Trinitas Mundus - The Story of Saint Knight Ray

Episode 63: The Night Before The Showdown

十二月二十五日。

レイとランダルは光神教の宿舎を訪れ、マッジョーニ・ガスタルディ司教に聖騎士たちを確実に戦闘に参加させることを約束させた。

二人が帰ろうとした時、ガスタルディがレイを呼び止める。

ランダルは先に戻ると言って、部屋を出ていったが、彼がいなくなった途端、ガスタルディの態度が恭しいものに変わる。

そして、真剣な表情で明日の見込みをレイに確認してきた。

「明日の戦闘の見込みをどうお考えなのでしょうか? 正直なところをお聞かせ頂けないでしょうか」

レイはどう答えようか悩んだが、正直に答えることにした。

「正直に言えば、かなり分が悪い賭けですね。もちろん最善は尽くしますが、敵も愚かではありませんし、戦場では何が起こるか判りませんから」

ガスタルディは真摯な表情で、「御身を大切にしてください」と言ってレイの手を取り、

「御身は光の神(ルキドゥス)の現し身(うつしみ)にございます。闇の魔の手から世界を救う救世主にして、我らの希望なのです。此度も獣人どもには御身の命に従うよう命じております。本当は私の権限にて、御身に危機が迫ったら命に逆らってもお救いするようにと命じたいところ。ですが、それでは私を信用してはいただけまいと……」

レイはガスタルディの感極まった言葉より、光の神(ルキドゥス)の現し身と言われたことに衝撃を受けた。

(今の言葉を素直に受取れば、僕は光神教の救世主に祭り上げられるということだ。いつ、どうして、こうなったのかは判らないけど、狂信者たちに引き込まれるのだけは勘弁して欲しい。生き残ったら、こっちのほうも何とかしないと、厄介なことになる……)

レイは「判りました」と何とか言葉に出して、逃げるように部屋を出て行った。

残されたガスタルディは安堵の息を吐き出す。

(あの方を何としてでもルークスに、聖都パクスルーメンに連れ帰らねばならぬ。そのためには、獣人どもに命じておかねばならんな)

その後、彼は聖騎士たちを集め、明日の戦闘に対しての訓示を行った。

パレデスは戦闘に関する権限は自分にあると言って、非協力的な態度を取っていた。だが、ガスタルディから訓示自体は戦闘に直接関係があるものではないと突っぱねられ、渋々認めた。

ガスタルディは聖騎士百名の前で訓辞を始めた。

「既にパレデス大隊長より聞いておると思うが、明日の昼頃に魔族軍がここペリクリトルに攻撃を掛けてくる。我が光神教の聖騎士は誉れ高き、先鋒を勝ち取った。これはパレデス殿の尽力の結果であり、真に名誉なことである」

ガスタルディとパレデスの不仲は周知の事実であり、聖騎士たちはガスタルディがパレデスを褒めるという事実に、驚きを隠せなかった。パレデスもガスタルディの意図が判らず困惑していた。

ガスタルディはその様子に気付かない振りをして、更に訓示を続けていく。

「パレデス殿は、我が聖王国の精鋭である聖騎士が、敵の最も強力なオーガを相手取ると宣言された。更に冒険者や住民たちの前で、敵の主力を蹴散らせて見せるとも宣言されたそうだ。まさにパレデス殿は聖騎士の誉れである。神の力を最も明確に現す聖騎士の力を世に知らしめる絶好の機会である」

パレデスはここまで持ち上げられ、緩みそうになる頬を必死に引き締めていた。だが、次の言葉で彼は無様に口を開けてしまった。

「ここまで堂々と宣言したのであるから、当然、敵から逃げることは許されない。見事、敵の主力を討ち取ってもらいたい。敵の主力は強力であると聞いているが、誉れ高き聖騎士に戦闘を回避しようする者はおらぬはずだ。もし、そのような行いをする者がおれば、それは闇に染まりし裏切り者である! そのような者は神の名において成敗されるだろう。また、逃げたとしても、神の国たる祖国には戻れんと知れ! 敵がいかに強大であろうとも、光の神(ルキドゥス)の名を穢さぬよう全力を尽くしてもらいたい」

