病院での飛び降り騒動の翌朝。『魔女っ娘キャロルちゃん』に登場する悪役、舎弟少女リリーちゃんのコスプレをした鏑木さんが天岩戸にやってきた。

タブレット端末でスライドショーを表示しながら分かりやすくお願いしていたシゲじいマッチポンプの修正作戦を説明してくれる。

「――――つまり、破滅願望があるように見えても実行に移す可能性は低いのよ。私は口が悪いだけで本当は良い娘だと思うわ。だからそれを確かめるために――――」

鏑木さんが語る三景ちゃんの分析が昨夜俺が成り行きで偶然知った情報と丸被りしている。

言い出し辛い。緊急依頼出したけど全部無駄にしちゃったごめん、なんてめちゃくちゃ言い出し辛い。でも言わないといけない。

「その人の根本的な行動原理を見る手段として、まず頭が働かない状況に置く必要があるのね。寝て起きたばかりとか、命の危険に晒されるとか、時間が無くてすぐに行動しないといけないとか。そういう状態でこそ本音が出るのよ。例えば、」

「あー、鏑木さん。ちょっと」

「質問かしら?」

「いや、あの、あー……昨日……その、全部、終わりました」

昨晩の顛末を話しながら鏑木さんの顔色を伺うが、ずっと柔らかく微笑んだままだった。ポーカーフェイスが上手過ぎて怒っているのか気にしていないのか全く読めない。こわい。

口を挟まず事情を最後まで聞き終わった鏑木さんは、一つ頷き、一言だけ言った。

「帰るわ」

「うわー! 待った待った! 俺が悪かったから! 見捨てないで下さいお願いします!」

怒ってるじゃん! 絶対怒ってるじゃん!

タブレット端末をしまって帰ろうとする鏑木さんの袖を掴んで止めると、鏑木さんは首を傾げた。

「何をそんなに焦っているの? こういう事もあるわ。わざとでは無いのでしょう? 気にしなくていいのよ」

「でも怒ってるだろ」

「怒ってるわ」

鏑木さんの火の球ストレート! 怒ってたらちゃんと怒ってると言ってくれるから鏑木さんは話しやすい。が、俺は死ぬ。

許して! 悪かったから! 俺が悪かったから! 反省してるから!

流石に俺でも分かる。これ、このまま鏑木さんが帰ったら関係がこじれるやつだ。ただでさえ最近魔法城にどっぷりハマって全然天岩戸に来なくなってしまった鏑木さんが離反してしまう。

「鏑木さん、落ち着いてくれ。話せばわかる」

「私は落ち着いてるわ。佐護さんが落ち着いて。何をそんなに焦っているの?」

「え、いや、その」

これ改めて口に出すと恥ずかしいな。

「鏑木さんに嫌われたかと」

「……ふふっ。大丈夫よ。私は佐護さんの事、愛してるわ」

鏑木さんは虚を突かれた顔をした後、破顔一笑して俺を抱きしめ耳元で甘く囁いた。

は、はわわわわあっわっわっわがっわあわっわあっわあわあわああわあっわわ!

かぶらぎさん、やわらかい。

みみがしあわせ。

いいにおい。

すき。

「チチッ! ヂヂヂヂヂヂヂヂヂ!」

「痛っ!」

カウンターで一人遊びをしていたイグが威嚇音を上げながら飛んできて鏑木さんの服を駆けのぼり、手に持ったおもちゃのシンバルで耳を強かに打った。そしてそのまま耳元でシャンシャンシャンシャン騒音を鳴らしはじめる。

イグのインターセプトで俺は辛うじて正気に戻った。「かぶらぎさんだいすき」しか言えないゾンビ状態になるところだった。あぶねぇ。

ところで今ほとんど告白された気がするんだが俺も言った方がいいのか?

いや待て、今のは出来の悪い息子か弟を安心させるような感じの「愛してる」だった気もする。迷惑をかけ養われ世話になり過ぎて、もしかしてもう男として見られていないのでは……?

分からない。もう何も分からない。

混乱して頭が働かない俺に、鏑木さんはイグを摘まみ上げて巣箱に押し込みながら機嫌良さそうに言った。

「佐護さん、私がいなくて寂しかった?」

「あ、ああ」

「そう。今日から復帰するわ。魔法城はしばらくお休みね」

流れがよく分からないが不在がちだった鏑木さんが戻ってくる事になった。

け、結果オーライ?

