This Last Boss, the Church in Front of the Devil’s Castle

We don't have enough arrows for this tourist destination.

来島者歓迎セレモニーが終わると、アコたちはその場で給料を支払われた。

重くなった財布にほっくほくの笑顔で、腰蓑姿のまま勇者様御一行が俺たちと合流する。

「島のことならなんでも訊いてよ!」

まるでアコは地元のガイドといった雰囲気だ。

「では早速ですが……」

アコが俺の腕を掴んで巻きつくように身体を寄せると、二の腕に胸を押しつけながらニッコリ笑う。

「まず美味しいフルーツジュースね! 南国の太陽をいっぱい受けて育ったマンゴーとかマンゴーとかマンゴーのジュースがオススメなんだ!」

「それは楽しみですね。と、その前に」

「あとねあとね! お魚も新鮮で美味しいんだよー! 生のマグロをアボカドと和えて食べるんだ! これ超オススメ! セイクリッドのおごりでいいから、早く食べに行こうよ!」

給料を手にして即、たかる。これが勇者だ世界よ震撼せよ。

羽交い締めにしていたキルシュを解放し、ステラが俺とアコの間に手を突っ込んで、ぐいっと左右に引き離した。

「へ、へ~マンゴージュースってどこで売ってるの?」

すると、今度はアコがステラの腕をとって胸を二の腕にぐいっと押しつけながら、頬ずりする。

「あっちの市場通りがオススメだよ。んはー! ステラさんと一緒に飲むマンゴージュース……もちろん、グラスは一つストローは、に、ほ、ん」

「ちょ、ちょ、ちょっとくっつかないで!」

アコにとっては、おごってくれそうな相手なら性別年齢問わないらしい。

ニーナが俺の元にやってきた。

「おにーちゃ! ニーナと一緒にマンゴージュースをおねがいします」

ペコリとお辞儀をする幼女に「はい、もちろ……」と、言いかけた所へ、ゲロ……もとい、海に虹の橋を架けていたベリアルが戻ってきた。

「ニーナ様。マンゴージュースでしたら、わたしがご一緒いたします」

必死だな門番。

そんな中、ステラの呪縛から解き放たれた元暗殺者は、アコがステラにぴったりくっつくのを見て、うんうんと頷いて見せた。

神官見習いが首を傾げる。

「キルシュ殿。あれもカップルに見えるのでありますが?」

「なにを言ってるんですか先輩。女の子同士の恋愛ですよ? 全然オッケーじゃありませんか」

女の子は女の子と、男の子は男の子と。そんな口振りだ。

子孫が繁栄しない恋愛は許可。百合の花咲き乱れるバラ色の世界はキルシュにとって問題ないらしい。

そう仕向けた俺が言うべきではないのだが、いややはり問題ありである。

俺は小さく咳払いを挟んだ。

「では、その前に教会に案内してください」

火山島には初上陸なので、この地の大神樹の芽を確認し、転移魔法に記憶しておきたい。

アコがニッコリ笑った。

「無いんだなぁ、それが」

「え? なんですって」

どういうことなのか勇者(フリーター)では訊いてもらちが明かない。カノンに視線を向ける。

腰蓑姿は神官を目指すものとしていかがなものか? それ以前に女子としてそんな格好で練り歩くのはどうなのだろう?

あられもない姿のカノンは、頬をぽっと赤くしながらうつむいた。

「じ、実はでありますな……このムーラムーラ村には教会が見当たらないのでありますよ」

「では野生の大神樹の芽は?」

「ちゃ、ちゃんと探せばあるかもしれないのでありますが、アコ殿の見つけたこのお仕事が忙しくて」

カノンの隣で、同じく腰蓑をつけたお尻をキルシュがフリフリしてみせる。

「人を殺めなくてもお金ってもらえるんですね。世の中、よくできてます」

暗殺者目線が世界標準なら、世の中どんだけ修羅の国だ。

「いいですかキルシュさん。人のために尽くすことで、労働の対価が得られるのです」

「へーなるほどですねー」

そのぽかんとした顔やめなさい。まったく、今後とも会話が噛み合わなさそうだな、この元暗殺者とは。

しかし、客船が賑わうのも仕方の無いことか。転移魔法で気軽に飛んでこられないせいか、冒険者パーティーらしき武装集団は、ぱっとみた所、港付近には見られない。

どこぞの勇者様御一行など、剣も盾もサークレットもどこへやら。キルシュはまあ良いとして、カノンもこのままでは真面目な眼鏡からサングラスになってしまうかもしれない。

ああ、これが子供が不良になってしまわないか、心配する親心か。

だんだんとカノンの眼鏡のレンズが闇に染まっていかないかと、懸念してしまった。なにせ彼女は眼鏡の一部なのだから。

「あの、どうしたでありますかセイクリッド殿」

「カノンさん。日射しが強いですから、日焼け止めなど十分に使ってくださいね」

「あ、それなら安心であります。キルシュ殿に分けてもらってますので。アコ殿は嫌がって使わないでありますけど。あ! ステラ殿にニーナ殿もいかがでありますか?」

ステラとニーナが「あ! そっか! 助かるかも」「わーいニーナもぬるー!」となる中、日焼けしたアコに視線を向けると「ボクは健康的な小麦色でしょ? ほら、日焼けしたら聖印も目立たなくなるし」と、胸をよいしょと持ち上げるようにして、俺に見せつけた。

