The Villainess Is Being Doted on by the Crown Prince of the Neighboring Country
3. Deacon to Know the Game
ティアラローズの前に立つレヴィという執事。
面識はないし、変装している自分をすぐに見破ったことも怪しい。なによりも、妖精のことや指輪のことを知っている。
――もしかして、続編ゲームのメインキャラクター?
そうであれば、いろいろなことを知っているのも納得することができる。けれど、攻略対象に関しては以前アカリに教えてもらったけれど――レヴィなんていう人物は、いなかったはずだ。
メインでなくとも、サブキャラ的な立ち位置にいるのかもしれないとティアラローズは考えることにした。
「実は私も妖精王の指輪を探しているんです。道は知っているんですが――いかんせん、王の祝福がないのでそこへ入ることが出来ません」
「……あなたは、何者なの? わたくしの敵?」
「いいえ。私はオリヴィア様の執事です」
それ以下でもそれ以上でもないと、レヴィは告げる。
物言わぬ雰囲気に、ティアラローズはごくりと息を呑む。怪しいけれど、隠しステージに関して情報を持っているということはわかる。
「妖精王の指輪って、何?」
「ああ、私を怪しんでいるんですか? 妖精王の指輪とは、妖精の王が創った指輪です。それぞれ力を持ち、所有した者はさらなる祝福を得ることが出来る――と。ご存知でしょう?」
「…………」
すごくゲームのイベントっぽいなと、ティアラローズは思う。
でも、どうして令嬢の執事が単独行動をしているのかというのも気になる。まったく関係ないキャラクターの執事という立ち位置は、不自然極まりない。
「とりあえず、海の隠しステージがある場所まで行ってみませんか?」
別に見に行くだけで、隠しステージの中まで行かなくてもいいとレヴィは告げる。……それならと考えて、ティアラローズは頷く。せっかく見つけた情報の糸口なのだから、思い切ってついていくのがいい。
――どうしてこの情報をしっているのか、探りをいれないと。
もしかして自分のように転生してきた日本人、という可能性もある。
「海の妖精王の隠しステージは、確か向こうの入り江にあるということでしたね……」
「…………」
――直接来たことはない?
まるで誰かに聞いたような口ぶりで、ティアラローズは違和感を覚える。
白い砂浜を歩き、少し遠目に見えるのは入り組んだ入り江だ。さあぁぁという静かな波音が大きくなっていき、綺麗な珊瑚が視界に写る。
相変わらずアイシラの管理する海や砂浜は綺麗だなと、うっとりしながら見つめる。ずっと眺めていたい衝動に駆られてしまうけれど、今はぐっと我慢して海の隠しステージを探さなければいけない。
レヴィの「こちらです」という案内を聞きながら、入り江に入る。
浜にいたときよりも一回り小さな魚が自由に泳ぎ回り、青い海のはずななのに珊瑚の色も相なってとてもカラフルに見える。
「入り江の一番奥にある、あの珊瑚の間から隠しステージに行けるらしいですが――もしかして、ご存知ありませんでしたか? 悪役令嬢で、アクアスティード殿下の妃であらせられるティアラローズ様」
「……わたくしのことを、よくご存じなんですね」
「この国の王太子殿下の奥方を、知らない人なんでおりません」
岩の部分になり、レヴィはティアラローズの手を差し出す。どうやら転ばないようにエスコートをしてくれるらしいが、今は敵か味方かの判断が出来ないため断った。
レヴィはそれを気にするようなこともなく、入り口である珊瑚へと向かう。ティアラローズが何も返事をしなかったため、知らないのかという問いかけの答えは肯定と受け取ったということがわかる。
――まぁ、実際わたくしは何も知らない。
変にぼろを出すよりはいいかもしれないと、ひとつ息をつく。
「この珊瑚の奥ですね」
「……何の変哲もない、普通の珊瑚ですね」
