Trinitas Mundus - The Story of Saint Knight Ray

Episode 43: Death Struggle: Later

レイは傷付いたアシュレイが安全な木の陰に移動する時間を稼ぐため、セロンに攻撃する素振りを見せながら後退っていた。

そのため、彼から五十mほど森の奥にいるアザロに背を向ける形となっていた。

背を向けた彼は、徐々に強い光を放つアザロの光の槍に気付くことが出来なかった。

アザロは自分に気付かないレイの姿に勝利を確信し、神に感謝していた。

(これこそ神のご加護。偽聖騎士を征伐せよとの神の御意思!)

アザロは笑みを浮かべながら、レイの無防備な背中に向けて、静かに光の槍を放つ。

光の槍は白く神聖な輝きを発しつつ、レイの背中に向けて真直ぐに飛んでいく。

剣を杖にして歩くアシュレイは、アザロが光の槍を放つ直前にそのことに気付いた。

(魔法が! アザロが……)

既に放たれた光の槍は、真直ぐ彼女の愛する男、レイの背中に向かっていく。

「レイ!」

彼女は愛する男の名を叫びながら、彼の体を突き飛ばすように飛び込んでいた。

アザロの放った光の槍は、レイの背中ではなく、アシュレイの左肩甲骨付近に突き刺さっていた。

光の槍はゆっくりと消えていき、それと同時に、彼女は血を吐きながら地面に倒れていった。

レイは何が起こったのか判らないまま、アシュレイに突き飛ばされていた。

そして、彼女の姿を見ようと後ろを振り向くと、背中に光の槍を突き立て、倒れ込んでいる彼女の姿が目に入った。

「アッシュ! あぁぁぁ! アッシュ!」

狂ったように叫ぶレイはアシュレイの下に駆け寄る。

彼女は弱々しい息の中で、「あ、アザロがいる……逃げろ……」と呟いたあと、意識を失った。

レイには目の前の状況が理解できない。

(何が起こっているんだ? アッシュが倒れた? 光の槍? アザロ??? うわぁぁぁ!)

彼が顔を上げると、アザロの姿が見えた。

そして、再び光の槍を作り始めていた。

(あいつが……あいつがアッシュを……許せない!)

この時、レイは完全に理性を失っていた。

後ろにいるセロンのこと、どこかにいるであろう弓術士のこと、そしてアザロの横にいる剣術士のことすら、彼の意識から消えていた。

(殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!!)

彼はただアザロを殺すことだけを考え、自らも光の円盤を作り始めていた。

彼は魔力切れの症状を見せ、何度かふらつくが、復讐心だけで魔法を作り上げていく。

アザロの方が僅かに早く魔法を完成させた。そして、レイに向かってその光の槍を投げつける。

槍は真直ぐに彼に向かっていく。

だが、彼は当たる直前で横に飛んでかわしていた。

後ろで悲鳴のような呻き声が聞こえるが、彼の耳には入っていなかった。

そして、すべての意識を完成させた光の円盤――直径一mで渦のように回転している円盤――に集中し、彼の憎悪の対象、アザロに向けて放つ。

光の円盤は左右に揺れるように、そして、ゆっくりとアザロに向かって飛んでいく。

(神の御業だと! まあよい。あの程度の威力ではこの木は斬り倒せぬ。)

アザロは光の魔法に驚くものの、その速度を見て、余裕の笑みを浮かべ、大木の陰に隠れる。

アザロの横にいた護衛二人も円盤が飛んでくることに驚くものの、アザロと同じ大木の陰に身を隠そうとしていた。

セロンは目の前で起こっていることが、一瞬理解できなかった。

(何だ? 誰が魔法を? 増援が今頃来やがったのか! まあいい、間に合った。これで奴を逃がすことはないだろう……)

彼は倒れていくアシュレイに声を掛けるレイの姿を見て、すぐに攻撃を掛けるべく、背後から迫っていく。

レイはその接近に気付かず、魔術師の方に向き直り、魔法を作り上げていた。

(チャンスだ! 今なら簡単に殺せるぞ……)

痛む左足を引き摺りながら、レイの背中に向かっていく。

背後から曲刀《シミター》を突き刺せると思った瞬間、レイが急に右に跳んだ。

「何! あぁぁ!」

レイの背中が壁となり、アザロの放った光の槍が見えなかった。

彼は急に開けた自分の視界の中に、真直ぐに飛んでくる光の槍を見て、驚愕の声を上げ、必死に避けようとした。

だが、痛めた左足は彼の意思の通り動かず、セロンはアザロの放った光の槍に胸を貫かれ、その場に倒れていく。

(なぜだ! 味方じゃなかったのか? こんなところで俺は……なぜ俺が死ななくちゃならねぇんだ! 俺が何をした……みんな他の奴が悪いん……だ……)

セロンは光の槍に心臓を貫かれ、僅かに与えられた時間の中で、自分の理不尽な死に対して、呪詛の言葉を吐く。

そして、彼の目から命の光が消えていった。

レイはセロンが自分のすぐ後ろで死んだことに、気付いてすらいなかった。

彼の意識はアザロただ一人に向かっていた。

(逃がすものか! 殺してやる! 切り刻んで殺してやる!)

