西野君たちとの焼肉パーティをした翌日。

 俺は日の光を浴びて目を覚ました。

「知らない天井だ……」

 まあ、昨日来たばかりだから当然だけどね。

 俺が今居るのは市役所を中心とした『安全地帯』――その中にある空き家だ。

 市役所の北方向に位置する住宅街は比較的被害が少なかったため、そこにある何軒かが西野君のグループへと提供された。

 アルパ・ティタン攻略戦でのご褒美という訳だ。

 例え学生であろうと、今や西野君のグループはこの市役所の主戦力。

 待遇を良くしなければ組織として成り立たない。

 文句を言ってる連中も居たが、「なら結果を出せ」と市長が一喝して黙らせた。

 俺にあてがわれたのは六畳ほどの一人部屋だ。

 学習机やマンガ本が詰まった本棚やゲーム機があるのを見るに、ここはこの家の子供部屋だったんだろう。ありがたく使わせて頂きます。

 他の部屋は一之瀬さん、六花ちゃん、西野君がそれぞれ使用している。

 柴田君や五所川原さんは別の家だ。

 柴田君はなにやら文句を―――何故か俺と一之瀬さんの方を見ながら―――言っていたが、西野君が黙らせた。

(……なんか俺、柴田君に目の敵にされてるような気がする)

 なんでだろう?

 やっぱ一之瀬さんに変装してたのが気に入らなかったのかな?

 きちんと謝ったけど、やっぱ納得できてないのかもなぁ……。

「わんっ」

「きゅー」

 そんな風に考え事をしていると、モモとキキが『影』から出てきた。

 二匹とももう起きていたらしい。

「おはよう、モモ、キキ」

 ぴょんと膝に乗っかってくる二匹をあやしながらモフモフを堪能する。

 うん、進化してますます毛並みが良くなったな。

 最高だぜ。

「ん?……なんかいい匂いがするな」

「わふ?」

 モモと共に鼻をひくつかせる。

 台所の方からだ。

 匂いに誘われ台所へ向かうと西野君が居た。

「あ、おはようございますクドウさん」

「……お、おはようございます?」

「はは、何で疑問形なんですか?」

 いや、だって……。

 もう一度、目を擦って俺は西野君の姿を見る。

 西野君はエプロンと三角頭巾を着て、お玉を握っていた。

(…………なにその恰好)

 そりゃあびっくりするよ。

 お玉持って「おはようございます」って、それ普通美少女や新妻がやるヤツでしょ。

 なんで不良然としたイケメン男子高校生がやってんだよ。

 料理男子か、こんちくしょう。

 どうやら朝食の準備をしていたらしい。

 テーブルの上を見ればパンとサラダ、それと卵焼きと味噌汁まであるではないか。

 昨日俺がアイテムボックスから出して冷蔵庫に入れておいた食材だ。

「頂いた食材で勝手に作りましたけど、まずかったですか?」

「いえ、手間が省けました。ありがとうございます」

「もうすぐ六花と一之瀬も起きるでしょうし、皆で食べましょう」

 見た目と匂いだけで分かる。

 これ絶対美味い奴だ。

 西野君、見た目の割にホント多才だよね。あと女子力も高い。

 しばらくして一之瀬さんと六花ちゃんも台所へやってきた。

「ふぁぁ~~おはよー」

「むにゅ……おはようございますん……」

 まだちょっと寝ぼけてる感じのJK二人組。

 パジャマ姿のまま寝癖ぼっさぼさで涎垂らしてる。女子力ぇ……。

「……そう言えば、こうして普通に朝食を食べてますけど、市役所の食堂は使わなくても良いんですか?」

「問題ないですよ。探索班は運んできた食料を全て市役所へ納めなければいけないというルールはありませんから。きちんと一定量(ノルマ)さえ納めていれば、多少誤魔化したところで見逃されます。それにこうして『自宅』を与えられているんですから、その辺は織り込み済みでしょう」

