Trinitas Mundus - The Story of Saint Knight Ray

Lesson 36: Victims of the Puppet

レイたちはロイドからカースティのパーティメンバーを拘束したと聞き、ランダルの部屋に向かった。

彼の部屋では早朝にも関わらず、既に彼の部下の指揮官たちが集まっていた。しかし、顧問としているはずのラスペードの姿がない。

レイはすぐにでもカースティのパーティメンバーの尋問に行きたかったが、軍師という立場上、余裕のある振りをする必要があり、それを言い出すことができなかった。

(みんなも朝早くから集まっているんだ。それに防衛計画の方も急がないといけない……でも、一刻も早く傀儡たちの情報が欲しい……)

レイたちが挨拶をしながら入っていくとすぐに軍議が始まり、ランダルが現状を説明していった。

「よく来てくれた。早速だが、現状の罠の手配なんだが、進捗はかなり遅い。人を集めるのに苦労しているんだ。このままでは、敵が来るまでに設置できるか厳しい状況だ……」

罠の設置については、住人たちが行う予定だが、人手を集める算段がうまくできていない。退避する住民も多く、更に防衛施設の補強の人員が必要であり、現場に混乱が生じているとのことだった。

「それにどれだけの兵力が残るかだが、正直なところ、罠の話をしたとしても残る冒険者の数は半数程度だろう。今の状況では罠の詳細は伏せざるを得ん。そうなると、三分の一、千人も残れば多いほうだろうな……」

ランダルは街の防衛について、ギルドとして緊急依頼を出すことにしていた。だが、ペナルティを受けると分かっていても、逃げ出す冒険者が出るだろうと考えていた。指揮官たちも同じ思いなのか、彼の言葉に頷いている。

レイはその言葉に衝撃を受けるが、表情を緩めて余裕があるように演技をする。

「千人も残れば十分です。今回の作戦は人数の多寡が問題になるものではありませんからね。むしろ、命令を聞けない者がいない方が成功率は上がります」

そして、アシュレイを見ながら、

「ミリース谷でもそうでした。覚悟の決まった兵ほど強いものはありません。そうだよな、アッシュ?」

突然話を振られたアシュレイは、少し戸惑うが、彼の思惑に気付き、ニヤリと笑う。

「その通り。マーカット傭兵団(うち)が核になっていたとは言え、あの時、護泉騎士団と義勇兵の練度は低かった。それでも、あの二百名で三千ものオークに打ち勝ったのだ。覚悟を決めた手練《てだれ》が千人もいれば、数倍の敵でも十分に対抗できる。まして、レイの罠があるなら、それほど悲観する必要はない」

アシュレイは朱色の腕甲《ヴァンブレイズ》を触りながら、自信を持って断言する。

(アッシュも僕の演技に付き合ってくれている。これで少しでもみんなの不安が解消できれば……)

「それより、敵の密偵らしい人物を見つけたそうですね。情報課のロイドさんに聞きました。彼らをどうするおつもりですか?」

レイは話題を変えるため、やや強引に魔族の傀儡(くぐつ)の話を始めた。

指揮官たちもランダルから聞いていたのか動揺は無かった。

「まだ、尋問は始めていないのだが、ラスペード教授は嬉しそうに奴らのところに向かっているよ。学者というのは良く分からん人種だな」

ランダルの苦笑いを含んだ言葉に全員の表情が緩む。

「私も尋問に立ち会おうと思いますが、最悪、彼らの命を危うくするかもしれません」

レイの言葉にランダルが驚く。

「命を危うくするだと? 拷問にでも掛けるというのか?」

レイは拷問と聞き、慌てて首を横に振る。

「い、いえ! そんなつもりはありません。ラスペード先生と魔族の傀儡の術を解除することになると思うのですが、その際に危険が伴うかもしれないということなんです。この魔法がどういう魔法なのかも分かっていませんから、それを解除しようとすると身体や精神にどんな影響があるか……」

