Trinitas Mundus - The Story of Saint Knight Ray
Episode XVIII: The Mercenary Corps of Markat
レイは、アシュレイの父、ハミッシュ・マーカットに肩を組まれながら、最初に通された集会室に入っていった。
当初は敵意をむき出しにしていた傭兵たちも、自分たちの団長が認めた彼を、心から歓迎していた。
部屋に入ると、彼の周囲には人垣ができ、「団長に負けを認めさせた奴は初めて見たぞ」、「あの魔法は何なんだ?」、「その鎧をもう少し見せてくれ」、「お嬢をどこで捕まえたんだ?」など、様々な声が彼に掛けられていく。
レイはセロンとの決闘の祝勝会以上の歓迎ぶりに、戸惑いを隠せない。
(最初のアウェー感は一体なんだったんだ? この歓迎ぶりは? ついていけないよ……)
ハミッシュが壁際にある壇の上に立つと、騒ぐ傭兵たちに「静かにしろ!」と一喝し、全員の注目が集まったところで話し始めた。
「今日はこれから宴だ!」
そう言った瞬間、部屋の中は「「オウ!」」という怒号に近い歓声に包まれる。
ハミッシュが見回すように睨み付けると、再び静粛さが戻ってきた。
「歩哨に立つ奴は済まねぇが、運が悪かったと諦めてくれ。明日仕事のある奴に言っておくぞ! 飲み過ぎて仕事にならなかった奴はいつもの罰が待っているからな! 飲みすぎるなよ! それじゃ、いつものように準備を始めろ!」
「「オウ!!」」
再び、傭兵たちの怒号が響くと、既に役割が決まっているのか、ほとんどの者がバタバタと走り去っていった。
そして、レイたちの周りには、ハミッシュとアルベリック、ガレスの他に三人の傭兵のみが残っていた。
「こいつらはうちの隊長連中だ。ガレス、お前からだ」
ハミッシュがガレスを指名すると、徐に自己紹介を始めていく。
「ガレスだ。ガレス・エイリング、一番隊の隊長だ。よろしくな」
ガレスは、三十代半ばの人間の男性で、レイと同じくらいの身長――百八十五cmくらい――で、針金のように細い体をしている。彼は笑っているのか睨みつけているのか判らない表情で、右手を差し出してきた。
レイはその右手を取り、挨拶を返す。
次にがっしりとした身体つきの獣人――ハミッシュより更に大きく、二mを優に超える熊の獣人――が、ドスンドスンと言った感じで前に出てくる。
そして、少しノロ臭い感じの訛りのあるしゃべり方で、
「ゼンガ、ゼンガ・オルミガだぁ。二番隊の隊長さやっている。いやぁ、しかし、おめぇさぁ強ぇな。今度、おらと手合わせしてほしいだよ」
レイは恐る恐るゼンガの顔を見るが、その顔は思ったより愛嬌があり、クリっとした丸い目が剣呑さを和らげていた。
「ゼンガ、邪魔だ」
その声に、ゼンガが「すまねぇだ」と言って、脇によける。
その巨体の影から、レイより背が低い、人間の男が現れた。その男は槍を手に持ち、ゆっくりと前に進み出てくる。
「エリアス・ニファーだ。見ての通りの槍術士だ」
思ったより若い声で話すエリアスに、
(そう言えば、隊長連中って言うから、四十以上の大ベテランばかりかと思ったけど、結構みんな若いんだ……なぜなんだろう?)
レイが見た隊長たちは、皆三十代前半から半ばであり、他の傭兵団に比べ、かなり若い。レイが見た中で、四十歳以上に見えるのは団長のハミッシュと厩番のバートくらいだった。
エリアスの後に、三十歳くらいの良く日に焼けた女傭兵、ラテン系のような彫りの深い美人が進み出てきた。
「ヴァレリアよ。ヴァレリア・ハーヴェ。これでも五番隊の隊長よ」
ウィンクでもしそうな軽い感じで、レイに話し掛けてくる。
「アッシュとはどんな感じ? あの超奥手で鈍感なアッシュをどうやって落としたの? 団長に勝ったことより、そっちの方が気になるわ。後で聞かせてね?」
(なんか色っぽい人だな。でも、隊長さんなんだよな。ってことはこの人も相当強いんだろう。それに今、この人はアッシュって呼んだよな。家族だけしか呼ばないと言っていたと思うんだけど?)
最後にアルベリックと呼ばれたエルフが現れる。
「アルベリック・オージェです。役職は……ハミッシュの副官かな?」
(ハミッシュって呼び捨て? それにその疑問形なのはどういうこと?)
見た目は二十代前半にしか見えない。
アルベリックがハミッシュに「僕の役職って決まっていたっけ?」と聞き、ハミッシュが「そんなもん、適当に付けとけ!」と怒鳴り返していた。
(エルフだから、本当は何歳なんだろう? 後でこれもアッシュに聞いておこう……それにしてもアルベリックさんって、天然系の人なんだろうか?)
