逃げられても厄介だ。後々商人たちに嫌がらせをしに戻って来られても困る。

俺は御用商人を追いかけようとした。

「い、痛っ!」

思わず、左ひざに力が入った。走ったらさすがに痛い。

俺は足を止める。

「もっもー」

すかさずモーフィが角で器用に、御用商人の服をひっかけた。

「な、なんだこの牛は!」

「もうっ」

器用に角を使って、御用商人を転ばせる。

そして、前足で御用商人を抑えつけた。

「ひぃぃ」

俺はそんな御用商人に優しく語り掛けた。

「まあ、ゆっくりお話ししましょうか」

「貴様らと話すことなどないわ!」

周囲の商人たちは御用商人と俺たちのやり取りをじっと見ている。

商人たちの貴重な時間を奪うのも申し訳ない。

だから、俺はミリアに言う。

「こいつのことはこっちに任せて。ミリアはしっかり販売を進めて」

「了解です!」

「ユリーナもミリアのお手伝いをお願い」

「わかっているのだわ」

その間もモーフィは御用商人を抑え続けている。

「もっもぅ」

楽しくなってきたのか、モーフィは御用商人の頭を角でつんつんしたりしている。

だが、絶対口には咥えない。

恐らく、モーフィにとって、口に咥えるのは親愛の情の表明なのだ。

「や、やめろ! 俺に手を出して、ただで済むと思っているのか!」

獅子の被り物を付けたまま、クルスが首をかしげる。

「どうなるの?」

「いいか? 俺は代官さまから委託を受けた御用商人なんだ!」

「知ってるよ」

「俺に危害を加えるということは、代官さま、ひいては国王に弓ひくものと同義!」

「いやー。そうでもないと思うなー」

普通なら、御用商人の言い分は確かに正しい。

だが、代官はゾンビと化していたのだ。ゾンビからの委託になんの効力もない。

「代官さまが許しても、魔王城の主が許すわけがない!」

さっきも自称魔王を倒したことは教えたのに信じていないようだ。

呆れた様子でクルスがいう。

「だから、自称魔王は退治したんだってば」

「なわけあるか!」

「ほんとだよー。自称魔王も魔人も、もう王都の司法省にいるよ」

「ふんっ! 俺が前回魔王さまにお会いしてから、二週間と経っていない! 王都に運べるわけなかろうが、この嘘つきどもめ!」

「ほんとなのになー」

御用商人は自称魔王討伐について本当に知らなかったようだ。

本拠地はどこなのだろうか。あとで調べたほうがよいだろう。

モーフィに抑えられたまま、商人は懐から何かを取り出す。

「もっ?」

興味深そうに、モーフィはじっとそれを見る。

それは笛だ。なにかを呼ぶ笛だろうか。

取り押さえるのは簡単だが、なにが起こるのか気になった。

そのまま吹かせてみることにした。

――ピイイイイイイイイイイイイ

甲高い音が鳴る。

「ふふ。これでお前らも終わりだ」

「なにか来るのか?」

「ふん! すぐにわかる」

御用商人は勝ち誇っている。

そして、商人たちは、ざわめいた。

「や、やばいぞ」「逃げろ!」

「ひぃいいいい」

一目散に逃げ出すものが続出した。

逃げていない商人もいる。だが、腰を抜かして動けないだけだ。

ユリーナが腕を組む。

「むう。まだ交渉の途中だったのだわ」

「すぐ戻ってくると思います。なので、すぐに再開できるように整理しておきましょう。ユリーナ手伝って」

「うん。わかったのだわ」

ミリアは慌てず騒がず、冷静にユリーナに指示を出している。

「なにがくるのかな?」

「楽しみなのじゃ」

クルスとヴィヴィは楽しそうだ。

「アルさんはなにが来ると思いますか?」

「周囲のゾンビはあらかた倒したしな……」

「ですよねー」

「クルスはなにが来ると思う?」

「そうですねー。すごい自信ですからね。地竜とかじゃないですか?」

「地竜はさすがにないんじゃないかな」

その時、エルケーの街、その入り口の方から魔物が走ってきた。

豚顔に人型の巨大な体。オークというやつだ。それが十匹。

それに、オークよりも大きな人型の体に、額に角それに牙。

人食い鬼、オーガというやつだ。それが五匹。

「オーク十匹とオーガ五匹か。フェム。あれはゾンビか?」

『そうなのだ』

「なるほど。お手軽なテイマー技能替わりとしてゾンビ化技能を使っているのかもしれないな」

『まったく! まったく許せないのだ!』

フェムは怒っている。ゾンビになった魔物は食べられない。

フェムの怒りも当然と言える。

「モーフィ。とりあえずそいつを抑えておいてくれ」

「もっも」

俺が駆けだそうとすると、クルスに止められる。

「アルさんはひざが痛いので待っていてください」

「そうか。すまないな」

「いえいえー」

御用商人があざけるように笑う。

「ふん! なにを寝ぼけたことをいってんだ! お前らは全員皆殺しだ!」

それを無視して、クルスが走る。

「わらわを忘れてもらっては困るのじゃ!」

ヴィヴィの魔法が飛ぶ。魔法陣を介さない無詠唱の魔法だ。

氷の槍が地面から一気にはえて、オークとオーガを貫いていく。

「なっ!」

御用商人は驚愕の声を上げた。