The Strongest Wizard Who Makes Full Use of the Strategy Book
Lesson IX VS Manticore (Ray Perspective)
僕――〈光の戦士〉レイは、マグナスとの会話を思い返していた。
「マンティコアを斃せば、モンリバー周辺のボスモンスターはいなくなる。そして、こいつの〈レベル〉は20。総仕上げには相応しい強敵だな」
「レベル20台の相手も、僕らよりレベル三つ上の相手をするのも、初めてですもんね……」
「ああ。これまでのボスモンスターとは、およそ別格だと考えるべきだろうな」
「入念な打ち合わせをして、備えるべきですね」
「そうだな。望むところだ」
そんな話を、町を出る前にしてきたのだ。
マンティコアは、古戦場の朽ちた砦を根城にしていた。
周囲を、邪悪な魔法で創ったらしい、多数のスケルトンソルジャーに見張らせている。
「正面から行きましょう。どうせ僕たちに、隠密系のスキルはありませんし」
「ああ。堂々たる魔物退治と洒落込もう」
『お二人ともご武運を!』
僕は〈鋼の剣〉を、マグナスは総ミスリル製の杖を構え、正面から殴り込みをかける。
その後を、安全距離を見計らいつつ、ショコラがついてくる。
スケルトンソルジャーはレベル3のモンスター。
油断せず、しっかりと一体一体に攻撃を集中させ、数を減らしていくように戦えば、僕とマグナスなら負けない。
崩れた防壁の周囲、外門、前庭、そして砦正門の歩哨に立っていた連中を叩き伏せ、砦内部に突入する。
そこからも同じだ。見張りのため、廊下を徘徊するスケルトンソルジャーたちを、一体ずつ堅実に撃破、撃破、撃破。
砦内の地図なんかあるわけがないから、移動経路が行き当たりばったりになること自体は、仕方がない。
大事なのは、まず身を守ること。奇襲に備えること。先を急がないこと。
こういう思考法は、マグナスの言動に接しているうちに、自然と僕も身に着けることができた。マグナスはまさに石橋を叩いて渡る人だからね。
おかげで僕もちょっとずつ、でも着実に、堅実に、成長できている実感がある。
ボスモンスターの姿を求め、雑魚モンスターたちを蹴散らし、砦内をうろつき回ること、どれほどか――
僕たちは、中庭に出た。
「ワシのねぐらを荒らす、愚かな人間どもよ。その覚悟はできているのであろうな?」
そこに、マンティコアが待ち構えていた。
中庭を見下ろすことのできるバルコニーから、雄々しく僕たちを睥睨していたんだ。
獅子に似た赤い体躯、コウモリの羽根、サソリの尾、そして牙の生えた老人の顔を持つ、化物だ。
「いや、できてないな。どういう覚悟をすればいいのか、降りてきて教えてくれんかね?」
マグナスはせせら笑って挑発した。
「ほざけ! 生きたまま人体実験の素体に使ってくれるわ! もう殺してくださいと泣いて懇願させてやるわ!」
魔物の中でもとりわけ老獪らしいマンティコアは、軽々しく乗ってこなかった。
高い位置にあるバルコニーから、呪文を唱え始めた。
以前の僕と〈武道家〉のマグナスのコンビだったら、それを指をくわえて眺めることしかできなかっただろう。
でも、レベル17まで成長した今の僕は違う。
マグナスもわかってくれているから、慌ても騒ぎもしない。
その信頼に応えるため、僕は〈鋼の剣〉を振りかぶる。
「〈ソードウェイブ〉!」
