This Last Boss, the Church in Front of the Devil’s Castle
□ Rickon Grand Cleric Suspected Chamber Class
『…………』
アコたちならこの時点で騒がしく、カノンが毎回死んだ時に用意している「○○オブザデッド」ネタなども聞こえてくるところなのだが、この魂は無言だった。
それはそれで、心当たりが一人いる。
「蘇生魔法」
チョークを振るって蘇生させると、大神樹の芽から光が溢れて人の姿を形取った。
手に水晶玉をそっと携えた、よく知る少女が復活する。
彼女はルルーナ。とある一件のあと、行方不明になった姉を探して旅する占い師だ。
時々、旅の途中で力尽きるなどして戻ってくることもあり、この前はマリクハで占いをしているところにも出くわした。
俺は軽く咳払いを挟んでルルーナに告げる。
「おお、死んでしまうとは情けない。再び冒険者として……」
ルルーナはじっと俺の目を見て首を左右に振った。もういいですと瞳が訴えている。
「最後まで言わせてくれてもいいではありませんか」
占い師の少女の視線が、俺から三人並ぶ幼女に向き直る。
「……また増えてる」
「ああ、そういえばボディーを変更した、ぴーちゃんとは初めてでしたね。色々あって小型化に成功したのですよ。それにリムリムさんとは完全に初対面ですね」
ずらりと並ぶ幼女の列を確認してから、どこか視点の定まらない眼差しのまま、ルルーナは首をかしげて俺に訊く。
「……犯罪?」
「いいえ、違いますよ。全然違いますよ。ここは教育の現場です」
「……調教の現場?」
「言葉のチョイスに悪意を感じますね。有り金の半分をおいて、早急にお帰りいただきましょうか」
俺の言葉を無視してルルーナも幼女が三人並ぶ長椅子の列に加わった。
まさか、受けるつもりか……授業!?
幼女向けのお勉強会だぞ。
リムリムが、隣に座ったルルーナに向き直る。
「誰なのだ? リムリムはリムリムって言うのだ。お嬢様なのだ」
「……ルルーナ。超絶天才売れっ子占い師」
以前より盛り方が増えているのだが、あえて聞かなかったことにしよう。
そんな初対面の占い師に吸聖姫は興味津々のようだ。
「へー。何が占えるのだ? せっかくだから、リムリムの将来を教えてほしいのだ。きっとバラ色なのだ!」
うほっ、良いポジティブさ。図太さにおいてはルルーナにも引けを取らないな。
ピンク幼女のお願いにコクリと頷くと、ルルーナは水晶玉を掲げた。
魔法力が込められて、水晶が光り輝く。それは占いのために教えた技ではなく打撃用なのだが、光った途端にリムリムは「うわああああ! すっごいのだ」と感心しきりだった。
ここだけ見れば、本当に売れっ子占い師のように見えなくもない。
ルルーナの手中の水晶玉から、魔法力の光がゆっくりと収まっていった。
「……出ました」
「わ、わくわくするのだ」
「……死にます。たぶん、何年か、何十年か、何百年か先に……死にます」
「お、おー。すごいのだ。きっと当たってるのだ」
リムリムは驚いたように青紫色の瞳をまん丸くさせた。
だめだこの二人、混ぜるな危険である。
咳払いを挟んで、俺はルルーナに質問した。
「それよりラヴィーナさんの手がかりは見つかりましたか?」
ルルーナは水晶玉をしまうと、そっと首を左右に振った。
「そうですか。思えばルルーナさんはたまに死に戻ってきますが、ラヴィーナさんはピッグミー討伐からずっと、一度も姿を現しておりません」
これは、ぴーちゃんに確認をとってもらって、案山子のマーク2の自動蘇生記録も参照してのことだ。
双子の姉妹――ラヴィーナとルルーナは、この“最後の教会”を復活場所にしている。
