The Undetectable Strongest Job: Rule Breaker
Note to the King
顔を青くしたディーナを従えたシルバーフェイスが堂々と入って来ると、王様との謁見の間には沈黙が降りた。
朝の早い時間ではあったが、主要9氏族のうちの代表3人が顔を出しており、ドリアーチと何事かを話し合っていたのだ。
『やあ、シルバーフェイス。よく来てくれました。――みな、シルバーフェイスから話を聞きたいと思うので、この話は後ほどということでいいでしょうか?』
『もちろんでございます』
『ぜひともわたくしめも仮面殿の報告とやらを聞きたいものですが』
『それを言うなら私もだ』
『……いえ、今回は一対一で聞こうと思っているのです。みなにも後で内容は知らせるから待っていてください』
ドリアーチが言うと、3氏族は引き下がったようだ。
だがドリアーチに連れられて奥の間に行くシルバーフェイスを見る目はどこまでも冷ややかだ。
シルバーフェイスもまた、彼らに挨拶どころか視線もくれないのだから同じと言えば同じなのだが。
「さて、わざわざすみませんでした、シルバーフェイス」
と、小部屋に入るとドリアーチは日本語で話してきた。ヒカルは「魔力探知」を走らせたが部屋の入口周辺に3氏族とディーナの魔力が感じられる。
背後を見たヒカルに気づいてドリアーチは苦笑する。
「盗み聞き、してるでしょう? ですがあの3人の誰もこの言葉を知らないから問題ありませんよ」
「……ま、聞かれても構わない内容だけどな」
ドリアーチと向き合って座りながら、ヒカルは見てきたものをすべて話す。
推測は交えず、事実だけを淡々と。
「『塔』ではなく竜石を保護している『卵の殻』、ですか……面白い見立てですね」
「ストーンゴーレムはこの辺りに出現するのか?」
「いえ……ゼロではありませんが、ごくごく稀です。知性のある何者かが配備したと考えるべきでしょうね。アレも一種の魔道具のようなものです」
「それについては僕(・)も同じ考えだよ。さて、ここからが本題だけど――地図はある?」
ドリアーチは席を立って、資料庫になっているらしい隣の部屋からテーブルいっぱいに広がるほどの地図を持ってきた。
ヒカルもまた懐から、「塔」の屋上で模写してきたルーツの在り処のメモを取り出す。その由来についても一通り説明しつつ、メモに何事かを書き付けてドリアーチに差し出すと、彼は一瞬目を見開いた。
「あー……なるほど、なるほど。それはなかなか……衝撃的ですね」
「そうかな? あなたならそれくらいの可能性(・・・)、考えていたんでしょう?」
「はは……買いかぶりですが、確かに可能性のひとつとしては考えていました。えー、こほん。それで……シルバーフェイス、あなたはルーツがなんらかの作用を及ぼし、この大陸を支配するべく北限の魔物が侵略行動をとっていると、そう考えているのですね?」
「ええ。考えているというか、確信している。それで、僕はこれからこのルーツを片っ端からつぶす旅に出ようと思う」
「わかりました。ドリームメイカーとしては最大限の援助をしましょう」
「なら遠征部隊を何人か借りられる? 腕の立つヤツが多いほどいいのだけれど」
ヒカルがにやりとすると、ドリアーチは困ったように目を閉じたが、
「……自信が、あるのですね? 遠征部隊を動かす以上、失敗は許されませんよ?」
「頼むよ。絶対に必要(・・・・・)なんだ」
「わかりました――なんとかしましょう。グルゥセルさんになら頼み事もできるでしょうし」
ドリアーチのほうも自信があるような言いぶりだった。ヒカルがじっと見つめると、ドリアーチは真顔で小さくうなずいた――ヒカルの推測を肯定(・・)するかのように。
「シルバーフェイス、出発はいつにしますか」
そうだな、とヒカルは考えてから、
「5日後にしよう」
決めた。
それからのヒカルは忙しく動いた。
まずグルゥセルに面会を申し出、協力してもらう遠征部隊の選抜を行った。その際、グルゥセルとも個人的な話を少々し、なんとグルゥセル自身も遠征に同行すると言い出した。
「それだけの重大事なのだろう?」
「あ、ああ……それはそうだけど、ここを空けることはできるのか?」
「できる。そもそも、決めるのは私だ」
グルゥセルも出ると聞いたディーナが小さく悲鳴を上げて、「絶対にダメです!」と言ったが、
「私が出ることでこの遠征が非常に重要なものだというアピールになるから、皆を説得しやすいという側面もある」
と言われるとディーナも引き下がらざるを得なかった。
ラヴィアは日中、ポーラとともに回復魔法を使う現場へと同行していった。その結果、彼女はめきめきとこちらの言葉を習得していった。
今まで彼女自身が努力してきたというのももちろんあるだろうが、やはりソウルボードの能力による後押しが大きい。日常会話はすぐにマスターし、難しい、専門的な語彙を着々と増やしている。
ポーラが回復魔法を使うことで患者の周囲の人たちは感謝の気持ちでいっぱいだし、ラヴィアもまたポーラと同じ仮面姿なので、警戒心なくいろんなことを話してくれた。それはラヴィアの言語経験としてどんどん蓄積していった。
「ヒカルが出発したら、わたしも諜報活動に入るわ」
「ラヴィア、わかっていると思うけど――無理はしない。危険を感じたらすぐに手を引く。約束できるね?」
「ふふ。ヒカルが言っても説得力がないけれど、約束できる」
「…………」
説得力がないと言われてしまうとなにも言えなくなってしまうヒカルである。確かに今までいろんな無茶をしてきたのだから。
