Tilea’s Worries

Episode Seven: Arriving at the Genius Cook Shilo Underground Empire

僕は、ベジタ村のシロ。

長年【見習い戦士】のミソッカス。

村の子供にも腕力で負ける僕は、一番下の【見習い戦士】だ。

それが今や……。

僕は、狼(フェンリル)族の第二十四代【族長】に就任してしまった。

獣人族に伝わる十五の試練無しで、異例の大出世である。

前代未聞の話であり、周囲からの妬みがすごかった。皆、殺さんばかりに僕をにらみつけてくる。特に、【副族長】のガウなんて闇討ちをしかけてきたほどだ。幸いギルさんが近くにいて、返り討ちにしてくれたから助かったけど……。

次、独りでいたら、絶対に殺される。

はぁ~ため息が出てしまう。

族長やめたい。

腕にはめてある【族長】の腕輪を見る。赤黒く、不気味に光っていた。この腕輪は、代々の【族長】の血と汗が染みこんだ戦士の証である。こんな由緒ある逸品に対し、僕の細腕ではあまりに不釣り合いだ。

そもそも狼(フェンリル)族の【族長】は、たえず戦場に出て武勇を示し続けなければならない。それが戦闘民族としての矜持だ。

肩書だけとはいえ、僕は【族長】だ。少なくとも、一回は戦地に出て敵将の首を取る必要があるだろう。

刀を持って人を斬りつける……無理、絶対に無理。

想像できる。

震える手で刀を持った僕は、棒立ちのまま動けない。そこを雄叫びを上げて襲ってきた敵になすがまま切り殺されてしまう。

はぁ~もう一度、ため息が出てしまった。

「シロどうした?」

「あ、ギル様……」

王都行きの馬車の中、向かいに座っているギルさんが、話しかけてきた。

「そろそろ王都に着く。何か悩みがあるなら今のうちに話せ」

「い、いえ、悩みなんて……」

「遠慮するでない」

「で、でも……」

ギルさんは気さくに言ってくれるが、こんな悩みを話して大丈夫だろうか?

族長就任は、ジャシン軍の決定だ。異議を唱えたら不敬になるかもしれない。

「お前には、この後大仕事が待っているのだ。少しでも懸念事項があるなら言え。力になってやる」

「わ、わかりました」

そうだね、不安を抱えたままびくびく仕事をしてたら、ティレアに殺されるかもしれない。

ギルさんは、いきなり殴るような野蛮な奴じゃない。何より頼りになる。

「ギル様、実は――」

ギルさんの力強い言葉に後押しされ、僕は族長としての仕事に大いに不安があることを伝えた。

ギルさんは、腕を組み僕の話を聞いていた。そして、僕の話を聞き終わると、ふ~と大きくため息をついた。少しあきれ顔になっている。

「シロ、まだわかっていないようだな」

「といいますと?」

「族長の仕事は不要だ。お前はあくまで料理人、料理のことを一番に考えておけ」

「は、はい、それは承知しております。ただ、肩書だけとはいえ僕は狼(フェンリル)族の【族長】です。一度くらいは戦場に出ないと皆が納得しません。ただでさえ暴動が起きる寸前なのに……」

「お前が統治について、気にやむ必要はない」

「そ、そうなのですか。でも、一度も戦場に出ない【族長】なんて前代未聞すぎて――」

「シロ、もういい。その腕輪を貸せ」

ギルさんが僕の腕輪を指さす。

「えっ!? この腕輪をですか?」

「そうだ。族長の証とやらのその腕輪だ」

ギルさんは、僕が恐る恐る触っていた腕輪を貸して欲しいと言う。

本来、族長以外に触ってはいけない由緒ある腕輪だ。人族に降伏した際も、これだけは徴収されなかった。村民が全滅してでも守ろうとした狼(フェンリル)族に伝わる神器である。

