ、そうではなくてですね。代行には、これからも代行を続けてもらうつもりです」

「ですが……」

「親と子は別人格でありますしね。それに臨時補佐もあくまでも成人した大人ですから」

「ですが、私には息子を臨時代官補佐に任命した責任があります」

「それを認めたのはぼくですから。責任は代行とぼくの両方にあります」

そういって、クルスは笑顔で言う。

「代行にやめられたら困ってしまいます。やめないでください」

「過分なるお言葉、ありがとうございます」

それでも代行は深刻そうな表情のままだ。

「愚息の処罰はお任せください。勘当の上、牢獄に入れる予定です……」

代行は息子が臨時代官補佐を解任されたという前提で話している。

もし解任されたのなら、処罰の権限は代行に移るのだ。

「閣下が望まれる処罰があるのでしたら、おっしゃってくださればその通りにいたします」

「うーん、ですが……」

「もちろん、伯爵閣下が望まれるのでしたら、宗秩寮《そうちつりょう》での処罰も甘んじて受けるつもりです」

宗秩寮に訴えたら、裁判になる。そうなると、クルスにとっても面倒だ。

だから、代行は宗秩寮に訴え出ない前提で、話を進めている。

俺は代行の顔を見た。

少し悲しそうな顔をしている。あんなのでも代行にとって息子だ。

厳しい処罰を下すのは心苦しいのだろう。

「うーん。実はまだ臨時代行補佐を解任してないんですよ」

「え? そうなのですか?」

「そうなんですよ。現場を知ってもらおうと思って、労働者として働いてもらっています」

「労働者としてですか?」

「橋の資材の岩運びとか、建築用の穴掘りとかですね」

代行は心配そうな顔になる。

息子の体の心配をしているのだろうか。

「愚息を臨時補佐のまま働かせたら、またよくないことを皆様にするのでは?」

どうやら代行は臨時補佐が悪行を重ねないか心配していたようだった。

「それは大丈夫です。ぼくが目を光らせていますからね!」

「ありがとうございます。閣下にはお手間をとらせて申し訳ございません」

それから代行は、俺たちにも頭を下げた。

「臨時補佐の仕事を終えた後、改めて男爵家の方で処罰することにいたします」

そして、代行は再び頭を下げた。

「リント閣下にもリンミア閣下にも、大変なご迷惑をおかけしました」

ユリーナは俺の顔をちらりと見た。

恋人のふりをして婚約を破棄するというレベルの話ではなくなっている。

「あの、閣下。例のお話なのですけど」

「わかっております」

代行は深くうなずいた。

「愚息は廃嫡、勘当してその後、処罰を与えることになります。妻をめとっている暇はありません」

「やはり、そうなってしまうでしょうね」

「申し訳ございませんでした。婚約の話はなかったことにしてください」

「はい。私には恋人がいますので、どちらにしても断らないといけませんでしたから!」

突然、ユリーナがそんなことを口走って、俺の腕にしがみついた。

「え?」

俺は戸惑う。

確かに当初の予定通りではある。だが、予定通りに進める必要はないと思う。

「そうでしたか。リント閣下と……お似合いだとおもいます」

そして、代行は俺に向かっても頭を下げた。

「リント閣下にもご迷惑を……身の程をわきまえずリンミア閣下に婚約を申し込むなどと」

「いえいえ、気にしないでください!」

恋人にちょっかいをかけたと考えているのだろう。

とても恐縮されてしまった。

俺は代行に言っておきたいことがあった。

「なにやら、臨時補佐には子どもがいるようです」

「そ、そうなのですか?」

「平民の愛人に作らせたとか。面倒は見ていると言ってはいましたが……」

それを聞いて、代行はクルスに尋ねる。

「その子供には罪はありません。閣下には面白くないことでしょうが、男爵家で面倒を見続けることをお許しくださいませんか?」

「もちろんですよ」

「ありがとうございます」

代行は深々と頭を下げた。

それから、クルスは代行と仕事の話をいくつかする。

それが終わり、俺たちは一緒に教団へ帰ることにした。