「残念ながら、入る方法までは存じません。ティアラローズ様であれば、入ることが出来るのではありませんか?」
綺麗なピンク色の珊瑚は、ぱっと見普通のものと変わりはない。けれどここが入り口であるならば、何か仕掛けがあるのかもしれない。
ティアラローズはそっと手を伸ばして、珊瑚に触れる。
「あ……」
海の珊瑚だから冷たいはずなのに、ティアラローズが触った部分がじんわりと熱を持つ。思わず手を離すと、「どうしました?」とレヴィが伺うようにティアラローズを見る。
祝福がないから入れないと言ったので、レヴィも珊瑚に手を触れてはいるが熱を感じることは出来ないのだ。
ティアラローズがもう一度珊瑚に触れると、とぷんと何かに沈み込むような感覚に襲われて手が珊瑚の中に入っていった。間違いなくここが隠しステージで、海の妖精王に祝福されている自分だけが通れる道なのだということがわかる。
間違いないとティアラローズがレヴィに告げたところで、鈴のような可愛らしい声が耳に届く。
「ティアラローズ様?」
「……アイシラ様」
海の手入れをしていたらしいアイシラが、「人影が見えたもので……」と言いながらこちらに歩いてきているところだった。
変装していたはずなのに、またしても瞬時に見破られてしまったことに少しがっかりする。どうしてこうも、自分の変装を誰もが見破るのか……と、ティアラローズは首を傾げた。
「こんなところで何をなさって……オリヴィア様の執事?」
「ご存知なんですか? アイシラ様」
「ええ。オリヴィア様とは何度もお会いしたことがありますから」
アイシラは珍しい二人の組み合わせを不思議に思うが、何か理由があるのだろうと深く聞くことはしない。ただ、アクアスティードが不在なのに男性と二人きりでいいのだろうか……ということは脳裏をよぎったけれど。
「私は確認が出来たので帰ります。ティアラローズ様とは、ぜひまたお話をさせていただきたい」
満足そうに珊瑚に触れるレヴィは、くるりと踵を返す。ティアラローズもあったばかりのレヴィに深入りするつもりはないので、何も言いはしない。
のだが――空気を読んでか読まずか、アイシラが口を開く。
「あなた、アクアスティード殿下の妃であるティアラローズ様にそれは失礼です」
「アイシラ様!?」
普段おっとりしているアイシラだが、ティアラローズを軽く扱われたことに対しては許容出来なかったらしく声を荒げた。
己よりも身分の高い人を残して先に帰るとは何事だと、怒っている。
そんな様子のアイシラを見て、レヴィはあからさまにため息をつく。
「声を荒らげるなんて、みっともないですよ。私のオリヴィアと同じ公爵令嬢だとは、とてもではないが思えません」
「な……っ!」
「海の妖精王に祝福されていない続編ヒロインなんて、オリヴィアの敵ではありませんね」
まるで捨て台詞を吐くかのように、レヴィは入り江を後にした。
あとに残されたのは、ぽかんと口を開いて目を瞬いているアイシラと、レヴィとはいったい何者なのかと頭を抱えているティアラローズだけだった。
◇ ◇ ◇
アイシラの「送ります」という言葉に甘えて、ティアラローズは馬車に揺られていた。向かいに座るアイシラを見ると、先ほどのやり取りがショックだったのか表情が暗い。
「アイシラ様……あの、レヴィという方と、仕えているオリヴィア様はどういった方なのですか?」
「ティアラローズ様はご存知ではなかったのですか?」
「ええ。わたくしも、先ほど少し散歩をしていて……そのとき、レヴィに会っただけなの」
初対面だということを告げると、「そうだったんですね」とアイシラが少しだけほっとした様子を見せる。
それからゆっくりと、アイシラが二人のことを話し始める。
「オリヴィア様のアリアーデル公爵家と、わたくしの家は……どちらかと言えば対立をしています。それは、ティアラローズ様もご存知でしょう?」
「ええ、それくらいは……」
「ただ、仲が悪いのは家同志だけで、わたくしとオリヴィア様の仲は悪いわけではないんですよ」
小さなころは遊ぶことも多かったのだと、アイシラは告げる。
