Transported to a hyper-realistic RPG.
Episode 176 Oze Village
「セナさんだってよ?!」
「本当かい?!直ぐに食事を用意しないと!」
「また来てくれたのか?!」
セナが来たと聞いた途端、村人達が全員てんやわんや状態。見たところ歓迎されているみたいだ。
「よく来てくれた!そんな寒そうな格好で…服も直ぐに用意するから入ってくれ!」
「ありがとう。」
セナに任せて正解だったが…予想外過ぎる歓迎っぷり。
「ど、どうなってんだ?ラトについても触れない奴なんて初めてだぞ。」
「あー…実は、昔一度この村に来た時、農具とか色々と作った事があるの。あの鍬もそうね。」
昔とは言え、セナが作った農具…今でも十分使えているだろうし、性能は高いだろう。
それに、見た限り裕福(ゆうふく)な村ではないし、こんな村から金を巻き上げるセナではない。
人里離れた村の者達からしてみれば、救いの手を差し伸べてくれた恩人として映るだろう。この歓迎っぷりはそれが原因のようだ。
歓迎されて不都合な事は無いし、有難い限りだ。
やはりセナはセナで、父であるトウジの志(こころざし)を受け継いでいるようだ。彼女の行いが、巡り巡って、今、俺達とサクラを助けてくれている。
セナは自分の力など大した事は無いと思っているだろうけれど、そんな事は決してない。
確かに、戦闘や政治では活躍出来ないのは確かだが、セナにはセナの強みがある。それがどれ程の力になるのか、きっと近いうちに真価を発揮する時が来るだろう。
「それにしても、何でまたこんな薄着で来たんだ?ここが寒い場所って事くらい知っていただろう?」
「まあ着の身着のまま来る事になっちゃったからね。それに、この人は渡人なの。インベントリがあるから、それくらい面倒見てくれるかなーってね。」
「ここに来るまでに一気に寒くなったからな。インベントリを開いている暇も無かった。」
実質、肌寒いと感じたところから、寒くなるまでの距離はせいぜい数キロ。そんな僅かな距離で気温が一気に下がるのはおかしい。日が落ちた事を含めて考えても…だ。
「あー。それはあれのせいだな。」
アンガクは親指をクイッと動かして、針氷峰を示す。
「この辺りが寒いのは、あの山が関係していると言われているんだ。
その昔、偉い学者か何かが来て、色々と調べていたが、その明確な理由は分かっていない。
俺達オゼ村の住人や、ここらに住む連中は、皆、あの山には雪神様が居て、この寒さを作り出しているって信じてんだ。」
「雪神様?」
「実際に見た奴はいないがな。俺も何回かあの山に入った事があるが、実際に雪神様を見た事は無い。
ただ、俺の左首筋にあるこの傷。これが雪神様が居るという証みたいな物だ。」
「どういう事だ?」
「その話をする前に、俺の家に来てくれ。こんな寒いところじゃ風邪ひいちまう。」
「それもそうか…お邪魔させてもらうよ。」
「狭くて汚いところだが、我慢してくれ。この村には宿なんて無いからな。」
そう言って案内してくれたが、アンガクの家は狭くも汚くもなかった。
ちょっと囲炉裏(いろり)を期待していたのだが、暖炉(だんろ)のような物があるだけで、囲炉裏は無かった。
「それで?雪神様っていうのは?」
「簡単に言ってしまえば、針氷峰の守り神様って事だ。
針氷峰に悪さをすれば罰、大切にすれば恩恵(おんけい)を与えて下さる…というものさ。」
「まあ想像通りだな。それで、その傷が何故雪神様の存在を証明するものになるんだ?」
「俺はあの山には何度か入った事があるって言ったろ?
あの針氷峰には寒さを好んで住み着くモンスターも居てな。それを狩りに行くんだが、見ての通り死と隣り合わせの狩りでな。足を踏み間違えただけで死んじまう。」
あの山で狩りをしているというだけで驚きの事実だ。さすがに山の麓(ふもと)付近での狩りだとは思うが、それでも十分命懸けだ。
「その日も俺は狩りに出掛けたんだが、獲物を追うのに夢中になっちまって、気が付いたらいつもは入らない所まで入っていたんだ。」
「嫌な予感しかしないな。」
「まさにその通り。やっとの事で追い込んだ獲物を狩ろうと足を踏み出したら、薄氷(はくひょう)を踏み抜いちまってな。」
「うはぁ…」
「気付いた時には、天然に出来た氷の牢獄(ろうごく)の中。しかも、落ちた時に左の首筋を酷く切ってな。こりゃ死んだな…と思ったよ。
血はドバドバ出てやがるし、数分ともたないだろうなーってな。
例え怪我をしていなかったとしても、落ちた場所は氷の裂け目。登れるような場所じゃあ無かったが。」
「絶体絶命だな…というかそれで生きているとか奇跡だろう。」
「まさに。奇跡としか思えないだろう?
