The Traveling Hero Won’t Let the Innkeeper’s Son Escape

Son of the Spirit King can be selfish all you want... should be eleven

 エドが寝息を立てたのを確認すると、ルースは寝やすいように膝から降ろしてベッドへ横にした。そしてそっと扉を閉じて外に出る。

 起きるまで側にいてやりたいと思うが、朝から宿の仕事も精霊祭の準備もさぼってしまっているので、そういうわけにもいかないだろう。

 ルースはエドの頭を撫でていた自分の手を見下ろした。

(エドは誰にも撫でてもらったことが無かったのかな……)

 エドによると、最初ルースが彼を発見した時に光っていたような大気に漂う精霊クラスだと、魔力を奪うことができないようで、彼らがずっと身の回りの世話をしてくれていたらしい。だがそのせいで上位精霊や精霊族は、ほとんど近寄ってこなかったという。

(それじゃあ、いくらなんでも寂しいよな……)

 大気に漂う精霊は、多少の意思があり、命令に従う能力はあるものの、会話はほぼ成り立たないと言っていた。もちろん頭を撫でる大きな手も持っていない。

 ルースが触れるたびに大げさに反応していたエドの態度から考えると、気を抜いても魔力を奪わずに済む相手が珍しく、そして嬉しかったに違いない。

 だから出会って間もないルースに、難しい自身のことを話してくれたのだろう。『打算』と言った意味も分かる気がした。彼は己のことを知ったうえで、ルースから『普通に』接してもらいたかったのだろう。

「おや~、ルースくん奇遇だねぇ。少年には会えた?」

 少し前にも聞いた声に顔を上げると、そこには先ほど別れたレミアスが何故か母屋のソファーにふんぞり返って座っていた。丁度セリーヌ達はいないようだ。

「レミアスさん、何故ここにいるのですか? こちらはお客様の部屋ではなく、オレ達の住居ですよ」

「ええ~固いこと言わないでよ~」

「固いとかそういう問題じゃないと思うのですか……レミアスさんだって、自分の家の中で招待していない他人が寛いでいたら嫌でしょう?」

「じゃ、招待して?」

「ダメです」

 ルースが呆れ半分、警戒半分で返事すると、レミアスはあからさまにつまらなそうな顔をして立ち上がった。セリーヌの伝家の宝刀『ダメです』押しは意外と効くらしい。

(どこか鍵が開いていたかな?)

 宿屋なので他の家に比べて防犯意識は高いものの、やはり山間の村ということもあり、ときどき母屋の鍵が閉まっていないこともある。きっとそれに気づいてレミアスは入ってきてしまったのだろう。

「はいはーい。食堂が混んでたから、いいところないかな~って探してたら見つけちゃったの。ごめんなさーい」

「まあ、分かっていただければいいです」

 レミアスはそのまま宿屋と繋がる廊下へ向かう。彼は胡散臭いし何を考えているか分からないが、一応注意すれば言うことを聞いてくれるので、力任せに我を通そうとする客よりはマシかもしれない。

「で、そうだ。エドくんとは合流できたの?」

「あ、はい。ちゃんと宿に戻ってきてくれていました。レミアスさん、今朝エドの行方を教えてくださりありがとうございました。あそこで彼を見つけることができて本当に良かったです」

 レミアスに教えてもらわなければ、ルースは村長の家に行くこともなかったし、エドの話を聞くこともできなかった。きっとロッサに連れられ帰ってきたエドは、友人探しのためにまた何も言わず出て行ってしまった可能性だってあるだろう。そう考えれば多少変な感じのするレミアスでも感謝はするべきだろうと思った。

「へ? ……あーうん。おじさんが役に立ったのならうれしいわ~。んーじゃ、戻ります」

「ごゆっくりどうぞ」

 頭を下げるルースに、レミアスは一瞬微妙な反応をしたが、すぐにいつもの調子のいい態度に戻り宿屋の方へ消えていった。

(外で対面していた時はなんだかちょっと恐く感じたけど……気のせいだったのかな?)

 今会話したレミアスは、外で会ったときのような不気味な雰囲気は感じなかった。少し変なことをするが、注意すれば素直に言うことを聞いてくれる、普通のお客さんだ。

(変な感じだな……?)