 成るほど。それもスキル保有者の特権って事か。

 俺や一之瀬さんが眠ってる間の二日間で色々な事が変わったみたいだな。

「……ちなみに、そう言った新しいルールを提案したのは五十嵐生徒会長です」

 一気に西野君の表情が曇る。

 まあ、西野君は学校ではあの生徒会長に洗脳されてたからな。

 当然と言えば当然の反応か。

 しかし、あの生徒会長がね……。なんというか、意外だな。

「へぇ……そうなんですか?」

「ええ、他にも色々とスキル保有者に有利になる様な規定(ルール)を藤田さんや市長に提案してるみたいです。……一体何を考えてるんだか」

「んぐ……どーして? 私達に有利になるなら別にいーんじゃないの?」

 牛乳を一気飲みした後、六花ちゃんが首を傾げながら言う。

「……彼女が善意でそんな事提案するわけないだろ。絶対に何か企んでるに決まってる。あとちゃんと口拭け」

「んー、そーかなー? むぐっ、あんがと、ニッシー」

 六花ちゃんのお口の周りをティッシュで拭き拭き。

 西野君は警戒心を隠そうともしないが、果たして本当のところはどうなのだろうか?

 彼女は藤田さんの実の娘だし、市長とも子供のころから親交があったと聞く。

(市長や自衛隊の隊員たちも『魅了』された様子は無かったし……)

 言動に違和感があれば、今の俺ならすぐに気づく事が出来る。

 単純に力に成りたいと思っているのか、それとも別の狙いがあるのか……。

「とりあえず警戒しておくしかないでしょう。何かあれば直ぐに動き出せるよう態勢は整えて」

「そうですね……」

 保留。

 ひとまずはそう結論付けるしかなかった。

「――それで今日の予定は?」

 朝食を終え、俺は西野君に訊ねる。

「俺は藤田さんたちと話し合いです。五所川原さんは清水さんたちと一緒に住民の説得、柴田や他のメンバーは今まで通り探索と食料確保ですね」

「話し合いは西野君だけですか? 俺は探索組に入って良いのですか?」

「ええ、クドウさんの事は藤田さんに話しておきましたから」

 寝ている間にその辺も手を回しておいてくれたらしい。

 西野君、流石すぎる。

「少なくとも藤田さんや市長は必要以上にクドウさんに接触してこないでしょう。周りにもそう伝えてる筈です」

「え? そうなんですか?」

 そう言えば目が覚めてからも最低限の接触しかなかったな……。

 時折、二条のヤツがこっちをじーーーっと見てたけど。

 でも逆にこっちから見れば、真っ赤になって慌てて逃げるんだよな。

 なんなんだ、アイツ?

「彼らにしてみれば、突然自分達の前に現れてあのティタンを倒したとんでもない人物ですからね。どう接触すればいいのか図りかねてるんでしょう」

「ああ、成程」

 確かに今までずっと一之瀬さんの姿で居たからな。

 本来の姿に戻ったのは、二条や清水チーフが襲われている時からだ。

 何も知らない彼らからしたら、俺の存在はさぞ驚いた事だろう。

 まあ、とりあえず今まで通りに動けるのなら俺としては問題ない。

 むしろ願ったり叶ったりの展開だ。

「……というよりも、そうなるように交渉しておきましたから」

「えっ?」

「いえ、何でもないです」

 にっこりと笑う西野君。

 なんだろう、妙に笑顔が怖い。

「とりあえずクドウさんには今まで通りに行動してもらって構いません。というよりも、その方が俺たちにとっても都合がいいので」

「ええ、了解です」

「てことは、ナッつんも今まで通りおにーさんと行動するの?」

「えっ? うん、そのつもりだけど……」

「ふーん……」

 六花ちゃんはチラチラと西野君の方を見る。

「悪いが、今日の予定は決まってるから一緒に行きたいってごねても無駄だぞ?」

「わ、分かってるよっ」

 と言いつつも露骨にがっかりする六花ちゃんである。

 一緒に行きたかったらしい。

「それじゃあ、俺たちは予定通り海へ向かうとします」

「昨日言ってたスライム狩りですか?」

「ええ、アカが力を取り戻せばこれまでよりも遥かに動きやすくなりますから」

 アカの力が戻れば新しいスキルが使える。

 そうなれば行動範囲も飛躍的に広がり、情報や食料も入手しやすくなるだろう。

「待ってろよ、アカ」

「……(ふるふる~)」

 アカは嬉しそうに体を震わせた。

 さて、それじゃあ海に向かうとするか。