天岩戸のフロアの一番奥の食器棚に固定されたインテリアのワインボトルを動かすと、ロックが解除され棚が横に動くようになる。ホームセンターでレールと金具を買ってきて、念力でせっせと日曜大工して作った自慢のギミックである。

棚を動かし小部屋に現れた短い螺旋階段を(鏑木さん家の螺旋階段を参考にした)降りれば、そこには一体何から何を守るのかという鋼鉄製で太陽の紋章が刻まれた頑強重厚な観音扉。それを開ければ、天照の秘密基地が姿を現わす。世界の闇は偽装潜入してくるような存在ではないから、パスワードや電子ロックは設置していない。一般人が迷い込まなければOKだ。ひとまずは。

風呂から上がった燈華ちゃんは鏑木さんに案内され高性能パソコンと大画面ディスプレイが設置された監視室や広々としたトレーニング室、レイピアやスタングレネードや防刃チョッキが棚に並ぶ備品室を一通り回った後、車で燈華ちゃんを家に送っていった。燈華ちゃんは明日も学校があるのだ。

夜遅くなってしまったが、両親共に遅くまで働いているので、日付変更前に帰宅すれば勘付かれないだろうとの事。軽い闇をさらっと漏らすのはやめるんだ。

燈華ちゃんには秘密基地を案内中に密かにネンリキンを移植してある。鏑木さんの実例と動物実験で得た感触からして、5〜10日ほどで変異定着するはず。

表向きは燈華ちゃんには自覚していないだけで超能力が眠っていて、それが目覚めかけたため、力に餓え超能力に惹かれて現れる世界の闇に狙われた、という事になっている。

瞑想と他の超能力者との接触により隠された力が目覚め(笑)、訓練して自衛できるだけの力が身につくまでの間は、謎のボスによる超能力で守られる。

説明しよう! 秘密結社天照のボスとは! 天照の設立者であり、世界の闇の出現を感知できる超能力者である! その正体と能力の詳細は謎に包まれている! 鏑木さんだけは正体を知っていて、その底知れない超能力の一端も見た事がある!

自分の超能力に悩み持て余していたところを導いてくれたボスに鏑木さんは敬意を払っているぞ!

一体!

ボスの正体は誰なんだ!!

さっぱり分からないな!!!

さて、謎に包まれたカッコ良いボスの正体佐護杵光はひとまず置いておき、燈華ちゃんの超能力だ。ネンリキン移植で超能力が身につく事は間違いないだろうが、どんな能力が発現するかは予想できない。

単純な身体強化かも知れない。

透視能力かも知れない。

瞬間移動かも知れない。

だがどんな能力でも工夫次第で世界の闇ときっと戦える。そこは心配していない。

困るのは読心系能力が発現した場合だ。マッチポンプ発覚不可避である。そんな事故が起きたら燈華ちゃんにも真実を明かしマッチポンプ仕掛け人側に回ってもらうしかない。

青春の輝きを奪いたくはないがこればかりは神に……仏に祈るしかない。

おおブッダ、どうか仏の道を行く者に御加護を。

世界の闇襲撃事件から三日後から夏休みに入った燈華ちゃんは毎日電車を乗り継いで天岩戸にやってきた。鏑木さんがいると嬉しそうに今日はこんな事があった、こんな事をしたい、鏑木さんのお話を聞かせて、と話し始めるのだが、俺しかいないと(鏑木さんにも仕事や人付き合いがあるのでいつもいる訳ではない)バーの隅の席に座り、彫刻刀を出して黙々と手のひらサイズの木製の仏像を彫り始める。無口キャラ設定故に俺からは話しかけられないし、燈華ちゃんもぼっち特有の話しかけんなオーラを出している。

燈華ちゃんが心を開いてくれない……悲しい……

女子中学生に渋いバーのマスターの魅力は分からないか。いや、俺の魅力が足りていないだけか? ちょいワル親父にコロッといく年頃だしな(偏見)。

魅力磨きは考えていくとして、燈華ちゃんはネンリキン移植後六日で無事超能力が発現した。

しばらくどんな超能力か分からなかった鏑木さんと違い、燈華ちゃんは一目で分かった。グッと力んだ瞬間に一瞬だが手から火の粉が舞ったのである。あからさまな発火能力(パイロキネシス)! 分かりやすい!