 ルースは首を傾げつつ、宿屋の方へ仕事をしに戻っていった。

 宿屋の仕事と、精霊祭の雑事に追われて、気が付けば次の日になっていた。

 途中、エドとお風呂に入ろうとしたら思わぬ抵抗にあったり、一緒に寝ようと言ったら逃げられそうになったりした。ちなみにルースとしては嫌がらせのつもりは全くなかったので、あんな拒否されるなんて思わずちょっと残念だった。

 ルースの今の気分は、年の離れた寂しがり屋の弟をもつ兄の心境だ。自身が唯一まともに触れ合える相手だというのなら、村にいる間は全力で構ってあげようと思っていた。もしかしたら、エドにとってはうざいかもしれないが、本当に嫌なら言ってくるだろうと思うので、それまでは気にしないことにしている。

 それにエドは最初よりだいぶ素直になっていた。気が付けばブラウ家やビバリーなんかとも打ち解けている。彼らと会うときは力を制御しているせいで多少緊張している様子はあるものの、最初のようなわざとらしさがなく純粋に楽しんでいるようだった。ビバリーに『お腹の子が生まれたら遊んであげてね』なんていわれると、『いつまでいていいのかな……』と悩んでいた。

 そして精霊祭当日。

 相変わらず村の中も外も霧がかかっている。けれど村長の案で、村の中に多くのランプを吊るすことにしたためか不気味な感じではなく、どこか幻想的な雰囲気になっている。観光客にも好評のようだ。

 一方で、二名の行方不明者は相変わらず見つかっていない。こう霧がかかっていたら、まともに探しに行くこともできないのが現状だ。だが、誰も何も言わないが、正直なところチェスターは元より、イバンも絶望的だと思っている。山に入って帰って来ないというのはそういうことだ。大人たちの言葉を借りるなら『彼らは山に還った』のだろう。

 そうなってくると今後のビバリーが気になるが、チェスターのことを悲しんでいるものの人生を悲観している様子はなく、子どものためにも働く方法を考えている。ブラウ家としてはクラークが抜けた穴として、彼女を雇うのもいいのではないかと思っていた。

 そして慌ただしい午前が去り、気がつけば昼過ぎになっていた。

 注文客のみに出す昼食が終わり、宿は現在休業状態になっている。というのも、本日の夕飯は出す予定がなく、セリーヌもロッサも夕方から始まる精霊祭の準備で宿にいないからだ。ビバリーも家でジッとしているのが嫌だったらしく、お腹を抱えて屋台の手伝いに出かけている。

 祭りでは屋台がたくさん出るので、たいていの客が外で食事をする。宿屋での夕食は必要ないので作らない。もちろんお金も取っていなかった。

 今宿にいるのは準備が忙しくて、人形が仕上がっていないルースとエドだけだ。

「難しいですね。これ」

「難しいよね……」

「でも、ルースより僕の方が上手いですね」

「……」

 そんな会話をしつつ、夕方に間に合わせるため、必死にエドと共に人形を縫う。

 だがなんとか一つ目は完成したものの、二つ目の首辺りを縫うのに手間取って、先ほどから何度も糸を解いていた。女性陣に教わったようにやっているつもりだが、ルースはちっとも上達できないでいた。

 エドが一足早く作り終えると、あくびをしていた。

「エド眠い?」

「ええ、少しだけですが」

 最初は気を張って言葉がトゲトゲしかったエドも、今ではルースの問いかけには素直に答えるようになっていた。表情も能面のようだったのに、少しだけ柔らかくなってきている。気を抜いてあくびをしているのが何よりの証拠だ。最初のエドからは絶対考えられない。

「朝から大勢の前にいたからね、力の制御で疲れているんだよ。夕方には起こしてあげるから、寝てきなよ」

「…………そうします」

 素直に椅子から降りたエドは、トコトコとルースの側にまで来て見上げてきた。苦笑いしたルースが指どおりのいい水色の髪を撫でてやると、満足したように頷き部屋を出ていった。ルースの部屋へいくため、階段を上がる音が聞こえる。

(エドは撫でてもらうの好きだなぁ)

 大人っぽい話し方をするエドだが、中身までも完全に大人というわけではないらしい。年齢を聞いても口にしなかったのではっきりと分からないが、ルースに撫でてもらうのをすっかり気に入ったようで、度々ねだるようになっていた。けれどプライドのためか、口に出来ず無言で強請ってくる。それがむしろ可愛らしかった。たぶん微妙なお年頃なのだろう。

