The World Is Overflowing with Monster, I’m Taking a Liking to This Life
75. Depression of the Student Chairman
「―――以上が今回の騒動の報告になります」
「……成程」
五十嵐十香は、生徒会室にて生徒たちの報告を聞いていた。
内容は先ほどのダーク・ウルフの襲撃についてだ。
被害状況をつぶさに聞きながら、その内容をまとめてゆく。
「田名君と加藤君の容態はどうですか?」
「……二人とも、今は保健室で安静にしています。ただ……今後は日常生活にも支障が出ると思います。なにせ二人とも……その、膝から下を失っていますので……」
報告に来た男子生徒はやるせない表情を浮かべる。
今言った二人は、ダーク・ウルフの襲撃の際、『闇』に飲み込まれかけていたところを、六花に助けられた生徒達だ。
もっとも、その代償として、彼らは足を失ったわけだが。
そうしなければ二人は死んでいたというのは分かっているが、中々感情の整理はつかないのだろう。
「分かりました。報告ありがとうございます」
報告に来た男性使徒を労い、退室させる。
そして生徒会メンバーだけが残された室内で、五十嵐会長は重く息を吐いた。
「お疲れですね」
隣で報告をまとめていた書記の女子生徒が声をかける。
「まあ、疲れてないと言えば嘘になりますね。私だって人間ですから……」
モンスターが現れてから、既に四日。
彼女は碌に睡眠をとっていなかった。
この学校の全体の指示や方針は、全て彼女や生徒会を通して行われる。
ある程度の裁量は、それぞれの現場に任せているが、最終的な決定権を持つのは彼女だ。
食料、寝床、資材、その他諸々。やる事は山の様にある。
休んでいる暇などない。
『疲労耐性』、『ストレス耐性』が無ければ、とっくに倒れていてもおかしくない程の激務を彼女は連日こなしていた。
(それにしても……)
生徒たちからの報告をまとめながら、五十嵐十香は考える。
今回の襲撃についてだ。
(随分とおかしな点が多いわね……)
報告をまとめると、不自然な点がいくつも見られた。
突然現れ、そしてあっさりと退却したモンスター。
既に手傷を負っていた事。
群れをつくる習性があるのに、単独であった事。
気になる点がいくつも見られた。
(……色々と可能性はある。でも、おそらくは―――)
考えをまとめていると、ドアがノックされる。
どうぞ、と彼女が入室を許可すると、一人の男子生徒が入ってきた。
眼鏡をかけた神経質そうな生徒だ。
「失礼します。ただ今戻りました」
「あら、宮本副会長。お疲れ様です」
「別に疲れてませんよ。僕なんかよりも、会長の方がよっぽどお疲れでしょう。……その書類は?」
「先ほどのモンスターに関する報告書ですよ。今まとめていたところです」
「……そんなの僕や彼女に任せて下さい。働きづめではないですか。少しはお休みになって下さい」
苦言を呈する宮本に、五十嵐は苦笑した。
なにせ先程書記の女子生徒に同じことを言われたばかりだからだ。
自分はそんなに疲れているように見えるだろうか?
「ふふ、その気持ちだけ受け取っておくわ。でも、大丈夫よ。これが終わったら、きちんと休みますから」
「約束ですよ。万が一の事があっては困ります。というか、そもそも、今回の騒動だって、あのモンスターをきちんと討伐出来ていれば、こんな後始末に時間を取られる事なんてなかったんですよ。それをあの西野の奴が、僕の命令を無視したから……全く、これだから、不良は嫌なんだ……」
「あまり彼を悪く言うモノではありませんよ?ああ見えて、彼はとても優秀な生徒なんですから」
「……会長は随分と、彼の事を高く評価しているのですね?」
西野を擁護する様な発言をする彼女に、宮本は露骨に顔をしかめる。
「ええ、まあ。私は西野君や相坂さんとは同じ中学の出身ですからね。当時から彼は有名でしたからね。定期テストは常に一位、真面目で積極的で先生たちからの評判も高かったですし、クラスでも彼を嫌う者など一人もいませんでした」
「……それは本当ですか?」
信じられないと言った表情を浮かべる宮本。
その表情を見て、五十嵐は楽しげに笑う。
「ふふ、みんなそう言いますよ。ですが、本当の事です。……そう言えば、相坂さんも、あの頃と比べると随分見た目が変わりましたね。当時は髪も黒くて、眼鏡をかけてましたし……。ああ、懐かしいですね」
「……過去は過去。今は今でしょう?彼が今、素行の悪い不良である事に変わりはない」
「ええ、ですが、それはあくまで表面的な物だと私は考えています。人の本質とはそう簡単に変わる物では、ありませんから。彼は間違いなく、我々にとってよき仲間となる筈です」
「ッ……!か、会長!会長は、僕よりも西野の方が優れていると仰りたいのですか!?ありえない!不良なんて言うのは自分さえよければいいと思っている連中です!僕らの様な皆をまとめ、導いていく存在とはそもそもの格が違う!その証拠に、アイツの周りにいる連中だって碌でもない奴らばかりですよ!すぐにでも追い出すべき―――」
