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Episode 195 The World of Imagination

原色をこれでもかと使った空想の世界に、コハルが立って、俺のことを呼んでいる。

「ここがコハルの想像で作られた世界って事か?」

「はい。」

「不思議な感覚だな…」

確かに自分の意識は有るのに、コハルの頭の中に居るという事になる。

「ふふふ。そう構えないで下さい。」

「…ここで何をするんだ?」

「簡単に言ってしまえば、ここで神力に直に触れて頂きます。」

「直に…?触れる…?」

何を言っているのかさっぱり分からないのだが…?

「ふふふ。それではやってみましょう。」

そうコハルが言うと、コハルの周囲に、白い霧のような物が現れ、ゆっくりと形を作っていく。

「な、何か出てるぞ?!」

「ふふふ。これが神力ですえ。」

「へ?コハルは神力が使えるのか?!」

次から次へと情報が入ってきて処理が追い付かない。

「いいえ。コハルは神力を使えません。漆黒石は持っていないので。」

「んー……ん?」

「しかし、ここはコハルの想像する世界。コハルが神力を使える想像をすれば、この中では神力を使えるのです。あくまでも擬似的(ぎじてき)なものに過ぎませんが。」

「…そういう事か。ここでは、何でも出来るという事か。」

「はい。それこそ、擬似的な神力を視認する事さえ出来ます。

ムソウ様から色々と聞いたのですが、神力は基本的に見えないもの。ですが、その形状を明確に頭の中で作り上げる事が、とても重要だそうですね。」

「ああ。形状を明確に想像出来ないと、上手く扱えない。」

「しかし、見えませんので、想像すると言っても、なかなか形状を明確に頭の中で作り上げる事が出来ず、どうしても神力の扱いが雑になってしまう…と聞きました。

そこで、ムソウ様は、コハルの魔眼を使って、神力というものがどういうものなのかを、ある程度視認し、想像しやすくする事を思い付いたのですえ。」

「なるほど…」

言われてみると、俺の神力のイメージは、真水刀の能力に近いものだった。自分の周囲に、力の塊のような物を作り出し、動かしたり飛ばしたり。そんなイメージだ。

「神力というのは、使用すると、体の周囲に薄く展開されます。」

コハルがもう一度自身の周囲に霧のような物を発生させる。

「この霧のようなものが神力だと考えてください。

このままでは、触れようとしても触れられず、神力としては使えません。

そこで、想像し、神力を操作するのです。」

コハルが両掌を上にして前に出すと、その掌の上に吸い込まれるように霧が集まって行き、濃密(のうみつ)な球状を作り出す。

イメージの仕方が違った為、確かに全身から神力を集めるという工程を、想像した事は無かった。

「神力というのは、魔力とは基本的に大きく違います。

魔力は体内を循環しており、魔力自体を体外に放出して形を作り上げるという事が出来ません。

これに対し、神力は、体内で形には出来ず、体外に放出して形を作り上げる事で、初めて意味を持ちます。

ほとんどの人は魔法を使えるので、神力を想像する時、どうしても魔法の性質に想像が引っ張られてしまう為、上手く想像出来なくなってしまうのです。」

コハルは霧のようなものを人型に変えて、それを使いながら分かりやすく説明してくれる。

「魔力と神力の違いか…」

「はい。全てムソウ様からの受け売りですけれど。

魔力と神力の違いについてですが…シンヤ様はモンスターと人の違いが分かりますか?」

「モンスターと人の違い…?」

考えた事が無かったな…

「人に害を成すものをモンスターと呼ぶ…とか?」

「それでは、害獣と呼ばれるような小動物や、極論的には盗賊の者達までモンスターという事になってしまいます。

皮肉的には間違いではありませんが…」

「生物学的には違うわな。」

「正解は、存在の成り立ちです。」

「存在の成り立ち?」

「人というのは、血肉があり、それを器として、そこに魔力が流れ込み、体内を循環しております。

しかし、モンスターというのは逆で、魔力が集まり、そこに血肉が形成されていくのです。」

「魔力が先か、体が先か…という違いか?」

