The World Is Overflowing with Monster, I’m Taking a Liking to This Life

120. I thought it was a story. It's often said that my skills are actually amazing.

 バイクを再び走らせること数十分。

 あの巨大蜘蛛との戦闘以降、大したモンスターに遭遇する事も無く俺たちは順調に自衛隊基地を目指していた。

(大体半分くらいまでの所に来たか……)

 現在俺たちがいるのは県境の国道線。

 俺たちの居た町を離れ、山の中を走っていた。

 常に『索敵』で周囲を警戒しているが、今のところは問題ない。

「きゅ、きゅ、きゅー♪」

「こら、静かに」

 新しく仲間になったレッサー・カーバンクルのキキは俺の肩につかまりながら嬉しそうに風に吹かれてる。

 よほど仲間になったことが嬉しいのだろうか?

 てかきちんとしがみついてないと飛ばされちゃうし危ないよ?

 俺は片手でキキをフードの中に入れる。

「きゅー……」

「ふぇ……ぶえくしょん!」

 残念そうな声を上げるキキと、盛大にくしゃみをする藤田さん。

 どうやらキキの尻尾が鼻に当たったらしい。

「あ、すいません……」

「別にいーって気にすんな」

 そんな感じに会話をしながら山中を進むとパーキングエリアが見えてきた。

 自販機とトイレだけが設置されてるシンプルなヤツだ。

「よし、あそこで一旦休憩にしようか」

「ですね」

 順調に進んではいるが、焦りは禁物だ。

 適度に休憩し、心のゆとりを保つ事も必要不可欠。

(それに休憩中じゃないと、イチノセさんに連絡できないしな……)

 モンスターが周囲に居ない事を確認し、俺はトイレに入る。

 ……女子トイレの方へね。

 個室に入りドアを閉め、ステータスプレートを開く。

「きゅっ!?」

 キキが驚きの声を上げた。

 どれどれとメール画面を見ると山のような未読メールがあった。

 全てイチノセさんだ。

(……どうやら今のところは上手くいってるみたいだな)

 頼んでおいたことを彼女はきちんとこなしてくれているみたいだ。

 まあ六花ちゃんも協力してるだろうしね。

 次に俺はチャットを開き、キキが仲間になった事を伝える。

『―――という事なんです。事後承諾になってしまい申し訳ありません』

『……パーティーメンバーの項目にいきなり変な名前が増えてるからどういう事かと思いましたが、そういう事だったんですね。成程、了解しました。

状況が状況ですし、仕方ありませんよ。それに新しい仲間が増えるんです。喜ばしい事じゃないですか。嬉しい気持ちこそあれ、クドウさんを責めるような真似はしませんよ』

 イ、イチノセさん……。

 なんて良い子なんだ。

 メールがアレな部分に目をつぶれば、ホント良い子だよな、この子。

『というかレッサー・カーバンクルですか……。レッサーって付いてますけど、カーバンクルって確かゲームだとバフくれる定番モンスターですよね、イメージ的に。私もネトゲやってる時に何度も助けてもらいましたよ。それかあの超有名落ちゲーのカレー大好きなマスコットキャラクターとかですかね? ていうか、そんなレアっぽいモンスター仲間にしちゃうなんて、クドウさんマジで天然のテイマーの素質でもあるんじゃないですか?』

 どうなんだろう?

 その辺はあんまり意識した事ないけど、確かに普通に考えればスキルやジョブ関係なしにモンスターが仲間になるっておかしなことだよな、多分……?

『ていうか画像! 画像は無いんですか! モフモフなんですよね、その子! めっちゃ可愛いんですよね?はよっ、画像はよっ』

 いや、あるわけないでしょ画像なんて。

 ていうか、メールだとホントキャラ変わりますよね、アナタ。

『……人見知りなんですからメールでくらい饒舌になったっていいじゃないですか。リアルとネット、どっちもコミュ症よりかは幾分マシですよ、多分。

それと画像ですが、『メール』をLV5まで上げれば『画像添付』機能が追加されます。なので、さっさと『メール』のレベル上げてキキちゃんの画像送って下さい。はよ、はよっ』

「…………え?」

 一瞬、俺は素で声を出してしまった。

 チャットの文章をもう一度見る。

『画像添付』機能……? え、マジで?

