「ペルネ様。近衛騎士イーリア・ユリシーズ、長きにわたるお暇(いとま)より帰参いたしました」

「……イーリア、無事に戻ってきてくれて、本当に、本当によかった」

ひざまずくわたしの前にペルネ様が腰を下ろし、両手をにぎってくださった。

目線を合わせてくださるだけでも恐れ多いというのに……。

「ペルネ様、なんともったいない……! わたしなどにそのような……」

「あなたの帰還、首を長くして待ち望んでいたのです。この程度、なんのことがありましょうか」

やはりこのお方はお優しい。

ペルネ様の家臣であるこの身を、改めて誇らしく感じる。

「……して、そちらの魚人さん? は、どなた……ですか?」

「あ、あぁ、おいら?」

部屋の入口にたたずんでいたラマン殿が、話をふられて自分の顔を指さした。

「おいらはラマン。まぁその通り魚人族さ。それなりに医術をかじってるよ」

「まあ、魚人のお医者様なのですね。魚人族の医療技術は世界一だと聞き及びます。つまりイーリア、この方がベルを――」

そう思われるのもムリはないでしょう。

だが、ラマン殿はベル殿を救うためにここにいるのではないのです。

彼女を救うのは――。

「姫様。ベル殿の治療、このイーリアに任せてはくださらぬでしょうか」

「イーリア……?」

ペルネ様は、わたしの言葉の意味をよく呑み込めずにいらっしゃるようだ。

目を丸くされ、ただわたしの名前を呼び返すのみ。

「わたしは旅の果て、魚人の里に行きつきました。そこで魚人の巫女様に医術をご教授いただいたのです。もちろん本格的なものではなく、授けられたのは寝たきりとなってしまった者を救う薬剤の調合技術のみですが……」

「まぁ……。そうだったのですね……」

どうやら納得していただけたようだ。

依然として驚きに目を丸くしてはおられるが。

「で、おいらはそのアシストさ。万一失敗しそうになっても、おいらがフォローするから安心して任せようぜ!」

「……えぇ、わかりました。お願いします、イーリア、ラマンさん」

ペルネ様がペコリと一礼し、部屋のすみへと移動された。

わたしとラマン殿は互いにうなずき、ベル殿が眠るベッドの前へ。

「ベル殿……、お久しぶりです」

静かに寝息を立てる、ペルネ様にうり二つの少女。

あの日からずっと眠ったままのあなたを、孤独の闇から救うために。

止まってしまったあなたの時を、もう一度動かすために、わたしは帰ってきました。

「……ラマン殿、まずは薬剤の準備ですね」

「おうさ。手配するのは――」

「癒しの魔石、マンドラゴラの根、グリフォンの血。それからきつけ薬として一般にも使われている目覚めの葉を」

「最後の以外はどれも最高級品だなー。女王様、この街にある?」

「お、おそらく……?」

耳慣れぬ素材の数々に、尋ねられたペルネ様は困惑された。

おそらく王都でならば手に入るはず。

たとえ手に入らずとも、方々(ほうぼう)手を尽くしてかき集めてみせる。

「素材がそろったら調合、投薬を開始します。完治までには数日はかかりますが……」

治癒魔法と同じ方法で治療が可能な外傷と違い、病(やまい)の類(たぐい)はそう簡単ではない。

外科手術ならばもっと早くに完治できるのだが、ここには設備もなければわたしにそのような技術もない。

しかし――。

「寝たきりの人間が数日で治るんだ。魚人の薬、大したもんだろ?」

そう、このままでは一生眠り続けるだろうベル殿を、たった数日で救うことができるのだ。

もう少しだけ、もう少しだけ待っていてください、ベル殿。

必ずわたしが、お救いしてみせます……!