「はい。ですから、モンスターというのは、魔法を使わせたら人より上手く魔法を使えるのです。

ただ、日頃から魔法を使う種と、そうでない種が存在し、形を成した後に得手不得手(えてふえて)が発生してしまうのです。」

つまり、モンスターというのは、本来、魔法を使う為に生まれてきたような存在であるが、血肉が付いた事で魔法を使わない種のモンスターが発生してしまう。

そして、魔法を日頃から使わなければ、当然、魔法の腕が落ち、上手く扱えないようになってしまう個体が出来上がってしまう。という事だろう。

言われてみると、リッカのような人型モンスターというのは、見た目的には人とほぼ変わらない。食事や呼吸が必要な事からも、体の構造はさほど変わらないだろう。

それなのにモンスターと分類されている。

そこにはこんな理由があったのか。

それを聞くと、聖魂というのは、更に異なる存在だと理解出来る。

あれは魔力とは全く別の力であり、その力そのものが形を取った…みたいな存在と言えば良いだろうか。

ラトやリッカのように、モンスターから聖魂へと変わる仕組みは…よく分からないが、存在の成り立ちに何か関係がある気がする。

ベルトニレイの所では、人が聖魂になったという話は聞かなかったし、実際にそういった聖魂は見なかった。

なるほど、確かに言われてみると、モンスターは魔法を手も使わず描いたりするし、魔法の申し子的な存在だから可能なのかもしれない。

「これに対し、神力というのは、もっともっと後、体がある程度成熟した時に、後天的(こうてんてき)な力として得られるものと言われています。

故に、本来であれば異物となる漆黒石が、体内に存在しなければ使用出来ず、その上、異物から取り出した力は、体内を循環出来ず外に出てきてしまうのです。」

「異物から取り出した力も、また異物と認識されてしまうのか。」

「はい。

ただ、力の源は体内にある漆黒石なので、繋がりを持っていて、操作が可能なのです。」

「それを聞かされると、神力と魔力が全くの別物だと、頭で理解出来るな。」

よく分からない力をよく分からないまま使うのと、理解して使うのでは、生じる結果に大きな差が出る。当たり前の事だ。

「どうでしょうか。神力について、少しはシンヤ様の助けになれたでしょうか?」

「少しどころじゃない。大いに助かったよ。」

「ふふふ。良かったです。

しかし、シンヤ様は凄いですね。コハルはこの話を理解するのに数日は掛かりましたえ。」

「神力を使えないのに理解している事の方が凄いと思うぞ。」

「それはこの世界があったお陰ですね。ここに居ればいくらでも使えますので。

それでは、シンヤ様も何度か神力を使ってみて下さい。」

「ここでか?」

「はい。想投眼は、所持者の許可さえあれば、影響下にある人の想像も世界に反映させる事が出来ますので。」

「つまり、俺の想像が、ここでは実際に起きるって事か?」

「全てではありませんえ。今の場合、神力に関することのみが反映されます。全てが反映されてしまうと、世界が崩れてしまいますので。」

「二つの世界がぶつかるみたいな事だもんな。

分かった。それなら遠慮無く試させてもらうよ。」

「はい。」

コハルに言われた通り、理解した神力の事を考えつつ、自分の周囲に、薄く神力が広がり、それが収束、形を作るところをイメージする。

「意外と難しいな…」

今までは直接的に出来上がりのイメージをしていたが、その前段階、全身から集まって来るところをイメージするという一手間を加えるだけで、難易度が全然違う。

ここまでで、神力の操作方法については習得出来たし、ゆっくり、確実にやれば出来ないことはない。

しかし、このスピードでは、実戦で使う事は出来ない。

「何度も反復練習して習得するしかなさそうだな…」

「ムソウ様がコハルの所へ来たということは、神力の操作についての問題は無いと判断されたという事だと思いますえ。

なので、それ程時間は掛からないと思います。」

「ここで神力の動きを実際に見ながら、想像を固定して、後は自分で練習を重ねる…という事だな。」

ここに連れて来たのにはそれなりの理由があったという事だ。コハルの魔眼の力は、神力を使いこなす為に、実に大きな力となってくれる。目に見えると見えないとでは歴然(れきぜん)とした差となって現れるだろう。