歴代の族長なら、殺されても拒否しただろう。

まぁ、僕にそんな度胸はない。戦闘民族としての誇りもない。ギルさんの命令を拒否なんて、できようはずがない。

腕輪を外して、ギルさんに渡す。

ギルさんは腕輪を受け取ると、立ち上がる。

そして、腕を大きく振りかぶりそのまま腕輪を遠くに投げ飛ばしてしまった。

「え、えっと……」

理解が追いつかない。

狼(フェンリル)族に伝わる神器を、ギルさんはゴミ箱に捨てるゴミのように簡単に捨ててしまったのである。

先代のベジタブル様が生きていたら、血の涙を流していた光景だ。

「これで族長にこだわる必要はなくなったな」

ギルさんの言葉にハッとする。

はは、そういうことか。

初代から伝わる戦闘民族の証、【族長】の腕輪を紛失してしまった。

これほどの大失態、どれだけの武功を重ねても払拭できはしないだろう。

つまり、もうどんなに頑張って族長の真似事をしても意味をなさない。腕輪を紛失した僕は、皆から血祭にあげられてしまう。

族長の仕事なんて考えるだけ無駄になったわけだ。

「シロ、もう一度念を押す。しかと聞け」

「は、はい」

僕はギルさんの迫力に圧倒され、居住まいを正す。

「お前が族長になった理由は、肩書が必要だったからだ。ティレア様の御前で『狼(フェンリル)族の族長(・・)シロ』と口上を述べるためだけのものだ」

「はい」

「お前は邪神軍、第二師団所属の台所組【軍曹】の立場にある。それを誇りに思え。チンケな村の長如きにびくつく必要はない」

「はい」

「ようやくふっきれたようだな」

ギルさんはそう言って、小さく笑みを浮かべた。

「あ、ありがとうございました。僕なんかのためにお手数をおかけしました」

「ふっ、よいのだ。お前には期待している」

「僕に期待ですか」

「あぁ、頼りにしているぞ。第二師団の浮沈はお前にかかっている。ぞんぶんにその腕をふるえ」

「はいっ!」

そうだ。ギルさんの言う通りだ。

僕が【族長】に就任した時点で運命は決定したのだ。僕は、もう村には戻れない。

戻った時点で問答無用で殺される。

【見習い戦士】如きが【族長】となり戦士の誇りを汚したのだから。

帰る場所がなくなった。

……うん、これでよかったんだ。

碌な奴がいない村だ。帰っても馬鹿にされながら奴隷のように働かされるだけである。

心機一転、王都で頑張ろう。

王都でジャシン軍にお仕えするんだ。

もちろん、王都でも村と同じように奴隷の扱いをされるかもしれない、いや、その可能性は十分にある。何せ苛烈なジャシン軍の拠点なのだから。

でも、ギルさんの言葉に勇気づけられた。

頼りにしている、期待していると言われたんだ。そんなこと、村では絶対に言われない。

その言葉をもらえたんだ。奴隷扱いされてもいい、ジャシン軍で頑張ってみよう。

誰かの期待に応えるということをやってみたい。

僕は、これよりジャシン軍第二師団所属【軍曹】のシロだ。

おばあちゃん、見ててね。

おばあちゃん……。

唯一残念なのは、おばあちゃんのお墓に行けなくなったことだ。辛い時、悲しい時、おばあちゃんのお墓に行って泣いていた。それがもうできなくなる。

物悲しい気持ちになってきた。

ううん、大丈夫。

僕には、おばあちゃんが教えてくれた料理があるじゃないか。料理を通じておばあちゃんを見ればいい。

★ ☆ ★ ☆

王都に到着した。

すごい。

人、人、人……人がいっぱいいる。それに建物があんなにいっぱいひしめき合っている。

僕は、生まれてから一度も村を出たことがない。

見るもの聞くものすべてが新鮮だった。

きょろきょろと辺りを見渡しながら、ギルさんの後をついていく。

ギルさんは、途中王都の市場や鍛冶屋などを説明してくれた。今後、王都に住む以上色々覚えておくようにとのことだ。

市場では、豊富な魚介類、三陸の海の幸が多く水揚げされていた。他にも大陸から新鮮な野菜、海産物の他にも雑貨や洋服なども売り買いされている。

鍛冶屋では、カンカンと熱い鉄を叩き、剣や斧などを作っていた。もちろん料理に使うフライパンや包丁などもある。

楽しい。

生まれて初めて見る街並み。人の営みや活気を感じる。

村では奴隷のように扱われ、無我夢中で料理をする以外なかった。

これが観光ってやつなのかな?

