There Was No Secret Organization to Fight with the World’s Darkness so I Made One (In Exasperation)
12 Stories Winter Time Traveler Blues
行きより二人増やして天岩戸に戻ると、真っ先に留守を守っていたクマさんからタイムマシンを盗られたと報告された。俺が留守の間に天岩戸に泥棒が入り、厳重に保管していたはずのタイムマシンが痕跡すら残さず物の見事に消え去っていたのだ。
どう考えても忍者(クリス)の仕業ですね間違いない。クマさんは申し訳なさそうで悔しそうだったが、これは不可抗力だ。忍者の侵入は防げないって織田信長と豊臣秀吉と徳川家康が全員口を揃えて言ってる。あとババァに事前連絡して留守中にクリスを送り込むように仕組んで貰ったのもある。
未来人イベントのラストの締めくくりにパーッと月夜見VS天照でタイムマシン争奪戦をするためだ。
シゲじいと翔太くんを両方回収し、三日経過したためサハラ砂漠から凛ちゃんを回収。
天照メンバーを一度全員天岩戸に集め、今回の行方不明事件の顛末と後始末について認識を共有する事にした。翔太くんからざっと事情を聞いているというカヤちゃんも同席する。
着替えて生理食塩水をガブ飲みした微妙に砂っぽい凛ちゃんは、おどおどと自分を取り囲む険しい顔の面々に悪行を自白した。マッチポンプの部分は伏せてある。
「――――だから、私はただ百合が見たかっただけなんです。ごめんなさい」
「……ちょっと分かんないところがあるんだけど」
一通り話した凛ちゃんに、シゲじいの背中にべったり貼りついて顎ヒゲをじょりじょりしていた三景ちゃんが挙手した。
「さっきから百合百合言ってるけどなんの百合? 植物の百合とは違う感じの言い方だったけど」
「三景さんと燈華さんの百合です」
「私達の……百合……? 百合なんて育ててないけど?」
無菌培養で育った三景ちゃんだけが言葉の意味を理解できず首を傾げている。みんなほんわかと優しい顔になった。三景ちゃんはいつもひねくれているが、純粋だ。
不思議そうな三景ちゃんが変態的真相を理解してショックを受ける前に、シゲじいが別室に隔離しに行った。分からないなら分からなくていい。そのままの君でいてくれ。
「そもそも儂にとってはあの程度ピクニックに過ぎんかった。罰を受け反省しているようだし、儂は許そう。だが彼が許すかな」
深窓の令嬢を背負って部屋から去りながら、肩越しにシゲじいはあっさり凛を許した。まあね、シゲじいはそんな感じだろう。翔太くんの捜索中に中東での遭難記を100倍ぐらいに誇張して言いふらして回っていたという話は小耳に挟んでいる。ここで高校生の小娘を弾劾するより、広い心で許す器のデカい男アピールをしてドヤるだろう事は予想できていた。
二人が別室に行った直後、翔太くんが忌々しそうに吐き捨てる。
「お前マジふざけんなよそんな理由かよ。どんな目に遭ったと思ってんだクソが」
「うん、クソまみれになってた」
「あのカヤさんお静かにお願いできます?」
「なんで」
「なんでか説明したら自分で自分を焼き殺したくなるだろ! いいから黙っててくれ、ほら、アイスあげるから」
「アイス好き!」
翔太くんがコップの中のグレープジュースをアイスに変えて投げ渡すと、カヤちゃんはアイスをぺろぺろするのに夢中になり静かになった。ホポ族の村に滞在中ずっとこんな感じだったんだろうか。
毒気を抜かれた翔太くんがめんどくさそうに根本が黒くなった赤髪を掻く。
「はー。なんかもーめんどくせえ、さっさと未来に帰ってくれよ。許すから。マスターの暴走を止められたのはそりゃ助かったけどな、ド変態の歪んだ性癖に付き合ってらんねぇ。何が百合だよ百合なんて焼けば灰になるだろうが」
おじさんは君もけっこー性癖歪んでると思うぞ。
翔太くんは言いたい事を言い終えたというより、喋る気力も無いという感じだ。
クマさんに目線を向けると、小さく首を横に振った。特にコメントは無いらしい。当事者達で話がついたところに更に意見を言うつもりはないようだ。
それで話は終わり、凛は早急に未来に帰還する事になった。明日にでも月夜見のタイムマシンまで凛を送り届け、強制送還するという事で話がつき、解散の運びとなる。
クマさんは翔太くんに労いの言葉をかけ帰っていき、シゲじいは自分で車を運転して帰ろうとするも三景ちゃんに止められ二人一緒にタクシーを呼んで帰った。凛ちゃんも栞に腕を掴まれ旧鏑木邸に帰っていく。
「凛、もうこんな事はするなよ」
「んんん分かってるよもうさー! もう反省してるって言ってるじゃん。何度も何度も言われるとイライラする! やめてよね」