「あーオレも見回りに切り替えようかな……オルハは……置いたままでいいか。大人しくしていてくれよ?」

 なるべく気にかけて移動しているせいか、最近のオルハはとてもいい子で、待機を告げておけば離れてもじっとして待っていてくれる。重さもあるし家を出ない限りは持ち歩く必要はないのではないかと思っていた。

 ルースはオリハルコンをテーブルの上に置いたまま、母屋を出て宿屋の方へ向かった。 

 昨日は大勢が寛いでいた宿屋の食堂も、今日は精霊祭の最終準備で変わる村の様子を見に出かけているため、ほとんど人はいなかった。

 ルースは泊り客に声をかけつつ、宿の見回り兼精霊最後の準備をする。精霊祭が終わるとお酒を飲んだ客があちこちで騒ぐので、バケツやモップの用意をしている必要があった。

(そういえばララ様今朝から姿見てないな……)

 ララは相変わらず何をしているのか不明だ。昨日も朝食後から夕方過ぎまでずっといなかったようで、夕食に呼びに行っても返事がなかった。ところがそろそろ宿泊客が風呂に流れ込む時間になって、客室の方から姿を現した。

 あの獣の顔で、器用に申し訳なさそうな表情へ変化させるものだから、何も言わず残していた夕食を出してあげたが、何故いなかったのか理由はきけずにいた。言葉が通じないのでこればかりは仕方ない。

 相変わらず向こうもルースへ何か言いたそうにしているものの、前回の文字の件で気落ちしているようで、同じようなことはしてこなかった。

 レミアスも相変わらず何を考えているのか不明だ。ふらふらと村のあちこちに顔をだしているらしい。

 ただ評判は悪くなく、『面白い人ね』なんていう村人もいるようなので、上手くやっているらしい。まあ、うさんくさいが、それを超えてフレンドリーなタイプではある。

「さー準備も終わったし、ちょっとだけエドの様子をみつつ休憩しようかな」

 雑事を終えると、霧に包まれた村がほのかに赤く照らされていた。きっと夕日が出ているのだろう。もうすぐ村長の話が始まり、日が落ちると櫓に火が点き、本格的にお祭りが開始になる。

 村長の精霊ロディアが見つかったのか分からないが、今朝会った神父様が疲れている顔をしていたので、まだ探している可能性は高い。

 精霊が光りだすのは櫓と人形が燃え終わる最後のほうだ。きっとそのころ今回の主役であるロディアの登場が必要となるはずだが、それまでにみつかるのだろうかと少し不安ではあった。もし見つからなかった場合、どうなるのかさっぱり想像がつかない。だが結局のところ、アレクのように使える力を持っているわけでもないルースが心配しても仕方のない話だ。

 そんな風にいろいろ考えつつルースがエドを起こそうと母屋に戻ると、それは起きた。

「――そんな、待って、どうして!?」

 そんなエドの慌てた声が聞こえてくる。ルースが急いで階段を上がり、扉を開けると、ちょうどエドが飛び出してきた。咄嗟に階段を駆け下りそうなエドを捕まえる。

「エド、どうしたの?」

「消えないで! 待って!」

 片手で額を押さえたままのエドは、声を掛けるルースの方を見ていなかった。ただルースの手から逃れようと暴れている。顔を覗き込むとエドの銀色の瞳と額の模様が僅かに光を放っていた。もしかしたら例のテレパシー的なもので会話をしているのかもしれない。

「待って! 待って!」

「――っ、あつ!」

 掴んでいたエドの手から炎が噴き出し、反射的にルースは手を放してしまった。その隙にエドは階段を駆け下りてしまう。

「――っ、エド、待って! エド!」

 一瞬何が起きたのか分からなかったが、魔術によって振りほどかれたのだと気づいて、急いで後を追った。

「エド!」

 宿の外に出ると、霧がかった広場には人がたくさん集まっていた。村の住人、宿に泊まっている人、霧にもめげずこのタイミングに合わせて村へやってきた人、様々な人が祭りの始まりをいまかと待っている。そのせいで小さなエドの姿はどこにも見えなかった。