Trinitas Mundus - The Story of Saint Knight Ray

Lesson 35: To Rattley Village Again

護衛を終えたレイとアシュレイの二人は、四日ぶりに定宿である銀鈴亭に戻ってきた。

既に二十日以上連泊していた銀鈴亭は、レイにとって我が家のような感じになりつつあった。

懐かしみながら、女将のビアンカに二人部屋を頼み、夕食までの時間をゆっくりと過ごしていった。

夕食には約束通り、ダレンとティフの二人が現れ、一緒に酒を飲むことになった。

ダレンたちはいつも泊っている宿よりランクが上で、料理もうまい銀鈴亭の夕食に舌鼓を打ちながら、レイとアシュレイと盛り上がっていた。

ティフはレイが冒険者が七級、傭兵が九級という事実が信じられず、

「おしいよなぁ。絶対どこかの騎士だぜ、レイは。戦っているところは見ちゃいないが、あの武具に治癒魔法だろ。どう考えてもお偉いさんの家の御曹司だと思うぜ。それが駆け出しの冒険者なんてなぁ……」

レイは照れながら、「そんなことはないよ。冒険者は楽しいし……」というと、かなり酔ってきているダレンが、

「そりゃ、楽しいだろうぜ。アシュレイみたいな別嬪《べっぴん》と一緒に仕事ができりゃよ。レザムの街でもアシュレイを狙ってた奴はいっぱい居たんだぜ」

アシュレイは顔を赤くするが、横で聞いていたティフが、「隣にいるのが、俺で悪かったな」と笑いながら絡んでいた。

四人で楽しく飲み、また一緒に仕事ができたらいいなと言って、ダレンたちは自分たちの宿に戻っていった。

ダレンたちを見送った後、

「本当に楽しいな。こんな生活が続くなら、ずっとここにいてもいい」

少し酔っぱらったレイがそう言うと、アシュレイも、

「そうだな。このモルトンはいい街だ。それに厄介事も、もうないだろうしな」

レイは頷き、彼女を抱き寄せる。

二人は久しぶりにのんびりとした、一夜を過ごしていった。

ラットレー村からの依頼が入るのは、早くても午前十時頃になる。

二人はゆっくりと朝を迎え、空いた時間を使って、治癒師のエステルの下に向かった。

今日は治療の仕事がないのか、暇そうにしていたエステルが二人を出迎えてくれた。

レイは単刀直入に、「治癒魔法を教えてください。出来る範囲で謝礼も払います」と言い、頭を下げる。

それに対し、エステルは微笑みながら、「いいわよ。暇な時なら。お礼は気持ちだけ受け取っておくわ」と簡単に了承した。

レイはこんなに簡単でいいのかと思うものの、気が変わらないうちに、習い始める事にした。

「早速ですが、解毒の魔法は水と木の魔法を使うんでしたよね。普通のケガなんかはどうするんですか?」

エステルは言っている意味が判らず、「あなたも使えるのよね?」と首を傾げている。

「僕のは我流なんです。光属性の魔法で再生していくんですが、これが普通なのか、もっと別のいい方法を皆さん使っているんじゃないかって……」

エステルは「我流ね……」と呟いた後、

「判ったわ。でも、みんな同じようなものよ……治癒の魔法と相性がいいのは水と木。光は力が強すぎて、普通は調整が難しいそうよ……」

エステルの話では、治癒魔法のやり方は、治癒師がそれぞれ自分にあった属性を使うそうで、その中でも水と木が治癒と相性がいいとの説明だった。

水は体内の循環を正常な物にし、木は生命力を活性化させる。レイが使う光の魔法も生命力の活性化という点では、木よりも効果が早く出るのだが、光は調整を誤ると逆に肉体を焼くことになるため、調整が難しい。光の神殿、光神教では安定的に活性化させる方法を編み出しているので、光を治癒魔法に使うが、特別な教育を受けていない光属性の魔術師では治癒魔法は難しいとのことだった。

レイはその話を聞き、

(基本的には水が内科的な処置、木が外科的な処置って感じか。光が万能だが難しいってことか……最初から使えたのは運が良かったから……あの時、失敗していたらアッシュは死んでいたかも……)

エステルの話は続いていく。

他の属性の治癒魔法についての話になる。彼女の説明では、風や土でも治癒魔法自体は可能で、火や金の魔法は治癒には向かない。闇属性については治癒が可能と言われているが、実際に闇属性で治癒を行っているのを見たことがないとのことだった。

「……水属性では人も動物も体は水で出来ていると考えるの。もし、病気なんかでおかしくなっているなら、水自体を浄化してやればいいという考え方ね。もう一つの木の方は、体は成長する物、ケガは成長して治すという考え方ね。木の枝を切っても葉が出てくるように、ケガをした部分を成長させることによって、傷を塞いでいくの」

