Trinitas Mundus - The Story of Saint Knight Ray
Episode III: In Rezam
レイたち一行はバラスター村を出発し、二十五km先にあるブリーマー村に向かっていた。
レイとアシュレイはやや硬い表情ながらも、ステラに話しかけ、デオダードはその二人の姿を微笑ましく見ている。
その日の移動距離は短く、道もそれほど悪くないため、前日と同じように早い時間に宿に入ることになった。
宿に入った後、前日と同じく、二人はステラと訓練を行うことにした。
アシュレイも一度見たステラの動きに慣れたのか、昨日とは異なり、互角の戦いを繰り広げている。
しかし、アシュレイの戦闘スタイル――剛剣で防具ごと叩き斬るパワーファイタースタイル――は、ステラの戦闘スタイル――スピードを重視し、トリッキーな動きのアサシン系のスタイル――と相性が悪いのか、かなり苦戦していた。
レイもステラと手合わせをするが、昨日と同様に間合いに入り込まれ、あっという間に翻弄されていった。
(やっぱり難しいな。槍は取り回しのタイムラグがある分、間合いに入り込まれると手も足も出なくなる。いっその事、剣の訓練に換える方がいいかもしれない。この間のドラメニー湖でのこともあるし、剣の訓練もしておきたいしな……)
訓練を終え、夕食になると、レイとアシュレイもステラのことをあまり意識しなくなり、自然と笑い声も出るようになっていた。
翌日はレザムの街に向かうが、途中にある峠を越えるため、前日までよりやや厳しい行程だった。
山道の振動が堪えたのか、デオダードの体調が芳しくなく、頻繁に休憩を取っていく。
レイは馬の世話をしながら、疲れて元気のないデオダードを見かね、声を掛けていた。
「大丈夫ですか? 疲労に効くかは判りませんけど、僕は治癒魔法が使えますから、いつでも言って下さい」
「すまんな。だが、治癒魔法では疲れは取れんよ。峠を越えれば多少道も良くなるはずじゃ。少し時間が掛かるかもしれんが、暗くなる前にはレザムに着けるじゃろう」
「そうですね。でも、疲れたらすぐに言って下さい。ステラさんもデオダードさんが辛そうだったら教えてください」
デオダードは笑いながら頷き、ステラは何も答えない。
レイはやれやれと言った感じで、馬の世話に集中していく。
レザムの街には、予定を大幅にオーバーした、午後五時頃、到着した。
レザムの街でも比較的大きな宿に向かい、チェックインを済ますが、デオダードの体調は芳しくなく、顔色は悪いままだった。
心配したアシュレイが、「明日もレザムの街で休養してはどうだろうか」とレイに話すと、彼も同じ思いだったようで、
「その方が良さそうだね。ちょっと考えがあるから、デオダードさんには僕から話してみるよ」
レイは部屋で横になるデオダードに、
「明日もここに泊りましょう。急ぎではないですし。それに僕たちの都合で悪いんですが、ここには知り合いもいますから、その方が僕たちも都合がいいんです」
彼の気遣いに気付き、「そうじゃな」と彼に答えた後、ステラを見て、
「では、明日もここに留まるか。ステラ、明日はレイ君か、アシュレイ君に街に連れていってもらいなさい」
「ですが、旦那様の護衛が……」
「レイ君かアシュレイ君に残ってもらうから、大丈夫じゃ。レイ君、勝手に決めてしまったが、それでも構わんかな?」
「ええ、構いませんよ。別にアッシュと一緒に行かなくても、知り合いは探せますから」
翌朝、デオダードの体調はかなり改善されていたが、念のため、もう一泊する予定は変更せず、その日はレザムで自由行動となった。
レイが「今日はどうする?」とアシュレイに尋ねると、
「そうだな……ガッドたちがいるかも知れない。傭兵ギルドにでも顔を出すか」
「で、どっちがいく。僕がここに残ってもいいけど」
「いや、お前が行った方がいいのではないか。前回は着いた時間が遅かったし、碌に街を見ていないだろう。のんびり街を見てきたらどうだ?」
彼女としては、ステラが一緒に行くことになっているため、レイを行かせたくなかった。だが、自分ではステラと一日一緒にいても間が持たないと、已む無く彼に任せることにしたのだった。
アシュレイは心の中に、自分が一緒に行きたいという思いがあった。更にレイがステラと一緒に街を歩くということに、嫉妬に似た感情も心の中に渦巻いていた。
(こんな気持ちになるのは初めてだ……デオダード殿の頼みでなければ自分がレイと一緒にいれたのにと思ってしまう。レイはどう思っているのだろうか?)