≪メールを受信しました≫

 証拠と言わんばかりに、メールが送られてきた。

 件名の下になんか画像っぽい項目が追加されてる。

 クリックすると、画像が映し出された。

 床に寝そべってゴロゴロしているモモの画像だった。

 ……かわゆい。しかも4K。無駄に高解像度である。

 いや、違う、そうじゃない。

『私も知ったのはついさっきなんですよ。クドウさんが連絡をくれる少し前に『メール』の熟練度が溜まってレベルが上がったんです』

 ああ成程、そういう事か。

 ていうか、俺みたいに大量のポイントも無いのにそこまでレベルを上げるとは。

 イチノセさん、恐ろしい子……主にメールに関して。

(でも真面目な話、『画像添付』機能ってかなり便利そうだな……)

 撮影した画像は専用のフォルダがあり、保存が可能だという。

 イチノセさんの話によれば『メール』に追加される機能は、

 LV2でチャット

 LV3で同時送信

 LV4で非通知設定

 LV5で画像添付

 がそれぞれ追加されるらしい。

(ヤバい、メールって思ってたより相当便利なスキルかもしれない)

 特に画像添付はかなり使えそうだ。

 今まではレベル上げに抵抗があったが、これからは真面目にレベル上げする事も視野に入れて置こう。

『―――とりあえずはこんなところですね』

『了解しました、こっちでも何かあれば直ぐに連絡します』

 あんまり長くトイレに入ってるわけにもいかないので、必要な情報交換を済ませてチャットを切る。

(モモの画像は、あとでもう一回見よう……)

 癒しになる事間違いなしだ。

 トイレから出ると、藤田さんはバイクに寄りかかりながら煙草を吸っていた。

 激渋である。メチャクチャ画になる光景だ。運転手俺なのに。

「おう、もういいのかい?」

「え、あ、はい、お待たせしました」

 藤田さんは俺に何かを放り投げる。

 缶コーヒーだ。

 一体どこからと思ったら、横に置いてある自販機がこじ開けられてた。

 おい、それでいいのか、公務員?

 そんな考えが顔に出ていたのか、藤田さんは俺の顔を見てはっと笑った。

「誰が責めるってんだよ、こんな世界で?」

「まあ、そうですよね……」

「というかコーヒーでよかったか? 紅茶とかココアとかもあんぞ?」

「あ、いえいえ、コーヒーで良いです」

 微糖大好き。微糖なのに微糖とは思えない程のくどい甘さがいいよね。

 一口飲むと甘ったるい風味が口の中に広がった。

 うーん、ぬるい。

 カフェインと糖分が体内をめぐる、めぐる。

 藤田さんも缶コーヒーを呷るように飲む。

「飲めるときに飲んどかねーとな。役場に戻れば清水ちゃんがうるせーからよ」

 冗談めかして言うが、実際は冗談でもなんでもないのだろう。

 今の世界、缶コーヒー一本でさえ、満足に飲めないのが実情なのだから。

「一応、何本か手土産に持っていくか……」

 そう言って藤田さんはリュックに缶コーヒーを詰めるだけ詰めた。

 俺としては本体の自販機の方も回収したいところだが、今は自重しよう。

「きゅきゅー」

 すると、キキが肩の上でパタパタと動く。

 どうしたの?

「きゅ! きゅーきゅー!」

 キキは藤田さんの持つココアに目を煌めかせている。

「飲みたいの?」

「きゅー」(コクコク)

(……カーバンクルってココアが好きなのか?)

