Trinitas Mundus - The Story of Saint Knight Ray

Episode Seventy-Eight: The Arklite Report

レイは騎士団への報告書をまとめるため、帰還した翌日、十月十九日の朝から、机に向かっていた。

(受験勉強以来だな。朝から机に向かうなんて。さてと、どういう報告書にするかな)

彼は小説を書いていたが、レポートの類はあまり得意ではなかった。

受験用に論文を学んだだけで、今回のような報告書については、ほとんど知識がなかった。

(思いつくまま書いていくか……)

彼の横にはアシュレイがおり、後ろにはステラが控えていた。

彼はある程度頭の中で文章にまとめると、二人に意見を聞いていく。

そして、二人の意見を参考にした報告書を書き始める。

『……魔族、特に鬼人族との戦いにおいては、操り手(テイマー)を脅かすことが有効である。中鬼族の場合、大量のオークを使役できると思われ、今回のミリース谷の戦いでも数名、五名程度と思われるテイマーによって、二千近いオークが操られていた。

彼らの命令はどのような手段で伝達されるのか、不明である。しかしながら、五百m以上離れた場合、細かな指示は出せない可能性が高い。事実、三日目の朝からの投石攻撃においては単調さが目立っていた。

このことから、オークを倒すことに拘らず、敵の“頭”であるテイマーを潰すのが、対鬼人族戦において重要と考える。中鬼族の特徴は……』

更に報告書は翼魔族について言及していく。

『……翼魔《レッサーデーモン》については、その飛行能力は優秀で、馬の全力疾走を凌駕する速度での飛行が可能である。

また、魔法についても闇属性魔法を操ることができ、その発動時間は、王国の宮廷魔術師に僅かに劣る程度であると推測される。

魔法の威力については、それほど脅威であるとは思えない。しかしながら、その機動力と合わせて考えると、後方撹乱、要人の暗殺など、少数といえども侮れない戦力と見るべきであろう。

小魔《インプ》については、その飛行能力のみが脅威である。魔法については、見習い魔術師と同程度と考えて良いと思われる。彼らの放つ闇の矢は盾でも容易に防ぐことができ、落ち着いて対処すれば問題は少ない。

但し、奇襲などで騎乗中に攻撃を受ける場合、敵は馬を狙ってくることがある。馬を攻撃されることにより、味方に混乱が引き起こされるため、一旦距離を取るか、下馬して対応する必要があるだろう。

翼魔、小魔への対応については、弓などによる遠距離攻撃が有効である。特に、弩《クロスボウ》による狙撃は効果が高いと思われる……』

最後に参考として、魔族の戦略について考察を加えていく。

『……チュロック砦に侵攻した魔族軍の目的については、未だ明確ではない。しかしながら、彼らの戦術を見る限りにおいては、土地を奪う、財を得るという我々の戦略目的とは異なっている印象を受ける。

その証拠に、彼らは早期にミリース村以西に侵攻できたにも関わらず、チュロック砦に執着していた。確かに後方の安全を確保するという目的もあるかもしれないが、チュロック砦が大軍に囲まれたにも関わらず、最後まで落城しなかったのは、彼らが意図的に戦闘を長引かせようとし、砦を手に入れようという積極的な意志がなかったように思われる。

また、オークを消耗品の如く扱っていることが、彼らの戦略の一貫性に疑問を持たせる。ただ単に部族間の連携が悪いだけでなく、オークを使役する中鬼族ですら、戦力を磨り潰す行為に躊躇いがなかった。

彼らの戦略及び戦術を見極めるため、オークたちの食料がどのように補給されていたのか、そもそも、魔族の使役するオークに食料が必要なのかも含め、調査する必要がある。

更に魔族がオークたちを消耗しても問題ないと考えているなら、どこかに補給拠点が存在する可能性がある。以前、チュロックの北東で発見された魔法陣のようなもので、召喚できると考えるなら、その魔法陣を見つけ出し、そして、破壊しなければ、最終的な勝利は難しいと思われる……』