レベル13の時に習得した〈スキル〉を発動。
剣波とでも表現すべき衝撃波を、刀身から頭上のマンティコア目がけて斬り放つ。
「ぬうっ、これは!?」
マンティコアが瞠目した。
驚きで呪文が中断した。
しかし、さすが〈素早さ〉も高く、咄嗟に跳躍して宙へ逃げ、僕の〈ソードウェイブ〉は回避されてしまった。奴がいたバルコニーを、叩き潰すだけに終わった。
「そうか! 貴様が光の戦士とやらか! 神霊プロミネンスの放った殺し屋か!」
「レベル10台で、もう遠距離攻撃スキルを習得できる前衛職なんて、反則的だよなあ?」
コウモリの羽根を使って滞空するマンティコアの台詞に、マグナスが軽口を返す。
僕にはさすがにそこまでの胆力はなく、必死に二発目の〈ソードウェイブ〉を見舞う。
「ぐぉうっ」
これが直撃し、マンティコアが苦痛の悲鳴を漏らした。
マグナスの事前情報通り、飛行中は機敏に動けないらしい。
知っていたから、迷わず〈ソードウェイブ〉で追撃できた。知らなかったら、一発目をかわされた時に、躊躇を覚えていたかもしれない。
〈ソードウェイブ〉は弓矢とかと違って、発動から命中までがそんなに速くないから。
「ええい、小賢しい真似を!」
マンティコアは堪らず滑空して、急降下体勢をとると、僕たちのいる中庭に降り立った。
「今です、マグナス!」
「承知」
それを見た僕とマグナスは、すかさず左右から躍りかかる。
「〈シャインブレード〉!」
「哈(ハ)ッ!!」
僕は烈光を宿した〈鋼の剣〉で斬りつけ、マグナスは〈気功〉を使って〈力〉を底上げした状態で、総ミスリル製の杖を叩きつける。
「しゃらくさいわ!」
マンティコアは僕らの挟撃を、桁違いの量の〈HP〉で耐えたり、敏捷に回避したりしつつ、前肢の爪とサソリの尾で反撃してきた。
この爪の切れ味は、レベル20の前衛職の白兵攻撃に相当するので、注意が必要。
でも、〈猛毒〉を持つサソリの尾はもっと注意だ。
先端の毒針で刺されたが最後、とんでもない勢いの〈スリップダメージ〉が発生し続けると、マグナスが教えてくれた。
だから僕たちは、サソリの尾が迫った時は、躊躇なく防御に専念する。
「ハハ、愚か愚か! それで防げると思ったか?」
マンティコアが醜悪に形相を歪めて笑った。
同時に、サソリの尾の先端から、毒の霧を噴霧してきたのだ。
マグナスから、マンティコアはこういう攻撃法も持っているとは、聞いていたけど……。
実際にやられると、噴霧範囲が広い!
これはかわせない!
僕とマグナスはまんまと浴びせられ、〈バッドステータス〉をもらってしまう。
で(・)も(・)、(・)慌(・)て(・)る(・)必(・)要(・)な(・)ん(・)か(・)な(・)い(・)。
毒針で刺されるのと違って、噴霧状態の時は毒性値が低いらしい。
猛毒じゃなくて、ただの〈毒〉状態になるらしい。スリップダメージも全然違う。
だから僕は、慌てず騒がず、マグナスから教わったスキルに集中する。
「ア・ウン・レーナ!」
ウーリュー派の武道家が使える、〈内気功〉を用いて、〈解毒〉と同時にHPを回復させる。
「マグナス、交代!」
「承知」
僕が〈内気功〉に集中している間、マグナスは交戦を続け、マンティコアの注意を惹きつけてくれていた。
今度は僕が攻めてマンティコアを釘づけにして、マグナスが〈内気功〉を使う隙を作り出す。
事前の打ち合わせ通りに、これが上手くいく!