「何となく判る気がします……でも、毒消し、いえ、解毒の魔法はどうするんですか? よく判らないんですが?」

「簡単よ。さっき言ったことの応用だもの。水が毒で濁っているから、浄化する。弱った体を成長させるように活力を与える。この二つを組み合わせれば、”普通”の毒は消せるわ。でも、解毒の魔法も万能じゃないの。例えば、毒に精霊の力が加わっているとほとんど効かないの」

レイは言っている意味が判らず、首を傾げながら「精霊の力?」と口に出した。

「そう、呪いって言った方が早いかしら。アンデッドなんかが持つ毒は、水と木の魔法ではほとんど浄化できないの。それには光の魔法が必要になるわ……」

エステルの説明では単純な毒なら、体が弱りきる前であれば、水属性だけでも治癒できる。だが、闇の魔法で作られた呪いには、水と木を組み合わせても効かない。

更に病気についても同じで、単純な風邪や腹痛なら、水の魔法でほとんど治せる。病の元に精霊の力が加えられている場合、それの反属性の魔法で浄化する必要がある。

「さっきの話で、木で再生をイメージっていうことは腕や脚を失っても再生させられるっていうことですか?」

「うーん、そうね。理屈の上ではそうだけど、すぐに再生しないといけないみたいなの。治される方の体が、失った部位を覚えているうちにとでも言えばいいのかしら。時間を空けると、部位を失った状態が、普通って体が思い込むみたい。でも、欠損部位の再生なんて、物凄い治癒師じゃないとできないから、私には良く判らないけどね」

(エステルさんみたいな凄い治癒師でも再生はできないのか……魔法も万能じゃないってことか……)

大体の説明を聞いた後、治癒魔法に使う呪文と、イメージを習っていく。

普段、無詠唱のレイは呪文を覚えることが、楽しかった。

「水《フォンス》と木《アルボル》の精霊に願う。かの者の躯《く》、理《ことわり》にうちに……」

(それらしい呪文を唱えると、魔法を使っている感じがするなぁ。無詠唱は便利だけど、“魔法使い”になった気にならないからなぁ……)

二時間ほど呪文とイメージを習うが、呪文のバリエーションが多くて覚え切れない。

(イメージとしては、大体判った。僕の考えていた水で血の浄化と、木で体力の回復って考え方はそれほど間違っていなかった。あとは再生する時のイメージをうまく精霊に伝えられれば、治癒魔法はそれほど難しくない……)

大まかなところだけを習ったところで、ギルドに向かう時間になった。

二人はエステルに礼を言った後、彼女の治療院を後にした。

残されたエステルは、

(本当に面白い子ね。普通、体が水で出来ているなんて理解できないんだけど……体は骨と肉で出来ているって固定概念が邪魔するのに、あの子は当たり前って顔で理解していた……それに呪文ね。誰に教えても呪文の”言葉”を覚えようとするのに、あの子は”意味”を覚えようとしていたわ。まるで、”精霊と話ができるから意味が判ればいい”とでもいうように……本当に面白い子……)

エステルは数日後に再び来ると約束した、一番新しい弟子に興味を持ち始めていた。

レイとアシュレイの二人は、午前十時に冒険者ギルドに到着した。

さすがに冒険者はおらず、受付は閑散としている。

いつものように顔見知りの受付嬢、エセルを見つけ声を掛ける。

「僕たちに指名依頼が来たはずなんですけど」

「はい、アシュレイ様、レイ様のお二人あてに、ラットレー村のキアラン村長から依頼が来ております。内容はご存知でしょうか?」

レイが詳細は聞いていないというと、

「判りました。それでは説明させていただきます。依頼内容は討伐です。ドラメニー湖の湖岸に現れる大蛇一匹の討伐で、期限はありません。報酬は一人百C(クローナ)、依頼中は三食付き、宿泊は村長宅が無料で利用できます」

アシュレイが大蛇に関する情報が無いか確認すると、

「残念ながら……この辺りに生息する魔物ですと、六級相当の青大蛇《ブルーパイソン》がそれに当たると思うのですが、西の山奥にいる三級相当の緑蛇竜《グリーンサーペント》の可能性も……くれぐれもご無理はなさらないように」

青大蛇《ブルーパイソン》は全身が青緑色の水辺に棲む蛇の魔物で、大きさは五から十m。毒などは持たず、巻き付きによる締め付けが主な攻撃方法で、リザードマンより硬い外皮を持つ。性質は比較的おとなしく、空腹時以外では人を襲うことは少ない。

緑蛇竜《グリーンサーペント》は、全身を鮮やかな翡翠色の鱗で覆われた、美しい大蛇である。山にある滝などに好んで棲み、人里にはほとんど出てこない。大きさは十五m以上あり、強力な尾による打撃と麻痺毒を持つ牙が武器である。

二人は受付を済ませると、何日掛かるか判らないため馬は借りず、歩いてラットレー村に向かうことにした。

宿に戻って荷物をまとめると、宿の主人であるレスターが作ってくれた弁当を持ち、街道を東に進んでいった。

五月の爽やかな風を受け、のんびりと歩いていく。

レイは、

(仕事というより、ピクニックか遠足だな。この辺りは安全だし、天気もいい。この辺りの緯度がどのくらいか判らないけど、他の季節はどんな感じなんだろう?)

