Trinitas Mundus

Episode 45: Japanese to Japanese

レイたちはギルド総本部から出て、ひと気のない路地に入った。そして、獣人部隊の長、ウノを呼び出した。

「ウノさん。いれば出てきてください」

彼の呼びかけに獣人のウノがすっと現れ、「お呼びでしょうか」と片膝をつく。

レイは「リッカデールからの護衛、ありがとうございました。今日はゆっくり休んでください」と労いの言葉を掛け、

「僕は夜になったら、街の外に出ます。ですから、護衛の人にそのことを伝えてください」

ウノは頭を下げ「御意」と言って、了承するが、

「街の郊外に出られるのであれば、我ら全員で護衛をした方がよろしいのでは」

レイは笑顔で首を横に振り、

「こちらにはステラがいますから、護衛の二人の方だけで十分です。見つけ次第魔法で攻撃するだけですから。それに明日以降はウノさんたちにお願いするつもりですし、今日はゆっくり休んで欲しいんです」

ウノは「御意」と答え、消えていった。

ウノがいなくなった後、アシュレイが「水臭いな。私もついていくぞ」と不機嫌そうにいった。

「アッシュは教練で疲れているだろう? その点、僕とステラは本部にいただけだから、体力的には問題ないし」

アシュレイは「それが水臭いと言うのだ。私とてそれほど疲れてはおらん」と言って譲らない。

レイは溜め息を吐きながら、「判ったよ。でも、徹夜になるから覚悟しておいて」と言って了承した。

彼らはそんなことを話しながら、宿である“荒鷲の巣”に帰っていった。

荒鷲の巣に戻ったレイは、同じ宿に泊まるルナの部屋に向かった。

彼は「レイです。話をしにきたんだけど」と言って、ドアをノックする。

すぐにドアが開けられ、中から憔悴した顔のルナが現れた。

「どうぞ。私も聞きたいと思っていたの。どうして、私の“昔”の名前を知っているのかをね」

レイは彼女の部屋に入るが、すぐに話し始めることができなかった。

ルナはなかなか話し始めないレイに焦れ、自分から質問を始めた。

「こちらから聞かせてもらうわ。まず、どうして“月宮”という“日本”の名前を知っているかを教えて頂戴」

レイは小さく頷き、一度息を吐いた後、ゆっくりと話し始めた。彼はこの世界の言葉ではなく、日本語を使った。

『日本語で話させてもらった方が判りいいかもしれない。最初に聞くけど、この言葉は判るよね』

ルナは久しぶりに日本語を聞き、目を丸くしていたが、彼の問いにゆっくりと頷いた。

『まず、自己紹介からさせてもらうよ。僕の名前は、日本での名前は、聖《ひじり》 礼《れい》。君の同級生の聖だ』

ルナは呆然となり、『嘘……聖君? 全然違うわ……』と呟いている。

『そう、嘘みたいだけど、僕は聖礼なんだ。そして、君は月宮瑠奈。弓道部のエースにして、学業優秀。文武両道の学校のアイドル……』

ルナは自嘲気味に『違うわ』と呟き、すぐに『……いいえ、私は月宮瑠奈だけど、文武両道のアイドルっていうのは違う』と言い換える。

レイは小さく頭を下げ、『言い方が悪かったね。まあいいや』と言って笑う。

『君は聖という男子のことを覚えているかい?』

彼の問いにルナは高校時代のことを思い出す。

(聖君って言えば、成績は優秀だけど体が小さいってことしか印象にないわ。でも、ここにいる“レイ”はライアンほどじゃないけど、体は大きいほうだし、槍も使っていた。それも名人級のうまさで……)

『聖君のことはもちろん覚えているわ。勉強はクラスでトップ。学年でも五位以内に入る秀才。あまり話したことはなかったけどね』

レイは『秀才は無いよ』と苦笑いを浮かべ、

『その聖が僕なんだけど、信じてもらえるかな?』

ルナは『信じられないわよ』と首を振る。

『第一あなたは白人でしょ。私みたいに東洋系の顔ならまだ判るけど、完璧な白人じゃない。それに印象が全然違うわ。彼はもっとひよ……えっと、インドア派っていうか、あなたみたいな戦士とは全く逆の人だったはずよ』