彼は数枚の報告書を書き上げ、アシュレイに見せる。

彼女はその報告書を読み始め、次第に表情が暗くなっていった。

「最後の下りは真のことなのか? オークを召喚し続けられるとすると、我らに勝ち目は無いぞ。今から冬になる。特に東部の山岳地帯は酷寒の地。屋外での戦闘はかなり厳しいはずだ」

レイはその問いに両手を上げて、困ったような顔をする。

「僕の予想が当たるとは限らないし、そもそも魔族が何のために侵攻して来るのか、それどころか、魔族がどれだけの人数がいて、何ができるのかすら判っていないんだ。恐らく、騎士団の人たちも判っていると思うよ。冬になる前に決着を付けないといけないって」

彼は、後に“アークライトレポート”と呼ばれる報告書を纏め上げると、ハミッシュらの意見を聞くために、隊長たちに、その報告書を見せていく。

ハミッシュをはじめ、隊長たちはその報告書の完成度の高さに驚いていた。

「やはりお前は凄い奴だ。今まで魔族との戦いを、これほど綿密にまとめられたものはなかったぞ。レイ、これをいつ騎士団に持って行くつもりだ?」

「明日にでも行こうかと思っていますが?」

ハミッシュは一番隊隊長のガレス・エイリングに、

「ガレス、誰か字を書ける奴にこれの写しを作らせろ。それをデュークのところに持っていけ」

そして、レイに向かって、

「俺も同行する。できればブレイブバーン公に直接お渡ししたい」

レイは真剣な表情のハミッシュに首を傾げながら、

「……判りました。でも、急に行って、公爵様にお会いできるんですか?」

レイはブレイブバーン公にいい印象を持っていたが、これ以上貴族たちと関わりたくないとも思っていたため、やや硬い表情になる。

「そこは俺が何とかする。お前の口から直接閣下に説明してくれ。面倒ごとに巻き込むようで悪いが、国の一大事だ。堪えてくれ」

レイは諦めたように頷き、報告書を置いて、自分の部屋に戻っていった。

翌日の十月二十日の朝。

ハミッシュらが傭兵団本部を出る前に、ブレイブバーン公からの使者が訪れた。

使者はブレイブバーン公が面会を求めていると告げ、ハミッシュも向かうつもりだったと言うと、そのまま王宮に向かうことになった。

王宮に入ると、すぐに公爵の執務室に通される。

「今回はご苦労だった。そなたに対する報奨の内示だ。それを伝えたくてな」

ハミッシュはやや驚いた顔で、「内示ですか?」と尋ねる。

「そうだ。陛下はお前を男爵に叙するとおっしゃられたのだ。どうだ、受けるか?」

レイは驚き、目を見開く。そして、隣に座るハミッシュを見つめていた。

(ハミッシュさんが貴族か……)

ハミッシュは公爵の意図が判り、苦笑いを浮かべる。

「閣下は既に私がお受けしないと思っておられるのでは? ご推察の通り、このお話、お断りさせていただきます」

「判った。陛下にはその旨、お伝えしよう」

レイはそのやりとりを見て、公爵もハミッシュが受けるつもりがなく、正式な通達となる前に手を打ったと気付く。

(なるほど。公爵様も判っていたから、こうしたんだな。ハミッシュさんなら断るだろうと)

公爵は何気なく話題を変える。

「で、今日はアークライトまで連れて、別の用事があるようだが?」

「はい。まずはこれをご覧下さい。この者が騎士団の依頼で作成した報告書です」

「ほう、真面目なことだな。口頭での報告で良かったのだぞ」

公爵は笑顔を見せて、そう言いながら、レイの報告書を読み始める。

ハミッシュらが読んだ時と同じく、彼の表情が次第に硬くなっていく。

「アークライト、いや、レイ。そなたがこれを纏めたのか?」

レイは公爵からファーストネームで呼ばれ戸惑う。

「えっと、はい、そうですが……」

「いくつか質問させてもらおう。魔族の目的、お前の言葉を借りれば、戦略目的は何だと思う?」

「判りません。少なくともラクス王国の土地を狙ったものでないことは確かだと思いますが」

公爵は軽く頷き、そして、更に疑問点について質問を重ねていく。

「ここにも書いてあるが、土地を狙わなかったとはいえ、王国の領土に野心が無いとは限らんだろう?」

「確かにおっしゃるとおりですが……少なくともチュロック周辺を欲しいとは思っていないと思います。もしかしたら、別の土地を狙う陽動かもしれませんが、敵の価値観が判らないので、お答えしようが……」