ガスタルディは訓示を終えると第三階位――小隊長級――で魔族討伐隊の副隊長、ランジェス・フォルトゥナートに声を掛ける。

「フォルトゥナート卿、訓示の通り怯む者がおれば迷わず、成敗してくれたまえ。これは神の御意志である」

フォルトゥナートは片膝をつき、「御意に従いまする」と答えた。

その後、パレデスが抗議してきたが、ガスタルディは全く取り合わず、

「此度の先陣は貴公からオグバーン司令に申し入れたと聞く。ここで無様な振る舞いをすれば、我が教団すべてに不利益をもたらすのだ。その程度のことは判っておろう」

ガスタルディはパレデスが生き残れるとは思っていなかったため、階位が上のパレデスに対しても尊大な態度を取るようになっていた。

パレデスはその態度に腹を立てるが、撤退の道を閉ざされたことに焦りを感じていた。彼は敵が強力であった場合、光の矢を打ち込むだけで、機動力を生かして撤退しようとしていたからだ。

だが、ガスタルディの訓示により、その程度の攻撃では撤退することが許されなくなった。

(ガスタルディめ! おのれは安全な場所でふんぞり返るだけで何もせんくせに、戦術の幅を狭めるとは……敵の先鋒がゴブリン程度であれば問題はないのだが……一体どの程度の戦力なのだ……)

パレデスはここに至っても敵の戦力を把握していなかった。レイの方針で最も若い冒険者でも知っている事実であるというのに。

レイはガスタルディの部屋を後にし、憂鬱な気持ちでランダルを追いかけた。ランダルもレイを待つつもりだったようで、宿のロビーで彼を待っていた。

「話は終わったようだな。差し支えなければ、聞かせてくれんか」

「僕をルークスに連れて行こうとしているみたいです。光の神の化身だとか何とか言って」

ランダルは怪訝な顔をするが、すぐにレイが光属性魔法の使い手であると思い出し、合点がいく。

ランダルは「そいつは災難だな」と笑うが、レイは本気で嫌そうな顔をした。

レイは話題を変えようと、聖騎士隊への対策はあれだけかと聞いた。ランダルは自分の考えを披露する。

「正直なところ、聖騎士たちに期待するのは最初から逃げ出さないことだけだ。一撃でも攻撃してくれれば、逃げ出そうが、全滅しようが関係ない」

レイは「一撃が重要と言うことですか?」と首を傾げる。

「そうだ。聖騎士を南門から出して戦場に回りこませるのは理由がある。俺たちの本隊は東門で待機するから、その間に聖騎士たちは“餌”だと兵たちに伝えておくのだ。そうすれば、聖騎士が逃げようが全滅しようが作戦通りだから、味方に動揺はない。それに敵も調子に乗るだろうしな」

レイにはランダルの思惑がようやく理解できた。

聖騎士が南側、つまり本隊から見て右側から敵に攻撃を掛け、敵がそれに反応して聖騎士隊を全滅させる。敵は見栄えがいい聖騎士を倒して士気が上がるから、最短距離にある東門から強引に攻めかかるだろう。

例え付き合いが無い聖騎士とはいえ、味方が全滅する姿を見れば、冒険者たちの士気が低下するが、最初から作戦と言っておけば、最小限の影響で抑えられる。

レイは少し不満気な表情を浮かべ、「有効ですが、悪辣な手ですね」と言うと、ランダルは「そうだな」と無表情で答えるのみで、一切言い訳はしなかった。

レイはランダルの心情を理解し、すぐに表情を戻した。

そして、話題を変えるため、「あとは味方の本隊がどの程度戦うかですか」とランダルに確認する。

「そうだな。最も重要なのは敵と一戦交えた後にうまく撤退することだ。だが、聖騎士隊が敗れたとはいえ、こちらがあまりにも消極的では敵に悟られてしまう。その辺りの塩梅《あんばい》が難しいだろうな」

