クラウディアは第十三王女である。この数字の意味は語るまでもない。現在の君主――ハレム王は“生涯現役”をモットーに、子孫繁栄にいそしんだのだ。

クラウディア王女はその最後の一人だった。

思えば、国王の姿はほとんど変わっていない。俺がエノク神学校在学中に、王国の式典に学生代表として出席した時も、実物はしわしわのじいさまだった。

記憶を遡る限りずっと国王=ご老体という印象である。

今では子や孫を合わせて王族は三桁にも及ぶらしく、各地の権力者や王国との婚姻を結ぶことで人間世界の結束を深めてきた。

以前、俺がバカ姉もとい教皇ヨハネ聖下の仲介でクラウディアの山荘に招かれたのも、教皇の弟にして大神官という将来性を見込まれての事だったのだろう。

自由な恋愛は王族には許されない。が、人を愛することはもっと自由であるべきだと思う。たとえ年齢が二十歳違おうとも、愛し合う二人であれば世界は祝福するべきなのだ。

馬車の客車の窓を眺めると、ガラスにニーナの姿が映り込んだ。

王族も乗せる馬車は林道を颯爽と駆け抜ける。

俺の隣にはリムリムが座り、対面に魔王姉妹が並んで腰掛けている。

このまま行けば、あと数刻でクラウディアの待つ湖畔の山荘に着くだろう。

ニーナは今朝からずっと楽しそうだ。なにせ俺だけでなく大好きな姉も一緒なのだから。

「ステラおねーちゃは、どうしておにーちゃなのです?」

「お、おれは今日はラステくんなんだぜ」

少年向けの神官服だが、襟元を開けるなど軽く着崩して赤髪の少年ラステは指鉄砲を作ると、自分のアゴに沿わせてニヤリと笑う。

擬態魔法も使っているため、どこから見ても見習い神官の美少年という風体だ。

ニーナがぽかんと口を開いた。

「はえぇ……おねーちゃはおにーちゃになったりして、むずかしいお年頃だなぁ」

一応、ニーナには説明したのだが、どうやら状況はあまり理解できていないらしい。

まあ、姉が兄になったことをすんなり受け入れているので良しとしよう。

リムリムは豪華な馬車の内装にご満悦の様子である。うんうんと頷きながらピンク幼女は腕組みをした。

「大神官は人間の王族にもコネがあるのか。さすがリムリムを倒しただけのことはあるのだ」

厳密に言えばアコだったような気がするのだが「お褒めにあずかり恐悦至極に存じます」と、俺は小さく会釈で返す。

ちなみに、リムリムも擬態魔法でツノと尻尾と羽は綺麗に隠している。服装は「普段着でいいですよ」と言ったのだが、ピンクのフリフリロリータドレスで彼女はめかし込んできた。

ニーナはラステの顔を見つめながら「ラステおにーちゃになっちゃったら、セイおにーちゃが、おねーちゃにならないとなぁ」と、ぽつりと呟く。

途端にラステの顔が赤くなった。

「だ、だからセイクリッドとはそういうのじゃなくて、えっと、それにほらアレよ! 仮にだけどもし愛があるなら、その、お、男の子同士でもいいのよ!」

魔王お前……腐ってやがったのか。

幼女ズはお互いに顔を見合わせて「わかる?」「わからないのだ」と、ラステの言葉を不思議がっていた。

山荘に着くなり、護衛の騎士たちからボディーチェックを受けるのは以前と同じだ。

ほどなくして金髪碧眼に雪のように白い肌をした美姫が、ロッジの玄関から姿を現した。

以前は胸元の開いたドレス姿だったが、今日は黒を基調としたシックな出で立ちのドレスである。どことなく窮屈そうな胸元を、ラステがじっと見つめてから小さく舌打ちした。

「遠いところをみなさま、今日はいらしてくださって大変嬉しく思います」

おっとりとした口振りと、優しい眼差しの奥で青い瞳がどことなく寂しげに見えた。

ニーナがそっとスカートの裾をつまみ、片足を後ろに下げて交差させながらお辞儀をする。

「ニーナです。ほんじつはおまねきいただきまして、ありがとうございます王女様」

これはきっと、ぴーちゃんの指導の賜物(たまもの)だろう。大変よくできました。

そんなニーナを真似てリムリムもお辞儀をしようとしたのだが、つんのめって前のめりになった。

「リムリムだぞ。ほんじほあああああああああ!」

そっと前に出てクラウディアがリムリムを受け止める。

「あら、大丈夫ですか? お怪我はなくてリムリムちゃん?」

途端に山荘の周辺を固めている護衛の騎士たちが、一斉にこちらに向き直った。

「だ、だ、大丈夫なのだ。それにしても柔らかくて良い匂いなのだ。おっぱいもふかふかだし、とっても強い聖なる力を感じるのだ」

舌なめずりをし始めた吸聖姫の身体を、大あわてでラステが引き戻す。

「はいはいリムリムはステイ。ど、どーも失礼しました。あはは、あはは」

愛想笑いを浮かべるラステにクラウディアは目を細める。

「お久しぶりですねラステ様。セイクリッド様もお元気そうでなによりです。それに可愛いお客様方も歓迎いたしますね。さあ、こちらへ」

ロッジの玄関に招かれて、ニーナは「わーい! おじゃまします」と、普段の彼女らしくもないテンションで飛び込んでいった。リムリムも追いかけて「探検隊なのだー!」と、おいやめろ。