病院騒動から十日後。日之影三景は目覚めた超能力、操影筋束(シャドウフィラメント)の訓練を始めていた。

三景ちゃんが操影筋束(シャドウフィラメント)を発動させると、三景ちゃんが作る影が動く。

強い光が作る濃い影ほど動かしやすく、弱い光が作る薄い影ほど動かしにくい。

大雑把に二倍の明るさが作る影なら二倍動かせるし、明るさ半減なら動かせる距離も半減する。

初期状態では500ルクス(蛍光灯で照らされた室内の明るさ)で2cm動いた。

1000ルクス(夕暮れの明るさ)なら4cm。

10ルクス(ロウソク)なら0.4mmだ。

今は夏で日差しが強いから、晴天の屋外・南中時刻なら100,000ルクスで400cm動く。

要するに周囲が明るいほど強くなる能力だ。真っ暗闇では無力になる。

初期値でこれほどはっきり発動が分かる超能力も珍しい。成長率もなかなかのもので、二日に一度1.8倍ずつ動かせる距離が伸びていく。

とはいえ影を動かす、といっても単純に縦横に引き延ばすように動くだけで、攻撃も防御も補助も何もできない。「なんか不気味」と思わせる以上の事はできない。基礎訓練を積み上げても、めっちゃ影が動く! すごい! で終わりだ。三景ちゃんの活躍は能力がどこまで応用できるかにかかっている。

三景ちゃんは高成長率で基礎力の伸びも良いので、三週間経ち影を屋内で7m動かせるようになったあたりから早速応用訓練に入った。

まずは光源を動かすところから。今までは固定した光源の前に立ち、立ち止まったまま自分の影を動かす訓練をしていたが、今度は光源を固定せず動かす。

光源が動くと当然それに合わせて影も動くのだが、それに逆らってもらう。光源の角度を変えれば影の形や大きさも変わる。これにも逆らってもらう。

光源が作る自然な影を単純に拡大するのではなく、意図的に影の大きさ・形状を維持制御する感覚を養うのだ。

この訓練により、三景ちゃんは一週間で光源の位置や角度に関係なく影の形状を自在に変えられるようになった。なお、影を自分から切り離すのは無理らしい。自分から伸びて繋がっている影でなければ動かせない。

次にやったのは感知訓練。

操影筋束(シャドウフィラメント)は光の強さによって効率が変わる。暗いほど抵抗が大きく、明るいほど楽だ。これは三景ちゃんの五感には無関係である。

三景ちゃんが目を閉じ目の前が真っ暗になっていても、強い光が濃い影を作っていれば影を簡単に動かせる。つまり三景ちゃんは影を通して光を感じる事ができるのだ。

この感覚を研ぎ澄ますため、三景ちゃんにアイマスクをかけた状態で用意したカンテラのツマミを絞ったり開いたりして明るさを変え、具体的に何ルクスの明るさか言い当ててもらう。光感知機材を傍において答え合わせができるようにするのも大切だ。

実際、目を使わずに光を感じる、というのは超能力を使わずとも不可能ではない。全盲の人間の中には暗い部屋に灯りが灯ると瞬時にそれを察する者もいる。

光はそれ自体がエネルギーを持っているため、肌に光が当たりそのエネルギーでほんの僅かに温かくなるのを敏感に感じているという説が有力だ。

目が視えなければその分他の感覚が鋭敏になる実例の一つである。

超能力を持たない一般人ができる事を超能力者ができない道理はない。

入院中の中一女子の病室に通って目隠しをさせ怪しげな機材を設置しカンテラをチカチカさせながら問答を繰り返すシゲじいは理由を知らないと洗脳か何かをしているようにしか見えないので、看護師には絶対に見つからないようにと厳重注意しておいた。

三景ちゃんはこれもまた一週間で感知訓練を概ねクリアした。今の三景ちゃんは目を閉じていても1ルクス単位で光の強さを言い当てられる。それは同時に自分の影の濃さや形や大きさを目で見ず体の延長として知覚できるという事でもある。

そして影の形状操作と感知訓練を踏まえ、大本命の発展訓練、影の立体化に挑む。

これさえできれば手品同然の影能力でも世界の闇と戦える。というかこれができないと辛い。やってやれない事はないはず。

現実的に考えて影が立体化できるわけないのだが、燈華ちゃんの炎は炎によく似た何かだし、ルー殿下の電気も電気によく似た何かに過ぎない。三景ちゃんが操る影も影によく似た何かに過ぎないわけだから、立体化しても何もおかしくない。