「ぐぬぅぅぅ、フラン・レン――」
「黙っていろ」
業を煮やしたマンティコアが、呪文を唱え始めた矢先、マグナスが顔面へ杖を叩き込んだ。
僕には呪文なんてチンプンカンプンだけど、なんとマグナスには相手がどんな魔法を使うつもりか、聞きとれるらしい。その呪文が完成まで長いか短いかもわかるらしい。
そして、長い呪文だったら今みたいに、殴って出鼻を挫けるって言ってたけど……ホントにやっちゃうんだもんなあ。
マグナスはホントにすごいなあ。
マンティコアは魔法の得意なモンスターで、相当強力で多彩な魔法を使ってくるらしいけど、これなら怖さは半減だ。
一方、マンティコアは堪らないだろう。
切札(まほう)を強引に潰されて、あからさまに狼狽していた。
このレベル20ボスモンスターが、今まで見下していた人間相手に、おののいていた。
「QUOOOOOOOOOOOOOOOOON!」
まさに破れかぶれ、獣のような雄叫びを上げ、巨体を利用して体当たりしてくる。
僕とマグナスは左右に散開して、冷静に回避する。
するとマンティコアはそのまま、僕たちの後方へと駆け去った。
「逃げるつもりか!?」
「バカめ! 誰が人間風情に後れをとるものかよ!」
マンティコアは急ターンで、再び僕たちの方へ振り返る。
走って距離をとった状態で、呪文の詠唱を始める。
これなら確かに、咄嗟に殴って潰すことはできない。
でも僕たちは、このケースの応手も、入念に打ち合わせしてきた。
「「ア・ウン・レーナ」」
二人で同時に、〈練気功〉に集中する。
全〈ステータス〉を、特に〈精神力〉を高める。〈魔法耐性〉が上がる。
その状態で、マンティコアが唱えた〈サンダーⅡ〉を受け堪える。
痛い!
苦しい!
でも、がまんできないほどじゃない!
「マグナス!」
「レイ!」
僕たちは同時に、声を掛け合っていた。
ここが仕掛け時だと、互いの意識が完璧に一致していた。
〈練気功〉で高まった素早さで、一気にマンティコアへの距離を詰める。
あちらからすれば、僕たちの動きが急に加速して、驚愕だろう。
唖然となったその隙へ、僕とマグナスは大技を叩き込む。
「〈ジャッジメント〉!」
「哈(ハ)ッ!!」
僕がレベル17で会得した、相手が犯した罪の分だけ追加ダメージを発生させるスキルを。
マグナスもレベル17武道家スキルの〈浮嶽靠〉を、マンティコアへ叩きつける。
どちらも大ダメージを期待できる代わりに、相手に隙がないと容易に回避されてしまう大技だけど、愕然となっていた今の奴にそんな余裕はなかった。
「UVAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
断末魔の悲鳴を叫び、消滅していく。
「勝った……! 勝てた……!」
僕はぶるっと武者震いしてしまう。
レベル20のボスモンスターを斃すことができた、達成感だけの話じゃない。
入念な打ち合わせをして、その計画通りに討伐できたのがうれしかった。
いやらしい初見殺し満載のモンスターを相手にして、想定外の事態が発生しても動揺せずにすんだ、自分の成長が感じられたことが堪らなかった。
「レイはセンスがあると言っただろう? 所詮は慣れの問題だったな」
マグナスまでうれしげに、僕の肩を叩いてくれる。
それで感慨もひとしおだった。
『お見事です、お二人とも! ワタシも安心して見ていられました!』
身を隠していたショコラも中庭に出てきて、祝ってくれる。
僕は彼女を振り返って、「ありがとう」と言いかけて――あんぐりとさせられた。
ショコラが見知らぬ女の人を、背負っていたからだ。
「誰その人!?」
『意識を奪われたまま、転がされていたので保護して参りました』
「いつ!? どこで!?」
『お二人が戦っておられる間、何か目ぼしいものはないかと、砦の中を物色しておりましたら』
「僕たちの戦いぶりを、安心して見てたって言ってなかった!?」
『でもおかげで、この女性を発見できたので。きっとマンティコアが人体実験でもしようと、拉致監禁していたのでしょうね。いや、危ないところでした』
「危ないのはショコラの方だよね!? 砦の中スケルトンソルジャーうじゃうじゃだよね!?」
もうツッコミが追いつかない。
このメイドさんは、本当に飄々としていて、つかみどころがなさすぎる……。
「でも、お手柄なのは間違いないですね。助かってよかったです」
僕も幾分冷静に戻って、そう言った。
そして、ショコラが背負った女性を見る。
歳はマグナスよりちょっと上。二十歳そこらくらいかな?
髪の色が青っていうのは相当珍しい。よその大陸から渡ってきた人なんだろうか?
第一、美人だった。これも滅多に見ないほどの。