Trinitas Mundus - The Story of Saint Knight Ray
Episode XIV: Collecting Information in Barbezy
四月十四日。
イオネのオーブの作成を無事に終えた一行はタルエルジグの町を出発した。
当面の目的地は百六十km(キメル)先の交通の要衝バルベジー。主要街道であるアルス街道の宿場町であり、南から帝国の情報が、北からはラクス王国やペリクリトルなどの情報が入る場所でもある。
レイ、アシュレイ、ステラ、アルベリック、ルナ、ライアン、イオネの七人は馬で移動するが、ウノら獣人奴隷たちは徒歩での移動となる。
「まだ何百キメルも移動しないといけませんし、山道も多いですから、馬を使ってはどうですか」
レイの提案に対し、ウノは「ありがたいお言葉なれど」と感謝の言葉を口にするが、それを断っている。
「我らは自らの足の方が速く移動できます。また、緊急事態への対応もこの方が素早く行なえますので」
ウノたちの移動速度は馬に劣らない。
それどころか、本来の脚力を使えば一日に百キメル以上移動できる。
騎乗では伝令の早馬のような特別な例を除いては、馬を替えながらでも一日当たり六十キメル程度が限界とされている。彼らの移動速度はそれよりも遥かに速いのだ。
レイもそのことは知っているが、馬の前後を走る彼らの姿にどうしても同情してしまう。
(分かっているんだけど、こっちが馬で楽をしているのに悪いなと思ってしまうんだよな。それに結構アップダウンがあるし……)
何度か魔物が現れたが、レイたちが馬を下りる前にウノたちが排除してしまうため、旅は順調に進んだ。
そして、一日当たり四十キメル進み、四月十七日に宿場町バルベジーに到着した。
バルベジーは交通の要衝であると共にカウム王国の国防の要の一つでもある。
カウム王国は南北の国境を接するカエルム帝国とは良好な関係にあり、また、西の国境を接するフォルティスは永世中立の傭兵の国であるため、敵は東の魔族のみだ。
王国の基本的な戦略はトーア砦で魔族を食い止め、バルベジーに駐留する戦力を投入して撃退するというもので、ここには王国の正規軍である黒鋼騎士団の精鋭が三千名近く駐留していた。
駐留と言ってもバルベジーは街道の宿場町にすぎず、三千名もの兵士を収容することはできない。そのため、町の近くに駐屯地が作られ、そこが別の町のような様相を呈していた。
レイたちは駐屯地を見ながら宿場町に入っていった。
宿に入った後、情報収集に向かった。
アルベリックとアシュレイは傭兵ギルドの支部へ、レイとステラは冒険者ギルドに向かい、ルナはライアン、イオネを引き連れ、鍛冶師ギルドと商業ギルドを回る。
そのことに疑問を持ったレイが理由を尋ねると、彼女は少し困ったような表情を浮かべ、「昔の知り合いがいるかもしれないから」とだけ告げる。
レイは疑問に思うものの、彼女が話したくないならとそれ以上聞かなかった。
ウノたちはそれぞれのグループに分散し、護衛を行っていた。
冒険者ギルドに到着したレイは受付に行き、街道の安全や政治情勢に関する情報の収集を始めた。
受付にいた二十代半ばの女性はオーブを確認し、二十歳前の彼が五級という事実に驚くものの、彼の質問に答えていく。
「今のところアルス街道で大きな異変があったという情報は入っておりませんね。ペリクリトルも順調に復興しているようですし、アウレラ街道もフォンス街道も魔族の侵攻前にほぼ戻っているという感じでしょうか」
「カエルム帝国に関する情報はありませんか?」
受付嬢は「そうですね」と言いながら記憶を探るが、「特に目新しい情報はないですね」と笑顔で答えた。
「ルークス聖王国の情報は何かありますか?」
「ここにはあの国の情報はほとんど入ってきませんから……いえ、一つだけ面白い噂がありましたよ」
レイが先を促すと、
「ペリクリトルから来た冒険者の方から聞いたのですが、あの傲慢な光神教の連中が、馬車を借りるためにギルド長に頭を下げたそうです。それが農民兵を運ぶためだと聞いて驚いたと。私も思わず嘘でしょうと言ってしまいました……」
受付嬢の話では誰が頭を下げたのかは分からなかったが、レイはマッジョーニ・ガスタルディ司教が自分の頼みを聞いて、フィスカル村の農民たちのために動いてくれたと安堵する。