公爵は武人らしく頷くと、すぐに次の質問に切り替えていく。

「判った。次だ。魔族間の連携が悪いとあるが、それについて何か思うところは無いか?」

「今回の先遣隊への奇襲、ミリース谷での戦闘、いずれも中鬼族主体、いえ、中鬼族のみが戦いに参加しておりました。奇襲の際には翼魔族が背後にいましたが、翼魔を五体従えるだけで、小魔を率いておりません。あそこまで周到に奇襲を掛けたのであれば、小魔を森に伏せ、逃げる先遣隊を殲滅することも出来たはずです。翼魔族の女性と少しですが、言葉を交わしました。私が感じたのは、個人的な恨みで動いているというものでした」

公爵は右の眉を上げ、「個人的な恨み?」と呟く。

レイはその呟きに頷き、

「恐らく、私がオーガを倒したことに対してだと思うのですが、詳しいことは確認しようがありませんでした」

「なるほどな。オークの食料が何かを調べろとあるが、奴らは人でも魔物でも何でも食らうはずだが、それでも調査が必要か?」

レイは一番気になっていたことでもあり、前のめりになりながら、話していく。

「はい。魔族の使役するオークの数が多過ぎるのです。三千近いオークなら、食料はかなりの量になります。一日当たりどの程度必要かは判りませんが、少なくとも我々より多くの食料を必要とするはずです。チュロック村の民家の備蓄を当てたとしても、僅か二百人の小さな村。すぐに底を尽くでしょう。それなのに飢えた様子もなく、こちらの兵の遺体を食べる様子も無かったのです。もしかしたら、召喚されたオークは食料が要らないのではないかと」

公爵は顎に手を当て、「うむ」と唸ったあと、

「今までそのような視点で見たことはなかったな。確かに奴らが輜重隊を連れているなどという話は聞かぬ。突然、大軍で現れて蹂躙していくだけだった。強姦はあったと記憶するが、食料の奪い合いをしたと聞いたことはない……」

「私も三日間戦って、不思議に思っていたのです。二千近い数なら、食料を運ぶのに百以上の部隊が動くはず。それが全くそういった動きを掴めなかったのです」

「判った。これは前線にいるヴィクターに調べさせる。最後にもう一つだけ聞かせてくれ。敵の拠点を潰せとあるが、奴らに本当に拠点があるのか?」

レイは苦笑し、「それは判りません」といった後、

「拠点があると考えたのは、敵の戦い方を見たからです。無いかもしれません。この先、敵が逃げていかず、更に攻撃を仕掛けてくれば、判るのではないでしょうか? どの程度の準備期間が必要なのか全く判りませんが、あれだけの大戦力を惜しげもなく磨り潰せるのです。比較的容易に補充できると考えるほうが自然だと思いました」

公爵は目を瞑って考えてから、

「ハミッシュ、お前がレイを連れてきた意味がよく判った。すぐにでも、ヴィクターにこれを送ろう。シーヴァー――副団長のシーヴァー・グラッドストーン男爵――が見れば、更に何か思いつくかもしれんからな」