彼の疲労で落ち窪んだ目には、憎悪しかなかった。

彼は大木の陰に隠れたアザロを殺すため、光の円盤を操作する。

光の円盤は大木の前で大きく軌道を曲げると、後ろにいるアザロたちに襲い掛かっていく。

木の陰に隠れ、安心していたアザロたちは突然、自分たちの横から現れた円盤に驚き、動けなかった。

アザロは木に一番近いところにいたため、右腕を斬り落とされただけだったが、二人の護衛はその後ろにいたため、共に胴を輪切りにされる。

二人の男は何が起こったのか理解できないまま、その場で死んでいった。

その姿を見たアザロは戦慄していた。

(何だ、今の魔法は! 教団の最高の使い手でもあれほどの御技は使えぬ。奴は何者なのだ……まさか、奴は神《ルキドゥス》の使い……いや、そんなことはない。神は私と共にある……あるはずだ……)

彼はあまりに衝撃的な光景に、斬り落とされた右腕の痛みすら、感じていなかった。

そして、飛んでいったはずの光の円盤が再び戻ってきていることに気付けなかった。

レイは気力が続く限り、アザロが逃げた辺りを切り刻むつもりでいた。

(逃がすものか! 何度でも切り刻んでやる!)

一度、通り過ぎた光の円盤、最初より少し小さくなり、直径八十cmほどになった円盤を、再び大木の後ろに飛ばしていった。

アザロは再び横から飛んでくる光の円盤を見て、恐怖を感じていた。

(な、なぜだ! これほど早く次の魔法が使えるのか? 奴は悪魔、いや、”光”を使っている。やはり神の使い……逃げなければ……)

アザロは言い知れぬ恐怖を感じ、失った右腕を押さえながら、大木の陰から飛び出していく。

光の円盤は人が走る速度の倍程度、馬を全力疾走させたほどの速度で彼を追っていく。

追いかけてくる光の円盤に恐怖を感じているアザロは「ひっ!」と悲鳴をあげ、更に逃げていくが、速度に勝る円盤は彼を逃がさない。

アザロは恐怖に顔をゆがめながら、必死に走っていく。

(神よ! 神よ!)

突然、彼の視界が下がる。そして、前に跳び込むように、倒れ込んでいった。

「うん?」と思った瞬間、彼を強烈な痛みが襲う。

激痛の元である脚を見ると、両脚とも膝から下がなく、切断された膝下は彼の後方に残されていた。

「ヒッ! か、神よ! 御許し下さい! 神よ!」

跪くことも出来ず、無様にうつ伏せになったまま、彼は神に許しを乞い始めていた。

だが、彼の目には、足を切断したであろう、光の円盤がUターンしてくる姿が映っていた。

アシュレイは意識を取り戻した。

肩から背中に掛けて激痛が走るが、それもすぐに収まる。

(私は……レイに向かっていた光の槍を……レイは!)

彼女は自らが盾となって助けた男、レイの姿を探す。

すぐにその姿を見つけ、

(良かった……助かったのだな)

彼女は彼の無事な姿を見て安堵する。だが、彼の顔を見て、驚愕した。

復讐に取り付かれた彼の顔は、殺意と狂気に歪み、いつもの温和な彼とは似ても似つかない。

(駄目だ! レイ! そんな顔をするな……お前は優しい男……私の愛した男……いつものお前に戻ってくれ……)

アシュレイは彼を止めようと思った。

だが、体は動かず、声も小さくしか出せない。

必死に声を出そうとし、一度咳き込むと、「レ、レイ……止めろ……もういい……」と消え入りそうな声で彼に訴えていた。

レイはアザロに止めを刺すべく、光の円盤を彼に向かわせていた。

(次はどこを切り裂いてやろうか! 残った左腕か、それとも一気に首を落としてやろうか……)

彼はどす黒い感情の虜になり、必死に祈るアザロに如何に苦痛を与えようかと考えていた。

その時、「レ、レイ……止めろ……もういい……」という弱々しい声が聞こえてきた。

一瞬、誰の声か判らなかったが、すぐに最も大切な女《ひと》の声であることに気付く。

「アッシュ! 生きているのか! 答えてくれ!」

彼はアザロのことなど忘れ、すぐにアシュレイを抱き寄せる。

彼女は小さく、「もういい……もう」とだけ、言った後、再び意識を失った。

レイはまだ命の火が消えていないアシュレイを助けるため、治癒魔法を使おうとした。

だが、光の円盤で魔力を使いきり、今にも倒れそうな彼に精霊の力は集まってこない。

「いやだ! 死ぬな! アッシュ! 死なないでくれ!」

レイはアシュレイの命を繋ぎとめるかのように、強く抱きしめる。

「誰でもいい! 助けてくれ! 僕の魔力、命、何でもやる! だから、力を、力を貸してくれ!」

彼はそう叫ぶと、必死に精霊の力を集め始める。

飛びそうになる意識を繋ぎとめ、無理やり精霊の力を集めていった。

その時、レイは何も考えられなくなっていた。

彼女を助ける、それだけに彼の意識は向いていた。

「魂でも、命でも、何でもくれてやる! だから、力を分けてくれ! 僕をここに呼んできた奴! 見ているなら助けろ! 助けてくれ!……こんな悲しい思いを……許さない!……何でもいい、助けてくれ!」