(嫌な人だったけど、僕のお願いは何とか聞いてくれたみたいだ。これでフィスカル村の人たちが無事に帰れればいいんだけど……)
他にもいろいろと話を聞いたが、特に気になる情報はなかった。
情報収集を終え宿に戻ると、アシュレイやルナたちも戻っており、それぞれが得た情報のすりあわせを行う。
「私がアル兄と聞いた話では、街道はほぼ正常化しているということだ。他にはペリクリトルの復興のためにアルス街道やアウレラ街道の通行量がいつも以上に多いというのも聞いている……」
アシュレイが聞いた話はレイが得た情報とほぼ同じだった。
レイが自分の得た情報を伝えた後、ルナが鍛冶師ギルドと商業ギルドで聞いた話を披露する。
「レイとアシュレイさんの情報とほぼ同じですが、一つだけ追加の情報があります。あくまで噂ですが、ルークスが帝国に侵攻しようとしているのではないかという話がありました」
「ルークスが? 今までも戦争していたよね」とレイが聞くと、
「ええ、国境のラークヒルという街に近いところで小競り合いはいつもやっているわ。でも、今回はもっと大規模な作戦のようなの」
「しかし、ルークスにそれだけの余力があるのか? というより、それはどこからの情報なのだ?」
アシュレイの問いに「商業ギルドです」と答え、
「一部の聖職者が神の奇跡が起きるから、侵攻作戦の準備をすべきと主張しているという話だそうです」
「神の奇跡を期待して戦争を仕掛けるとは……ルークスらしいのだが、徴兵される農民はたまったものではないな」
アシュレイはペリクリトルで見た農民兵のことを思い出し、吐き捨てるように呟く。
「ええ、私もそう思います。ですが、もし戦争になったら、私たちにも影響が出ることは間違いありません」
「どういうこと? さっきの話だとラークヒルって街は帝国の西の方なんだよね? 僕たちは帝国南部に行くだけだから、影響はないと思うんだけど。警備が厳しくなって動きづらくなるとか、そんな感じの影響かな」
レイの認識は強ち間違っていない。
今までの戦争でも帝国軍は軍団を派遣するだけで、帝都付近では全く混乱は起きていない。精々、アウレラからの物流が滞ったり、戦争関連の物価が上昇したりするくらいしか影響はなかったのだ。
「恐らく帝国内の大きな街の警備は強化されるわ。だから、エザリントンの検問は厳しくなると思う。そうなると、ウノさんたちの存在が問題になるわ……」
帝国が最も恐れるルークスの戦力は獣人奴隷部隊だ。獣人奴隷が暗殺者として送り込まれないか警戒することは容易に想像できる。
「ウノさんたちならエザリントンの街ですら、門を通らなくても入れるそうだけど、あそこの警備は他より厳しいわ。それだけなら何となるかもしれないんだけど、もっと大きな問題があるの」
「それは何なのだ?」とアシュレイが尋ねる。
「ジルソールは海の向こうです。つまり、海を渡るには船が必要ということになります。ウノさんたちでも船を使わずに島に渡れません……」
彼女の説明ではルークスとの密貿易を行うために中立国であるジルソールを経由する船が多数あり、ジルソール行きの船の臨検が厳しくなるというものだった。
「ウノさんたちだけじゃありません。ジルソールに理由もなく行く人はとても少ないと聞きました。つまり、私たちも何をしに行くのか厳しく調べられるということです」
その場にいる全員が、ルークスも間が悪い時に動くと考えていた。
「いずれにしても、アウレラ経由で海路を使う案はないということだな」
アシュレイが断言すると、全員が頷く。
「そうだね。アウレラからジルソールに向かうには、ルークスを経由しないといけないから、帝国軍も見張っているだろうし。第一、そんな時期にアウレラからジルソールに向かう船がいるとは思えないよね……」
全員の思いをレイが代弁する。
「アシュレイさんのおっしゃるとおり、ここから先は南に向かうということでいいかしら?」
ルナは全員を見回して確認するが、誰からも反対意見は出なかった。
「そうなると僕はここでお別れだね。さすがにフォンスに戻らないとハミッシュが怒るから。面白そうなのに残念だよ」
深刻な表情しているレイたちにアルベリックは肩を竦めて残念がる。
