説明会を事前に何度かやっている上、ここに出席している高位貴族の両親たちの多くは私の顔見知りであるため、さほどの疑問も混乱もないようだった。

しかしそれでも、全く疑問なしというわけには流石にいかないようだった。

「……以上が本試験の概要になります。何かご質問などございましたら……」

私がそう言うと同時に手が上がった。

見ればそれは、最近西方で権勢を強めている地方貴族の子爵家の女性で、確かツィウッド子爵家の夫人、ヘッラ夫人だ。

「ヘッラ夫人、どうぞ」

私がそう指名すると、夫人は少し驚いたように目を見開く。

私が名前を覚えていることが意外だったのかもしれない。

貴族女性が持つべき教養として、多くの貴族の名前や人間関係などの知識があるが、これを実際に実践しているものは意外なほどに少ない。

みな必要だとは思っているし、ある程度は覚えてはいても、重要度が低いと考える者については労力を割くことを厭うからだ。

まぁ、単純な能力不足、ということも少なくはないのだけれど。

加えて高位貴族になればなるほど、自分より格の低い相手については覚えてやる必要がない、と考える者も増えていく。

だから私のような公爵夫人にもなれば、子爵家の夫人の名前など記憶もしていないだろう、と考えていたのだと思われた。

その感覚は確かに間違ってはいないのだが、正解でもない。

高位貴族の本来の責務を思えば、誰よりも教養は深くなければならず、また貴族たちの名前や立場についてもよくよく覚えておかなければならないと考える者は少なくないのだ。

つまり、二分されているわけだ。

自分の地位や身分の意味をよく理解せずに、ただ便利に使うだけの者と、それが与えられている責任と義務を理解し、正しくあろうとする者とに。

私はどちらでもないような気がするが。

使える時は使うし、果たすべき責任は果たす。

それくらいだ。

ヘッラ夫人が私をどう見たかは分からないが、彼女は言う。

「……ご指名ありがとうございます、エレイン様。確かにお話を聞く限り、従来の魔術学院受験者にとっては今回の試験は特にデメリットがあるものとは感じられませんけれど……それでも、特殊魔力保持者、ですか。そういった適性のある者が、その事実だけでもって入学を許される、と聞きますと、流石に心穏やかでいられない方はいらっしゃるのではないでしょうか。特に、今回の試験において落第してしまった者は、なぜ自分が入れないのに、と恨みを向けることも考えられます。少なくとも、なぜ、特殊魔力保持者がそのような優遇をされるのか、私共にも理解できるような説明が必要なのではないかと思うのですが、その辺りはいかがでしょうか?」

かなり感情的な疑問や指摘が来るものと想定していたのだが、ヘッラ夫人のそれは極めて論理的であり、懸念も理解できるものだったので安心する。

講堂に集う保護者の方々も、彼女の言葉には納得するように傾聴し、それから私の方に答えを迫るように視線を向けた。

彼らも不安なのだろう。

自分と自分の子供がそういう立場に置かれる可能性、というのはこの中の誰も否定できないことだろうから。

だからこそ、私は初等部部長として、わかりやすく見せなければならない。

特殊魔力保持者を、野放しにしておくことの恐ろしさと、その存在を認め、国家的に育成していくことの意義を。

そしてこれにはまさに特殊魔力保持者の協力が必要で、その辺りをどうするかは最後まで悩んだ。

しかし意外なことに、この解決策は、学院長が持ってきてくれたのだ。

「ヘッラ夫人。貴女様のご指摘は最もなことと私も考えます。ですから、実際に特殊魔力保持者というものがどのような存在か、見ていただくことが肝要かと。ここにいらっしゃる皆様方の中に、特殊魔力保持者というものを実際に見たことがある方々は少数かと思います。今まで、そういった才能を持つ者たちの発見法というものがなく、そして自ら発現させることが大変難しい力でしたから、それも当然でしょう。しかし、それでも確かにこの世界にはその力を持ち、使える者がいる……皆様も、小さな頃に読んだ絵本などに《光剣ミザー》や《変化の王ファライン》といった存在がいたことは覚えておられるのではないでしょうか? 現在ではただの御伽噺だ、と断じる方が多いそれらの存在ですが、私はまさに、彼らこそが特殊魔力の持ち主であり、実際に存在したものと考えております」

《光剣ミザー》は自らの剣が折れた時、その折れた剣の先に輝く聖剣を出現させ、邪悪な竜を討ち滅ぼした、と言われる英雄である。

《変化の王ファライン》は普人族であるにもかかわらず、極めて高度な変装術の使い手であり、老若男女あらゆる人物になることができたと言われる怪盗だ。

彼らの力は現代の属性魔術では実現させることができないもので、そのためにただの御伽噺扱いされているのだが、どちらの力も、特殊魔力によって実現されたものだと考えると辻褄は合う。

この事はまだ、私とカンデラリオの間で話されていることに過ぎないため、世間には浸透していないことであるので、聴衆たちは驚いたように顔を見合わせていた。

当然、信じられないだろう。

しかし、これから先、特殊魔力保持者が育っていくにつれ、彼らの力と全く同じ、とは言わないまでも、近い力を発現させる者が必ず出ると考えている。

だからこう言ってしまっても問題ない。

私は続ける。

「とはいえ、そんなことを言われても、ただの妄想だろう、と、そう思われることも理解しております。ですから、実際にここで、特殊魔力保持者の方にその力をみなさまに見せていただくつもりです」

私が語る間に、講堂の保護者たちが座る席のさらに前方、ステージ上に、魔術師用の的が職員たちによって設置されていく。

その作業が終わったのを見計らって、私は言う。

「では、サロモン。こちらへ来て」

私の声に応じて、講堂脇に控えていた、頭まですっぽりとローブで覆った人物がやってくる。

そしてステージの上でそのフードを外すと、講堂の中はざわめきで埋まった。

多くは女性たちの少し興奮するような声で、その理由ははっきりしている。

その人物……サロモン・メインがハッとするような佳人だったからだ。

黄金のような金色の長髪に、深緑の森を想起させるような知性を感じる瞳、透き通るような白い肌。

どれを見ても美しい女性の持っていそうなものだが、彼は男性であり、それを見間違える人はいないだろう、というナイフのような鋭さもある。

彼こそが、学院長キュレーヌ・メインが連れてきた特殊魔力保持者であり、かつ彼女の弟、そして私の部下ともなった古貴種《エルフ》の青年なのだった。