アシュレイと話をしながらのんびりと歩き、午後三時頃、ラットレー村に到着した。

ラットレー村に入ると、以前あった漁師たちが手を振っている。

レイもそれに応えて手を振り、村長宅に向かっていった。

キアラン村長が出迎え、今朝も大蛇が出たと猫耳を萎れさせて心配そうに話す。

アシュレイが具体的な場所と時間を確認し、見かけたという漁師に話を聞きにいく。

漁師は四十代半ばの実直そうな男で、今日の朝、夜明け前の午前五時くらいにドラメニー湖の南西の湖岸付近に、青緑色をした大きな蛇が泳いでいたと恐ろしげに説明していく。

アシュレイが「大きさは判らないか? 全身を見たか?」と聞くと、

「頭は俺を丸呑みできそうなくらいでかかった。水の上に顔を出していたが、高さ一m以上は頭を出していたと思う……全身は見ていない」

漁師から情報を入手すると、村長宅に戻っていく。

レイはアシュレイがどうするつもりかと聞くと、

「思ったより大きい。緑蛇竜かもしれないな。どちらにしても水の上で戦うわけにはいかないから、今日中に現場近くに行って、野営をしながら警戒しようと思う」

レイは今からいく理由が判らず、「今から?」と首を傾げる。

「そうだ。明日の朝一番に出たら、湖の上で奴と遭遇するかもしれない。それなら、今行っておいた方が安全だろう」

「夜出てきたらどうするんだ? そっちの方がやばくないか?」

「灯りの魔道具を借りていく。野営地に多く配置すれば問題ないし、水の上で襲われるより、陸《おか》の上で襲われる方がまだましだ」

村長に灯りの魔道具を借り、漁船で現場近くに運んでもらう。

漁師はその場所に近づいていくと、次第に落ち着きが無くなり、辺りをキョロキョロするようになる。レイたちを船から降ろすと、後ろも振り向かずに大慌てで村に戻っていった。

かなり日が傾き、森の中は薄暗くなって来ている。

野営地に向きそうな場所を見つけ、すぐに野営の準備を始めた。

準備と言っても、薪は村で譲って貰っており、拾う必要が無く、レイが火を熾し、アシュレイが灯りの魔道具を設置していくだけだ。三十分ほどで準備が終わると、森の中はかなり暗くなっていた。

レイは鍋を火にかけながら、三級相当の強敵、緑蛇竜に対する対処方法を聞いていた。

「とりあえず、夕食を作るけど、最悪、緑蛇竜《グリーンサーペント》だった場合にどうしたらいいか、教えて欲しいんだけど」

「そうだな。私も戦ったことは無いが、おおよその対処方法は聞いている。まず、緑蛇竜は……」

彼女の作戦は簡単だった。

前衛が自分、後衛にレイが回る。緑蛇竜はとにかく防御力が高い。それに加え生命力も強いため、生半可な攻撃では倒せない。

弱点は火なので、アシュレイが敵を引き付けている間に、レイが火属性の魔法で攻撃を加えていくというものだった。

レイは一抹の不安を感じ、

「もし、緑蛇竜だった場合、僕の魔法が通用するのかな? 槍に火を纏わせた方が確実のような気がするけど」

「そうかもしれないが、一度戦ってみなければ、対策の立てようがない。青大蛇《ブルーパイソン》でなければ、長期戦を覚悟して相手の力を見ていくしかないだろう。幸い緑蛇竜は、陸上では動きがそれほど速いわけではないからな。危ないと感じたら、すぐに走って逃げれば十分に逃げ切れる」

レイもそれで納得し、「了解」と言って、焚き火で夕食を作っていった。

夕食後、二人は交代で休むことにし、レイが最初に警戒に当たることになった。

(サーペントか……竜の亜種になるのかな? 再生能力がない分、ヒドラより楽だとは言っていたけど、ヒドラにはかなり苦戦したからな……やばくなったら、逃げて増援を呼んで退治すればいいか。ともかく無理はしない。それだけだな……)

途中で二回交代を行うが、大蛇はもとより他の魔物にも襲われず、夜明けを迎える。

「レイ、湖に向かうぞ」というアシュレイの言葉を合図に、野営地を後にし、湖岸に向かった。