俺が燈華ちゃんの超能力原基をバーニングルタミンと名付けると、鏑木さんは半笑いで、鏑木さん伝いに聞いた燈華ちゃんは「ボスの事好きになれそう」と呟いていた。ボスではなくマスターの事を好きになってくれてもいいぞ。いやどっちでもいいか。

燈華ちゃんの発火能力の使用感覚は念力に似ていて、手に力を入れてグッとやると火が出るらしい。例によって初めは反復あるのみ。バーニングルタミンをクタクタになるまで酷使し、成長痛を経て、超回復させる。そうして基礎力を上げる地道な基礎トレが燈華ちゃんを待っている。

若さの為せる業なのかそれとも単なる体質なのか、燈華ちゃんの成長はぶっ飛んで早かった。いや、成長率そのものは1.4倍と高くないのだ。

佐護杵光……念力1.3倍

蓮見燈華……発火1.4倍

鏑木栞………時間1.7倍

と並べてみると、普通ぐらいに見える。

しかし燈華ちゃんは成長痛が早くきて、早く収まる体質だった。

俺や鏑木さんは超能力原基を酷使すると翌日に成長痛に襲われる。翌々日には収まるので、二日に一度1.3または1.7倍に成長する。

しかし燈華ちゃんは酷使したその日のうちに成長痛になり、翌日には収まる。つまり一日一回1.4倍に成長する。二日で1.96倍! 鏑木さんより成長速度が早い! インフレやめろ!

俺と鏑木さんは揃って密かに凹んだ。

歳をとると筋肉痛が遅れてくる。学生時代は激しい運動の翌日にガッツリきた筋肉痛も歳をとるにつれて一日遅れ、二日遅れでくるようになり、容赦無く肉体の衰えを突きつけてくる。成長速度の差はまさかそれなのか? 若い方が成長率が高いのか?

俺達は二十代、まだまだ若いぜと思っていたのに、これである。歳を取るわけだ。

まあ俺が念力に目覚めたのは17歳だから、14と17でここまで成長率に差が出るのかと言えば首を傾げるところではある。まだサンプルは三つ、偶然の偏りは大きい。

なお燈華ちゃんの成長痛は「カルマが肉体から彷徨い出て混沌の空に溺れてる感じ」らしい。ちょっと仏教っぽくて笑った。どーでもいいとこで個性出ますねぇ!

燈華ちゃんは右左どちらの手でも火を出せるのだが、その温度はたったの41℃。風邪を引いているようなものだ。確かに火の粉が散り、手が赤く燃え上がっているように見えるのに、41℃。本物の物理的な火ではない。

微妙に温度が高いから、幻の炎というわけでもない。かといって何かを燃やせる温度でもない。冬のホッカイロ代わりには最適だろうが、攻撃転用は今のままではキツそうだ。発火能力の基礎行使で伸びるのは継続発動時間で、使えば使うほど燃やし続けていられる時間が増えていく。温度を上げるには応用訓練が必要なようだ。

最初は一秒足らずだった発火維持時間も訓練開始14日目にして55秒に達し、鏑木さんを超える。しかもまだ底が見えない。

あっさり効果時間を抜かれて焦った鏑木さんにおずおず頼まれ追加でネンリキンを移植してみたりもしたが、更なる成長や変化は何も起きなかった。移植ネンリキン量は成長率や成長限界に影響しないようだ。

世界の闇と戦うぞ! と決意を固め、目覚めた超能力に最初は喜んでいた燈華ちゃんも最近はうんざり気味だ。まあ41℃だもんなぁ。拳に纏って殴ってもファイアパンチならぬホカホカパンチにしかならない。スタンガンだのナイフだのを使った方が明らかに攻撃力が高い。しょっぱ過ぎる。

成長はしてるけどイマイチやる気が出ない気持ちも分かる。そりゃ、何これガッカリ能力、と思うだろう。

地味な一日一分足らずの訓練をしている間、世界の闇が出ても鏑木さんかボスが倒している(という設定だ)。戦えない自分をもどかしくも思うだろう。

でもな、燈華ちゃん。それは俺も通った道だ。ショボいからと投げ出さず、コツコツ地道に訓練を積み重ねれば必ず結果はついてくる。

うんざりしてる暇は無いぞ。

君は発火能力者だろう。

もっと熱くなれよ。

熱い血燃やしてけよ。

人間熱くなったときがホントの自分に出会えるんだ!