「今日は三番隊のラザレスがいないから、これで隊長は全部だね」
アルベリックの言葉に、レイは自分が傭兵団の主要な面々と、挨拶を交わしていることに違和感を覚えていた。
(四人の隊長さんたちに副官?らしき人。有名な傭兵団の偉い人たちなんだよな。なんで僕みたいな若造が、この偉い人たちから挨拶されているんだろう?……も、もしかして、アッシュの婚約者だと思われている? それも父親公認の……団長の一人娘の婚約者ってことは、次の団長候補だと思われている? えっ! そんなことないよね……)
彼は自分の考えに茫然としていた。
(アッシュのことは好きだけど、この傭兵団に入る気はないし……少なくとも正式には入るつもりはない。ステラのことを解決したら、旅に出るつもりだから……もし、考えていることがあっているんなら、早く訂正しておかないと大変なことになるかも……)
ヴァレリア以外の隊長たちは、三人で話をしながら部屋を出ていった。
残っているのは、レイ、アシュレイ、ステラの三人に、ハミッシュ、アルベリック、ヴァレリアの六人になる。
「ここは邪魔になる。一旦、俺の部屋に行くぞ」
ハミッシュは、レイたちの意見も聞かず、勝手に二階にある自分の執務室に向かっていく。
レイはアシュレイと顔を見合わせるが、ふぅと大きくため息を吐いた後、ハミッシュの後ろについていった。
執務室の隣にある応接室に連れていかれ、ソファーに座るよう言われる。ハミッシュは後ろに控えていた当番兵に指示を出していく。
「データス、レイとその獣人の嬢ちゃんの部屋を準備してやってくれ。アッシュの部屋は使えるな?」
「はい、お嬢の部屋はいつでも使えるようになっています。お二人は客室でいいですか?」
ハミッシュが大きく頷くと、データスと呼ばれた若い兵士は部屋を駆け出していく。
「部屋の準備が終わるまで、ここでゆっくりしてくれ。アッシュ、少し話しがある。ちょっといいか」
ハミッシュとアシュレイはそのまま、応接室を出ていった。
残されたレイは、この後の展開を考え、頭を抱えている。
(急展開過ぎる。ついて行けないよ……宴とか言っていたけど、この先どうなるんだろう? どうしよう……)
横にいるステラは、ようやくレイの危機が去ったと安心する。
(とりあえずレイ様を傷つけようとする者はいない。アシュレイ様も大丈夫だと言っておられたし……でも、ここの人たちは危険。私では盾にもなれない……)
考え込むレイに向かって、ヴァレリアが妖艶な笑みを浮かべて、話し掛けてきた。
「レイ君って呼んでもいいかしら?」
レイは突然話しかけられたことに驚きながらも、首を縦に振ると、ヴァレリアは楽しそうに話を続けていく。
「で、レイ君はアッシュといつ知り合ったの? 何があったの? 教えてよ」
詰め寄るヴァレリアに戸惑いながらも、彼はアシュレイのとの出会いについて説明していく。
「アッシュが盗賊と裏切り者の傭兵たちに、襲われているところに通りかかったんです。それで……」
アトリー男爵の護衛をして裏切られた時の話から、アザロ司教との対決までの話をかいつまんで話していく。
ヴァレリアは面白そうにその話を聞いていく。
レイの話が終わると、「ふーん、そうなんだ。で、アッシュとはどうなの? どうするつもり?」と、ヴァレリアは興味津津と言った感じで、身を乗り出していく。
胸元が大きく開いたシャツから見えるヴァレリアの胸が、レイの目に入ってくる。
(ヴァレリアさんって、噂好きのただのお姉さんにしか見えないんだけど……それにしても、近いよ。そんなに前屈みに寄って来られたら、谷間とかが……アッシュもそうだけど、ここの女の人たちはこういうことに無頓着なのかな?)
