何年も秘密結社ごっこをやっていてると、人は思うように動かせないとつくづく思い知らされる。

予想を上回ったり、下回ったり。意識の外を突いてきたり、事故が起きたり。

予想通りに行く事もあるが、それにしても念入りな下準備のお陰でイレギュラーに対処でき予想通りの枠に収まった……というパターンが多い。

天照海外支部の参戦は半分予想通りだった。

天照と月夜見の交戦が始まると同時に、ババァは撮影用ドローンを展開しつつPSIドライブを引っ提げアトランティスに近づいてきていた海外支部(別動隊)に襲い掛かっていた。

俺はメイン戦場の監督に集中していたためババァが何をどうしたのかは分からない。後日撮影ドローンを回収すれば分かる事だ。

ババァは超能力こそ持っていないが、すばしっこく頭が回る。火力と手札をPSIドライブで補えば超能力者四人を相手にある程度立ち回れる。ルー殿下の電気は静電気レベルで事実上戦力外と考えればほぼ3vs1。

ドイツ支部のアーデルハイトちゃんの能力は透明化で、普通なら小細工の擬人化のごとき厄介過ぎる脅威度を誇るのだが、コウモリより耳がいいババァに限っては『音で場所や動きを突き止める』というバトル漫画じみた離れ業が可能なので無効化されたも同然だ。

アーデルハイトちゃんの活躍はババァを下した後にこそ発揮されるはずだった。が、そこからが想定外。浩然(ハオラン)くんの太平洋水抜きの影響はどこまでも大きく、ルー殿下はお帰りあそばされる事になり、縛り上げられたババァに加え護衛のアーデルハイトちゃんも一緒に引き返す結果となった。

一応の置き土産としてメドゥちゃんとポーラに透明化をかけ杵闇(おれ)への奇襲を可能としたのだが、かなり地味な活躍だ。口惜しや。

さて。

海外組二人が俺に連携攻撃をしている間に親分が何か妙な事を言い出した。

俺としては強大な敵を前に二つの秘密結社が力を合わせてウォォーのドカーンのウワーヤラレターを期待していたのだが……超能力者の奥義? 初耳ですが? その場の勢いでテキトーぶっこいてんじゃあねぇだろうな。そういうのは俺に任せてくれよ。

「奥義はやり方さえ分かれば簡単だ。先にリスクの話をしよう」

「リスク? 死ぬんじゃないだろうな」

「いや。二度と超能力が使えなくなるだけだ。代わりに普段とは比較にならん強力な力が出せる」

その言葉に翔太くんと燈華ちゃんはどういう事だと問い詰めはじめる。

しかし俺は疑問より先に納得した。なるほどね。

親分は昔超能力を酷使した後遺症で歩けなくなっていた。身体的には健康そのもののはずが、ボロボロになった超能力原基の影響が肉体にまで波及し障害を生んでいた。能力を使っても激痛と引き換えにほんの数秒から十秒程度動けるだけだ。

そのはずなのに、親分は一撃の元にアトランティス遺跡を粉砕してみせ、一振りで山が吹き飛ぶ拳を乱打してきていた。これはおかしい。せいぜいオリンピック選手ぐらいのパワーしか出せないはずなのに、あまりにも強すぎる。

親分は彼が言う所の奥義を使ったのだろう。細かい理屈は分からないが、二度と超能力が使えなくなる代わりにスーパーパワーを発揮していた訳だ。

そして二度と超能力が使えなくなったから、能力と紐づいた肉体的後遺症も無くなった。さっきから親分が車椅子も使わず普通に立って歩いて動いているのはそういう事に違いない。

親分の言い分と俺が見聞きした情報に矛盾は無い。

超能力に奥義があるなんてこの世界で最も超能力と付き合いが長い俺ですら寝耳に水ではあるものの、そもそも超能力者の増やし方を見つけたのは栞だし、PSIドライブの開発者はババァだと思えば親分が超能力の新しい使い方を発見する可能性は十分ある。

この最終局面で明かされる超能力奥義はアツい! そういうのもっとちょうだい! と栞の膝枕で狸寝入りしながら心の中で盛り上がっていると、燈華ちゃんがトゲトゲしく親分を問い詰めていた。

「本当に裏はないの? また私達を騙そうとしてるんじゃないでしょうね」

「また? おいおい、今までに騙した事があったか?」

燈華ちゃんはしっかり頷いた。

「あなたのところのババァに裏切られたし、マリンランドの遺跡でも剣を盗られた」

「騙した事あったな」

親分もしっかり頷いた。コントかな?