だからこそ、もっと! 熱くなれよおおおおおおおおおおお!!!

はい!

では応用訓練の時間です!

飽きっぽいイマドキ女子中学生のために、おじさんが発火温度向上訓練を考えておいたぞ!

55秒の基礎があればとりあえずはいいだろう。応用と並行して基礎訓練もまだ続けるが、鏑木さんも44秒で応用編に入って結果を出したのだから、早過ぎるという事もないはず。

俺が注目したのは41℃という温度だ。

なぜ100℃でも36℃でもなく、41℃なのか。理由なんて無いのかもしれないが引っかかった。

日常で接する41℃といえば、重い風邪か風呂だ。鏑木さんが問診したところ、燈華ちゃんは風邪についてはそこまで覚えていなかったが、毎日の風呂は41℃だという。

燈華ちゃんは発火能力発動時、火を出している漠然とした感覚こそあるが、特に暖かさは感じていないらしい。それは41℃の火を出すと同時にその温度を遮断している事を意味する。

俺は燈華ちゃんが日常的に体感し、体で覚えている温度が41℃だからこそ、その温度しか遮断できず、出せていないのではないか、という推論を立てた。

鏑木さんは想像に頼り過ぎている、と推論の穴を突きたがったが、俺はそうは思わない。俺の念力訓練はいつもこんな感じで考え、試し、成功してきた。鏑木さんの時間停止訓練法も当たった。

そもそも超能力そのものが論理的にあり得ない存在なのだから、論理なんて参考にする程度でよいのだ。考えて、感じろ。

果たして佐護流トレーニングは上手くいった。発火能力を発動した状態で両手を45℃の熱めの湯に突っ込み、41℃の耐熱性を少しだけ超えるその熱さを感じ抵抗する感覚を養ってもらったところ、それまでとは違った種類の成長痛が起き、翌日45℃の炎を出せるようになっていた。

なお、発火と耐火はセットで発動するため、無防備な時に湯をぶっかけたら普通に熱いようだ。

訓練成功を受け、鏑木さんはお手上げ状態だった。無邪気に喜ぶ燈華ちゃんを帰した後、天岩戸に残ってカウンター席で日本酒のおちょこをぐいっと煽った。

「私が理論を組んで訓練法を考えるより、佐護さんが感覚頼りに考えた方が上手くいくみたいね。なんだか理不尽だわ」

「いやそんな事言われてもな」

俺だって頑張って勉強した公式を使って難解な数学の問題をさあ解くぞ、と意気込んだ直後に隣の小学生が勘で正答していたら軽くキレそうになるが。言われても困る。

気まずくワイングラスを磨く俺に鏑木さんは責めてる訳じゃないわ、と言った。

「きっと佐護さんは超能力を訓練する天性の才能があるのね。もう超能力に関しては任せるわ」

「任せろ」

任せられた。

天岩戸のマスターとして日々知識と技術を蓄え、貫禄を磨きながらせっせと訓練メニューを考える。

表向きは俺は秘密結社本部の表の顔である天岩戸のマスターで、超能力を持っていない。訓練法を考案しているのは謎のボス。燈華ちゃんにとっては天岩戸のマスターはいつも仏頂面でワイングラスを磨いたりコーヒーを淹れたりしている人だ。せめて夏休み中にはもう少し仲良くなりたい。無口無愛想キャラをチョイスしたのは俺だから自業自得だけども。

燈華ちゃんの発火温度向上訓練だが、ちょっと辛いが火傷せず我慢できる温度である8℃ずつ上げていく事にした。45℃まで耐えられる状態だと、45℃は36℃(人肌)であるかのように感じ、46℃は37℃に感じる。つまり耐火温度を8℃超えると体感44℃。無理しない範囲ではこれが限界。

まずはお湯で100℃まで。温度計で調整したお湯入りの鍋に手を突っ込んでもらい、45℃、53℃、61℃、69℃、77℃、85℃、93℃、100℃と上昇。

その次はガスコンロで1700℃まで。いきなりガスコンロの火に手を突っ込むと焼けただれてしまうので、フライパンを経由する事で温度を調節する。熱したフライパンに手を押し付ける燈華ちゃんは拷問でもされているような絵面だ。