二人にとって約束の場所なのだが、ラヴィーナはその誓いを破って別の場所に蘇生地点を移してしまったのだろうか。
単に、舞剣士(ソードダンサー)のラヴィーナが凄腕すぎて死なないだけなのかもしれないが、姉の方はそれっきりで、今日も姉妹は再会を果たせずにいた。
ニーナがルルーナの顔をのぞき込む。
「ニーナも死んじゃいますか?」
「……死にます」
「ぴーちゃんはどうですか?」
「……わからない」
ゴーレムロリメイドという存在に、死という言葉が的確ではないと占い師のセンスで感じ取ったのなら、ルルーナらしからぬ冴えっぷりだ。
ニーナは「そっかぁ。ぴーちゃんはわからないんだって」と、ルルーナと反対方向を向いて、改めて、ぴーちゃんに報告した。
これにはゴーレム少女も苦笑いである。
俺は黒板を消してから、もう一度ルルーナに訊く。
「これからお茶にしようかと思うのですが、ルルーナさんもいかがでしょう?」
ルルーナはそっと首を左右に振った。
「……忙しいから。また今度」
「おや、それは残念ですね。しかし、忙しいというのは本業ですか?」
「……占い、大ヒット中。王都でも売れっ子で、王宮にも呼ばれたから」
「神に誓って?」
「……神に誓って」
さらりと復唱するあたり、淀みの無さからも真実を彼女は語っている……ような気がする。油断ができないのは、この教会に訪れる女子全員に言えることだ。
とはいえ、だとすればそれはいきなり出世したものだ。
それに才能が無いわけでもないのである。ルルーナの占いといえば水晶玉は当たらず、時々、カード占いがクリティカルヒットするという不安定なものだった。
不安定ながらも、彼女のカード占いはズバリ的中することが希によくあるのだ。自分でも何を言っているかわからないが、他に言い様がない。
となると、一つ疑問が浮かんだ。
「王都で忙しいなら、どうしてまた死んでしまったのでしょう?」
「……クローゼットの角に小指を強打して……無事死亡」
なお、そんな死因で教会に戻ってきた人間は初の模様。
ルルーナは立ち上がると、何の脈絡もなく俺の前に戻ってホルダーからカードを取り出した。
「おや、私のことまで占ってくれるのですか?」
コクコクと頷くと、ルルーナはそっとカードを一枚、束から抜いて俺に見せた。
「……死神のカード。正位置」
「先ほどの水晶玉と同じく、死の暗示ですね。しかし、私を殺す相手というのはどなたでしょう?」
占い師の少女はもう一枚、カードの束から指でつまみ上げた。
そこに描かれていたのは皇帝である。
「……皇帝のカード。正位置」
「皇帝というと、つまり王族ですかね」
「……わからない。占い、本当は苦手だから」
じゃあ、いったい何が得意なのだろうか。
相変わらずのふわっふわぶりだが、問題はルルーナの水晶玉占いと違って、カードは本当に当たる部分にある。今回はあまり当たって欲しくない暗示だな。
皇帝……王族が俺に死を運ぶというのは、マーゴの報復があるというのだろうか。
暗殺者なら返り討ちにするまでだし、そもそも“最後の教会”に刺客を送り込むことは不可能に近い。
俺の身元は調べればわかることだ。であるなら、社会的に殺すという方法だろうか。
ともあれ、あの幼稚な王子の性格ならば、出逢ったあの時に、馬に俺がなんらかの細工をしたと、いちゃもんをつけて逆恨みしたとしても、おかしくはないのである。(実際にやったかどうかは別として)
カードをしまうとルルーナは「……それじゃ、復活のための寄付金は占いで払ったから」と、堂々と告げるのだった。
アコたちの財布はだいたいいつも空っぽだし、ルルーナがこの調子なので“最後の教会”は深刻な寄付金不足に陥っている。
ルルーナを王都に無料返品……もとい、無償の愛たっぷりな転移魔法で無事、送り届けた三日後――
国王ハレム急逝の悲報が、大神樹の芽を通じて世界に報じられた。