彼の言葉にランダルが頷く。

「傀儡の術が掛けられているなら、それは許可するが、術の存在が不明な状況では認められん。奴らも俺たちの仲間なんだ。それを理解していてくれればいい」

レイは頷き、再び話題を変える。

「光神教の農民兵についてですが、防衛施設の補強と罠の設置に回そうと思っています」

「それは助かる。今は猫の手を借りたいほどだからな。必要なものがあれば、何でも言ってくれ」

レイは小さく頷き、農民兵たちの待遇を良くする提案をした。

「それでは、農民兵たちに食事と衣服を与えてください。特に衣服はこの寒さに耐えられるようなものではありませんから」

「よかろう。避難する住民から不要な衣服を買い取ろう。それでいいな」

レイはランダルに感謝の意を伝え、ランダルの執務室を出ていった。

情報課のロイドを訪ね、カースティのパーティメンバーの身柄を確保してある会議室に向かった。

一階の奥にある窓の無い部屋に案内される。

「ここに四人まとめて放り込んである。ラスペード教授は情報課(うち)の職員たちと一緒に中にいるはずだが……」

中に入ると、二十代半ばから後半くらいの人間の男性四人が、武装解除されて椅子に座らされている。

彼らは自分たちが尋問を受けることが納得できないと口々に訴えているが、ラスペードはその言葉に興味を示さず、情報課の職員の尋問を聞いていた。

「……ということは、君たちはオーガの痕跡を何も見ていないと……そう言えば、こういう話がドクトゥスの研究者からあったのだよ。魔族は人を操ることができるという話なのだが、君たちを調べてもいいかね」

剣術士らしい一人の屈強な男が、歯を剥き出しにして反論する。

「俺たちは疑われることなんか何もしていねぇ! ギルドの依頼で偵察に行っただけじゃねぇか! それを魔族の手先だと!」

職員は意に介した様子も無く、冷静に話していく。

「何も無いなら、調べさせてもらってもいいだろう。なに、オーブを調べるわけじゃない。ちょっと、体を見せて欲しいだけだそうだ」

男たちはまだ口々に叫んでいるが、職員たちが近寄ると威嚇するように立ち上がる。

「反抗的な行動を取るということは、魔族の手先と言われても仕方が無いよ。こちらとしても手荒な真似はしたくないんだ。なに、先生がおっしゃるにはすぐ終わるそうだ。痛みも無く、すぐにね」

職員の言葉に男たちは渋々椅子に座る。

そして、「それでは体を動かさないように固定させてもらおう」と言って、四人を椅子に縛り上げていく。

四人があっけにとられている中、職員はラスペードに「では、先生。よろしくお願いします」と頭を下げていた。

ラスペードは職員に小さく頷き、細身の男の後ろに立つ。

「アークライト君も手伝ってくれんかね。簡単な方法を考えたのだよ」

レイはどういう方法なのか気になり、「どんな方法なのですか?」と尋ねながら、ラスペードの横に立った。

ラスペードは灯りの魔道具を取り出し、

「これは灯りの魔道具に少しだけ手を加えたものだ。精霊の力を完全に光に変えてしまわず、一部をそのまま出すように魔法陣を書き換えたのだよ」

レイが分からないという顔をすると、

「光の精霊と闇の精霊は互いの力を打ち消しあう。もし、闇の精霊の力が彼らの体に込められているのなら、光り方が変わるはず。打ち消された場所が暗くなるはずなのだよ」

なるほどと、レイが頷くと、ラスペードは彼にオリジナル魔法を作るように言ってきた。

「アークライト君なら、今言ったことを魔法で再現できるのではないかね。試しにやってみてくれんか」

レイは魔道具があるなら、それでやればいいのにと思うが、言われたとおり、無詠唱で光の魔法を発動する。

(光の精霊たち、闇の精霊の力があれば、それを教えて欲しい。どこにあるのか、それを教えて……)

彼の左手から淡い金色の光が漏れる。ラスペードは職員に部屋の明かりを消すよう指示する。

部屋が暗くなると、レイの手から漏れる金色の光が四人の男を包んでいくのが良く見える。

四人が完全に光に包まれると、ゆっくりと光が変化し、明るさに濃淡が出来ていった。彼らの背中、心臓の裏辺りだけが光が弱く、もやもやとした黒い霞が掛かっていた。

十秒ほどすると、光が安定する。そして、部屋に満ちた光は、漏斗状になって彼らの背中に吸い込まれていく。

「アークライト君、もういいよ」

ラスペードの言葉にレイは魔法を止める。

その瞬間、部屋は暗闇に包まれるが、職員が灯りの魔道具を付けることにより、元の明るさに戻っていった。

四人の冒険者たちは自分たちの背中で何が起こったのか分からず、どう反応していいのか悩んでいる。

ラスペードは職員たちに目で合図を行い、

「四人とも闇の魔法の影響を受けているようだ。治療を行わねばならん。暴れぬようにきつく拘束してくれたまえ」と指示を出す。

四人はあっけにとられていたが、口々に「今ので分かるのか! 濡れ衣だ!」と叫ぶ。

ラスペードは彼らを無視して、呆然とするレイに声を掛ける。

「くくく、君は本当に面白いね。私の言った、いい加減な魔法を再現してしまうのだから……くくく……本当に面白い。どうだね、私の助手になる話、もう一度考えてくれんかね」