 意外な生態。

 藤田さんに視線を移せば、彼はコクリと頷いてくれた。

 そして笑顔でキキへココアを手渡そうとして……

「しゃー!」

「……」

 思いっきり威嚇された。

 あ、藤田さん、ちょっと涙目だ。

 無精髭生やしたおっさんの涙目とか誰得だよ。

 仕方なく俺が受け取り、フタを開けてキキに渡す。

「きゅー♪ きゅー♪」

 キキは器用に前脚で缶を支えてココアを飲む。

 凄く嬉しそうだ。

 一方で俺の首下でふさふさ揺れる尻尾をチラチラと羨ましそうに見つめる中年男性。

「……ぷっ」

 その状況に俺は思わず笑ってしまった。

「お、おいおい、笑う事ぁないだろ、一之瀬ちゃんよ?」

「いや、すいません。でもおかしくて……はははっ」

「ったく、最近の女子高生はひでーな。おっさんは深く傷ついちまったよ。……ははっ」

「きゅー?」

 俺につられて藤田さんも笑う。

 キキは頭にクエスチョンマークを浮かべて首をかしげていた。

 なんだかんだで良い息抜きになった。

 それから数分後―――。

「……さて、そろそろ出発するか」

「はい」

 再出発である。

 再びバイクに跨り、エンジンをかけようとした。

 だがその直前、『索敵』が反応した。

「ッ……!」

 モンスターじゃない……人の気配だ。

 それもかなり強い。

 こっちに向かって来る。

「おい、どうしたんだ?」

 後ろに跨る藤田さんが怪訝そうな声を上げる。

「……誰か来ます。それも複数」

「何だと……?」

 背後の藤田さんの気配が切り替わる様な気がした。

 張りつめた緊張感の中、俺は『索敵』の反応のあった方向を見つめる。

(『敵意』は感じない……。でもなんだこの感じは……?)

 じっと見つめる事、数秒。

 五十メートル程手前の林から、数人の男達が姿を現した。

 全部で六人。

 全員が迷彩服を着て、手には小銃、背中にはリュックを背負い、ヘルメットを被っている。

「……自衛隊?」

 彼らも俺たちに気付いたようだ。

 こちらを見て驚いている。

「おいおい、まさかこんなところで再会するとはな……」

 藤田さんはバイクを降りて、前に出た。

 すると、同じように、自衛隊の中の一人が前に出てきた。

 年配の男性だ。ともすれば、藤田さんと同い年くらいにも見える。

 二人は近づき、握手をする。

「久しぶりじゃねぇか、十和田。まさかこんなところで会うとはな」

「そっちこそ、生きてたんだな総一郎。無事でよかった」

 ……知り合い?

 もしかして藤田さんが言ってた自衛隊の知り合いってその人の事か?

「一之瀬ちゃん、そんな警戒しなくても大丈夫だ。ここへ来る前に話してたろ? 彼がそうだ」

 どうやらそうだったらしい。

 藤田さんは俺を手招きする。

「……総一郎、その女性は? というか、どうしてこんなところに?」

「あー、話せば長くなるんだがな。ちょっといいか?」

「ああ、別に構わん。俺も話したいことがあるからな。ちょっと待て」

 くるりと自衛隊の人は後ろを向く。

「全員散開! 周囲を警戒しろ」

「「「「「了解」」」」」

 彼の一言で、残りの自衛隊メンバーはすぐさま散開し、周囲を警戒する。

 ショッピングモールにやってきた自衛隊員らよりも動きが洗練されている。

 おそらくこの数日、かなりの数のモンスターと戦ってきたのだろう。

 そう思わせる程に、彼らの動きには無駄が無かった。

 でも……だからこそ俺は違和感を覚えずにはいられなかった。

(余裕が無さすぎる……)