「それっ……まあそうだな。悪かった」
それが反省してる態度か! と怒鳴りそうなったが、ぐっと堪えた。
俺にも覚えがある。
高一の春に父がウッキウキで買った新車の納車当日に自転車をぶつけ運転席のドアにガッツリ傷をつけてしまった時は、本当に申し訳なくて土下座して謝り倒し心から反省したのに何日もネチネチ言われたものだ。アレはイラついた。俺が悪いので言い返せないのが最悪だった。反省してるのに反省しろと言われると反省する気も失せていく。
でも物凄く生意気に見えるんだよな。何か一言言ってやりたくなる。
これが子供を育てる側の心境か……
嫁と娘が出て行って、これで天岩戸に残ったのは俺と翔太くん、アイスを食べ終わり指をぺろぺろしているカヤちゃん、ずっと不気味な沈黙を保っている燈華ちゃんだけだ。
行方不明の彼氏を心配していたら何やら親密な関係の褐色ロリ美少女を増やしてケロっと戻ってきた、となると素直には無事を喜べなさそうだ。
修羅場? 修羅場ですか? 不謹慎だがわくわくしてしまう。
翔太くんには警察に捜索願も届けられているので、早く家に帰り家族を安心させ、警察にも捜索願の取り下げをしないといけない。
一週間ぶりの彼女との話をロクにしないまま帰ろうとする翔太くんだったが、流石に静か過ぎる燈華ちゃんに気付いた。
「なんか静かだな。どうした」
「別に」
「……怒ってんのか?」
「怒ってない。翔太が無事で良かったって思ってるよ、もちろん」
「怒ってないやつはそんなイライラしねぇよ。なんだよ、言ってみろ。火が切れたのか?」
燈華ちゃんは大きく息を吸って何か叫びかけたが、唇を噛んで俯き、翔太くんとカヤちゃんを睨んだ。カヤちゃんは椅子に座り足をぶらぶらさせぶどうジュースのカンでテーブルの端を叩きリズムをとっていたが、視線に気づくとちょっと申し訳なさそうに眉を下げた。
翔太くん、鈍いぞ! 気付いてないの君だけだからな。鈍感系なんてクソ属性は身に着けなくてよろしい。彼女が嫉妬してんだよ気付け!
しかし翔太くんはまるで気付く様子がない。燈華ちゃんはため息を吐き、椅子にかけていたコートを羽織ると足早に天岩戸を去っていった。
あーあーあーあーあー、あーああ!
こじれるぞこれは。こじれるやつだこれ。
残された翔太くんは困惑顔で俺に話を振ってきた。
「なんで怒ってんだ? 俺なんもしてねぇだろ」
「そうだな。だから自分を抑えたんだろう」
栞もよくそうする。理不尽な怒りをぶつけても大抵物事を悪化させるだけだと知っているからだ。苦労して遭難から帰還した彼氏に「新しい女連れてきたの!? 心配してたのに!」と叫んでも翔太くんにとっては理不尽以外の何物でもない。
燈華ちゃんは自分の正義や徳に厳しい子だ。自分の苛立ちを翔太くんにぶつけたくなかったのだろう。だから黙るしかなかった。
多感な思春期に栞から多大な影響を受けて育った燈華ちゃんは、出会った頃より尊敬するお姉さんに似た所が増えた。もう少し自分に正直でもいいと思うが。
「つまり?」
「答えは自分で考えるんだ」
「考えても分かんねぇから聞いてんだよなあ。まあいいか、よーするに気付いてないだけで俺が何か悪い事やったんだろ? 追いかけて謝るわ」
「それは……それでいいのか?」
訳も分からないまま謝って解決する事なのだろうか。
俺が聞くと、翔太くんは肩をすくめた。
「燈華は簡単に怒んねぇ。俺に怒ったなら俺が悪いんだよ、たぶんな……いや待てよ、前奈良の大仏に半裸パンチパーマおじさんって言った時反射でブチ切れたな……仏教(そっち)系で地雷踏んだか……?」
翔太くんはぶつぶつ言いながら燈華ちゃんを追いかけて去っていく。
なるほど、なんだかんだお互いの事よく分かってるんだな。こじれるかと思ったがそうでも無いかも知れない。良いカップルだ。未来に結婚まで行くのも頷ける。
新しい美少女が生えてきた事だし、結婚の未来は不確定になっている気もするが。
その新人美少女カヤちゃんだが、どうするか。翔太くんを救って介護してくれた恩があるし、秘密結社の表事情を知ってしまったようなので本人の希望もあり取り合えず連れて来てしまったが、今晩の宿泊先も決まっていない。
泊まるのは旧鏑木邸でもいいし、天岩戸でもいいし、セキュリティがしっかりしていて口の堅いホテルを手配してもいい。本人に希望を尋ねると、冷蔵庫を勝手に開けて顔を突っ込み漁りながら答えた。
「おかーさんのとこに泊まる」
「ん? お母さんは日本にいるのか」
「おかーさんは日本。おとーさんは村」
「そ、そうか」
複雑な御家庭なんすね。今のご時世別居や離婚は珍しくないが。いや出稼ぎか?