血が無くなって、もう意識が無くなるって時の事だ。
誰だか、何だか分からないが、俺の切れた首筋に触れたような気がしてな。気が付いたら、俺の首筋は氷で止血されていて、山の麓、村の近くまで運ばれていたんだ。」
「それは……酷く不思議な話ですね?」
「だろう?!あれが雪神様に違いねぇ!俺はそう思うね!」
アンガクの目はキラキラしていて、とても嬉しそうな声だ。
「俺は雪神様を信じてるぜ。あれは間違いなく雪神様だ。」
傷跡が無ければ、死に直面した時の幻覚か何かだろう…と思っていただろう。
正直、話を聞いた直後は傷跡を見てもそう思っていた。もしくは、誰かがアンガクを見付けて村まで運んで来たのかも…と。
しかし、話が終わると同時に、セナを歓迎しようと、村の人々が料理を持ってきてくれて、その人達も同じようにアンガクが何故あの時村の近くに倒れていたのか知らないと言うのだ。
傷口は血が凍り付き、止血されており、軽い凍傷(とうしょう)程度で済んだとか。
「だから言ったろ?あれは間違いなく雪神様だって。」
そう自慢気に言うアンガク。全て鵜呑みには出来ないが、少なくとも、傷を治して村の近くにアンガクを運んだ何者かが針氷峰に居ることは確かなようだ。
「話より先に飯を食ってくれ!セナさんの友人なら歓迎する!」
テーブルにズラリと並んだ料理の数々。しかも、まだまだ次々と料理が運ばれてきていて、アンガクの家に居る鬼人族が増えていく。
「セナさん!助かってるよ!本当に!」
「あれからずっと使ってんのにまだまだ現役だぜ!俺より長生きするんじゃねぇか?」
「違いねぇ!ははは!」
人が来る度にセナに声を掛け、セナは嫌がること無く、一人一人と話をしている。
「セナさんの事で聞き忘れてたが、そっちのデカいのは友魔様か?」
「ああ。大陸の友魔だ。」
「はぁー!初めて見たぜ!
大陸ってのは何でもデカいものなのか?」
「いや、そんな事はないが…」
話題の中心であるラトは、出てくる料理をガツガツ食っている。
友魔ってのは飯を食うのか…?とか思わないのだろうか?
友魔の事は、ほとんど公(おおやけ)になっていないし、不思議には思わない…という事だろうか。
「大陸に行っちまうと帰ってこられないからなぁ。」
「セナさんの刀がありゃ、帰ってこられるんじゃないのか?」
「おめぇ。それを使う技術が無きゃ無理だろよ。」
「それもそうか!だはは!」
もう完全に宴会状態。
寒い地域だからか、出てくる酒もアルコール度数が高く、酒好きの村人男衆(しゅう)は既にへべれけだ。
酔ってぶっ倒れた者から退場し、代わりに違う奴が入ってくる…みたいな状態になっている。
圧倒されながらも、せっかく出してくれた料理に手を付ける。
見た限り、肉料理が中心となっていて、コルロ(じゃがいも)のような、寒冷地でも育つ野菜がちらほら見える。
最初に手を付けたのは、ポトフのような野菜スープ。
「……んー!美味しい!」
少し味付けは濃いが、寒い地域ならではと考えると、それも美味さのアクセントと思える。コルロもホクホクと、柔らかく煮込まれている。
味付けは塩がベースのようだ。島国だし、塩自体はあまり困っていないのだろう。
「こっちも食ってみろ!美味いぞ!」
そう言って差し出されたのは、何かの肉の煮込み料理。
スープがサラサラという感じなら、こっちはネチャッとしている。色はドス黒い。
「い、いただきます。」
一瞬気が引けたが、食べず嫌いは良くない。
「………おぉ?!これも美味い!」
肉は多分、モンスターの肉だろう。
味付けは…赤ワイン煮が一番近いかな。
「こいつはこの村の女なら誰でも作れる物だ。
この辺でしか取れない、この実を使って肉を煮込むんだ。」
そう言って他の皿から持ってきたのは、赤黒い……蜜柑(みかん)。
「食えるのか?」
「もちろん。そのまま食ってみろ。」
手渡されたそれを齧(かじ)ってみる。
「これは…」
食感はグミのような感じだ。味を例えるなら、アルコールの無い赤ワイン。この表現が一番しっくりくるだろう。
「ナルナルって呼んでる実だ。なかなかいけるだろう?」
「ああ。悪くないな。」
「口直しに食ったりするんだが、これで煮込む肉がまた美味いんだよ。」
「確かに美味いな。」
赤ワインを知っている俺からすると、アルコールが入っていなくても酔ってしまいそうな味だが、美味い。
