ニーナが一瞬でアコの懐に飛び込んだ。

「うわああ! ニーナちゃん急にどうしたの?」

「アコちゃんせんせー。しょうぶはもう始まってるからぁ」

ブンッとニーナの小さな身体がアコの目の前でブレたかと思うと、残像を残して幼女はアコの背後を取る。機敏な動きに元暗殺者(キルシユ)が「ひゅ~」と口笛を鳴らした。

ニーナの手が前に回って、アコの腰に巻かれたベルトの留め金にかかる。

「うわ、うわわわ! ちょ! セイクリッドどういうことなの? ニーナちゃんになにを教えたんだい!?」

勇者に対して首を左右に振って返答する。

俺じゃない知らないリムリムが教えた済んだことだ。これを今後はオシリス運動と名付けよう。

困惑し動けずにいるアコを、相方の眼鏡少女が興味深そうに見つめていた。

「ふむふむ、なんだかわからないでありますが、動きが俊敏でキレッキレなニーナちゃんの目的は、アコ殿を脱がすことのようでありますな」

大きな黒目をぱちくりさせてアコは悲鳴を上げた。

「ど、どど、どうして?」

勇者の背後でニーナが「だってしりとりは大人のお遊戯だからぁ」と、呟きながらニーナはアコの腰からベルトをするりと外し、彼女のタイツをずるんと下げる。

「ひゃああ! せ、セイクリッドが見てる前で……こ、これは不可抗力だよ。ほら、現役女子勇者の脱ぎ立てほかほかな太もも感とか、堪能できちゃってるけど事故だからね!」

ポッとアコの頬が赤らむ。そこは悲鳴などあげてもいいのだし、見ないでと俺に言うところだが、さすが勇者は動じない。

勇者様の女子力低下が懸念される昨今、皆様はいかがお過ごしでしょうか。

カノンの眼鏡が鼻息で曇った。

「セイクリッド殿! 乙女の柔肌をガン見だなんて、神官としてあるまじき行為でありますよ!」

「私はニーナさんより、このしりとりの審判役を仰せつかりましたので、戦いの行く末を最後まで見届ける義務があるのです」

「な、なるほ……騙されるところでありました。だいたい、さっきからしりとりじゃなくて、脱がせ……ハッ!? アコ殿危ないであります! ニーナちゃんの言うしりとりとは、お尻を守る布的なものを取ったら大勝利的な、危険遊戯でありますよ!」

神官見習いの賢さと察しの良さは、とても助かる。

だが、忠告むなしく――

「アコちゃんせんせーとったよ!」

タイツを膝下までずりさげたニーナは、再びアコの服の下から手を滑り込ませると、ライムグリーンの薄布を「えいっ!」と引きずり降ろした。

「ああああああああああああッ! なにこの状況!? なにこの状況!?」

アコは混乱しながら足をもつれさせると、バタンと倒れた。

「うんしょ、うんしょ、とったー!」

幼女は容赦無くアコのブーツを脱がせ、タイツを脱がせ、ライムグリーンの薄布を脱がせて掲げると、審判役の俺に見せる。

「勝負あり」

アコの口からふわりと魂が抜け出しそうになっていた。ニーナはスカートのポケットに戦利品をしまうと、カノンに向き直る。

「次はカノンちゃんとしりとりするのです」

ニーナの場合、おねーちゃと呼ぶのは実の姉であるステラを除けば、胸の大きさによって判定されていることが、長年の大神官の研究によって判明していた。

カノンはおねーちゃ未満である。

「ま、ま、待つであります。ニーナちゃん落ち着いて。話し合うでありますよ」

「あのね! ニーナね! しりとり得意なんだぁ。カノンちゃんもしりとりに詳しいから、どっちが上手かしょーぶだよね?」

無垢な瞳をキラキラと輝かせて、ニーナはカノンと俺を交互に見つめた。カノンの「まさか先輩、レディーゴーとか号令かけたりしないでありますよね?」という、青ざめた表情が印象的だ。