彼女の心の中の声がレイに聞こえるはずもなく、レイとステラの二人は、レザムの街に繰り出していった。
宿を出る前に、デオダードから「レイ君のいうことを聞くように」と言われていたステラは、素直にレイに付いていく。
レザムの街はモルトンよりやや小さいものの、この辺りの中核都市であるため、かなりの賑わいを見せている。
レイは傭兵ギルドに顔を出すが、予想通りガッドやダレン、ティフと言った見知った傭兵たちは誰もいなかった。
受付にガッドたちが帰ってきたら、自分たちがいることを伝えて欲しいと伝言を頼み、傭兵ギルドを出て行った。
「さて、これからどうしようか? ステラさん、どこか見たい場所とかってある?」
ステラはその問いに首を横に振って、「特にありません」とだけ言って、黙り込んでしまう。
そう答えるだろうと予想していたレイは、
「じゃあ、露店や商店を覗きながら、ブラブラしてみようか」
二人は街の繁華街に向かって歩き始めた。
「ステラさんって、狼人族なんだよね。銀色の髪だから、銀狼族っていうのかな?」
ステラはレイの質問に一言「はい」とだけ答える。
「銀狼族の特徴とかって何かあるの? 例えば耳がいいとか、暗闇でも目が見えるとか」
「目や耳がいいのかはよく判りません。人族よりは優れていると聞いたことはありますが」
「そうなんだ……」
(会話が続かないぞ。どうしようかな……無理に会話をせずに一緒にブラブラするだけでもいいか)
商業地区には大きな公園があり、そこにはさまざま物を売る露店が並んでいる。
野菜や魚などの食料品から、食器やナイフなどの小物類、髪飾りやネックレスなどのアクセサリー類も手ごろな値段のものが多く並んでいる。
「いろいろあるね。何か気になったものとかあった?」
ステラは小さく首を振り、「いいえ」とだけ答える。レイは予想通りのステラの行動に苦笑してしまう。
「そうか……アッシュにアクセサリーを買おうと思うんだけど、何がいいと思う?」
「判りません」
何とか会話を成立させようとするが、レイのコミュニケーション能力では話が続かない。
「そうだよね。アッシュへのお土産を買うから一緒に見てほしいんだけど……」
二人はアクセサリーを置いている露店を覗いていく。
ぶらぶら歩いているうちに、一軒の露店で売り子の若い男に捕まった。
「傭兵のお兄さん。その別嬪さんにどうだい。その地味なスカーフより、こっちのネックレスが似合うと思うぜ。どうだい、試着してみるかい?」
レイがステラにどうすると聞くと、
「旦那様から、人前ではスカーフを外してはいけないと命じられています。レイ様がお命じになるなら、外しますが……」
(そうだ! 奴隷の首輪を着けているんだった。忘れていた……)
レイは奴隷が首に付けられる首輪の存在を忘れていた。そして、ここラクスでは、奴隷の存在はできるだけ隠すほうがいいということを思い出す。
「ごめん! 別のところに行こう!」
彼はステラの手を取り、その場を走り出す。
彼女はレイに手を引かれるまま、露店の並ぶ広場を走っていた。
レイには見えなかったが、ステラの顔には驚きと困惑の表情が浮かんでいた。
彼が振り返っていれば、いつもの無表情な顔以外の彼女を見ることができたはずだが、彼は一度も振り向かなかった。
広場を抜けたところでようやくレイは止まった。そして、もう一度、ステラに謝罪した。
「さっきはごめん。本当に忘れていたんだ」
ステラは謝罪の意味が判らず、「何のことでしょう?」と逆に質問する。レイはどう答えていいのか判らず、曖昧に言葉を濁していた。
(本人はあまり気にしていないんだな……生まれたときから奴隷だから気にならないのか……)
少し気が抜けたが、一息ついて周りを見回すと、小さな商店が並ぶ一角に来ていた。
その商店の一つに、指輪やブレスレット、ネックレスなどが並ぶ、アクセサリー店を見つけ、中に入っていく。
中に入ると、すぐに店員らしき若い女性が応対しに近づいてきた。
「お客様、何かお探しですか? お連れ様にプレゼントでも?」
「ああ、もう一人別の女性にプレゼントを考えているんだけど、お勧めってあります?」
傭兵とは思えないレイの柔らかな物腰に店員は驚くが、すぐにレイの姿を見直し、
(あら良く見ると立派な鎧ね。武者修行中の騎士様のご子息かもしれないわ。でも、このお連れ様はどういった関係なのかしら? うまくいけば二つ売れるかも……)
彼女は上客を逃すまいと、この店では比較的高い商品の棚に二人を案内していく。
「お連れ様にもプレゼントなさるなら、この三日月を象った銀のネックレスなどいかがでしょう? 御髪の銀色と合わせればお似合いかと思いますが」
「ネックレスはね……それ以外で何か無いかな?」
「では、この星を模したブレスレットなどいかがですか? お連れ様も剣術士の方ですし、ブレスレットであれば、邪魔にはならないと思いますが?」
そのブレスレットは、幅一cmほどの細い銀の輪に、五芒星が透かすように彫り込まれたものだった。
「値段は?」
「六十C(クローナ)と言いたいところですが、半金貨一枚、五十Cとさせていただきますが」