ガスコンロの温度1700℃を卒業するには一日8℃で200日かかる計算だ。半年ちょいか。夏休みどころか冬休みも終わるな。

気が早いがガスコンロの次は溶接に使われる酸素アセチレンバーナーで3000℃。ニトログリセリン……ダイナマイトで4000℃。それ以上の高温になると太陽(表面6000℃、中心1500万℃)レベルになってくる。

太陽に比べれば比較的簡単に用意できるニトログリセリンの4000℃に達するまでに一年四カ月か。長いような短いような。100℃以下で成長が止まり湯沸かしガールにならなければいいのだが。普通にありそうで困る。せめて紙の発火点450℃までいければ格好もつく。

100℃を超え湯沸かしガールを超えつつある頃には八月になり、炎放射訓練も始めてみた。

燈華ちゃんはデフォルトだと手に火を纏う事しかできない。それはそれでカッコいいのだが、このままでは燃える手でぶん殴る事しかできない肉弾魔法少女になってしまう。射程延長、火炎放射は覚えて損はない。

炎放射訓練は、まず人差し指だけの温度を高める事から始めた。人差し指の温度を100℃、それ以外の部分を41℃に抑える。この温度差調整には一週間かかっていた。

人差し指だけ温度を高める事ができたら、次は親指だけ、小指だけ、薬指だけ、中指だけ、と切り替えていく。最初の人差し指でコツを掴んだのか、これは三日でできた。

指の温度変化を覚えたら、爪だけ、爪の先だけ、手首だけ、と手全体を自在に温度調節できるようにする。

それもできたら今度は手首、手のひら、指の付け根、指先の順番に温度を移動させる訓練。

そして温度移動を滑らかに波打つようにスムーズに。

最後は温度移動を勢いよく!

勢いあまって炎が手の先から吹き出せば成功だ。

燈華ちゃんは段階を踏んで能力操作を身につけていき、八月の終わりには指から炎が少しだけ吹き上がるようになった。温度も300℃に達し、紙の発火点までもう少し。燃えやすい木屑なら着火できるところまで来ている。

九月中には満を持して対世界の闇戦に参加してもらって大丈夫そうだ。

無制限に伸びるかと思われた継続発火時間は八月になってから18時間で止まり、成長限界は見えた。これが若さか、と悟った気持ちで見守っていた俺達は安心したようなガッカリしたような。

まあどうせ18時間連続で発火させる機会などない。睡眠時間もあるのだからほとんど時間制限などないようなものである。これからは温度向上と火炎放射訓練に注力する事になる。

さて、学生の夏休みといえば宿題である。

燈華ちゃんは見られてはマズい能力訓練の時以外は地下拠点ではなく表のバーにいて、冷房の効いたテーブル席で東大卒の若い整形美人おねーさんに毎日のようにマンツーマンで優しく宿題を教えてもらうという男子中学生の妄想が現実になったような充実した生活を送っていた。

くそっ、俺もこんな夏休みの秘密の個人レッスンしたかった。青春を噛みしめるんだ燈華ちゃん。十年後に嘆いても遅いぞ。

鏑木さんと燈華ちゃんは夏休みの間に姉妹のように仲良くなっていた。

燈華ちゃんは鏑木さんに理想の大人の女性像を見出し憧れているが、かといって盲信する訳でもなく、夜に鏑木さんが酒を飲みはじめるとちょっと嫌な顔をするし(仏教には禁酒の教えがある)、肌に悪いからと止められてもよく夜更かししている気配がある。

マイペースさとマイルールは信仰スタイルにも現れていて、長く見ていて段々分かってきたが燈華ちゃんの仏の道は割といい加減だ。数多い仏教宗派の教えの中から、自分好みのものをチョイスしてちゃんぽんしている。仏は尊敬しているがお坊さんはみんな檀家に金をせびる生臭坊主と決めつけてかかっていたり、酒を嫌がる割に獣肉をぱくぱく食べていたり。鏑木さんがそれを指摘すると「大丈夫です。仏は心が広いから許してくれます」と開き直っていた。そういう問題なのか……?