面白いから続けてくれてもいいんだけどさ、今こうしてる間もメドゥちゃんが目を真っ赤に充血させながら足止めしてるし、ポーラは気絶したメンバーを遠くにせっせと運搬してるんだぞ。

もうちょっと真面目にやってくれませんかね。月夜見が絡んだ時点でシリアスなんてありえないのかも知れんが。

「燈華」

「何? 嘘吐きを信じろなんて言われても私は、」

「俺を信じてくれ。やろう」

燈華ちゃんは力強く言う翔太くんを、共に青春の日々を駆け抜けてきた数年来の相棒にして恋人をじっと見つめた。

「絶対に大丈夫だって言って」

「絶対に大丈夫だ。任せろ」

燈華ちゃんは頷き、若いっていいなぁ、と呟いて微笑ましげにしている親分に奥義のレクチャーを要求した。

そして氷山一帯に甲高い指笛が響き渡った。あらかじめ示し合わされていた撤退の合図だ。

メドゥちゃんとポーラは時間停止の支援を受け引いていく。数回も瞬きをすると遥か水平線上で点になっていた。

代わりに世界の闇の前に立ちはだかるのは二人の超能力者。

蓮見燈華が炎の翼を翻し直上に舞い上がるのを世界の闇は目の無い顔で見上げ、エネルギー波のチャージを始める。

燈華ちゃんは両手で来迎印(仏が手で結ぶ印)を結び、静かに凪いだ目で言った。

「世界を照らせ。世界の闇を照らし出せ――――」

体から炎が幾筋も蛇のように噴き出す。体が赤熱し、眩いばかりに輝き始める。氷山が溢れ出す熱波で溶けはじめ水蒸気が揺らぐ。

「――――天照(アマテラス)」

抑えきれず溢れた熱と炎は一瞬人型の太陽に吸い込まれ収縮し、爆発的に解き放たれた。

超常の炎は空気を焼き、氷山を溶かし尽くし、水蒸気爆発が起こす大嵐を纏う巨大な紅蓮の球体を形成する。

地球を何周もするであろう衝撃波が海を凹ませ世界に解き放たれ、破滅的な閃光と熱波の威力を何倍にも引き上げた。

それでも。

「そんな……っ!」

燈華ちゃんはボロボロに崩れ消え始めた炎の翼を瞬かせ落下しながら悲痛な声を上げた。一部がプラズマし紫電走る水蒸気嵐の中に垣間見える黒々とした影が世界の闇の生存を物語る。

彼女の奥義をもってしても世界の闇は滅びない。

実際、彼女が放った熱は太陽並だった。人の身で天文学的数値を引き出してのけたのは偉業という言葉を超えている。だがバリアの熱耐性は太陽の高熱に楽々耐えるのだ。

もっとも奥義まで使ってノーダメージというのはクソゲーにもほどがあるから、熔け落ちたように世界の闇をダメージ加工しておく。

「まだだ!」

凍結能力で熱波を凌いでいた翔太くんがすかさず追撃に入る。

翔太くんの能力は静かだ。派手な音も光も爆風もない。

右手の温度が急速に下がり、空気が白く固形化し周囲の水蒸気嵐が見る間にダイヤモンドダストに変わっていく。

いけ、翔太くん! なんでもいい! その世界の闇は撫でれば死ぬぞ!

翔太くんは世界の闇に向け、その右手を振り抜いた。

「――――――!」

たぶん、何か技名を言ったのだと思う。

だが何を言ったのかは分からなかった。

世界の闇が消滅したからだ。

「!!??」

俺は驚き過ぎて狸寝入りも忘れ飛び上がった。

手加減はしなかった。正真正銘全力のバリアだった。散り際に小粋な演出をしてフィナーレを飾ろうと考えていたぐらいだ。

念力バリアは力場であり、力場が凍り付くなんて意味が分からない。仮に凍り付いたからといってどうにかなるモノではないはずだ。

だが事実として世界の闇に繋がっていた念力の感覚は無い。連携させていた聴覚も視覚も完璧に消失していた。

一体どういう原理なのか、翔太くんの奥義が俺の念力を消滅させたのだ。

急いでもう一度千里眼を現場に飛ばすと、大荒れの海で燈華ちゃんと翔太くんが手を取り合って沈むまいとしていた。

「杵光さん?」

何かが起きた事を察したのだろう。栞が心配そうに俺の顔を覗き込んで来る。

翔太くんが残していった退避用の小さな流氷の上に寄せ集まった面々も固唾を飲んで俺の様子を伺う。

ああ、いや。

そうだ。

これは讃えるべき事だ。

最後の最後で翔太くんは俺の能力を、俺を正面から超えてみせた。

これ以上の幕引きがあるだろうか?

俺は万感の思いで言った。

「終わりだ。世界の闇は消えた」