後で身辺調査をするとして、とりあえずは触れないでおくのが正解だろう。
カヤちゃんの母は東京住みで、住所は覚えていると言ったが、そうは言っても小さな女の子を異国の地で独り歩きさせるのは良くない。しかし俺が連れ歩いても職務質問を受けそうだ。誰とも知らないおっさんが連れて行くより女性が連れて行く方が印象が良いだろうという事で、俺は電話で栞にカヤちゃんの送迎を頼んだ。凛を送る前に言えばよかったな。
それにしても全くとんだハプニングだったぜ。イベントをやるたびに何かしらのハプニングが起きている気がする。いちいち慌てていては身が持たない。何事にも動じない心構えが必要だな、うん。俺の心は今から明鏡止水……!
翌朝、カヤちゃんと凛ちゃんが栞の送迎で天岩戸にやってきた。あの後燈華ちゃんとふつーに仲直りした翔太くんが厄介者(凛ちゃん)をさっさと未来に返したがっているため、放課後の学生組の集合を待って月夜見本拠地・月守邸に向かい、月夜見の妨害を突破しタイムマシンの元まで凛ちゃんを送り届ける予定だ。
学生組を待つ間、凛ちゃんはぶすっとしてタピオカミルクティーをずるずる啜り、栞は魔女っ娘♡キャロルちゃんアニメ二期のライバルキャラ、三下少女アビゲイルちゃんの刺繍をハンカチに縫い付けるのに忙しい。
カヤちゃんは母から預かってきたひみつのお手紙をこっそりくれた。内容は娘が迷惑をかける、よろしくお願いします、という常識的な一文から始まり、ブラジルから勝手に日本に連れてきた事への非難は一切なく、常に一歩下がって恐縮した文面だった。ちょっと謝り過ぎな気がするほど謝っているのが日本人らしい。いくつか頼み事も書いてあったが、難しい事でもないので一応カヤちゃんと栞に話した上で了承しておく。なお、カヤちゃんは11歳だそうだ。割と発育がいい。12か13だと思っていた。
のんびりお話ししたり見山に習ったギターを披露したりしている内に夕方になり、学生組が学業を終えて天岩戸にやってくる。一週間の突発サバイバル翌日に即学校に復帰した翔太くんは大概タフだな。
シゲじいは少し遅刻したが、近所の銭湯のマッサージチェアで居眠りしていたところを三景ちゃんの鬼電ですっ飛んできた。これで世界の闇と戦う秘密結社天照日本勢のフルメンバーだ。
念力使い、佐護杵光。
時間停止、佐護栞。
火炎能力、蓮見燈華。
凍結能力、高橋翔太。
治癒能力、イグバディ・ングナッ・ムグー。
操影能力、日之影三景。
空間能力、狭間空重。
更にこれに未来人が加わる。クマさんは天岩戸で留守を守る。対する月夜見は
身体強化、月守剛。
音響能力、見山響介。
読取能力、クリスティーナ・ナジーン。
エンジニアのババァを加算しても戦力差二倍……!
いくら月夜見が対人戦経験豊富とはいってもこれは無茶だ。燈華ちゃん三景ちゃん栞抜きでやった天岩戸戦でも勝ったのに、フルメンバーでやったらただの蹂躙である。まあボコボコにするのが目的ではなく、タイムマシンの元に凛を送って未来に返すのが目的だから、必ずしも戦闘が発生するとは限らないのだが、それにしても戦力に偏りがあり過ぎる。
月夜見側へのテコ入れ・戦力強化はこれから考えていくとして、とりあえずは未来人編クライマックスだ。