「ヒカルは今回の遠征でどれくらいのルーツを破壊してくるつもりなの?」
「5箇所かな。この街に近いところを中心に」
「結構行くのね」
「実は『塔』に行ったときにドラゴンみたいな生き物が飛んでいくのを見たんだ。それでちょっと思いついたことがあって、突貫で新しい移動手段を作ってもらってる」
高速で移動する方法は今までコウの「龍の道」に頼ってきた。だがそれはこの大陸では使えないし、コウはまだ眠っている。
自分で、新しい方法を模索しなければならない。
「ヒカル様、遠征には軍の中でも精鋭が出ていくみたいだと……そのぅ、親衛隊の人たちが話していたんですが」
「そうだね。グルゥセルが見込んだ腕利きばかりを連れて行くことになってる」
「もともとはヒカル様ひとりでルーツを破壊する予定でしたよね?」
「ああ、そこは変わらない。僕ひとりで行くよ」
「? でも軍の人は……あ、別行動でルーツを破壊するのですか?」
「いや、彼らがいくら精鋭でも、ルーツ周辺のモンスターを相手にするのは分が悪い。大体、得られるものも少ない戦いだし」
ストーンゴーレムを思い返すと、あれを倒したところで彼らが手にする戦利品は少ないだろう。
一方で、ケガならばポーラが治せるが、命を落としてしまえば取り返しがつかない。
「別行動は別行動なんだ。軍の人たちには街を空けてもらう。そして焦りと油断を誘う」
内通者は、本格的にルーツ破壊活動が始まったことで焦りを感じているはずだ。そして軍の主だった人間が街を空ければその間に情報をコウキマルに伝えようとするだろう。
それこそが「裏切り」の決定的な証拠になるはずだ。
「ヒカル。グルゥセルは信用できるの?」
「彼は大丈夫だろうね。なんせ――」
ヒカルは小さく笑った。
「ドリアーチ国王が反国王派の内情を調べさせるために、スパイとして使っていたくらいだから」
唖然とするラヴィアとポーラにヒカルは説明する。
反国王派が存在することは明らかだったが、その実態を完璧に把握することがなかなかできていなかったドリアーチは、一計を案じた。
100%信頼できる人物に、スパイになるよう頼んだのだ。
その相手こそがグルゥセル。彼の氏族は軍を司る一族であったために公平中立を心がけており特定の氏族とのつながりがあまりなかった。
とはいえ小さな国である。
グルゥセルには内密に接触を持ってくる反国王派や、逆に国王を至高の存在とする派閥があった。
ドリアーチはグルゥセルに、その接触を利用して向こうの内情をさぐれと命じていたらしい。
ドリアーチとグルゥセルが親しい間柄であることを知る人物は本人たち以外に皆無だった――ヒカルに打ち明けるまでは。
若くして氏族の代表になったグルゥセルは、かねてよりドリームメイカーの未来を案じていた。北には脅威があり、南は荒れた大地。モンスターは年々凶暴さを増している――この国の未来をどうするべきか。
たまたま一対一でドリアーチと話せるチャンスを得たグルゥセルは、その疑問をぶつけ、褒め言葉しか口にしない者ばかり周囲にいることに辟易していたドリアーチはグルゥセルと意気投合した――というわけだ。
そして、汚れ役であるスパイをグルゥセルは買って出ることになる。
――今から言う者たちが、王家一族の支配を好まず、王権は氏族間で持ち回りにすべきと考えている者たちだ。
グルゥセルはドリアーチの依頼を見事に果たした。
反国王派の中に入り込んで情報を集めたのである。
ヒカルの手元には、反国王派のリストがあり、ラヴィアは彼らを重点的に調べることになった。
いずれにせよグルゥセルはドリアーチが「100%信用できる」人材であり、ヒカルの提案である「軍に遠征部隊を編成させて街を空ける」というアイディアにも乗ってきた。
* *
日の出の15分前ともなると、空の色は明るくなり周囲がはっきりと見えるようになる。ドリームメイカーの練兵場には200人を超える兵士たちが、完全武装で整列していた。
『諸君らにはこれから特別任務に入ってもらう。すでに内容は聞き及んでいるだろうが、我が国の周囲を取り囲む森林の大規模調査、それにモンスターを生み出すと言われているルーツの発見と破壊が今回の目的である』
一段高い場所で演説しているのはグルゥセルだ。
当然、兵士たちも事前に知っていたことなので、動揺はない。
『遠征期間は20日を想定している。今回の任務には我らが国王ドリアーチ様も大いに期待しておられる』
ドリアーチのことは知らなかったのか、驚いた表情を浮かべた兵士もあったが、誰もが口を閉ざしたままだった。
『では進発する。行くぞ』
こうしてドリームメイカーの軍が動き出した。
200人ともなると人口の2%に当たる。彼らの家族はもちろん、周囲の人たちもみんな今回の遠征について知っているので、練兵場から各門までの道には見送りに出てきている人たちも多かった。
『がんばれよー!』
『気をつけてね。ケガだけはしないで』
『成果を楽しみにしてる!』
朝日が差し込んで、兵士たちの着用している装備に光が反射する。
「立派なものだな」
整然と行進していく兵士を眺めていた仮面の男――ヒカルはつぶやいた。
「さて、それじゃ僕も行くかな」
すでにラヴィアやポーラとも話し合いは済んでいる。ラヴィアは夜遅い任務となるので朝はなるべく寝坊するべく今も夢の中だ。ポーラだけはヒカルのために朝食とお弁当を作ってくれたが、見送りに来なくていいからとヒカルは言っておいた。コウはまだ寝ている。
彼が歩き出すと、その姿はまだ薄暗い街の中に溶けるようにして消えていった。