The Strongest Wizard Becomes a Countryside Guardsman After Taking an Arrow to the Knee
307 Julina's Father and Spirit Stone
商人の目で精霊石を眺めた後、ユリーナ父は言う。
「っと、その前に適正な価格を把握しなければなりません」
「そうですね」
「婿どの、失礼します」
ユリーナ父は精霊石を手に取ると、真剣な表情で眺める。
一通り眺めた後、ルーペ等の道具を取り出して観察し始めた。
もはや観察より、鑑定といった方がいいだろう。
「……お父さまは宝石の鑑定もできるのだわ」
「そうなのか」
ユリーナはささやくようにつぶやいた。
ユリーナ父は、鑑定に集中しているように見える。
集中の妨げにならないよう、俺たちはじっと静かに待った。
「り……」
シギショアラが羽をバタバタしながら鳴こうとしたので、そっと手で抑える。
「しー」
「……」
シギは自分の両手で口を押える。
フェムは大人しくお座りしていた。
フェムはこういう時、とても賢いふるまいをする。空気を読むのが得意なのだ。
その一方でモーフィはユリーナ母にお菓子を食べさせてもらっていた。
「もっ」
「ほんと、もーちゃんは可愛いわねー。うちの子になってほしいわ」
「もっにゅもっにゅ」
モーフィだけなら静かにと注意しやすいが、ユリーナ母も同じくらいうるさい。
モーフィを注意するということは、ユリーナ母を注意するのと同義だ。
俺には注意するのが難しい。俺はちらりとユリーナを見る。
ユリーナは頷いた。
「お母さま」
「どうしたの? ユリーナちゃん」
「お父さまが、鑑定されているのだわ」
「そうねー。精霊石を鑑定してもしかたないのに、よくやるわね」
「そうなんですか?」
俺が尋ねると、ユリーナ母が言う。
「だって、宝石として加工するには不適なのでしょう?」
「そうですね」
「なら、傷が入っていようが、色がどうだろうが、透明度が低かろうが関係ないじゃない」
「そう言われたら、そうかもですが」
ユリーナ母は優しく微笑んだ。
その手はモーフィを撫でまくっている。
「精霊石の価値は見た目とは別のところにあるのでしょう?」
「はい。そのとおりです」
「なら、魔法にも精霊にも、ど素人のうちの人が調べたところで、なにがわかるってものでもないでしょう?」
「それは、そうかもしれないのだわ」
ユリーナも納得したようだった。
では、なぜユリーナ父は鑑定しているのだろうか。
「ふむ」
数分後、ユリーナ父は真面目な顔で精霊石を机の上に置いた。
「なにかおわかりになりましたか?」
「婿どの。この精霊石というのは、とても不思議なものですね」
「我ら魔導士の目から見たら、確かに不思議な石です。ですが、宝石鑑定士の目から見ても不思議なのですか?」
「そうですね。光の屈折率も分散率もとても高いようです」
「つまりどういうことでしょう?」
「宝石としてみれば、とても美しいということです。ですが硬度が高くありません。そして脆いようです」
ユリーナ父によれば、精霊石の外見は宝石として非常に適しているらしい。
だが柔らかく、その上脆いのだという。
つまり、加工が難しく、指輪などにしても壊れやすいのだ。
「宝石としてはあまり高い値段はつけにくいですね」
「なるほど」
「婿どの。それを踏まえて、この精霊石にはどのような用途があるのでしょうか?」
「……そうですね。精霊の召喚や、精霊魔法の触媒として使えるぐらいでしょうか」
「あとは錬金術の素材にもなるのだわ」
ユリーナが横から補足してくれた。
ユリーナはシギをひざの上に載せて、撫でながらお菓子をあげている。
ちなみにフェムはユリーナ母につかまっていた。
モーフィと一緒に撫でまわされ、餌付けされている。
ユリーナ父は、妻の様子を見ながら言う。
「錬金術の素材というと?」
「さあ、あまり詳しいことはわからないのだわ。錬金術士たちは秘密主義だから」
「それもそうだな」
錬金術士が秘密主義というのは、ユリーナ父も知っているのだろう。
「どう使うかはわからないけど、錬金術士たちなら、結構高値でも欲しがると思うのだわ」
「ということは、かなり高値を付けないと買われてしまうということだな」
「そうそう。その通りなのだわ。それにお父さま。精霊召喚の方も価格決定には重要だと思うのだわ」
「ふむ?」
ユリーナは説明する。
ジャック・フロストを敵軍の中に召喚すれば、猛吹雪で軍の足が止まる。
「それは夏でも可能なのか?」
その問いには、俺が答える。
「夏だとさすがに威力は弱くなります。ジャック・フロストを有効に働かせることは難しいと思われます」
「冬限定ですか? 冬に進軍する軍隊が多いとも思えませんが……」
「春先や、秋ごろならば、充分に効果的かと」
「なるほど」
「それに、精霊は氷の精霊だけではありません。風の精霊シルフを呼び出せば、尋常ではない暴風に襲われます」
「暴風ですか?」
「軍隊も進軍不可能になるでしょうし、町に放てば、大きな被害をもたらすのは確実でしょうね」
ユリーナ父は、「うーん」とうなった。
「それでは、うかつな値段はつけられませんね」
「もっとも、精霊石を媒介に使ったとしても、精霊を呼び出せる力量のあるものは、そういないとは思いますが」
普通の精霊魔法使いならば、威力を上げるのに使うぐらいだろう。
ユリーナ父は、精霊石の恐ろしさを踏まえたうえで、値段を考えてくれるようだ。