「もう少し試しても良いか?」

「ふふふ。コハルは構いませんよ。」

コハルが笑うと、またチリンと鈴が鳴る。

それから暫くイメージ固めに時間を使い、これなら一人でも練習出来そうだというところで、コハルに声を掛ける。

「助かったよ。後は自分で何とかしてみるよ。」

「はい。」

「それで…旅の話なんだが…」

「はい!」

「この世界で想像したら、その時の光景を再現出来たりするか?」

「残念ですが…そこまでこの世界に干渉(かんしょう)するのは、コハルにしか出来ません。」

「…そうか。折角なら見せられたら良かったのだが…いや。あまり長くここに居るとコハルの魔力が危険か。」

「申し訳ございません…」

魔眼はあくまでも魔力を消費して効果を発揮する。

つまり、この世界を作り出している今現在も、コハルの魔力はゴリゴリ減っているはずだ。

「元に戻る為にはどうしたら良いんだ?」

「突然戻ってしまうと、精神が混乱してしまうので、来る時と同様に意識が遠のきますが、よろしいですか?」

「構わない。やってくれ。」

「はい。それでは…」

チリン…

コハルの鈴の音が一つ聞こえると、来る時と同じように意識が遠のいていく。

不快感は一切無いし、むしろ心地良い程。断る理由は無い。

「シンヤ様。」

コハルの声が近くから聞こえ、目を開くと、目の前に逆さになったコハルの顔が見え、微かな甘い香りが漂ってくる。

「……………」

二秒くらい違う意味で混乱したが、膝枕(ひざまくら)されているという事に気が付いて、無言のままゆっくりと体を起こす。

「ん……ゴホン……た、助かったよ。」

「いえ。あの世界に行く時は、意識が無くなった状態となりますので、体を痛めぬようにと。ふふふ。」

遊ばれている…のか?もう分からない。

少し気恥ずかしくなって、言葉を出せずにいると、外の音が僅かに聞こえてきて、部屋の中を照らす火の明かりがチラチラと揺れる。

あの世界に行っていても、ド〇ゴンボールに出てくる、精神と時の部屋のように、時が遅く流れたり、止まっているわけではないらしく、夜も深くなっている。

それにしても…今この部屋の雰囲気はとても良くない。良くないよ。

「え、えーっと…旅の話だったな。」

「はい!」

目を輝かせて座ったまま身を乗り出すコハル。随分と楽しみにしてくれていたらしい。

「そうだな…最初は……」

俺はこれまでの事を、なるべく楽しく綺麗な旅として話した。

人の腕や首を刎(は)ね飛ばす旅の話は、誰だって聞きたくないだろう。

辛い事の多い旅だったが、その中にも、美しい思い出は存在する。他愛ない事だって沢山。

そんな話をコハルに聞かせると、大袈裟(おおげさ)に、それでもわざとらしくはない仕草で、驚いたり、笑ったり、尽(ことごと)くに反応を示してくれる。

さすがは遊女というべきか、話し上手でありながらも、聞き上手なのだろう。

もっと色々な表情にさせたくなり、次々と話をしてしまう。

一通りの話が終わる頃には、一番夜の深い時間は過ぎていた。

「話し込んでしまったな。」

「ふふふ。とっても楽しかったです!世界樹や魚人族様方のお祭り…想像だけで楽しくなってきてしまいます!」

「あまりあの世界に篭(こ)もりすぎるなよ?」

「大丈夫ですえ。魔力が足りなくなれば勝手に引き戻されますから。ふふ。」

「それを気を付けているとは言わないだろう。そうなる前に戻らないと。」

こんな場所に居れば、あの世界に行きたくなる気持も分からなくはない。だが、それも体があってこそ。実際の体を蔑(ないがし)ろにしては意味が無い。

「ふふふ。ありがとうございます。気を付けますね。」

コハルにとって、あの世界は、娯楽(ごらく)の一つと言える場所だし、行くなとは言わないが…いわ や、俺が口を出さなくても、この店の人達が良いようにしてくれるか。

「俺はそろそろ帰るとするよ。」

「コハルを袖(そで)にするおつもりですか?」

「ぐっ…か、勘弁してくれ…」

「ふふふ。冗談ですよ。お気を付けて下さいまし。」

そう言って頭を下げるコハル。

チリンと鈴が鳴り、顔を上げた後、舌先を少しだけ出して、困り果てた俺に向けて笑う。

やっぱり俺にはまだまだ早い場所だった…弄(もてあそ)ばれっぱなしだったな。

部屋を出て、店を出る。

外の空はまだ暗いが、白み始めそうな雰囲気を出している。

人通りも少なくなり、ちらほら歩いている人が見える程度。

「…ムソウのクソジジイは一体どこに行ったんだ…?」

ボソッと声に出してみるが、どこに居るかは分かりそうにない。

ランカの屋敷までは帰れるし探す必要も無いかと帰路に着く。

ランカの屋敷に着く頃には、空が白み始めていた。

「……お帰りなさいませ。」

いつもの部屋に辿り着くと、無表情のニルが出迎えてくれたが…一睡(いっすい)もしていないのだろうか…?