「どうって言われても……一緒にはいたいですけど……」
はにかみながら、答えるレイの姿を見て、意地の悪い笑みを浮かべていた。
(あら? この子、思ったより初心ね。これでよくアッシュを“落とせた”わね……団長はまだ戻ってこないだろうし、暇つぶしに、もう少しからかってあげようかしら……)
「そう言えば、この獣人のお嬢さんは?」
レイはステラを紹介することを完全に失念していたため、少し慌てていた。
「ス、ステラです。僕の、いえ、僕たちの……仲間です。ステラ、自己紹介をして」
ステラは、「ステラです」と一言言っただけで、黙ってしまう。
ヴァレリアはレイの慌てぶりと、ステラの淡白な挨拶に首を傾げていた。
(この子は何? レイ君はアッシュとこの子の二人を相手にするほど、女誑しじゃなさそうだし。でも、この子の目を見ると“ただ”の仲間って言うわけでもなさそうね)
「ステラちゃん、あなたはレイ君の何なの?」
ヴァレリアのストレートな質問に、ステラは戸惑うことなく答えていく。
「レイ様は前の旦那様から、私を引き取って下さった方です。私にとってはお守りすべき大切なお方です」
「ふーん……大切なお方ね……」
ヴァレリアが何か言おうとした時、アルベリックが口を挟んできた。
「ヴァレリア、そのくらいにしておかないと、意地悪なお姉さんって言う印象を持たれてしまうよ」
「あら、そんなことはないわよ。ねぇ、レイ君?」
“しな”を作ったヴァレリアの問いかけに、レイは赤くなりながら、「は、はい」と答える。
(どうも、ヴァレリアさんは苦手だ……いい人そうなんだけど、弄り系の人みたいだし……)
アルベリックは助け舟を出すように、ステラに話し掛ける。
「ステラさんの投擲剣、凄かったよね。あのハミッシュが慌てて弾くなんて、久しぶりに見たよ。しかし、今日はいいものが見れた。ハミッシュが茫然とするなんて、三十年一緒にやっていても二、三回しか記憶にないよ。ふふふ」
最後には、なぜか思い出し笑いをしている。笑いが収まったところで、ステラに向き直り、さり気ない口調で質問していた。
「ステラさんは、もしかしたらルークスの出身?」
レイはその言葉に驚き、立ち上がりそうになる。レイの前にいるヴァレリアも、驚きの表情を浮かべている。
アルベリックは笑みを浮かべたまま、「ごめん、ちょっと立ち入り過ぎたかな?」と謝るが、
「でも、ハミッシュには正直に伝えておいてね。後でトラブルになると困るから」
(やっぱりルークスの獣人部隊の出身者は警戒されるんだ。そうだよな、暗殺者が一緒にいますって言ったら、普通は気味悪がられるよな……ハミッシュさんには当然だし、副官であるアルベリックさんにも言っておかないといけないよな)
「ステラはルークスの獣人部隊の出身だそうです。正確には部隊に入る前に売りに出されたそうですが……」
レイはデオダードに聞いた話をアルベリックらに話していく。
「ステラは暗殺部隊の一員じゃないんです。僕たちと同じ傭兵です。ちょっと人付き合いが苦手なだけの……」
必死に説明するレイの姿を見たアルベリックは、本当に面白い若者だと思っていた。
(実力はかなりのものなのに、突然自信なさげになる。それでいて、ハミッシュに堂々と意見を言う……ステラさんのことを必死に説明する不器用な姿。本当に面白いな。ハミッシュはどうするんだろう? これからが楽しみで仕方が無いな……)
レイがステラについて説明を終えると、二人も真剣な表情で、自分たちは気にしないと彼に伝えていた。
(良かった。判ってくれたみたいで。でも、ハミッシュさんにはどう話すかな。アッシュと相談しないと……その前にアッシュのことだ。この二人なら知っていそうだし……)
「一つ教えてもらってもいいですか?」
レイが真剣な表情で問い掛けるため、アルベリックとヴァレリアが思わず顔を見合わせる。
「何ですか? 教えてもらいたいと言うのは?」
「アッシュとハミッシュさんの関係です。もしかしたら、アッシュは家出をしたんじゃないかって……」
意を決した割には語尾が小さくなる。
「そうね、家出って言えば、家出になるのかしら? アル兄(にい)はどう思う?」
「あれは家出でしょう、書置き一つで家を出ていくのは」
(やっぱり家出娘だったんだ……ハミッシュさんの反応ってどうだったんだろう? 聞くのは怖いけど聞いておかないと)
「その時、ハミッシュさんはどうしたんですか?」
アルベリックは何かを思い出したのか、突然笑い始める。隣にいるヴァレリアがあらあらと言った顔になり、代わって説明を始めた。
「大変だったのよ、本当に。残っている団員を総動員して追いかけようとするし、ギルドに圧力を掛けようとするしで……アル兄が本気で止めなかったら、大変なことになっていたんだから……」
(ギルドに圧力って……これ以上聞かない方がいいかも……でも、それでよく収まったよな)
「でも、それでよく収まりましたよね?」
「アル兄が、アッシュから直接事情を聞いてくるからっていうことで、ようやくね。でも、檻に入れられた野獣みたいで怖かったわよ。ガレスですら、ビビっていたから」
(ガレスさんって、あの抜き身みたいな怖そうな人だよね。マジで?)
「それで、ノックディでアッシュを見付けて、話を聞いたわけよ。アル兄が団長に話をして、ようやく落ち着いたんだけど、落ち込んでいたわね、あの団長が」
笑いの発作が治まったアルベリックが、話を引き取る。
「まあね。確かにハミッシュの過保護が原因だったし。アッシュも二十歳過ぎても、父親がべったりだと嫌になるよね。詳しくは言えないけど……でも、あの時のハミッシュの顔は一生忘れないね。駆け出しの頃に、大鬼《オーガ》の群れから逃げた時より、情けない顔をしていたんだから。くくく……」
(この人、やっぱり天然だわ……でも、アッシュは大丈夫なんだろうか? 二人でちゃんと話ができているんだろうか?)
レイはアシュレイとハミッシュが出て行った扉を見つめていた。