There Was No Secret Organization to Fight with the World’s Darkness so I Made One (In Exasperation)

05 Stories If you're dressed in wet clothes, you can't lose! The darkness of the world!

現在マールスタンは大小様々な武装集団が入り乱れて紛争を起こしているが、主な勢力は二つ。

一つは軍部独裁臨時政府。

汚職と政治腐敗でボロボロだった前政権下で武装蜂起して乗っ取り、武力を背景に圧政を敷いている。ただし仮にも民主主義国家であるマールスタンで選挙を省略して権力を握ったため、国民から総スカンを喰らった上、周辺諸国の半分から国家としての承認を受けられていない。

この勢力は反乱鎮圧の名目で頻繁に都合の悪い勢力を武力で排除しにかかっている。

メドゥちゃんが広告塔をやっていたのもこの軍部独裁臨時政府だ。

もう一つは市民主導の革命組織。

いわゆるレジスタンスというやつだ。軍部独裁臨時政府の打倒という目的の下でふんわり団結した勢力で、黒い蛇を目印にしている。国土全体で潜伏・活動しているものの行動はまとまりに欠ける。

勢力を束ねて率いるだけのリーダーシップを発揮する人物がいないのだ。厳密にはそういうリーダーは真っ先に独裁政府によって始末されてしまった。

この二つの勢力の他にも色々と小勢力が乱立している。

隣国のアフガニスタンやパキスタンの息がかかった傀儡勢力とか、商工ギルドを前身とした自警団、強盗団、武器商人グループ、難民キャンプなど。アリナータヤ解放戦線もこういった雑多な小勢力の一つだ。

しかしここ一ヵ月ほどの間、市民革命組織が急速に団結し、連戦連勝して軍事政権の圧政や強盗団の脅威から各地を解放している。

アジア系の傭兵達が顧問につき、謎の支援者からの物資・資金提供も充実。戦闘が起きれば敵の銃火器が立て続けに暴発したり弾詰まりを起こしたり。夜中に正体不明の巨大な怪物に拠点を襲われワケも分からず壊滅した敵対勢力は数知れず。

もちろん国土全体のかなり広範囲に渡って大小様々な武力衝突が起きていて、その全ての戦いで大勝利しているというわけではないのだが、それでも奇跡的な快進撃が起きている。特にアジア系の傭兵が参加した戦いでは幸運の女神に守られているかのような大勝利が続いている。

市民革命組織には相変わらず強力なリーダーシップを発揮する指導者はいない。マールスタン主要都市でレジスタンスを率いていた有力者数人が合議制で統制している。

彼らは全員出身地方も年齢も違い、信じる宗教の宗派が違う事すらある。意見が割れたり対立したりしそうなものだが、激論を戦わせつつも足並みは揃い同じ方向に進んでいる。

なぜか? 理由を問われると彼らは異口同音に語る。

夜中に金縛りに遭い、空に浮き、黒く巨大な蛇から激しく訛った聞き取り辛い声でマールスタンの争いを終わらせ平和へ導くよう団結せよ、という啓示を受ける共通の神秘体験をしたのだ、と。

国名の由来にもなっている蛇の化生による啓示は団結の理由として十分だった。

黒く巨大な蛇……一体何ビジブルタイタンの念力なんだ?

市民革命組織の活躍の噂は野火のように広がり、五年続いた長すぎる紛争もついに終わるのかと囁かれている。一方で、今まで何度か終わりそうになって終わらなかった苦い思い出から今回もどうせ期待外れに終わると諦めている者も少なくない。

メドゥちゃんも悲観派だった。

メドゥちゃんは十四歳。鞄を持って学校に通っていた時間より銃を持って紛争地帯にいた時間の方が長い。ようやく平和になりそうだ、と言われても信じ切れないらしい。

悲しいのでそのあたりに絡めてイベントを組む事にした。

平和は与えられるものではなく掴み取るものだってどっかの偉い人が言ってた気がするし、たぶんそういう事だ。

俺は訓練終わりにメドゥちゃんを呼び止め、真剣な顔を作って切り出した。

『この一ヵ月の間に調べて分かったんだが、紛争が終わらないのは世界の闇のせいらしい』

『なっ、なんですって!?』

そう! マールスタン紛争の裏には世界の闇がいたんだよ!

おのれ世界の闇! 許せねぇ!