彼は怒り、そして必死に祈った。

そして、精霊に自分の命を与えるから、力を分けてくれと強く祈った。

遂にすべての気力を使いきり、叫ぶことすら出来なくなっていた。

そして、意識も混沌とし始めていた。

その時、彼の体から、金色の光の粒子が浮き上がるように出ていき始めた。

その光の粒子は、彼らを包む薄い繭のようになる。薄い繭に吸収されるように、周りからも同じような光の粒子が集まっていく。その光の繭は次第に大きさを増していった。

光の繭を中心に、真っ白な閃光を放たれた。

その閃光は一瞬にして、唐突に消えていった。

そこには、抱き合うように倒れている、レイとアシュレイの二人だけが残されていた。

アザロは、再び迫ってきた光の円盤に殺されることを、覚悟していた。

目を瞑り覚悟を決めると、神に祈りを捧げ始める。

「神よ! 私はあなたのためにすべてを捧げました。これ以上、何をお求めか! 私は何も間違ってはいない……すべてはあなたのため……すべては正しい世界のため……」

彼はどのくらい祈っていたのか判らなかったが、なかなかやって来ない死の苦痛に、ついに目を開いた。

自分に向かっていた光の円盤はどこにも無く、彼は自分が助かったことが信じられない。

(私は助かったのか……神よ、感謝します。私は間違っていない。私は……)

彼は切断された右腕と両膝に治癒魔法を掛けようとした。

その時、精霊の力がある方向に向かっていくのを感じた。

(精霊の力がこんなにも……何が起こっているのだ?)

二人の男女が光の繭に完全に包まれると、網膜を焼くような真っ白な閃光を放ち、唐突に消えた。

アザロはその光景を目の当たりにし、呆然とする。

(何が……何が起こったのだ……)

彼は痛みを忘れ、呆然としていたが、すぐに治癒魔法を掛けようと、精霊の力を集めようとした。

だが、彼がどれだけ魔力を与えようと、精霊の力は集まらない。

緩やかな出血が続く切断面を早く治療しようと焦るが、治癒魔法を発動できない。

(なぜだ! 魔力は与えている。光も満ちている。それなのに……神よ! なぜ……)

アザロは魔力を限界まで使うが、治癒魔法は発動しなかった。

(私は神の意思に従っていなかったのか……どこで私は誤ったのか……私は……)

魔力切れと出血により、アザロは意識を失う。

その顔には悔恨の表情が張り付き、その懺悔の言葉は誰も聞き届けることは無かった。

唯一無傷の弓術士ジェスローはセロンの指示通り、レイたちの背後を狙える位置に到着した。

彼がその位置に着いたとき、彼の目に入ったのは、アシュレイがアザロの光の槍に貫かれた姿だった。

(何が起こっているんだ? 言っていた増援の魔術師か?)

そして、セロンがレイの後ろから、襲いかかろうとしている姿が目に入る。

ジェスローはセロンが邪魔になり、矢を放てない。

(そんなところにいたら撃てないだろうが。お、おい、真後ろから近づくのはやばくないか)

彼の目には光の槍を放とうとしているアザロが見え、目標であるレイの延長線上にセロンがいることに気付いていた。

そして、アザロが光の矢を放つ。レイはギリギリでそれを避け、更に光の円盤を放っていた。

レイが避けた光の槍が彼の懸念通り、セロンに突き刺さる。

(ああ、やっぱりだ。まあいい、自業自得だ。さて、レイ(奴)を殺して、さっさとずらかるとするか……)

彼は矢を番え、レイの無防備な背中を狙う。

その時、レイの放った光の円盤の動きが目に入る。

その円盤は大きなカーブを描き、大木の陰に向かっていく。距離が離れているため、人数まで確認できないが、複数の男の悲鳴、断末魔が聞こえてきた。

(相変わらず、恐ろしい魔法だ。こっちに来る前にさっさと射殺してしまおう)

通り過ぎた光の円盤が小さな弧を描き、再び大木に向かっていく。

木の方を見ると、腕を押さえた魔術師が転げるように逃げ出してきた。

そして、その両脚を切断すると、再び向きを変える。

(冗談じゃねぇぞ! あの魔法に狙われたら、逃げ切れねぇ。もし、一撃で殺せなけりゃ、あれが俺に向かってくる……嫌だ、死にたくねぇ……今なら奴は俺に気付いていねぇ。逃げよう。とっとと逃げるしかねぇ……)

彼は弓を降ろすと、すぐにレイたちから反対の方向に逃げようとした。

「弓を捨てろ! 抵抗すれば攻撃するぞ!」

二十人以上の守備隊員が彼の後ろにおり、そのうちの数人が弓を構えていた。

彼は自分の弓を捨て、両手を挙げて降伏した。