俺も燈華ちゃんと仲良くなりたいのだが、全然心を許してくれる気配がない。

何か起きないかと待っていても何も起きない、動かなければ始まらない事を俺は知っている。燈華ちゃんと仲良くなりたければ行動あるのみである。

という訳で、俺は夏休みの間にラテアートを勉強した。かわいいラテアートで女子中学生の心をゲットだぜ。天岩戸はバーだが、昼間は喫茶店と化している。ラテアートを出しても問題はない。

若干キャラ変をして、これからは渋い外見と行動から繰り出されるほのぼのラテアートを通して年頃の娘に恐る恐る歩み寄るぶきっちょな親父感を出していきたい。

鏑木さんには「ちょっと複雑な役になるけど演じきれる?」と心配されたが、女子勢からハブられているようで最近ちょっと寂しかったので押し切った。

このまま女子が勢力を増すと俺がフェードアウトしてしまいそうだから、次の天照構成員は男で決まりだな。

ラテアートに必要なエスプレッソマシンなどの一式を揃えてもらい、俺は燈華ちゃんが発火訓練をしている間にラテアート訓練に勤しんだ。頼めば何でもポンと買ってくれるのは天照の出資役の面目躍如だ。鏑木ママーあれ買ってー! と頼んでダメと言われた記憶がほとんどない。ダメになりそう。いつもお世話になっています。

俺は手より念力の方が器用で、念力を使えば練習無しでもコーヒーカップに容易く平等院鳳凰堂を描けるのだが(鏑木さんに大ウケだった)、バーのマスターは超能力者ではないという設定上燈華ちゃんの前ではそんなズルはできない。

夏休み最終日、鏑木さん不在のため隅の席でひっそり般若心経の写生をしている燈華ちゃんに無言でラテアートの差し入れをする。

燈華ちゃんはぬっと現れた俺に身を強張らせていたが、ラテアートを見て目を丸くした。

「にゃんこだー! かわいい!」

燈華ちゃんはパッと顔を輝かせた。眩しい。かわいいのは燈華ちゃんなんだよなぁ。

ニコニコしてしまいそうになる表情筋を念力で押さえつけいつもの仏頂面を作る俺。

一気に打ち解けお礼を言ってくれる燈華ちゃん。やっててよかったバーのマスター。

夏休み明けから燈華ちゃんは転校し、新生活が待っている。環境の変化で疲れる精神をラテアートで少しでも癒せれば、ついでに俺への好感度を上げてくれれば幸いだ。

そう。燈華ちゃんは二学期から天岩戸がある東京都足立区の社宅に引っ越し、区内の中学校に転校する。鏑木さんが裏から手を回した結果だ。

そんな事をした理由は二つ。通勤時間と、家庭環境改善。

まず通勤時間だが、埼玉の蓮見家から東京の天岩戸まで電車で一時間かかる。これまでは夏休みだから通えたが、二学期が始まると放課後に往復二時間かけるのは辛い。電車代の問題もある。

次、家庭環境改善。そもそも蓮見家の両親の仲の悪さは蓮見父の給料の安さに端を発する。そこで鏑木さんが蓮見父が務める会社に多額の出資を提案し、出資の条件として蓮見父の東京本社転勤と給料アップを突きつけた。会社はゼロの桁を間違えたのではという金の暴力に即堕ちダブルピースをキメ、蓮見父は晴れて栄転となった。

時期外れの急な人事異動だが、実直な勤務態度がたまたま上役の目に留まり鶴の一声があったという体を装ったため、燻っていた蓮見父は疑いもせず幸運を喜び、給料アップで不本意なパートタイムのバイトから解放される蓮見母も喜んだ。転勤にあたり引っ越す話になれば、学校に友達がいない燈華ちゃんに嫌がる理由もなく。蓮見一家はさっさと荷物をまとめて引っ越す事になったのである。

本社へ転勤する話が出てから両親が喧嘩しなくなった、と燈華ちゃんも嬉しそうだ。

こういう時は札束で殴れる鏑木さんマジ強い。もっとも今回の件をゴリ押す代償に個人資産をかなり失い、これからもこんな出費がありそうだから何か考えないと、と悩んでいるのだが。

燈華ちゃんの転校は勧誘が決まった時から薄っすら考えていた事だ。

お分かりだろうか。

「美少女転校生がやってきてその正体は超能力者」という親の顔より見たベッタベタのシチュエーションを再現できてしまうのだ!

よーし、おじさんボーイミーツガール仕掛けちゃうぞー!