(五十Cか。五万円だよな。高いのか、安いのか。知り合って間もない女性に贈る値段のものでもないような気がする……星が彫り込んであるから、名前のステラにちなんでちょうどいいんだけど……後で考えよう)
「もう一人の分を先に見るよ。背が高い少し日に焼けた剣術士なんだけど……」
レイがアシュレイの容姿について説明していくと、店員はレイに近づき、耳元で
「どちらの女性が本命なのですか? お連れ様ですか? それとももう一方? まさか両方?」
「も、もう一人の方です! りょ、両方なんて……」
赤くなるレイを見て、初心な騎士の子息が、憧れの女騎士にプレゼントをするのだと勘違いする。
(あら、本気で赤くなっているわ。ということは本命の憧れの君のために、結構いいものを買ってくれそうね……)
「では、これなど、どうでしょうか?」
店員は、剣を模したトップの銀のネックレスを差し出す。
「胸元に銀の剣ですし、日に焼けたお肌にはよく映えると思いますわ。それに“あなたの剣になります”とか“あなたに剣を捧げます”という意味がございます。剣術士の方なら必ずやお気に召していただけると」
値段を聞くと、こちらは金貨一枚、百Cと言われる。
(十万円か……そんなプレゼント買ったことがないな……そもそも女の人に何かを贈ったことなんかないけど……)
「ステラさん、これをアッシュにプレゼントしたら喜ぶと思う?」
「判りません……それにはどのような効果があるのでしょうか?」
「効果?」
首を傾げるレイにステラはそれ以上何も言わない。
(効果ねぇ。もしかしたら魔道具と思っている? 戦士だから何か効果があるのかって……アッシュも同じことを言いそうだな……でも、少しくらいおしゃれをしてもいいんじゃないか?)
レイは思い切って、そのペンダントを購入し、きれいにラッピングしてもらう。
(ステラさんにも何かプレゼントした方がいいんだろうか? でも、アッシュと同じ日に買うのもおかしな話だし……それにデオダードさんに断らずにプレゼントするのもな……)
アシュレイへのプレゼントを買った後、露店で食事をとる。
串焼きの肉と果物のジュースを買っただけの簡単な食事で、近くのベンチに座って食べ、宿に帰っていく。
宿に帰ったレイは、すぐにアシュレイに銀のペンダントを渡す。
「街をぶらついて見付けた、ただの飾りなんだけど……気に入ってくれるかな?」
包みを開け、それを見たアシュレイは、彼が思っていたより喜び、抱きつかんばかりに喜ぶ。
不思議に思ったレイが理由を尋ねると、アシュレイは、はにかみながら、
「今までこういった物を貰ったことが無かったのだ。なぜか皆、実用的な物ばかりで……いや、それはそれで嬉しいのだが……」
その話を聞いたレイは、アシュレイも女性だったと改めて思った。そして、アシュレイの実家が傭兵一家で、傭兵たちに囲まれて育ったことも思い出す。
(アッシュの話を聞く限り、彼女のためを思って、実用品、武器とか防具とかをプレゼントしていたんだろうな……判らなくはないけどね。アッシュなら実用品が欲しいだろうと、僕も思ったんだから。でも、思い切って買ってよかった。こんなに喜んでもらえるとは思わなかったから……)
アシュレイはネックレスを眺めながら、「ところでステラ殿にも何か贈ったのか?」と、さり気なく聞いていた。
レイが「何も」と答えると、少しホッとしたような表情を一瞬だけ見せる。
(やっぱり正解だったよ。これでステラさんにも何か買っていたら機嫌が悪くなったかも……)
その日から、アシュレイは、防具を外している時には、必ずそのペンダントが見えるように身に着けるようになる。
夕方、彼らが泊っている宿にガッドがやってきた。
「アシュレイとレイがここに泊っているって伝言があったからな。なんか遠くに行くそうじゃねぇか。今日も仕事みてぇだが、ちょっとは話しくれぇできるんだろ」
近くで聞いていたデオダードが、私に構わなくていいと言ったため、ガッドの泊る宿で夜まで飲むことになった。
他にも、夕方レザムに到着したヴィエリ、カルディナ姉妹も合流し、盛大な飲み会になっていった。
その中で、アシュレイのペンダントを目敏く見付けたヴィエリに、レイとアシュレイはからかわれ続けていた。
デオダードとステラは部屋に戻り、デオダードは疲れた表情を見せていた。
ステラが取りだした薬を飲むと、ようやく笑顔が戻ってきた。
「今日は楽しかったかな?」
デオダードの問いに、ステラは「はい……いえ、よく判りません……」と答える。
「そうか、よく判らないか……じゃが、何か思い付いたことがあったじゃろ?」
「……レイ様に手を繋いでもらいました……たくさん話しかけて貰いました……」
そう答えるステラの視線は、デオダードの先を見ている。
「そうか、たくさん話して貰えたか。そうか……ステラはレイ君のことが嫌いか?」
数瞬考えたのち、「いいえ」と答え、「嫌いではないと思います」としっかりとした口調で続ける。
デオダードは、ステラの頭を撫でながら、「そうか、そうか」と微笑んでいた。