なんだろうか。リムリムを見ていると小型化したアコのような気がしてならない。

「探検ごっこ開始なのだ!」

「え、だ、大丈夫かなぁ?」

「心配ないのだ。なにかあっても大神官がなんとかしてくれるのだ」

「おにーちゃすっごぉい」

二人並んで走りながら、なぜか責任の所在が俺になる。解せぬ。

ラステが慌てて幼女二人を追いかけた。

「あっ! 二人ともアレだよ。走ると転ぶよマジで! あと高そうな壺とか花瓶とかに近づかないでヤバイから」

口調がワイルドモードのラステだが、発言が弱気だな。

ニーナもリムリムもロッジの中をちょこまかと駆け回る。

「おにーちゃになったおねーちゃと、鬼ごっこだぁ」

「リムリムは簡単には捕まらないのだ! へいへいラステ~! おし~りぺんぺん!」

王族の家で始まる逃走劇に俺は玄関で溜息をついた。隣にクラウディアが寄り添うように立って目を細めた。

「とっても元気なお子さんたちですね」

「申し訳ございません王女様」

「わたしもニーナちゃんやリムリムちゃんのような、元気な子供が欲しいです」

青い瞳がじっと俺を見上げた。一瞬、見つめ合って無言になったところで、クラウディアが俺の上着に手を掛ける。

「あ、あの、お暑いでしょうから上着を脱ぐのをお手伝いさせていただきますね」

「いえ、そんな。王女様にそのようなことをしていただくわけには……」

「あ、あの……クラウディアとお呼びください」

頬を赤らめうつむく少女に、いつの間にか神官服の上掛けをそっと脱がされていた。

「ありがとうございますクラウディア様」

玄関にあったコート掛けに脱がした上掛けをかけると、クラウディアはまだ、もじもじと膝頭をすりあわせながら俺の服の袖に触れた。

「あ、あのあの、まだ暑くはありませんか? 長袖では暑くありませんか? ズボンも暑くはありませんか?」

ちょっと目つきが怪しくなってきた。王女は鼻息も呼吸も荒く、俺のシャツの袖を掴んでぎゅっと引きちぎろうとし始める。

そういえば品行方正な王女には、一つだけ欠点があったのだ。

極度の筋肉フェチなのである。前回は、俺を脱がすために湖の上でボートから突き落とすという、意外なほどのアグレッシブさを見せたのだ。

「お待ちください。上掛けを脱いだのでもう暑くはありませんから」

「え、えぇと……でしたらお風呂はいかがですか?」

完全に目の色が変わってしまっている。こんな時、ラステがいてくれれば代わりに生け贄の羊として差し出すのだが、ラステは野生化した幼女たちに完全に翻弄されていた。

「ニーナちょ! 早ッ! 動きが見えないんだけど」

ラステも素(ス)テラに戻るほど、金髪幼女の動きは俊敏だ。廊下をいったりきたりしているだけなのだが、ラステとすれ違う度にうまくすり抜ける。

マリクハでの賢人超会議にて、各ブースのゆるキャラたちから伝授された技の数々がニーナの基本的な身体能力の強化に結びついたかのようだった。

リムリムもラステの股の下をスライディングでくぐりぬけたりと、ピンクのフリフリドレス姿とは思えぬアグレッシブな動きで、ラステの手から逃げ延びる。

二人ともなかなかに良い動きだ。

「もうニーナ落ち着いて! はしゃぎすぎだから!」

「ニーナはもっと遊びたいのです!」

「あんまり悪い子だとおうちに帰るよ?」

「う、うう、おねーちゃだって、おにーちゃなのに……すぐ帰るっていうのは、しょっけんらんよーだからぁ! おねーちゃおにーちゃのばかぁ!」

「あっ! ニーナっ! 待ってニーナ逃げないで!」

ステラにバカとはニーナらしくもないが、俺の前ではそういった家族らしいところは、見せていなかったのだろう。

しかし、職権乱用とは難しい言葉を知っているものだ。

と、感心している俺の腰の辺りでカチャカチャと音がする。視線を落とすとクラウディアがズボンのベルトのバックルに手をかけていた。

「あの、クラウディア様いったい何をなさっているのですか?」

「……ハッ!? わ、わたしはいったい。あの、これは、ええと……大腿四頭筋の悲鳴が聞こえたんです! 苦しい! 助けて! 解放して! ここから出して……と。王家の人間として、救いを求める声に耳を傾け、時には決断し行動しなければいけませんから」

使命感の抱きどころがおかしい。

「それは幻聴です。どうやらお疲れのようですね。こうして大神官が呼ばれたのも、なにか悩みがあってのことでしょう。私で良ければ相談ください。可能な限り、お力になりますので」

「では、ズボンを脱いではいただけませんか」

「王女様がそのようなことを仰るのはいかがなものかと」

「はうっ! 殿方にわたしは、なんてことを……」

「そうお思いでしたら、ベルトから手を離していただけないでしょうか」

「そ、そ、そうですね。ああ、光の神よ。罪深きわたしをどうかお許しください」

無意識のうちにズボンを脱がせようとするとは、どうやら彼女の筋肉フェチは悪化しているようである。

気もそぞろな原因について、大神官がお悩み解決をしない限りは、クラウディアをまっとうな道に戻すことはできなさそうだ。

俺の下半身から手を離して、すぐにクラウディアは大きな青い瞳を丸くして訴えた。

「あ、あのあのあのあの、靴下くらいは脱いでもいいと思うのですが。土踏まずのアーチが、わたし気になるんです」

あ~。これ、手遅れかもしれない。