レイは彼女が“ひ弱”と言いそうになり、“インドア派”と言い換えたことに苦笑いを浮かべる。

『じゃ、君が覚えている日本のことや学校のことを質問して……』

ルナはクラスの担任の教師の名や、住んでいる街の有名な店の話、更にはアイドルグループの話など、思い付く限りの質問をした。

レイはそれに答えていき、ルナはようやく彼が聖礼だと納得する。

『……あなたが聖君だと納得したわ。でも、どうしてここに? それもそんな姿で?』

レイは『そんな姿って』と呟くが、すぐに真面目な表情で自分の経験を話していった。

『僕は今から九ヶ月くらい前のトリア歴三〇二五年の四月一日に、この世界にやって来た。どうやって来たのか、なぜ来たのかは僕にも判らない。そして、僕がこの世界で目覚めた後、アッシュ、アシュレイ・マーカットと出会った……』

彼は十分ほどで自分の経験を話し終え、そして本題に入っていく。

『まず先に謝っておくよ。君がこの世界に来たのは僕のせいかもしれないんだ』

ルナはその言葉に驚き、『あなたのせい? どういうこと!』と叫ぶような声を出す。

『僕、聖礼は、君を主人公にした小説を書いていたんだ。その小説の舞台がこの世界とそっくりなんだ。そして、話を聞いた限りだけど、今のところ僕の書いた小説と同じように世界が動いている』

ルナは『あなたが書いた小説? 私が主人公?』と呟き、理解できないと首を振っている。

『気持ち悪いよね。そう、僕は君に片思いをしていた。人当たりもよくて、文武両道で、何でも出来る君に想いを寄せていたんだ。でも、僕は君に告白する勇気が無かった。だから、その代償行為として小説を書いた……』

彼女はどういう答え方をしていいか困り、『そ、そうなの……』と僅かに目を逸らす。

彼は『そうだよ』と答えた後、『今ならそんなことはしなかったかもしれないけどね』と彼女には聞こえない小声で呟いた。

『小説の話に戻るけど、ルナと言う名の主人公は、冒険者の街に近い小さな村で生まれた。そして、その村は魔族(・・)に襲撃されて壊滅し、偶然(・・)、ある冒険者に助けられ、ルナは冒険者として生きていくことになった……』

彼は自分が書いた小説の内容を話していく。

『……そして、ルナが十八歳の時、彼女が拠点としている冒険者の街、ペリクリトルが魔族に狙われる。そして、彼女は魔族に拉致され、東のクウァエダムテネブレに連れ去られる。だが、魔族はペリクリトルを襲撃した……ここまでが僕の書いた小説の内容』

ルナは小さく震えながら、『連れ去られたルナはどうなるの? 街はどうなるの?』と尋ねた。

『これから先は書いていないし、どう話を進めようとしていたのかも覚えていないんだ。でも、ルナ、つまり君が魔族に攫われるというところまでは覚えている』

『だから、私に警告してくれたのね。でも、どうしてあの時、この話をしてくれなかったの? あなたが聖君だと知っていれば、私の態度も変わったかもしれないわ』

レイは首を横に振り、

『あの時は君が月宮さんだと判っていなかったんだ。月宮さんだと思い出したのは、君と別れてドクトゥスに行ってからなんだ。だから……』

『だから、戻ってきてくれたのね。でも、どうして私が魔族なんかに狙われるわけ? 私はあなたみたいに魔法が使えるわけでもないし、特別なことができるわけじゃないのよ』

彼は『ごめん』と頭を下げ、

『理由を覚えていないんだ。どうして、ルナが魔族に必要なのかを。一つだけ覚えているのは、“ルナ”を使った儀式が行われると、この世界に危機がやってくるということだけなんだ』

ルナは『私を儀式に使う? 世界の危機?』と呟き、目の焦点が合っていない。

『詳しいことは本当に覚えていないんだ。どんな儀式で、どんな危機が訪れるのか……でも、一つだけ希望がある』

放心状態だった彼女は『希望?』と尋ねた。

『本当に希望かどうかは判らないんだけど、僕の小説には、今の僕、レイ・アークライトという登場人物はいなかった。その“レイ”が関わったことで、ストーリーが変わるかもしれない。つまり、ここから先、違うストーリーになる可能性があるということなんだ』