「ねえセイクリッド! ほらほら確認しちゃう?」

うーむ、普段から無防備で奔放なアコだが、今日は一層押しが強い。

観光地のテンションというやつかもしれないな。

俺はアコの額を軽く指で弾いた。

「いったーい」

「初級回復魔法。はい、これで怪我は治りましたよ。というか、そもそも怪我するような威力ではありませんが」

おでこを両手で覆うように押さえたまま、アコは前屈みになった。

ぶるんとたわわに実った胸の果実がこぼれ落ちんばかりに揺れて、重力に引かれる姿は椰子の実のようだ。

不平たっぷりに口を尖らせアコが呟く。

「な、なにするんだよぉ。ははーん。さてはセイクリッド、観光地気分でちょっとはっちゃけてるでしょ?」

お前が言うな勇者様。

そして、俺が見ていないところでベリアルがキルシュの手にした小瓶の日焼け止めに、熱い視線を向けていた。

いや、いらないだろ。

「それを塗れば白く綺麗な肌になるのか?」

「あー日焼けを止めるだけだから、地の色が濃い人はそのままですよ」

「そうか……」

薄い褐色の肌はきめ細やかで、黙っていればミステリアス美女なのだが、どうやらベリアルにはベリアルだけの悩みや憧れがあるらし。

この地に転移する手段がないとなると、忘れ物を取りに帰ることも簡単にはできないか。

その点が心配と言えば心配である。まあ、戦闘に巻き込まれる可能性は、村にいる限りあり得ないとは、アコの言葉だが。

魔物は火山に近づくほど強くなり、麓の村には降りてこないらしい。

教会が無くとも村はずっと平和なのだそうだ。

そして噂通りというべきか、気候も温暖で村人たちはみな、健康的に日焼けしていた。

男はみな上半身裸が基本で、女性も水着姿か下着姿か、もうこれわかんねぇな的な服装である。

特に若い女性は布地も少なくするのが、このムーラムーラ村に古くから伝わる習わしとのことで、客船でこの地に訪れた男性たちにはたまらないのだそうだ。

アコに案内されて港から村の中央通りを歩きつつ、俺はぽつりと呟いた。

「いい村ですね」

「でっしょー! そうだセイクリッド! ここに教会を建てようよ。で、ステラさんもニーナちゃんもベリアルも一緒にさ、引っ越しちゃおう。お客さんいっぱいくるから仕事もいっぱいだし。ほら、教会の外は荒れ地みたいなんでしょ?」

ステラが「え、ええと。検討するわね」と愛想笑いだ。検討=やらないというのは、人間世界も魔族の世界も、変わらぬ共通認識である。

まあ、たしかにアコが言う通り、魔王城及びその近辺は素っ気ない。

荒れ地というか魔王城以外に何も無い荒野というか。

いっそ牧草地にでもした方がいいかもしれないのだが……。

そんなことを考えていると、市場通りに到着した。

商店には色とりどりのフルーツがずらりと並び、魚市場にはターコイズ色の鯛などの、大陸本土ではあまり見ない魚も並んでいた。

この市場にある色彩だけで、絵が描けてしまいそうなカラフルさだ。

マンゴージュースバーなる専門店まで軒を連ねていた。

さっそくステラがお財布を開いて、自分とニーナとベリアルの分のマンゴージュースをカウンターで買い求める。

ストレートのグラスにストローまでついていた。観光客向けなのか、グラスの縁にちょこんと南国の花が添えられているのが心憎い。

「セイクリッドはちゃんと自分で買ってね」

「もちろんですとも」

アコとカノンとキルシュはその場でじゃんけんし、負けたカノンが二人の分まで支払った。

いかん。カノンが闇墜(グラサン)ちしてしまう。曇るな眼鏡。がんばれ。

と、思いながら自分も買って飲んだ南国の果汁は、火山島のどこからもってきたのか、いや恐らく氷結魔法で冷やしたのであろう、キンキンで甘く芳醇な美味さに驚かされた。

太陽を果物にしたら、きっとこんな味がするに違いない。店主曰く、マンゴージュース目当てにリピート客もいるとのことだ。

もし、魔王城周辺を牧草地にしても、こういった集客できそうな名産品は――

ベリアル牧場の早朝搾りたてミルクで作った氷菓(アイスクリーム)。

ああ、日頃の激務で疲れているんだな、俺。

教会が無いのをいっそ逆手にとって、しばらくゆっくり羽を伸ばすことにしよう。

観光地なのだ。切った張った説得したなどということにはなるまい。客船でシャチ魔族に襲撃された時に、そういったものは全て済ませてしまったのだ。