俺はメドゥちゃんに説明した。

世界の闇というのは人類の暴力欲求の具現だ。暴力が荒れ狂う紛争地帯では当然活発化する。

五年もの間続いたマールスタン紛争は世界の闇を大きく成長させた。今まで世界の闇が暴れていなかったのは、古代の超能力者がどこかに遺したアーティファクトがマールスタン一帯の世界の闇を捕らえその活動を抑制しているからだ。

しかし最近になってついにアーティファクトの力を世界の闇が上回り、漏れ出した抑えきれない闇が市街地に出没しはじめた。

世界の闇の存在を感知しマールスタンにやってきた俺は、メドゥちゃんを訓練する傍ら古文書を調査し世界の闇を抑え込んでいるアーティファクトの存在を知った。

アーティファクトが世界の闇を閉じ込めている聖域はマールスタンの民しか入れないようになっているらしい。マリンランド公国の古代遺跡にもあった侵入者を限定する古(いにしえ)の結界だ。

終わらない暴力の応酬によって強大化し膨れ上がり、しかしアーティファクトの力によって抑え込まれ動けない世界の闇は逆に暴力欲求を人々に逆流させるようになってしまっている。

だから例え紛争がこのまま終わっても、すぐに人々は破滅的な衝動に駆られ再び血で血を洗う紛争状態に逆戻りしてしまう。

これを防ぐためにはアーティファクトが安置されている聖域に閉じ込められた世界の闇を見つけ、倒すしかない。

聖域にはマールスタンの民しか入れないから、俺が倒しに行くわけにはいかない。

メドゥちゃんが戦って倒す宿命にあるのだ。

つまり要約するとすごくつよい世界の闇をメドゥちゃんが倒せば紛争が終わる。

倒せなければ終わらない。

世界の闇だけ倒しても急に国民が平和に目覚めて武器を捨てたりはしないから、大人たちが紛争に決着をつける必要がある。かつその時までに人々を暴力と血の欲求に駆り立てているつよつよ世界の闇くんを始末しておけばいい。

歴史に語られる市民革命組織の紛争終結劇の裏で、紛争を真に終わらせるための知られざる戦いがあるのだ……

うむ。すごく秘密結社っぽい。

話を聞いたメドゥちゃんは不安そうに身を縮めた。

『私に倒せるでしょうか? あの超水球のような強敵なのでしょう?』

『大丈夫だ。いきなり元凶を倒せとは言わん。まずは漏れ出している弱い闇を片づけ、奴らとの戦いに慣れる事だ。やるか?』

『やれ、と言って下されば』

『いいや、やるかやらないかはメドゥ自身が決めるんだ』

『私が……?』

メドゥちゃんはしどろもどろに俺の顔色を窺ってきたが、地下室の薄い天井越しに解放戦線の子供達の笑い声が聞こえてきて、目を閉じた。

やがて目を開いたメドゥちゃんは、決意を込めしっかりと頷いた。

『やらせて下さい』

OK良い返事だ。

ではチュートリアル戦闘を始めます。ここまでやたら長かったな。

ある乾いた夏の夜の事だった。アリナータヤ郊外の民家に住む少女、ニスリーンはラクダの鳴き声で目を覚ました。

不機嫌に寝返りを打ち夢の中に戻ろうとするが、もう一度、今度ははっきりと警戒と緊張を帯びた鳴き声が聞こえたためベッドから降り、いつでも取れる位置に置いていたランタンと銃を手に取った。

夜の暗闇に加え不安と恐怖がニスリーンの足を鈍らせたがどうしても様子を見に行かなければならない。ラクダは一頭しかいない大切な家族だ。泥棒に盗まれでもしたら困った事になる。

ニスリーンは母と二人で細々と暮らしている。父は紛争で死んでしまって、それ以来ラクダの世話はニスリーンの役目だ。家事と内職に忙しい母はとてもラクダの世話まで手が回らない。

まだ平和だった頃、観光客を乗せ街を練り歩いて稼いでくれていたラクダは今も荷運びの日雇い仕事で家計を助けてくれている。しかしもう老齢で不調も多く、最近は寝てばかりいる。

母は彼を売って作った金で自転車か中古のバイクを買おうと再三言っているのだが、ニスリーンは頑として譲らなかった。

手放せばもう二度と父に肩車されてラクダと一緒に街を歩いたあの平和な日々が戻って来ない気がして。

ランタンの頼りない灯りを頼りに裏口から庭に出る。日中の熱はまだしつこく残っていて、砂っぽい夜風が肌を暑苦しく撫でていく。

庭の端には月明かりに照らされたラクダのシルエットがあった。ひとまずホッとする。

目を凝らして周りも見るが、半壊して放棄された周囲の民家やしなびた灌木に泥棒が潜んでいる様子はなかった。

不安がってしきりに唸りながら周りを見回しているラクダを落ち着かせようと一歩踏み出したニスリーンは、二歩目の前に恐怖で凍り付いた。

倒壊した隣家のすぐ横の地面から染み出すように不気味な怪物が現れたのだ。

ニスリーンが今までに見たどんな生き物とも、話に聞いたどんな生き物とも違った。ぐにゃぐにゃと形を変えながら全身を地面から引きずり出したその真っ黒な怪物はラクダと同じぐらい大きかった。