〇〇〇

ギリウスさんに連れられて、私はこの人の部屋までやってきた。

ちなみにベアトには、リフちゃんと遊んでもらっている。

ただごとじゃない感じがしたから、余計な心配させたくなくて相手を頼んだんだ。

「さて、まずは情報共有といこうか」

「そだね。まず私から。魚人の里では本当にいろいろあって――」

魚人の巫女様に弟子入りしてたイーリアと再会したこと。

クイナをこっちに連れ戻せたこと。

【地皇(ジコウ)】の人工勇者を殺したこと。

それからベアトが喋れる体になってたことまで、ちょっと長くなったけど頑張って説明した。

「……ふぅ。こんなもんかな」

「む、本当にいろいろあったな……。だが、状況は大きく好転したようだ」

「まぁね」

さて、次はギリウスさんの番だ。

いったい何が飛び出してくるのか……。

「では、俺の方だが……。まずはこれを見てくれ」

そう言って、荷物の中から取り出したのはぶっとい羊皮紙の束。

ベアトとのおしゃべり何日分の量だろうか。

「これは……?」

「ケニー殿が残した、エンピレオに関する研究データだ」

「エンピレオの!? こんなの、いったいどこで……?」

「リボの村、ケニーさんの邸宅跡の地下室に保管されていた。目を通すといい」

「ケニー爺さんの家に……」

そっか、そんなに近くにあったんだ。

ありがとう、ケニー爺さん。

死んじゃってからもいろいろ助けてもらってるね。

感謝をこめて私は資料に目を通した。

その中に記されていた情報は、まさに私が求めていたものだった。

勇贈玉(ギフトスフィア)の正体、そして何よりエンピレオの居場所。

「これで、あとはエンピレオを見つけさえすれば……。……ん?」

エンピレオがこの盆地の真下にいる、その情報のあとに記されていた、この情報は……。

・エンピレオ討伐について

自分で言うのもなんだが、私は知的好奇心のかたまりだ。

知りたいと思うことを抑えられないのは私のサガだ。

パラディの至宝、『星の記憶』のデータを盗み見てしまったのも、好奇心と己のエゴに負けたからだ。

その上で、かの生物を倒す方法について私見を述(の)べる。

おそらく、魔力の変換だけでは不十分だ。

なぜならば、エンピレオは『星の記憶』をもたらした文明でも滅ぼせなかったからである。

かの文明が、自ら提示したこの方法でエンピレオを殺せなかった理由。

それはひとえに、かの存在の力があまりにも強大だったからであろう。

人間一人の力では、おそらく足元にも及ぶまい。

魔力を真逆に変換し、攻撃が有効となったところで、圧倒的な力の前にはただ蹂躙(じゅうりん)されるのみ。

もう一手、かの存在に匹敵する力を得られる何かが、討伐には必要不可欠だと私は主張する。

「…………」

「『星の記憶』、魔力の変換。俺にはピンと来ない単語だが、その表情を見る限り、お前はそうではないらしいな」

……こんなの、わかってた。

星一つ、まるごと食い物にするようなヤツだもん。

わかってて、でも勝てるって言うしかなかったんだ、勝つしかないんだよ。

「その顔、根性論でなんとかしようとしているな」

「……今さらこんなの見せられたって、考え変えませんから」

「落ち着け、続きを見ろ」

「……続き?」

続きがあるんだ。

ひとまずは言われた通りに落ち着いて、一枚ページをめくる。

……では、その力を得るためにはどうすればいいのか。

人間一人の力で勝てないならば、何人もの猛者(もさ)の力を束ねてはどうだろう。

そのカギはおそらく、勇贈玉(ギフトスフィア)が握っている。

二千年もの時の中、幾人(いくにん)もの勇者が命を落とし、勇贈玉(ギフトスフィア)として力と魂を封じられてきた。

言葉は悪いが、私はこれをこの上ない幸運と受け止める。

その小さな結界の中に、二千年分の勇者たちの力が眠っているのだから。

エンピレオが力を切り離し、分け与え、蓄積(ちくせき)されてきた戦闘経験。

魔力変換装置に手を加え、全ての勇贈玉(ギフトスフィア)とリンクさせて、封じられた力を一人の勇者に集約させることが可能ならば。

エンピレオの打倒すら、おそらく夢物語ではなくなる。

二千年の悲劇、これは転じて大いなる希望となるだろう。