 ともすれば焦っている様にすら見える。

 それ程に彼らの表情は張りつめていた。

 装備もよく見ればあっちこっちに傷が見られる。

 ……嫌な予感が脳裏をよぎった。

 藤田さんは自販機の傍のベンチに腰掛け、俺もその横に座る。

 自衛隊の人は藤田さんの反対側に座った。

「さて、何から話すべきかな―――」

 煙草を咥え、藤田さんはここまで来た経緯を、自衛隊の人に説明した。

 市役所の事、ゴーレムとアリの事、そしてそれを倒すのに彼らの力を借りたいという事。

 自衛隊の人は、藤田さんの言葉に黙って耳を傾けた。

「―――という訳なんだ」

「成程……ずいぶん大変だったんだな」

 藤田さんの説明が終わり、自衛隊の人が頷く。

「まあな。それでもけん爺……じゃない上杉市長や、皆がいたから何とかやってこれたよ。俺一人じゃ、とっくにくたばってたさ」

「そう謙遜するな。お前が居たからみんな生き残れたんだ。お前は昔から人をまとめるのが上手かったからな。あ、一本いいか?」

「別にそんなんじゃねーよ。ほれ」

 二人は昔を懐かしむ様に笑いあう。

 自衛隊の人は藤田さんから煙草を貰い火をつける。

 ふぅーと煙を吹くと、俺の膝の上で寝転がるキキが嫌そうに身をよじらせた。

 ああ、そうか、コイツ煙草の煙が苦手なのか。

 すると彼の視線がこっちらを向く。

「……そう言えば、そっちの君には自己紹介がまだでしたね。初めまして、私は十和田司(トワダ ツカサ)と言います。自衛隊の隊長を務めています。彼(コレ)とは昔からの腐れ縁でしてね。どうか、よろしくお願いします」

 そう言って自衛隊の人―――十和田さんは丁寧に頭を下げた。

 藤田さんとはえらい態度の違いである。

「おい、二十年来の付き合いになる友人をコレとはなんだ、コレとは」

「ふん、今更雑に扱って何か問題あるのか?」

「いや、まあそうだけどよ……」

「あ、えっと……一之瀬奈津です。よろしくお願いします」

「しゃー!」

 俺は頭を下げる。

 ついでにキキが威嚇する。

「……総一郎、一応確認しておくが、それは害はないんだよな?」

 十和田さんは俺の腕の中に居るキキを指差して言う。

「あ、ああ、大丈夫だ。てか、驚かないんだな?」

「俺の部下にもモンスターや動物を使役するスキルを持った奴がいたからな。彼女もそういうスキルか職業を持っているんだろう?」

 いや、持ってないです。勝手に懐かれただけです。

 でも向こうが勝手にそう解釈してくれてるんだし、そういう事にしておこう。

「そうか。それじゃあ、本題なんだが……」

 藤田さんは十和田さんの方を真っ直ぐに見て頭を下げた。

「単刀直入に頼む十和田、力を貸してくれないか?」

「……」

「都合のいい話になるかもしれないが、俺たちの抱えるこの状況を打破するには、お前たちの力を頼るのが一番手っ取り早いんだ。お前たちだって大変な状況に居るのは重々承知だ。でも……それでも頼む。どうか、力を貸してほしい」

「……」

 十和田さんは答えない。

 ただ難しい顔をして、藤田さんを見ている。

 そしてゆっくりと口を開いた。

「……悪いが、無理だ」

「ッ……!」

 その宣告に、藤田さんは愕然とした表情になる。

「そうか……そうだよな。すまん、今の言葉は忘れて―――」

「勘違いするな、総一郎」

 藤田さんの言葉を遮って、十和田さんは続ける。

「たとえどれだけ危機的な状況であっても、国民の助けを求める声があれば、我々はどこにでも駆けつける。国を、民を守ることが我々自衛隊の本分だ。俺たちの力で救える命があるのなら、俺たちは喜んで力を貸すさ」

「だったら―――」

「だがそれは……あくまで我々の力がまともに機能していればの話だ」

「え?」

 そう言うと、今度は十和田さんは頭を下げた。

 その行動に、俺も藤田さんも面食らう。

「すまない……今の俺たちではお前の期待に応えてやることは出来ないんだ……」

 まさか、と俺は思う。

 そして十和田さんは告げる。

 俺たちにとって最悪の宣告を。

「俺たちの居た駐屯地はとっくに壊滅したんだ。生き残ったのはここに居る六名だけだ」

 その言葉に、俺は先ほどの予想が正しかったことを確信する。

 ボロボロの装備。憔悴し切った表情。それが何を意味するのか。

 嫌な予感はしていたんだ。

 出来れば当たっていてほしくなかったけど。

 本当に嫌な予感程よく当たるものである。