怪物は半壊した隣家に荒々しく体当たりをし、自分の身体を鞭のように伸ばして振るい暴れ出した。半壊しているとはいえ土煉瓦をしっかり積み上げて建てられた家がみるみる更地になっていく。

ラクダが怯えた鳴き声を上げる。ニスリーンは震えあがり、庭の茂みに飛び込んで息を潜めた。

泣きたくなった。冥府から現れた悪魔をどこかへやってくれるよう必死に神に祈ったが、怪物は全く止まらない。それどころかしきりに鳴き声を上げるラクダに気付き、巨体を引きずるような這うような生理的に受け付けない悍ましい動きで近づいてくる。

涙が滲む。助けなければいけないのに、怖くて助けに行けなかった。

銃がこれほど頼りなく思えた事はなかった。ニスリーンはそもそも銃の撃ち方を知らず、脅し道具として使ってきた。しかしあんな怪物を相手にしたら銃はお守り代わりにすらなりそうもない。

茂みから顔を半分出し怪物を睨み、さあ行くぞ、助けるぞ、と思うが足が動いてくれない。

ラクダに迫った怪物が触手を振り上げる。ラクダが嘶く。ニスリーンは恐怖に目をぎゅっと閉じた。

しかし悲鳴は聞こえなかった。

這いずる音も破壊音も聞こえない。

不思議な静寂に耐え切れなくなりそっと薄目を開けると、明るい満月を背後に一人の女の子が立っていた。ラクダは静止し、怪物は正に触手を振り下ろそうとする格好で石像になっていた。

神秘的な情景だった。

その女の子はニスリーンより一つか二つ年上のようだった。

今はもう使われていない旧型の軍服を着て、右眼に黒い眼帯をつけている。夜風になびく栗色の髪は月光に煌めき、それに負けないぐらい爛々と光る黄金の瞳が怪物を睨みつけていた。

まるで母が聞かせてくれた寝物語の世界に迷い込んだようだった。

凛々しくも可愛らしい女の子に見惚れていたニスリーンはハッとした。石像が震えている。

激しい震えは石像にヒビを入れ、殻を内側から突き破るように水しぶきを上げながら中身が飛び出し女の子に襲い掛かった。

『危ないっ!』

ニスリーンは思わず叫んだ。

しかし女の子は全く冷静だった。飛び出してきた子犬大の不定形の怪物をしっかり目で追って躱す。地面に無様に落ちた小さな怪物はもう一度飛び掛かろうとしたが、その前に動きを止め石になってしまった。

軍靴の踵で石を叩き割った女の子は一息つき、茂みから顔を出していたニスリーンに歩み寄ってきた。しゃがんで目を合わせ、優しく涙を拭ってくれる。

『怪我は無かった?』

『は、はい。あの、あなたは一体……?』

ニスリーンが尋ねると、女の子は人差し指を唇に当てぎこちなく微笑んだ。

『それは秘密。夜は危ないから、お姉さんに任せて家にいて。大丈夫、私達がこの街の悪い奴らはみんなやっつけちゃうからね』

そう言って女の子はニスリーンの手を優しく握った。

その手は小さく震えていた。

それでニスリーンは気付いた。目の前の女の子は物語の中から出てきた夢ではない。震えながら頑張っている一人の人間なのだ。ニスリーンは震える手を精一杯握り返した。

女の子はニスリーンに怪我が無いのを確かめると、『困った時にはこれを見なさい』と言って紙を渡し颯爽と去っていった。

ニスリーンは好奇心に負け、ベッドに戻ってすぐに紙を開いた。

そこには

https://www.youtude.com/channel/InvisibleTitanMarlstanOfficial

という謎の呪文が書かれていた。

ニスリーンはこの謎の呪文を魔除けのお守りにして肌身離さず持ち歩き、困った時に開いて眺めるようになった。

そうしていると不思議な夜の思い出が蘇り、なんだか勇気が湧いてくるのだ。

ニスリーンが英語を勉強し直し呪文の本当の意味を知って幻想を砕かれるのは三年後の事だった。