『えっと、あなたがいることで、歴史が変わるということ?』

レイは苦笑しながら、

『歴史が変わるっていうと大袈裟だけど、そう言えるかもしれないね』

彼女は少し吹っ切れたのか、

『私はどうしたらいいと思うの? 聖君の意見を聞かせて欲しい』

彼は頷き、そして、彼女の目を見つめて話し始める。

『まず、僕を信じて欲しい。信じられない話ばかりだから、難しいかもしれないけど、でも、僕を信じて欲しいんだ』

彼の真摯な目にルナも思わず頷いていた。

『判ったわ。でも、あまりに突拍子も無いことだから……』

『それでもいい。少なくとも僕を信じてくれれば。僕にも具体的にどうしたらいいのか判っていないんだ。でも、僕がいれば君を守ることが出来るかもしれない。ううん、守って見せる』

ルナはその言葉に

(私の知っている聖君とは違う。話し方は同じだけど、こんなに自信に溢れた人じゃなかったわ。それにこんなにイケメンでもなかったし……でも、少しだけ希望が出てきた。私は一人じゃないって思えるから……)

その後、昔話に花を咲かせるが、レイが街の外に行く時間が近づき、お開きとなる。

ルナは『久しぶりに日本語を話せて楽しかったわ。時々、付き合ってくれない?』と屈託の無い笑顔を向けた。

レイは日本にいた頃の月宮瑠奈の表情にそっくりだと驚くが、『うん。僕で良ければ』と笑顔を返した。

レイが彼女の部屋から出たところで、ライアンとかち合う。

「長いこと話していたみたいだが、変な話はしなかっただろうな?」

レイはライアンが彼女の部屋から出てくる自分を待っていたのだと思ったが、それを表情には出さず、真面目な表情で彼の前に立った。

「変な話はしていない。それより君に頼みがある」

ライアンは突然雰囲気の変わったレイに少し気圧されるが、すぐに「頼みって何だ?」と聞き返した。

「ルナを、彼女を守って欲しい。今でも彼女を守っているのは判っている。でも、彼女を狙う敵は本当に厄介なんだ」

ライアンはレイの真摯な言葉に、いつものように反発することができず、「ああ」とだけ答えた。

「あと半月もしないうちにこの街は戦場になる。その時、魔族が彼女を狙ってくるはずなんだ。敵も形振り構わずに来ると思う。だから、君も彼女を守ることを一番に考えて欲しいんだ」

「俺はいつもルナのことを一番に考えている。それでも不満か?」

レイは「ならいい」と頷くが、更に言葉を続けた。

「彼女を守るためにはどんな手段でも取れるか? 僕に助けを求めることができるか? それが出来るなら、僕は何も言わない」

その言葉にライアンが反発する。

「要は俺の力が足りないから、自分に助けを求めろと言いたいのか? 俺にルナを守る力が無いと」

レイは思わず「違う!」と大きな声で否定する。

「君の力がどうこう言うんじゃない。例え、僕が君の立場だったとしても、僕はプライドを捨てて誰にでも縋るだろう。彼女を狙っている相手はそれほど厄介なんだ。だから、君にも、彼女を守るために一番いい方法を考えて欲しいんだ。そのことさえ理解してくれれば、僕は何も言わない」

ライアンが何か言おうとしたが、レイは「時間が無いんだ。彼女のことを頼む」と頭を下げて立ち去った。

残されたライアンは、

(何だって言うんだ! それほど守りたいなら、自分で守ればいいだろうが! それほど、俺が信用できないのか……)

そして、自分がステラに組み伏せられたことを思い出し、

(……確かに俺はあいつほど強くもないし、頭も良くない……なら、俺はどうしたらいいんだ! 俺はハルバードを振り回すしか能がねぇ。あいつは考えろと言ったが、俺に出来るのか? そんな俺にルナを守ることが出来るのか……)

彼は苦悩の表情を浮かべ、自分の部屋に戻っていった。