This is Las Boss, Demon King, "Church" in front of Castle.
The Grand Cleric said there are no problems we can't solve if we discuss them in good faith.
俺は道具袋から糸で吊ったペンデュラムを取り出した。水源などを探す時に使う振り子である。紡錘形のペンデュラムを揺らしつつ、俺は吸聖姫の説得に臨んだ。
「う、うわ! こっちくるなああああ!」
俺が縮地歩行で距離を詰めると、錯乱したようにリムリムがゼリーワーム鞭を両手で振り回す。
空いた左手で光の撲殺剣を抜き払い、鞭を払いながら少女の前に立つと、そっと膝をついて視線の高さをリムリムに合わせた。
「ウッ……た、助けてぇカノンなのだぁ!」
俺の背に「小さな子にひどいことしないで」と、魔王様の眼差しが突き刺さる。
当然、小さな子にはひたすら甘口な上級魔族デストロイヤーとしては、手荒なまねはしたくない。
リムリムの悲鳴も、今やアコとの殴り合いに夢中になっているカノンには届かなかった。
と、俺の脇腹に傘の突きが放たれる。キルシュである。
「ちょっとセイクリッドさん。退いてくれなきゃその子を殺せないですよ」
獲物を横取りされて立腹といったところだな。俺はリムリムではなくキルシュに揺れる振り子を向けて、寄せては返す波のようなリズムでペンデュラムを左右に往復させた。
「キルシュさん。この振り子を見てください」
「え、あ、はい」
視線でペンデュラムを追い始めたところで、俺は元暗殺者を説得する。
「貴方はだんだんまともになーる。まともになーる」
キルシュの目尻がトロンと落ちて、その瞳はどこか濁ったような色へと変じていった。
「わ、わたしは……まとも……」
「ええ、良い子ですねキルシュさん。さあ、まともになったところで、やるべきことがありますよね」
「なんれすかぁ?」
口調もおぼつかなくなってきた。口からヨダレを垂らして完全に呆けた表情で、キルシュは今や俺の言葉ならなんでも実行する説得が容易な状態だ。
「今日のところは充分にがんばりましたから、あとはゆっくり休んでいてください。城の外に庭園がありましたし、お花を摘みに行ってはいかがですか」
「はぁい。ちょっと行ってきますねぇ」
フラフラと幽鬼のようにおぼつかない足取りで、閉じた傘を振り回してキルシュは玉座の間から広間の方へと消えていった。
これで良し。俺はゆっくりとリムリムに振り返る。
「お待たせいたしました。さあ、私と話し合いによる解決を目指しましょう。大丈夫です、この振り子には種も仕掛けもございません。見ていると少し落ち着いて、交渉をスムーズに行えるようになるものですから」
身長に比して大ぶりな胸を上下に揺らし、リムリムが俺の顔をビシッと指さし吼える。
「絶対に嘘なのだああああああ!」
俺は左手でムニッとリムリムの頬を親指と人差し指で挟んで固定すると、彼女の目の前に振り子をもっていった。
「や、やだやだやだやだ! 洗脳だけはやめるのだぁ!」
カノンにしておいてコレである。
「洗脳だなどと人聞きの悪い。それに振り子は揺らしていませんよ。けど、どうです……私は一切動かしていないのに、少しずつ左右に揺れ始めているように見えませんか?」
「は、はへぇッ!? ど、どどどどうしてなのだ!?」
答えは簡単。実は動かしているのだ。段々と振り幅を大きくしていくと、リムリムの瞳が右へ左へ揺れるペンデュラムを追いかけ始めた。
「お、おかしいのだ。すごく動いているように見えるのだ」
「どうしてか知りたいですか?」
「し、知りたいのだ! 教えて欲しいのだ!」
「では、もっとよく見てください」
「見れば見るほど目が回って……やばいのだ!」
完全に俺の術中に陥ったところで、俺はリムリムにささやきかけた。
「どうですわかりましたか?」
「わからないのだぁ悔しいのだぁ」
「おや、ではヒントではなく正解を教えて差し上げましょう」
「おお、優しいのだ。助かるのだ」
瞳を潤ませるリムリムに、俺はニッコリ微笑んだ。
「ただし、タダで教えるわけにはまいりません」
「ど、ど、どうしたらいいのだ? おっぱい揉むか?」
この世にアコと同じ思考パターンの持ち主が他にいたとは驚きだ。となると、悪堕ちしたとはいえカノンとも、リムリムは元から馬が合った可能性もある。
が、ともあれ残念ながら大神官にその交渉材料は無効だった。
「カノンさんを返してはいただけませんか?」
すでに催眠状態にあるリムリムだが、彼女は振り子を目で追うのを止めた。
「そ、それは嫌なのだ。というか、よく見たら普通に動かしてるのだズルなのだ!」
首をブンブンと乱暴に振って、吸聖姫は俺の“ほっぺたアイアンクロー”から脱すると、距離を取る。
「おっと、バレてしまいましたか」
交渉決裂&説得失敗。つい自分の口から「言葉とは、こうも無力なものなのですね」と溜息混じりの声が漏れる。
すかさず後方からステラが指摘した。
「失敗したのは言葉の無力さの問題じゃないでしょ! もっとこう、ちゃんと説得してちょうだい大神官なんでしょ説法とかするんでしょ? 諭してあげて! リムリムがこれ以上、悪の道に走らないように更生させてあげてよ」
魔王様の声には「誠意ってなにかね」という、俺への訴えが込められているようだ。
魔族ってなにかね。
と、思った矢先――
もう勝手にやっていてもらおうと思っていたアコとカノンが、互いに最後のパンチを繰り出して力を出し切ったあと「やるなカノン」「そっちこそでありますよアコ殿」と、Wノックダウン状態で同時に床に崩れ落ちた。
リムリムがカノンに駆け寄る。
「だ、だ、大丈夫なのかカノン! しっかりするのだ! この中に、回復魔法が使える人はいないかなのだー!」
号泣しながらカノンの上半身を起こして抱き寄せつつ、吸聖姫は俺をガン見した。
最終的に治療は施す予定だが、俺の催眠洗脳説得が通じなかったほど、リムリムはカノンに入れ込んでしまっている。
ここでカノンを癒やしてアコも回復させても、本音を拳に乗せてぶつけ合う肉体言語の第二ラウンドが始まるに過ぎない。
ステラはすっかりリムリム寄りだ。いつ吸聖姫サイドに回ってもおかしくはなかった。
キルシュは今頃、城の中庭で花を摘んで輪にした冠でも作っていることだろう。
俺がどうしたらいいか考えていると、リムリムが吼えた。
「この人でなしー! こうなったら、リムリムがカノンの命を救うのだ。お願いなのだ……奇跡よ……起こるのだ」
吸聖姫が胸元で手を組んで祈りを捧げると、その平らな胸に刻まれた聖なる印が温かい光を放ってカノンを包み込む。
奪った勇者の証をリムリムの愛が起動させ、奇跡を起こした結果――
「おや、自分はいったい何をしていたのでありますか」
傷が癒やされ目をぱちくりさせた眼鏡置き場が、エア眼鏡のブリッジを指で押し上げながらぐるりと視線を一周させて、最後に彼女を抱きかかえるリムリムと目が合った。
「うわあああああああ! どうして自分が吸聖姫に抱っこされているでありますかあああ!」
「うわあああああああ! カノンが光堕ちしたのだあああああああああああああああああ!」
なんだかわからんが、まずはよし。
俺の果敢な説得が功を奏したということにしておこうそうしよう。