「な、なんですか? この音?」

クラリスが頭を抱えながら言う。

屋敷に鳴り渡るその音は、地の底から響くような不思議な音だった。

俺は近くにあった宝剣テトラコルドを手に取った。

音の正体はわからないけれど、なにか普通でないことが起きているのはたしかだ。

皇女フィリアは不思議そうに首をかしげていて、聖女ソフィアは不安そうな顔をしていた。

俺は考えて、思わずつぶやいた。

「こんな音がするなんて、やっぱり幽霊物件って訳ありだなあ」

「ゆ、幽霊物件?」

聖女ソフィアが俺の言葉を聞いて、顔を青くした。

しまった。

この屋敷は幽霊物件だから格安で手に入れることができた。

でも、ソフィアたちが不安になるといけないから、内緒にしておくつもりだったのだ。

仕方なく俺は経緯を説明した後、話題を変えるために言った。

「音は地下室から響いているみたいですね。ちょっと見てきます」

「なら、わたしも行く」

とフィリアが言った。

フィリアは興味津々といった顔をしていた。

好奇心の強いフィリアはずっと皇宮に閉じ込められていて、外の世界のものには何にでも興味があるのだろう。

特に、こんな怪奇現象みたいなことが起きればなおさらだ。

でも、なにか危険なことが起きてるのかもしれないのだから、俺はフィリアを連れていきたくはなかった。

フィリアをちょっとでも危険な目にあわせたくはないからだ。

俺がそう言うと、フィリアは首を横に振った。

「心配してくれるのは嬉しいけど、大丈夫だよ。ソロンと離れてここに残っているほうが危険だと思うし」

「しかし……」

「それに、ソロンがわたしのこと、守ってくれるんだもの」

ね?とフィリアが俺を上目遣いに見つめた。

俺はしばらく考えてうなずいた。

たしかにフィリアをこの部屋に残していくのも、何が起きるかわからないんだから不安といえば不安だ。

本来なら、聖女ソフィアにフィリアのことを任しておくというのも手ではある。

でも、肝心のソフィア自身ががたがたと震えていた。

「そ、ソロンくん。わたしもついていくから」

「えっと、怖いの?」

「こ、怖くなんてないよ」

「本当に?」

「……怖いけど」

ソフィアは小さくうなずいた。

帝国最強の冒険者であるソフィアには、ちょっとした弱点も多い。

その一つが幽霊や心霊現象が大の苦手、だということだった。

ものすごく恐ろしい魔族を倒すことができるのに、いるかどうかわからない幽霊なんかを怖がるなんておかしな気もするけど、それがソフィアの性格なんだから仕方がない。

結局、俺たち四人は屋敷の階段を降りて地下室へと向かっていっった。

螺旋状の階段は薄暗く、不気味な雰囲気をかもし出していた。

ぎゅっと、ソフィアが俺の右腕に抱きついた。

ソフィアがその両腕を絡ませると、ちょうど俺の腕がソフィアの胸のあたりにきて、ふにゃっと柔らかい感触がした。

俺は赤面して、慌ててソフィアに言う。

「ソフィア? 離してくれない?」

「ご、ごめんなさい」

そう言いながらもソフィアは俺と腕を組んだままの姿勢を崩さなかった。

よほど怖いんだろうけれど、自分の行動がどういうふうに見られるか考えてほしいと思う。

フィリアが頬を膨らませて、俺に近づいた。

「ソフィアさんだけずるい。わたしもソロンに甘えたいんだから」

そういうとフィリアは俺の左腕をとり、聖女ソフィアと同じように自分の腕を絡ませた。

そして、フィリアは面白がるように、くすくすと笑った。

「両手に花、だね。ソロン」

たしかに俺の右にはソフィアがいて、左にはフィリアがいる。

そして、二人とも俺に密着している。

二人の女の子の甘い香りがして、俺はくらくらした。

フィリアもソフィアも早く俺から離れてほしい。

クラリスが後ろから楽しそうに言う。

「ソロン様。あたしは後ろから抱きつけば良いですか?」

「……歩けなくなるから」

「うーん、残念ですね。じゃあ、あたしはまたの機会にお願いしますね♪」

またの機会、っていつだろう。

そういうしょうもないことを考えていたら、地下室についた。

何もない殺風景な物置で、床は灰色、壁はレンガの赤色そのままだ。

しかし、奇妙な音だけがより大きな音で響いている。

俺たちは部屋の中央で足を止めた。

しばらくして壁に赤色の文字が浮かび始めた。

血文字だ。

その文字は「我が怨念、いかにしてはらすべきか」というものだった。

ほぼ同時にソフィアはふらっと後ろに倒れていった。

恐怖のあまり失神したのだ。

俺は慌てたが、クラリスがばっちりソフィアを支え、そして介抱してくれた。

一方、皇女フィリアは平気な顔をしていた。

「いかにも幽霊って感じだね」

「そうですね。作り物めいた感じがします。……フィリア様は下がっていてください」

「もうちょっとソロンと腕を組んでいたいんだけど、ダメ?」

「すみませんが、宝剣を使う必要があるので」

フィリアに抱きつかれたままでは、剣も仕えない。

残念そうにフィリアが言う。

「また今度、腕を組んでくれる? 約束してくれたら離してあげる」

「……わかりました。フィリア様が望むなら」

「なんだか乗り気じゃなさそうだね。ソロンはわたしと腕を組むの、嫌?」

「頼りにされるのは嬉しいですが、恥ずかしいんですよ」

俺がぼそぼそ言うと、フィリアは目を丸くし、そして嬉しそうに笑った。

「うん。離してあげる。また今度すればいいものね。約束だよ?」

俺はうなずくと、宝剣テトラコルドを抜き放った。

俺は剣を一閃させ、魔力による波動を地下室の端から端まで行き渡らせた。

そうすると、くぐもった悲鳴のようなものが聞こえ、それは姿を表した。

「幽霊の正体見たり、だ」

俺はつぶやいた。

地下室の奇妙な音の主は身体を透明にして。自分を見えないようにしていたようだ。

でも、俺の攻撃を受けてその状態を維持できなくなり、濁った半透明のぶよぶよとした醜い身体を晒した。

六本足のその異形は、魔族だった。

本来であれば遺跡の奥深くにいるはずの人類の敵だ。