……と、思う。たぶん。

だって影能力だぞ? こう、影を伸ばして鋭く鎌みたいにしてザックリ敵を切ったり、影が伸びて這い上がって敵をぐるぐる巻きにして拘束したり、あるじゃん? おじさんそういうの見たいな。

もちろん、そういうのは世の創作家達の妄想の産物であり、同じような事を三景ちゃんができる事を保証するものではない。

ルー殿下の発電能力がまるで使い物にならなかったように、三景ちゃんも影がめっちゃ動いて目を閉じていても明るさが分かる、すごいっちゃすごいけど戦闘力皆無な能力者として完成してしまう可能性も十分にある。

でも夢見るぐらいいいよね。三景ちゃんは最近よく「夢みたい!」と言ってはしゃいでいるが、夢で終わらせないでくれよ。三景ちゃんに夢を見せてるんだから、俺にも夢を見させてくれ。

影の立体化訓練にはまた光源の移動を使った。

まずは室内で三景ちゃんを照らし床に影を作る。そして日が沈むように光源の角度を変えていくと、影が伸びていき、床から部屋の端に移動して、最終的には壁を這い上がっていく。三景ちゃんにはこの「影が垂直に壁を上がる」感覚を掴んでもらう。感知訓練で影を通した感覚を養った今なら分かるはずだ。

水平方向だけでなく垂直方向に影が動く感覚が理解できれば、影を垂直に動かす、つまり立体化させる事もできる。と思う。

そして訓練は極めて順調に進んだ。俺が考えた訓練法が良かったのか、三景ちゃんが才能に溢れているのかどちらなのかは知らないが、三週間で影の立体化をマスターした。曰く、「エレベーターに乗った時のぐわん、って体が取り残されるようなイメージで影を空中に動かせばいい」らしい。なんとなく分かる気がする。

そんなこんなで夏はあっという間に過ぎていき、秋も深まり十一月に入る。

冬休み前に大きめのイベントを一つやっておこう、という事で鏑木さんは根回しを進めていて、俺は三景ちゃんの訓練を監督しながら新型PSIドライブの開発調整役をしていた。

秘密結社天照が誇る秘密兵器PSIドライブの開発修理を請け負う金属加工会社鐘山テックは、社長が俺をハメて社会的に抹殺しようとした一件以来俺にも鏑木さんにも頭が上がらない。けっこうな無茶を言っても秘密厳守で黙々とこなしてくれる。

そもそもPSIドライブはババァの全面的な技術協力を元に作成されたもので、当初はババァがいなければメンテナンスもおぼつかない有様だったのだが、開発開始から既に三年が経過している。

三年もあれば異質な異世界産技術の理解も技術蓄積も進み、ババァ抜きでも既存PSIドライブのオーバーホールや欠損部品の生産、新規PSIドライブの作成も可能になる。

鐘山テックは東京証券取引所にも上場している正真正銘の大企業で、天照と提携を始めてからその業績は右肩上がりに伸び続けている。

豊富な資金力を設備投資と人材募集育成に注ぎ込み、福利厚生も充実。最近では電車の中で広告を見かけるし、テレビCMも打っている。

金回りが良く、優秀な人材が集まり、信頼もできる、三拍子揃った都合のよい秘密結社支援団体なのである。

都合の良い会社に育つように念力や鏑木さんの手回しで何年もサポートしまくっているから当然の成り行きなのだが。鐘山テックは俺達が育てた。

その鐘山テックに開発を依頼して、形になりつつある新型PSIドライブこそが「ワープゲート」と「変身リング」である。

どちらもシゲじいの血液燃料で稼働する。

シゲじいの次元筋線維(ユニバーサルコメア)は29回で成長が止まり、最終格納限界容量は149400L。これは大体大型トラック一台分に相当する。

射程は黒いモヤが届く範囲に限られ、黒モヤを伸ばせるのは5mが限度。つまりシゲじいが無敵に近い戦闘力を発揮したり、瞬間移動したりできるのは5m圏内に限られるのだ。

が、その射程の問題をPSIドライブが解決する。

PSIドライブにシゲじいの血液燃料を充填して起動すると、黒いモヤが出る。このPSIドライブによって発生したモヤも亜空間を通じて繋がっている。

従って、例えばブラジルに置いたPSIドライブを起動させ、同時に東京で別のPSIドライブを起動すれば、発生した二つのモヤを通じてブラジルから東京へ、東京からブラジルへワープできるのだ。