料理の仕方を聞いて、ナルナルの実をいくつか貰っていこうかと思う程だ。
「多くの物は無い場所だが、ここにしか無いものもあるんだ。だから、俺達はこんな場所でも、楽しく暮らしているのさ。」
物が多過ぎる街よりも、こういう生活の方が、寧ろ幸福度としては高いのかもしれない。
一通り、セナへの挨拶が済んで、人の行き来が落ち着いた頃、やっとここに来た理由について話が出来る雰囲気になった。
「アンガク。うちらは今回、素材採取じゃなくて、別の理由で来たんだけど…」
「そんな事言ってたな。こんな僻地(へきち)に素材採取以外、何の理由で来たんだ?」
「四鬼華の伝説は知ってるわよね?」
「そりゃあこんな場所に住んでるからな。針氷峰に生えるって噂のあれだろう?」
「ええ。それを採りに来たの。素材採取…と言えば素材採取なのかな…?」
「おいおい…ありゃ雪神様とは違ってただの伝説だろう。」
「それが…実は実在するの。」
「……まさか、別の四鬼華を見付けたのか?!」
「ええ。闇華を見付けたわ。間違いないそうよ。」
「嘘だろ…」
アンガクは驚愕(きょうがく)…ゴホン。驚いて口をポカーンと開けている。
「実在したのか…」
「その様子だと、針氷峰に咲く氷華については知らなさそうね?」
「悪いが、それらしいものさえ見た事が無いな。」
「針氷峰にはどれくらい立ち入ったんだ?」
「数え切れない程に入ったさ。ほとんど毎日立ち入るからな。ただ…」
「ただ?」
「俺が足を踏み入れるのは、針氷峰の三合目程度までだ。それ以上は人が登れるような環境じゃないからな。
もし、三合目以上に登る事が出来れば、何か見付かるかもしれないな。針氷峰に氷華が実在すれば…の話だが。」
三合目までしか登った事がないって、本当にここの住人かよ?!と思うかもしれないが、実際に針氷峰を見ると……三合目まで登ったの?!凄いな!?に感想が変わるはずだ。
それだけ険しい山なのだ。
「アンガクが三合目まで登っていて、今まで一度も見付けた事が無いとなると…やっぱりもっと上まで登らないと駄目っぽいよな…」
「いくら友魔様と契約した者だからといって、それは危険過ぎる。
毎日入っているからこそ、俺には分かる。」
「だとしても、行くしかない。諦めるわけにはいかないんだ。」
「……随分と切羽詰まった状態みたいだな。」
俺の言葉と表情から、何かを察してくれたらしい。
「詳しくは聞かないが、何か訳が有るんだな。」
「ああ。絶対に引けない理由が有る。」
「……そうか。分かった。」
そう言うと、アンガクが立ち上がり、近くに有った棚の引き出しをゴソゴソと探り始める。
「えーっと…確かここに……有った!」
そう言って何やら引き出しから取り出したアンガクが、それをセナに渡す、
「これは…工房の鍵よね?」
「ああ。前にも一度セナさんには渡したな。」
「工房の鍵?それをどうするんだ?」
「この村には、あんた達の助けになるような物はほとんど無い。俺達が生活していく上で必要な物しか置いていないからな。
ただ、たった一つだけ、そんな俺達にも助けになるかもしれない物がある。」
「金属や鉱石の類ね。」
「ああ。針氷峰からは、他ではあまり見ない金属や鉱石が手に入るんだ。
俺達には上手く使いこなせないから、工房の倉庫に押し込んである。それを自由に使ってくれ。」
「それは嬉しいが…山登りと何の関係があるんだ?」
「アンガクは、うちがその工房を使って、山登りに必要な物を作れって言ってるの。」
「なるほど…そういう事か。」
登山の装備も無しに、あの断崖絶壁の氷の山を登るのは自殺行為以外の何でもない。
しかし、名匠のセナが作った装備があれば、話は変わってくる。
「このまま送り出したら、俺達が殺すようなものだ。せめて、工房を使って、完全に準備が整ってから出発してくれ。
三合目までは俺が案内しよう。ギリギリ登れるかもしれない場所なら知っているからな。
悪いが、その先には着いていけない。」
「いや、それだけで十分助かるよ。」
アンガクの立ち位置は、恐らくこの村の代表、だろう。セナに恩義があるとしても、守らねばならないものがここにある。
そもそも、これは俺達がやると決めた事だ。サクラを助ける為に、他の人を巻き込んで、怪我や命を落とす事態になったら本末転倒も良いところだ。