レイは「どういうことでしょうか?」と呟くが、ラスペードが手に持っている灯りの魔道具を普通に点灯させたことで、ようやく何が行われたのか理解した。

「もしかして、その魔道具は改造されていないんじゃ……」

「その通り。灯りの魔道具は安価でどこにでもある魔道具なのだが、その分、非常に完成度の高いものなのだよ。そう言ったものを改造するというのは逆に非常に難しい。いくら、私でもそのような魔道具を簡単に作ることなどできんよ」

悪戯を成功させたような顔でそう告げられ、彼はがっくりと力が抜ける。

(先生に嵌められた? まあ、実害が無いから問題は無いけど……確かに有効な手段ではあるけど、僕が再現できなかったらどうするつもりだったんだろう?)

「もし、僕に先生の考えを再現できなかったら、どうするおつもりだったんですか?」

「そうだね。光属性魔法を直接体に打ち込んでもらったかもしれないね。そうすれば、今と同じように何らかの反応が出たはずだから」

(それって危険じゃないのか? これ以上聞くのはやめよう……)

レイは首を小さく横に振り、「それで、この人たちをどうするつもりなんですか?」と尋ねる。

「下手に尋問をすると、自殺しかねんから、まずは傀儡の魔法を解除するしかないだろう。一人二人死んでもいいなら、尋問しても構わんが、魔法の解除が簡単に成功するとも限らんし、被験者は多く残しておいた方がいいだろう」

「先生には傀儡の魔法を解除出来るんでしょうか?」

ラスペードは自信満々に「もちろん、私には出来ないよ」と言った後、「君がやるに決まっているじゃないか」と不思議そうな表情を浮かべる。

(やっぱりそうか……でも、方法くらい考えてあるんだよね……)

そのやりとりの間も四人の冒険者は喚き散らしながら、必死にロープから抜け出そうともがいていた。

それを見たラスペードは彼らをおとなしくするため、レイに魔法を掛けることを提案した。

「睡眠の魔法で眠らせた方がいいようだ。私は睡眠の魔法が使えないが、君なら出来るだろう? 呪文が必要なら教えるが」

レイはここまできたら、最後までやり抜こうと、首を縦に振る。

ラスペードは魔導書を見ることなく、睡眠の魔法の呪文をレイに教えていた。

呪文を教えてもらったレイは、すぐに魔法を発動した。

「夜と平穏を司りし、闇の神(ノクティス)よ。安寧の霧、睡眠の雲を我に与えたまえ。我はその代償に我が命の力を御身に捧げん。我が敵に安らぎの眠りを。睡眠の雲(スリープクラウド)」

彼の唱えた灰色の霧が四人の体を包んでいく。

四人はその霧から逃れようともがくが、椅子に拘束された状態では逃げることができず、完全に霧に覆われてしまった。

三十秒ほどで霧が晴れると、椅子にもたれかかるように眠る四人の男の姿があった。

「本当に君は天才だね。君に匹敵する天才を、私は一人しか知らないよ」

ラスペードが褒める中、レイは冷静に今の魔法について考えていた。

(闇属性魔法は精神に効くという話だけど結構有効だな。どの程度の射程があるのか分からないけど、これを魔族が使えるとなると厄介だ。どの程度の能力があるのか、確認しておいた方がいいかもしれない)

彼はラスペードに睡眠の雲(スリープクラウド)について尋ねた。ラスペードからの答えは、

「文献によれば、高位の闇属性魔術師なら、二十mほどは飛ばせる。もちろん、風が無いなどの好条件が必要だ」

「しかし、このように簡単に魔法で眠らされるとなると、高レベルの冒険者といえども、危険ではないでしょうか?」

ラスペードはくっくっと笑いながら、

「今回は君の能力が高いから、このように簡単に効いているのだよ。普通は四人全員が抵抗できずに眠ってしまうということはないはずだ」

ラスペードの説明では、精神魔法に関しては個人個人で抵抗力を持っており、一般的にレベルが高い者の方が抵抗力は強い。但し、闇属性魔法については、高レベルの使い手の数が少なく、研究があまり進んでいないそうだ。