厳密には、東京からブラジルへ行きたいなら

①東京のPSIドライブを起動

②モヤが発生し、モヤの中に周囲の空気が流れ込み亜空間に格納されていく

③亜空間容量が空気で満杯になる前にモヤに飛び込む

④ブラジルのPSIドライブを起動。東京とブラジルの間で亜空間が共有される

⑤東京のPSIドライブをオフにする

⑥ブラジルのPSIドライブをオフにする

⑦亜空間が解除され、ブラジル側で格納されていた空気と共に飛び込んだモノが吐き出される

こういう手順を踏む必要がある。

シゲじい本人のモヤもPSIドライブのモヤも全て同じ亜空間に繋がる事を利用したギミックだ。

……まあ要するにシゲじいの血で動くワープゲートだ!!!

ワープゲートPSIドライブは銀色の金属でできた長方形の枠で、スイッチを入れると枠の中に波打つ漆黒のモヤが発生する。すごくワープゲートっぽい。

既に動物実験も済ませ、ワープに伴う安全性は概ね保証されている。

マウス実験の後に鐘山テックの研究員が初めて月面着陸を試みる宇宙飛行士のように厳かにワープゲートに入り、何事もなく出ている。男女三十人ほどのメンバーが全員試し、不調や後遺症は全く見られないため、人間のワープゲート通過は安全だと分かった。亜空間内は時間が停止しているから、格納・通過中の記憶はない。

問題は超能力者の通過だ。

非能力者が安全に通過したからといって、超能力者が安全に通過できるとは限らない。そこで俺はPSIドライブにそれぞれの血を入れ、起動させた状態でワープゲートに投げ込んでみた。

結果。俺、燈華ちゃん、翔太くん、イグ、クリス、親分、見山、殿下の血を入れたPSIドライブは何事もなく吐き出された。内部では時間が止まっているので、燃料の残量メモリが放り込んだ瞬間と変わらない状態で放り出される。

不具合が起きたのは鏑木さんと三景ちゃんのPSIドライブだ。

鏑木さんのPSIドライブは残量メモリが大きく減った状態で吐き出された。これは鏑木さんがワープゲートに入った場合、時間が停止せず意識を保ったまま亜空間を漂う可能性を示している。時空間に類する能力が干渉したのだろう。

この結果を受け、鏑木さんは更にいくつかの検知機器をワープゲートに投げ込みデータを取った後、高名な物理学者の何人かに詳しい事情を伏せて意見を聞きに行った。

俺の頭ではどんな考察があったのか説明されてもさっぱり分からないが、とにかく熟考の末問題無いと判断したらしい。

少し緊張してワープゲートに入っていった鏑木さんは普通に出てきた。

鏑木さんが亜空間に入ると、無重力で真っ暗闇の中で時間が経過していくのが感じられるらしい。が、それだけで、特に後遺症とか副作用とかそういうのは無いようだ。

一方、三景ちゃんのPSIドライブはもっとヤバかった。

融合事故が起きたのだ。

三景ちゃんのPSIドライブをワープゲートに投げ込んだ瞬間、シゲじいの胸のあたりに投げ込んだはずのPSIドライブが出現。完全に臓器や肉と融合してしまっていて、シゲじいはショック症状を呈し失神した。

それを見た鏑木さんが即座に時間を止め、停止した時間の中で俺が念力で癒着したPSIドライブを摘出。緊急用に用意しておいたイグの治癒PSIドライブを最大出力で起動し事なきを得た。

迅速な対応のおかげでシゲじいは融合事故後も何事も無かったようにケロっとしていたが、PSIドライブでこれなのだから三景ちゃん本人がワープゲートをくぐるのは到底無理だろう。大惨事が起きてしまう。

恐らく、三景ちゃんとシゲじいは相性が良すぎるのだ。超能力が激しく干渉し合う。同じ闇系の能力だからかも知れない。

という訳で、ワープゲートは三景ちゃん以外が安全に通行できる、という性能に落ち着いた。ハブる事になってしまってすまんな三景ちゃん。

改良していけば三景ちゃんも通れるようになるかも知れないから、鐘山テック開発班の今後の研究に期待だ。

なお、ワープゲートはまだ一対しか製造されていない。精密機器なので量産が効かないのだ。とりあえず魔法城と天岩戸地下秘密基地に設置しておいた。

そしてもう一つの新型PSIドライブ。

変身リングだ。

変身リングは一対の指輪と一対の足輪(アンクレット)から成る。

それぞれに高機能トラッカーとPSIドライブ機構が埋め込まれていて、着用者の体の形状を把握する。

指輪を打ち合わせる事でスイッチが入り、黒モヤが全身を覆い、亜空間を通して戦闘スーツを召喚し瞬間換装する。これで戦闘スーツの着替えの面倒臭さからようやく解放される。