そういえば、寝る前に魔眼の練習をすると約束していたし、鏡は俺のインベントリの中。その約束まですっぽかした事になる。

というか怒っている…いや、悲しんでいる…ような微妙な表情をしている…

帰りの道中は、神力について色々と考えながら歩いていたが、ニルから見たら、朝帰り…行かないと約束していた遊郭………ヤバ過ぎるぜ…

「あー…あのー…ニルさん…?」

「…はい。」

ダメだ。無表情が崩れない。これはヤバいやつな気がする。

「お、怒っているのか…?」

「いえ。何故怒るのでしょうか?ただ、ご主人様が何も言わずにどこかへ行かれて、朝になってから、女性特有の甘い香りをさせながら帰ってきた…というだけの事ですから。」

確実に怒っていますね。間違いありませんね。

この怒鳴らず、淡々と詰め寄ってくる感じ…どこか母が父に詰め寄る時と似ている気がする。

父よ。こんな気持ちだったのだな。

「す、すまん…だが、別に遊んでいたわけじゃあないぞ。神力の修行にだな…」

自分で言っていて苦しい言い訳にしか聞こえないな…と思ってしまう。が、これが事実。これしか俺には言えない。

「……………」

「あのー…ニル…?」

「……………………か。」

「え?何?」

何か言ったが、声が小さくて分からなかった。

「何でもありません。

ご主人様が嘘を吐くとは思いませんので、その言葉を信じております。ですが、本当に心配したのですよ。」

「すまん。何か言ってから出るべきだったな。」

少し溜飲(りゅういん)が下がったのか、拗(す)ねたように言うニル。

俺はポンポンと頭を撫でながら謝る。

「もう…ご主人様は……

ご夕食はお済みですか?」

「言われてみると何も食べていないな…」

「何か簡単な物を作ってきますね。」

「いや、そこまでしてもらわなくても…」

「明日…というか今日もあるのですから、何か食べて下さい。」

そう言って部屋から出ていくと、数分で戻ってきたニルは、皿にいくつか小さなおにぎりを作って持ってきてくれた。

うーん。今回は完全に俺が悪いし、素直に言うことを聞いているが…怒っていても俺の事を最優先で考えてくれるとは……二度とこのような事が無いようにしなくては。

固く心に誓い、小さなおにぎりを頬張る。

「美味い!」

「ふふふ。ゆっくり食べて下さいね。」

ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー

少し時は戻る。

ご主人様が初めて、私を置いて、何も言わずどこかへ行かれてしまった。

「どうしたの?ニル?」

本日の修練が全て終わり、部屋に戻ってくると、そこにはご主人様の姿が無く、ソワソワしているところにセナが入ってくる。

「セナ!ご主人様が!」

「え?シンヤさんがどうかしたの?」

「どこにも居ません!」

「あのエロジジイの所じゃないの?」

「道場に行ってみましたが…」

「居なかったの?」

「……はい…何かあったのでしょうか…?どうしましょう…」

「はぁ…ほんと、ニルってしっかりしているようで、こういう時弱いよね。」

溜息混じりにセナが私の肩に手を置く。

「ど、どういう事ですか?」

鬼士隊にも狙われているし、もしもの事は考えられる。こんな状況で落ち着いていられるわけが無い。

「ここはランカ様の屋敷で、シンヤさんは四鬼と対等に渡り合う存在だよ。誰にも気付かれずに何か出来ると思うの?」

「そ、それは…」

「何か理由はあると思うけど、心配する事は無いわ。そのうち帰ってくるから。」

「うー…ですが…」

「はいはい。心配なのね。そこまで言うならランカ様に聞いてみたらどう?何か知っていると思うけど?」

「そうですね…分かりました!聞いてみます!ありがとうございます!」

「まったく…シンヤさんも何か言っていけば良いのに。」

私はセナに言われた通り、ランカ様に話を聞こうと部屋を出る。

「わっぷ!」

すると、目の前に誰かが立っていて、私は顔を相手の胸に埋め込んでしまう。

「あら。随分と甘えて下さるのですね?」

その声はランカ様。

私が離れようとするのを抱き締めて阻止されてしまう。

「ラ、ランカ様?!」

「ふふふ。冗談ですよ。

先日、シンヤ様の修練が次の段階に入りそうだと聞かされていたので、そろそろ行くのではないかと思いましてね。

ムソウ様の事ですから、恐らく何も言わずにシンヤ様を連れ出し、帰るのは…朝になると思いますので、心配しないように伝えに来ました。」

「どこへ向かったのですか?」

「えーっと…」

いつもハキハキしているランカ様が珍しく言葉を詰まらせる。

「恐らく、遊郭に居る女性に会いに行ったのだと思います。」

「遊…郭……」