ただ、オリヴィアは少し変わった令嬢のようで、いろいろなところに執事のレヴィを連れて観光に行っていたのだという。
それが歴史的建築物だったり綺麗な自然の見える場所……というのであればいい。しかしオリヴィアの行く場所はどこか変わっていた。特に変哲のない小川、街にある小さなパン屋、図書館、遠くだとラピスラズリ王国。観光地ではない場所ばかりを巡っていたのだと、アイシラは言う。
「……これは、あまりティアラローズ様に言うべきではないかもしれないのですが」
「気にしないで教えてください、アイシラ様」
「その、まだ十歳に満たないころの話です。オリヴィア様をアクアスティード殿下の婚約者に……という話がありました」
「!」
――え、それって、もしかして。
「陛下とアリアーデル公爵が一度婚約を結んだそうなんです、当人のオリヴィア様に無断で」
「むだんで……」
それはなんというか、さすがに可哀相だとティアラローズは思う。断ることのできない政略結婚であれ、相手に伝えるのは誠意というものだ。
しかしふと、首を傾げる。
「わたくし、アクア様が婚約をしていたなんて知りませんでした」
確か、王立ラピスラズリ学園に留学してきたときは婚約者はいなかったはずだ。それに、もしいたのであれば隣国の王太子――ティアラローズが知っていないというのも不思議だった。
「いいえ、ティアラローズ様。お二人は確かに両親によって婚約されましたが、それを知ったオリヴィア様がひどく嫌がったそうで……その、一週間と立たずに婚約は解消されたようです」
「まぁ……そんなことが?」
いったいアクアスティードのどこが不満だったのだろうかと、ティアラローズは違う意味で首を傾げる。いや、婚約が解消していなかったら今頃自分がアクアスティードと結婚出来ていたのかわからないけれど。
「はい。ただ、理由まではわかりませんが……。もしかしたら、ほかに慕っている方がいらっしゃったのかもしれませんね」
もしそうだったのであれば、あの不思議な観光はデートだったのかもしれませんとアイシラは言う。
なるほどと頷きながら、ティアラローズも相手はレヴィなんじゃ……と考えてしまう。執事なのに仕える令嬢の名前を呼び捨てにしていたし……。
――いや、それよりも。
「オリヴィア様って、続編の悪役令嬢よね!?」
「ティアラローズ様? ぞくへん?」
「ああ、いいえ、何でもないんですアイシラ様……。その、アクア様に婚約者がいたということを知らなかったので動揺してしまっただけです……」
少し顔を伏せると、アイシラは「そうですよね」とティアラローズに同意する。
ティアラローズとしてはいまさらながらに見つけてしまった続編の悪役令嬢のことで頭がいっぱいだった。乙女ゲームなのに、王太子であるアクアスティードがフリーでいたことの方がおかしいのだ。
「ただ……」
「アイシラ様?」
少し困ったような表情のアイシラに、まだ何かあるのだろうかとティアラローズは首を傾げる。続きを促すと、あまり言いたくないのか眉が下がった。
続編のヒロインが、続編の悪役令嬢の言いたくない事柄なんて――ひとつしかない。悪役令嬢が行う、ヒロインへの嫌がらせだ。
もしかして、幼いころは仲良くしていたけれど今になって嫌がらせが始まったりしたのかもしれない。
「オリヴィア様に、何かされたのですか? アイシラ様」
「! ……はい。その、オリヴィア様はなぜかわたくしのよくない噂を定期的に流すようで……」
「噂、ですか」
「大したものではないんです。最近海が汚れているですとか、海で泳ぎすぎて髪がパサパサですとか、お菓子の食べ過ぎで太ったですとか……。あぁでも、最近は確かにティアラローズ様のお菓子が美味しくてついつい食べ過ぎてしまいます」
頭の悪そうな噂に若干あきれつつも、悪い噂を流しているのであれば――オリヴィアは、続編の悪役令嬢で間違いないだろう。
レヴィを使って何を企んでいるのかは知らないが、ゲームのことを知っている可能性は高い。一度会うために、屋敷を訪ねてみようとティアラローズは思った。