というかね、出動前に数分かけて私服から戦闘服にもたもた着替えていたり、着替えを面倒くさがって制服のまま戦闘していたりした今までがおかしかったんだよ。

変身リングの開発実装に伴い、戦闘スーツもバージョンアップした。

今までは携行性や収納スペースの問題で布製だったが、変身リングで装備を召喚できるようになった今、そのあたりに気を遣う必要は無い。遠慮なく重装化できる。

新型戦闘スーツは衣服(スーツ)というより装甲(アーマー)だ。見た目は漆黒の軽装騎士のようである。

材質はチタンにパラジウム、プラチナ、ニッケルなどを添加しチタニウム合金をベースに複数の性質の異なる合金を張り合わせたもの。関節部はアラミド繊維強化プラスチックでカバーしている。装甲は全体的に薄めで体に張り付くようにできているので、防御力の割に軽く、動きやすく、何よりもシュッとしていてカッコイイ。

カッコイイのは重要だ。極論、天照が戦う敵は全て俺が用意して、攻撃力も自在に変えられるのだから、装甲の厚さはぶっちゃけ意味がない。

30cmの厚さの鋼鉄の盾でも俺が本気を出せばぶち抜くどころか塵になるし、0.1mm以下の紙でも手加減すれば貫通しない。だから実用性に配慮しつつも見た目とロマン重視だ。

チタン合金製でシャープなデザインの全身鎧なんてカッコイイに決まってるだろ!!!

という訳でですね、変身リングの配布です。

翔太くんと燈華ちゃん、鏑木さんについては天岩戸に呼び出して渡してすぐに済んだが、三景ちゃんは病院暮らしなので俺が出向かないといけない。太田総合医療病院の特別病棟を訪ねると、最近顔色が良い三景ちゃんがシゲじいと一緒にドングリに爪楊枝を刺して作ったレトロ過ぎる独楽でバトルをしていた。おじいちゃんと孫かな? なんか独楽が亜空間に消えたり影(、)分身したりしてるけど。

「おや佐護くん」

「マスターこんにちは」

二人の挨拶に軽く頷いて応え、雰囲気を出すためだけに用意したアタッシュケースをベッド横の文机にこれ見よがしに置く。

「ほう、もしやそれは例の話の?」

「ああ。リングだ」

シゲじいは目を輝かせ立ち上がり待ちきれないといった様子でアタッシュケースに手を伸ばしたが、思いとどまって一歩下がり、仰々しく三景ちゃんに一礼し手で促した。

「レディーファーストだ、日之影くん」

「シゲじいはカッコつけてないと死ぬの?」

三景ちゃんは軽口を叩きながらも満更でもなさそうにアタッシュケースを開け、自分のイニシャルが彫金されているリングを手に取り装着していく。

「このリング左右あるの? おっきいのが足だよね」

「待て、待て、説明書が入っとる。ふむ……Rは……左か」

「Rはライトだから右ね」

「それなら右と彫っておけば良かろうに。日本語を使え、日本語を」

相変わらず仲が良い。

しかしそれだけに三景ちゃんが相変わらず病院暮らしなのが惜しまれる。

三景ちゃんは何も病院に無理やり縛り付けられている訳ではない。病弱だから病院に居るのが一番良いのだ。正直、夏に不衛生な下水道探検をさせたのも健康的にはよろしくない。時にはよろしくない事をするのも人生の醍醐味だとは思うが、三景ちゃんの先天疾患は人生の足枷として厳し過ぎる。世界の闇と戦い飛んだり跳ねたり激しく動くだけで大きな負担になってしまうのだ。

そしてその足枷を外すべく三景パパは頑張っていらっしゃる訳で。

実は近々その努力が実を結びそうだ。

先天性疾患は生まれついての遺伝子異常で、万能治療であるイグの超能力でも治らない。

しかし時に人類が何千年もかけて積み上げてきた科学は超能力を凌駕する。

三景ちゃんを癒すその科学の結晶の一つの名を、遺伝子治療という。