我慢の限界を迎えたのか、宮本はヒステリックに叫んだ。
だが、
「―――宮本副会長」
びくりと、宮本は震える。
一瞬にして、室内の気温が絶対零度まで下がったかのように錯覚する。
それ程に底冷えする口調。
見れば、五十嵐の眉根が不愉快そうに寄せられていた。
「それ以上、仲間を貶める発言は許しませんよ?」
「ッ……も、申し訳ありません」
宮本は素直に頭を下げる。
有無を言わさぬ圧倒的な威圧感だった。
それを見て、彼女はぱっと笑う。
その瞬間、それまで張りつめていた空気が嘘のように霧散した。
「そう心配しないで下さい。彼が優秀だからと言って、私が貴方に寄せた信頼がなくなるわけではありません。これからも頼りにさせて下さいね?」
「か、会長……」
その言葉で、宮本はあっさりと機嫌を直した。
その余りのチョロさに、五十嵐は内心苦笑した。
「ではこのお話はここで終わりです。さて、それでは仕事に戻りましょう。少々お願いしたいことがあります」
「何でしょうか?」
「探索班を数名見繕って、この学校周辺の捜索を行って欲しいのです。どんな些細な事でも構いません。なにか不自然な点はないか調べて下さい」
「……と言いますと?」
五十嵐の真意を量り損ねたのか、宮本はどういう事なのか訊ねる。
「……私は今回のモンスター襲撃は、人為的なものだと考えています」
「なっ!?」
その発言に、宮本も、他の生徒会メンバーも驚いた。
生徒会室にどよめきが走る。
「ど、どういう意味ですか、会長?今回の襲撃が人為的なもの?」
宮本はオウム返しに質問をする。
五十嵐は頷き、テーブルの上でゆっくりと手を組んだ。
「ええ、裏で糸を引いている者がいる……。そう考えれば、今回の襲撃は色々と納得が出来るんですよ。」
「ば、馬鹿な……そんな事……」
「ない、と言い切れますか?モンスターを操るスキルや職業がないと。私はよく知りませんが、ゲームなんかでは、そういうジョブやスキルとかがお約束だと聞きましたよ」
「そ、それは……で、ですが!だとしたら、目的は何なんですか!?モンスターを操って人を襲わせるなんて、何の意味が……!」
「意味ならあるでしょう。『経験値』です」
「え……?」
「モンスターを倒せば、私達は経験値を得ます。ならば、逆にモンスターも人を殺すことで経験値を得ているとは考えれませんか?」
「それは……確かに」
「これはあくまで想像ですが、モンスターを使役した場合、そのモンスターの得た経験値の一部が使役者にも割り振られるとしたらどうです?」
戦闘は全てモンスターに任せ、自分は安全圏で悠々と経験値を溜める事が出来る。
もし、その仮説が正しいのであれば、それは実に有力なレベリングの手段と言えるだろう。あまりにも悪辣で、人を人とも思えない所業という点を除けば。
「そんな……そ、それなら……」
事の重大さに、宮本も気付いたようだ。
「ええ、再び襲撃がある可能性は高いでしょう。だからこそ、少しでも対策を取っておきたいのです」
「分かりました。探知系のスキルを持つ者を中心に捜索班を組みます」
「ええ、頼みましたよ。この学校周辺で不審な動きをしている者がいたら即座に知らせて下さい」
「はい。それでは、失礼します」
宮本は慇懃に頭を下げた後、生徒会室を後にする。
他のメンバーにも仕事を割り振らせ、彼女は生徒会室に一人となった。
静寂に包まれた生徒会室で彼女は考える。
(さて、それじゃあ、私は『内部』を調べるとしましょうか)
あくまで彼らには外部犯の可能性を示唆して指示を出したが、彼女はもう一つの可能性も考えていた。すなわち、内部に敵がいる場合である。
その場合、自分以外全ての者が容疑者であり、生徒会のメンバーであっても例外ではない。
だからこそ、彼女はあの場ではそれを言わなかった。
(まったく、誰かは知りませんが、厄介な事をしてくれましたね……)
外部の人間か、それとも獅子身中の虫か。
どちらにしても厄介極まりない。
いや、それ以上に度し難い。
(ああ、汚らわしい、汚らわしい、汚らわしい。クソッ垂れな畜生が。誰の許可を得て、私の可愛い所有物に手を上げている)
ふつふつとわき上がるのは怒りの感情。怨嗟の念だ。
五十嵐十香は支配者だ。
人を従わせて傅かせるのが大好きだ。
他人が己に敬意をもって接する姿はいつみてもゾクゾクする。
最近では、あの西野が自分のスキルで、己に従った瞬間にはえも言えぬ快感が全身を駆け巡った。
この学園は自分の為にある。
このスキルも、生徒会も、生徒たちも、避難民も、全ては自分が支配するために存在するのだ。
支配者として存在する為ならば、彼女は労をいとわない。
上に立つ者として当然の責務だと考えているからだ。
そして、だからこそ、己の支配下にある者たちが傷つけられるのも我慢ならない。
全ての決定権を持つのは自分だ。
愛おしむのも、楽しむのも、傷付けるのも。
それを無礼にも穢し、汚した大罪人。
許せるはずなどない。
(モンスターを使役する者……『魔物使い』と言ったところでしょうか……。絶対にアナタの思い通りにはさせません。絶対に尻尾を掴んで見せます)
まだ見ぬ敵に敵意を燃やしながら、五十嵐十香は今後の対策を練るのであった。