「これは腕が鳴るわ。刀以外もバッチリ作れる所を見せてやるわ。」
別にセナの腕を疑っているわけではないが…名匠の腕前を目の前で見られるのは良い機会だ。見学させてもらおう。
それに、元の世界の知識が役に立つかもしれない。と言っても、本格的な崖登りなどした事が無いし、映画等で見たり、聞き齧った事がほとんどだが…その辺はセナと相談してみよう。
「時間も無いし、明日から早速やるわ。」
「俺も付き合うよ。」
「シンヤさんも?」
「名匠の腕前を見られるなんて、そう有るのもじゃないしな。不都合か?」
「名匠とは思っていないけど…これで稼いでいるし、自信はあるわ。
シンヤさんとニルの刀も任されているし、良い機会だから、うちの腕を見せるわ。」
「楽しみにしておくよ。」
「よーし!その為にも、もりもり食べて明日に備えるぞー!」
そう言うと、目の前にある料理をガツガツ食べていくセナ。
俺も何か案を出したいし、今夜中に出せそうな案を考えておくか…
その後、アンガクの号令により、不満を漏らしながらも、村の人々は各家庭に戻って行き、俺達もパンパンになった腹を抱えながら用意してもらった寝床に入る事になった。
翌日。
俺達は早朝に起き出し、早速工房へと向かっていた。
ガチャッ…
セナが受け取った鍵で工房の扉を開けると、目の前を埃が落ちて行くのが見える。
「ゴホッゴホッ!何これ!誰も入ってないの?!」
「あー…そう言えば、アンガクが昨日、全然壊れないから工房使っていないとか言ってたな。」
「工房は毎日使わないと!道具が駄目になるでしょ?!」
「俺に言われてもな…」
名匠としては工房が雑に扱われている事が許せないのだろう。憤怒(ふんぬ)の気持ちは分からなくはないが、それを俺にぶつけられても困る。
「もう!まったく!」
ブツブツ言いながら、工房の中を綺麗にしていくセナ。それだけでも、かなりテキパキ動いていて、道具に慣れているのがよく分かる。
「はぁー!やっと綺麗になった!」
俺達も手伝いながら、数十分で大方の掃除を終えて、やっと気分が落ち着いたらしい。
「変な時間を取られちゃったけど、やっと始められるわ!
さて、まずは何を作れば良いかな…?」
「それなんだが、いくつか案があるんだ。」
「シンヤさんの案…?」
眉を寄せて訝(いぶか)しげな顔をするセナ。
「何故そんな顔をする?」
「シンヤさんって何に対しても常識外れっぽい気がするからねぇ。」
「ぐっ…そんな事は…」
「そうですよ。」
ニルが助け舟を出してくれた!
「常識外れという言葉では足りません。崇高(すうこう)過ぎて、私達では考えが及ばないのです。」
助け舟かと思ったら、予測の斜め上を突き抜けた?!
「ど、どっちにしても常識外れには違いないよね…?
まあ良いわ。うちの腕を試す意味でも、どんな物だって作ってみせるわ。」
「散々な言われようで釈然(しゃくぜん)としないが…まあ良いか。
まずはこういう物を作って欲しいんだが…」
昨日のうちに、いくつか作ってくれそうな物を説明付きで紙に書いておいた。
一つ目は、靴の裏に取り付ける、金属製の棘(とげ)が付いた登山用グッズだ。
雪山で、滑り止めの役割を持っていて、確か…アイゼンとか呼ばれていたはずだ。
詳しい事は分からないが、靴に脱着して使う物…だと思う。
「これが靴の裏に?」
「ああ。脱着可能にして、棘の部分は雪とか氷に突き刺さるようにして欲しい。」
「棘の部分はそれ程難しくないけど…脱着可能の仕組みが少し難しいかな…」
「無理か?」
「うちに向かってその言葉は使わせないわ。絶対に作ってみせるから待ってなさい!」
職人に無理という言葉は禁句だな…変にやる気を刺激してしまった。結果としては良かったのかもしれないが…
早速金属を溶かして…とやるかと思っていたが、セナはまず、紙の上で構造を細かく想像して詳細を書き込んでいく作業から始める。
「思ったより慎重に事を進めるんだな?」
「刀とか、工具とか、よく作る物なら、構造とかよく分かってるし、こんな事をしなくてもある程度形に出来るわ。
それでも、やっぱり最初の想像がしっかりしているのと、していないのとでは、出来上がりが全然違うの。
明確に作る物を想像して、問題点とかを抽出、修正するの。
それでも、作ってみたら、見えなかった問題点が出てくるから、何度か修正して形にしていくの。」
「なるほど…」