だが、俺は後輩を信じることにした。しりとりに詳しい(幼女調べ)カノンによって、ニーナの暴走が止まることを祈りながら右腕を掲げる。

「しりとり始め!」

腕が振り下ろされると同時に、ニーナはカノンに牙を剥く勢いで襲いかかった。

「に、ニーナちゃんしりとりの……り! ほら、ニーナちゃんの番であります。りで始まる言葉を言わないとニーナちゃんの負けでありますよ?」

金髪幼女は「り?」と首を傾げた。が、止まらない。ここで普通のしりとりに戻そうとした、後輩のチャレンジは覚醒ニーナの前に散華した。

ニーナはカノンのスカートの中に潜り込んで、一瞬でマリンブルーの薄布を神官見習いの足首のあたりまで引き下ろす。

「り、りー……りあじゅう!」

「クハッ!? 陰キャの自分にそのワードは効くでありますよッ!!」

カノンの眼鏡のレンズに亀裂が走り、心臓のあたりを押さえるようにして、青い髪を揺らしながらカノンも床に倒れ伏した。

するするとマリンブルーの薄布を脱がせてニーナは俺に見せるように掲げる。

「カノンちゃんにも勝ったのです! えーせー名人まで、あとちょっと!」

このままでは勇者パーティーは全滅だ。俺はキルシュに視線を向け直した。

「キルシュさんでしたら、ニーナさんを止められるかもしれません」

「いえいえ、わたしなんかがとんでもない。ニーナちゃんの動きって、これもう普通じゃないですから」

キルシュは自分からスカートの中に手を入れると、するするするっとシルク製の黒い薄布を脱いでニーナに手渡した。

「え? いいのキルシュおねーちゃ?」

前髪に隠れていない方の榛色(はしばみいろ)の瞳を細めて、キルシュはうんと頷いた。背丈の割りに大きな胸がゆっさり上下する。

このサイズともなると、ニーナがおねーちゃと呼ぶ基準値は楽々クリアしているようだ。

「勝てない相手とは戦わない。それができないからアコ先輩もカノン先輩もやられちゃうんですよね」

ここでまさかの棄権である。かくなる上は、俺がニーナとしりとり勝負をしなければ……いや、いけない。それだけはいけないのだ。

キルシュは講壇に上がると、しまっておいた案山子のセイクリッドマーク2を壇上に立たせた。

「それじゃ、お先に失礼します。蘇生の対価はパンツってことで、ここは一つお願いしますね。幼女にパンツを集めさせるセイクリッドさんの知謀は計り知れないですよねぇ」

俺じゃない(以下略)。

キルシュがパンパンと手を打ってマーク2を拝むと、ノーパンのまま勇者一行の身体が転移魔法の光に包まれる。

このまま王都へ? なんて命知らずな方々だ。

ニーナは黒いシルクの下着を旗のように掲げ「ばいばーい!」と、光に溶けて消えゆくアコたちに手を振った。

しんと静まり返った聖堂で、俺は咳払いを挟む。

「コホン……えー、ニーナさんこそが、しりとり女王に相応しいと思います」

ニーナはとてとてと、普段の足取りで俺の前に立つ。

「ううん、ニーナね、まだまだしょーじんが足りませんから」

「もはやニーナさんに、しりとりでかなうモノは地上にはいないでしょう」

わくわくした顔で、ニーナはその場で小さくぴょんと跳ねた。

「えー、まだだよ。だってニーナね、セイおにーちゃと……大人のお遊びしたいなぁ」

宝石のようなエメラルドグリーンの瞳は、熱っぽさを帯びて俺をじっと見上げている。

幼女に睨まれた大神官。ああ、誰かこの状況を覆してはくれないだろうか。

救世主の登場を待ち望む、俺の祈りは神に届いたらしい。

教会の入り口の扉が、バンッ! と、音を立てて開いた。

「大神官よ! ニーナ様が来ていないか?」

美しき薄褐色肌の女騎士――ベリアルが姿を現した。

ニーナの視線がベリアルへと向き直る。

「あ! ベリアルおねーちゃだ! ニーナとしりとりしてください」

金髪幼女はちょこんとお辞儀をした。探していたニーナの無事を確認して、ベリアルは安堵する。

「ああ、良かった。ニーナ様がなにか危険なことや犯罪に巻き込まれてはいないかと、心配していたところです」

そのニーナが危険な存在だということを、ベリアルが知るのは五秒後の事である。

ニーナの巧みなテクニックにより、ボディースーツを脱がされてラベンダー色の薄布を奪われたベリアルは、聖堂から逃げ出した。

巨獣の姿になるとドスンドスンと足音を立てて、魔王城へと一目散に逃げていく。

「大神官覚えていろよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

俺じゃ(以下略)。

連勝街道を突き進むニーナが、俺の顔を見上げてコールを待った。

「勝負あり。ニーナさんの勝ちです」

「ばんざーい! ばんざーい!」

幼女は愉しげに両腕を上げた。

今や、ニーナのスカートのポケットは乙女たちから獲得した、薄い布地で厚みを帯びている。

教会の出入り口の扉は開け放たれたままだ。風が吹き込んでニーナの金髪がさらさらと揺れる。

巨獣ベリアルの背中に手を振って「またねー」と声をかけると、幼女は講壇の前に立つ俺に向き直った。

「次はセイおにーちゃとなのです」

リムリムは「むにゃむにゃ……おまたがスースーするのだぁ……ZZZ……」と、いつの間にか昼寝モードである。

ぴーちゃんに関しては「現在システムの復旧作業中」と、床に転がったままうわごとのように繰り返していた。

「私はあくまで審判ですから」

「おにーちゃとだけ遊ばないのは、ふこうへいですから!」

ニーナは真剣に勝負を望んでいるらしい。

問題点は二つあった。

一つは、女子同士のじゃれ合いにしても危険すぎる遊戯を、聖職にある成人男性と無邪気な幼女が行うというそれ自体、まるで犯罪だということ。

そしてもう一つ――

最近、ことあるごとに「脱がざるを得ない、仕方ない」と、俺自身、衣類との関係をおろそかにしがちだった。最後まで“脱がない意志”を貫くためにも、俺は“ある試み”を密かに実行していたのだ。

パンツがあるから大丈夫というのは、堕落。人間として気の緩みの極地である。

何を隠そう本日の俺は、ノーパン。ノーパンツフリースタイル大神官だったのだ。

故に、今、ニーナとしりとりをするわけにはいかない。Q.E.D証明終了。

しかし、時は待ってはくれなかった。

「じゃあ審判さんいないから、ニーナが言うね。しりとり始めっ!」

ラベンダー色の薄布を持った手を、金髪幼女は振り下ろす。それからニーナは「はわわ」と慌てて、ベリアルからゲットした戦利品をポケットにしまい込んだ。

「じゃあいくよー! セイおにーちゃ!」

後光魔法をいつでも発動できるよう準備をしながら、疾風のように駆け込んでくるニーナと俺は、ついに相まみえることとなってしまった。