「それにしても君は商業ギルドにも伝手があるんだ。鍛冶師ギルドだけでもビックリだけど」
アルベリックがそういうと、ルナはあいまいな表情で頷くだけで、何も言わなかった。
南に行くと決定した後、アシュレイが、
「私もバルベジーから南は知らぬ土地だ。この中ではルナとステラだけが通ったことがある。今後の進み方については彼女たちの意見を尊重したい。今の状況で何かあるなら言ってくれ」
ルナは突然そう言われ困惑するが、
「この先、アルスまでは難所らしいところはなかったと思います。宿場町も比較的短い間隔であったはずですから、不測の事態があっても野営するようなことはありません」
「そうか。ステラ、何か補足することはあるか」
「一つだけあります」と言い、自らの剣を抜く。
「私とアシュレイ様の武器は手入れが不十分です。一応、ソキウスでも手入れはしていますが、やはりドワーフの鍛冶師の作ったものの手入れはドワーフでないと難しいと言われました」
「そうだな。私の大剣も刃毀れが目立つ。それで提案はアルスでのことか?」
「はい。アルスは鍛冶師の街です。私のチェインシャツもそこで手に入れていただきました。アルスで数日間滞在し、武器の手入れをしてはどうでしょうか?」
アシュレイはそれに大きく頷く。
「私は賛成だ。アルスには千人を超えるドワーフの鍛冶師がいる。気難しい彼らだが、手入れだけならやってくれる者を見つけることは難しくないだろう。それにウノ殿たちの武器のこともある。それほど質が悪い物ではないが、ウノ殿の腕に見合ったものではない。今ある資金でどの程度のものが揃えられるかは分からないが、もう少しマシなものを装備してもらった方が安心できる」
ウノたちの武器は鬼人族の都ザレシェで手に入れた物になっていた。彼らの戦闘が激しく、それまで使っていた剣の損耗が激しかったからだ。
ソキウスにも鍛冶師はいるが、人族か小鬼族であり、ドワーフの鍛冶師はいない。更に鬼人族の戦闘スタイルは力任せに叩きつけることが多く、斬り裂くことを主としたウノたちのスタイルに合った剣は少なかった。
レイもそれに賛同する。
「そうしよう。急ぐと言っても一分一秒を争うわけじゃないんだろ。それにトーアで思ったより時間を使わなかったからね。資金的には大丈夫じゃないのかな。僕だけでも三万クローナは持っているよ」
レイの持っている三万クローナは日本円で三千万円ほどの価値がある。通常の武器を買うなら予算的には充分だ。
「確かにそうなのだが、アルスは優秀な鍛冶師が作った武器しか売っていないのだ。そうだな、ルナ」
「はい。若い職人が作った物もあるにはあるのですが……」
「でも、三万クローナだよ……そうか、アッシュの大剣は四万だったね……」
アシュレイがラクス王国の王都フォンスで買った剣はドワーフの名工バルテルの打ったもので、それと同レベルの剣であれば三万では不十分だということにレイは気づいた。
「我らの武器はこれで充分でございます」とウノが頭を下げて固辞するが、アシュレイは「我々の安全のためによい武器は必要だ」と言って譲らなかった。
「仕方がないな。じゃあ、これを売って資金にして」
アルベリックが懐から革袋を出し、一粒の宝石を取り出した。それはきれいに磨き上げられたルビーで、素人であるレイにも価値がある物だと分かったほど見事な宝石だった。
「これはマーカット傭兵団(レッドアームズ)の緊急用の資金なんだ。これを使ってくれればいいよ」
「それは傭兵団のものなのだろう。勝手に使ってよいとは思えん。いくらアル兄でも無責任すぎる」
アシュレイが抗議するが、アルベリックは涼しい顔で、
「これでも団長付きの副官なんだよ、僕は。このくらいの権限は持っているよ」
「しかし……」とアシュレイが更に言い募ろうとしたが、アルベリックがそれを遮り、
「もらうのが嫌だったら、借りることにしたら。ハミッシュにはレッドアームズの隊員の装備を緊急で整えるために使ったと言っておくから。多分、それだけでも十万クローナくらいにはなると思うから、名人級の職人にでも頼まない限り、足りると思うよ」
アシュレイが更に何か言おうとしたが、レイがそれを止め、
「ありがたく借りることにしよう。僕たちの使命のことを考えたら、今は少しでも戦力を上げておいた方がいい」
彼の一言で資金を借りることが決まった。