自然と尻尾がパタパタと揺れ動くのを感じる。

「ふっ、シロ、浮かれるのはわかるが、気を抜かれては困るぞ」

「は、はい、申し訳ございません!」

ギルさんに窘められた。

そうだ。何を勘違いしていたのだ。

これから僕は、暴君オルティッシオが畏怖するティレアに仕えなければならないのだ。

あのオルティッシオの主君なのだ。どんな理不尽な命令を受けるかわからない。

気を抜いて無礼を働けば、即座に殺されるだろう。

気を引き締めないと。

怒らせないように、不愉快な言動は慎むように。

弱者は、強者の機嫌を常に意識しないといけない。

浮ついていた感情を静め、心に鍵をかける。

大丈夫、これでいい。村にいたときと同じだ。感情を殺せば、僕は生きていける。

ギルさんの案内でひととおりの建物を教えてもらった後、最後にジャシン軍の拠点に行くことになった。

ここで僕は、毎日寝泊まりをして料理を作るのが仕事らしい。

僕の寝床、どんな感じなんだろう?

村では雨漏りがひどく、すきま風がビュービュー吹くひどい寝床だった。たえず補修しないと嵐に耐えられないあばら家である。

一応、僕は【軍曹】って階級でそこそこ上みたいだし、期待してもいいのかな?

もしかして、村では族長しか持っていなかったお布団があるかも……いやいや期待するな。雨露がしのげる場所だったら十分すぎる、それだけで最高だ。

ギルさんの後をついていき、階段を下りていく。

「ここだ」

「うぁああああ! す、すごい……」

感嘆の声が漏れてしまった。

階段を下りた先、そこはとてつもなくでかい空間が広がっていた。

広い、そして無数に部屋がある。

それに、見たこともない家具がいっぱいある。室内をあかあかと照らす照明器具や、田舎者の僕でもわかる高級そうな壺や絵が多数置いてあった。

「驚いたか? ここはオルティッシオ隊長率いる第二師団が用意した拠点だ」

「な、なんかあまりに凄すぎて圧倒されました」

「そうだろう。ここだけではないぞ。各種部屋に一級の調度品も揃えてある」

珍しい。ギルさんが得意げに話をしている。

普段は寡黙で冷静沈着なのに。

ジャシン軍地下帝国……。

もともとは人族の大貴族の隠れ屋敷だったところを奪って改修したらしい。改修したのは、第二師団団員のジョパンニーって人だ。ジョパンニーは不眠不休でこの地下帝国を作り上げたとか。

そっか。ここはオルティッシオ達第二師団が用意した拠点なんだ。

ギルさんがいつになく饒舌なのもわかる。よほど自慢したいのだろう。

ギルさんに地下帝国を案内される。

どれも凄いの一言だ。

ここ、王宮ってところと一緒なんだね、きっと。

そして……最後にジャシン軍の厨房を案内された。

うぁあ!

す、凄い。

またもや感嘆の声を出してしまった。

今日僕は何回驚いたら気が済むんだ。

厨房には、フライパンや鍋など調理一式が揃えてあるんだが、どれも一級品だ。包丁なんて触らなくてもわかる。この鉄の輝き、切れ味、この包丁だけで食材の食感を自由自在に変えらえるだろう。

すごい、すごい。

村ではろくな調理器具がなかった。ここには、聞いたことはあるが、見たことがないもの。未知な器具もわんさか置いてあるのだ。

料理心が刺激されてしょうがない。せわしなくそれらを観察する。

「おい、また現われたぞ」

厨房の調理器具に気をとられていたら、声がした。

顔を上げると、人がいる。

七、八人ぐらいの人だかりだ。

コック帽を被り、包丁を持っている。

「ギル様、この人達ですか?」

「あぁ、そうだ。お前の対戦相手達だ」

この人達が……。

僕は、おばあちゃん以外の料理人を知らない。

おばあちゃんは、最高の料理人だった。

そのおばあちゃんに手ほどきを受けたんだ。

勝つ、勝って見せる。おばあちゃんの料理が最高だと僕が証明するんだ。

緊張でぶるりと手が震える。

「シロ、安心しろ。軽くだが、私なりに他の料理人をチェックしてみた。お前の敵ではない」

「そ、そうなんですか?」

「あぁ、自信を持て。お前ならやれる」

「はい、期待に応えられるよう全力でかんばります」

「それでいい。お前は普段通り料理をすればよいのだ。この中ではお前がナンバーワンだ」

ギルさんは、そう言って厨房を後にする。

独り残された僕は、他の料理人達のもとへ挨拶に向かった。