レイもそれに頷き、

「敵の指揮官オルヴォ・クロンヴァールという人物は慎重な人のようですから、血の気が多いって言われている中鬼族部隊を引き込めればいいんでしょうけど」

その後、作戦の最終チェックを各隊の隊長たちと行っていった。

夕方になると、ギルド前の広場は徐々に人が集まり始める。

既に酒樽や料理が準備されており、手の空いたものから始めるという感じで日が沈む頃には、かなりの人数になっていた。

会場にはランダルの他にも、ギルド長や隊長たちも来ており、冒険者や義勇兵たちと酒を酌み交わしている。

レイはランダルを見つけ、「激励の演説とかしないんですか」と尋ねると、

「今日はそんなことはしねぇよ。明日の前祝なんだ。俺にも楽しく飲ませてくれ」

そう言って豪快に笑うと、周囲の男たちも釣られて笑い出す。

レイは不思議な物を見ているような気がしていた。

(明日は決戦なんだ。それも勝ち目の薄い戦いなんだ……この中のどれだけが生き残れるのか、いや、全滅することだってありうるんだ。それなのにどうしてこんなに平静でいられるんだろう……)

彼が今まで経験した戦いは突然やってくる物ばかりだった。チュロック砦――ラクス王国の東にある砦――近くでオーガに襲われた時も、ミリース谷で戦った時も、敵に先手を取られて、いきなり戦闘が始まるパターンだった。

そのため、予め敵が来ると判っている戦闘の経験はほとんどなく、彼はかなり不安を感じていた。だが、自分が“白き軍師”として見られていると思い、無理に話に加わっているに過ぎない。

(明日死ぬかもしれない。明後日の朝日は見られないかもしれない。そんなことを思うと、落ち込んでいくはずなのに、どうしてこんなに陽気でいられるんだろう……)

そのことを隣にいるアシュレイに尋ねると、彼女の答えは意外なものだった。

「確かに誰でも死ぬのは恐ろしい。だが、一人でいるのはもっと恐ろしいのだ。今の時間、一人でいるような奴は既に逃げ出しているだろうが、一人でいると明日のことを考えてしまう。そうなると、悪いほうにしか考えられん。だから、皆でつるんで酒を飲むのだ」

「アッシュも一人だったら、そうなるのかい? そうは思えないけど」

レイの言葉にアシュレイは心外だという顔をし、

「私だって人並みに恐怖心はあるぞ。この状況では父上でも恐怖を感じるだろう。感じないのはアル兄――ハミッシュ・マーカットの副官、エルフのアルベリック・オージェ――くらいのものだぞ」

アシュレイがそう言うと、ステラも含めた三人はクスクスと笑い出した。

その姿に周囲の冒険者たちは、安心したような顔をしたあと、再び酒を酌み交わしていった。

その後、午後八時頃に宴会は自然解散といった感じで終わった。

宿に戻ったレイたちは彼の部屋にいた。

彼は「明日の朝、時間が無いかもしれないから、今伝えておくよ」と前置きした上で、

「僕たち三人は必ず生き残る。そして、また旅に出よう。だから、絶対に生き残ってほしい」

レイはそう言ってアシュレイを抱きしめ、更にステラを抱きしめた。

アシュレイは彼の腕の中で、「お前が一番無茶をするのだ。だから、お前が生きていれば、私たちは無事に決まっている」と明るく答えていた。だが、目は少し潤み、彼女も彼を失うことを恐れていた。

ステラは小さく頷くだけで、何も言わず、彼のぬくもりを感じていた。

(明日は絶対に生き延びてみせる。死ぬわけには行かない。私が死ぬのはレイ様(この人)の腕の中と決めているから……)