ハミッシュが退出しようと立ち上がりかけると、

「この男を俺に預けんか。お前に言うのもなんだが、傭兵にしておくのは惜しい。何なら、どこかの伯爵家辺りの養子にしてもよい。どうだ?」

ハミッシュが答える前に、レイが答え始める。

「閣下にそこまで評価して頂けるのは大変ありがたいと思っています。ですが、私は近々旅に出る身。そのお話はお受けできません」

公爵はレイが王都を離れると聞き、腰を浮かしかける。

「旅にだと! ハミッシュ、この状況でこの男を手放すのか。正気の沙汰ではないぞ!」

それに対し、ハミッシュは「この者が決めたことゆえ」と静かに答えていった。

「私がこのラクス王国から立ち去るのは、我が身を、そしてマーカット団長を守るため。閣下なら、お判りになられるかと……」

その言葉に公爵は驚くが、すぐに納得する。

「よき判断かもしれぬ。近々、アーウェル・キルガーロッホの処分が下されるが、恐らくその処分を巡って、波乱があるだろう。キルガーロッホ家が直接的な行動に出るとは思わぬが、王都(フォンス)を出る方がよいかもしれんな」

二人はどのような処分が下されるのか興味を持つが、公爵は何も語らなかった。

公爵は執務机に向かうと、一通の書状を認(したた)め始める。

「今回の依頼達成確認だ。持っていくが良い。これほどの報告書だ。色を付けておいたぞ」

公爵はニヤリと笑うと、その書状をレイに渡す。

二人は公爵の執務室を退出し、傭兵団本部に戻っていった。

(どうやら、本当にきな臭くなってきたみたいだ。明後日くらいには出発したほうが良さそうだ。帰ったら、アッシュとステラに相談しよう)

ハミッシュはレイの様子を見て、彼が出発を考えていることに気付く。

「早めに出発したほうが良さそうだな。いつ出るつもりだ?」

「帰ってから、アッシュたちに相談しますけど、明後日には出発したいですね。公爵様のお話だと、きな臭くなりそうですから」

「そうだな。それがいい。俺たちのことは気にするな。マーカット傭兵団(レッドアームズ)に手出しはさせん。まあ、ブレイブバーン公が後ろ盾だ。キルガーロッホ公も迂闊には手を出せまいがな」

レイは「そうですね」と頷くが、雰囲気が暗くなりそうだったので、話題を変える。

「ところで、最近、“レッドアームズ”ってよく言いますよね? 昔は絶対に言わなかったって聞きましたけど」

ハミッシュは少し恥ずかしそうな笑いを浮かべ、

「からかうな。死んでいった奴らが、その名を誇りに思っていたのなら、俺が使わないのは奴らに悪い気がしてな。まあ、今でも自分で言うときは、悶えそうになるんだがな」

ハミッシュは笑いながらそう言うと、レイの肩を叩く。

「お前も“白き軍師”殿って呼んでやるぞ」

「えっ! いや、あれはちょっと……」

「どうだ、少しは俺の気持ちが判ったか?」

二人は笑いながら、フォンスの街の中を歩いていった。

十月二十日、午前十一時。

ブレイブバーン公は、レイから受け取った報告書の写しを作成させると、チュロック村に向けて、直ちに送り出した。

レイの報告書にもあったように敵の拠点を探す必要があり、合わせて、有翼獅子《グリフォン》隊の騎士十名を派遣することにした。

そして、二日後の十月二十二日、チュロック砦で指揮を執る騎士団長、ヴィクター・ロックレッターの手に渡った。

魔族討伐軍は斥候を多く出し、魔族の行方を探っていたが、その行方は杳として知れず、更には数日前から、斥候隊の未帰還が続出していた。

彼は副団長のシーヴァー・グラッドストーンと今後の方針を協議していた。

「やはり、レイを借り受けるべきであったな。奴がいれば、もう少しやりようがあったかもしれん。ああ、シーヴァー、決して、お前のことを貶めているわけではないぞ」

ヴィクターは慌てて、そう付け加えると、シーヴァーは笑みを返す。

「判っております。これだけのものを見せられたのです。私も同じ思いですよ」

二人はすぐに真剣な表情に戻り、

「まあ、いない者に期待しても仕方が無い。我らは如何にすべきか、それを考えねばならんな」

「はっ。まずは有翼獅子による空中偵察を行うべきでしょう。特にアークライトの言う敵の拠点を見つけ出すべきかと」

「そうだな。そこが見つかれば、敵を誘き出すこともできる。まずはそこからか……」

二人は魔族の行方を捜すべく、派遣されてきた有翼獅子たちに偵察を命じていった。