Tsuihou Sareta Bannou Mahou Kenshi wa, Koujou Denka no Shishou Tonaru
153 words infiltration
俺は陸海軍省の地下にいた。
そう。
潜入に成功したのだ。
手錠をつけられ、隣には屈強な警備兵がいるけれど。
そして、衣服は着心地の悪い軍服だ。
「せっかく脱走に成功したというのに運がないな。おっと帝国標準語は理解できなかったか?」
警備兵はにやにやと笑った。
俺はいま、アレマニア・ファーレン共和国の将校だと誤解されている。
誤解されているというより、そう思わせたのだ。
アレマニアの言葉を使い、アレマニアの軍服を着ていれば、誰がどう見ても敵国の将校にしか見えないだろう。
そして、軍の施設の近くをうろうろし、発見されるやいなや、魔法を使って抵抗した。
で、脱走した敵軍の将校として捕まった。
これで俺は首尾よく陸海軍省の地下に来れたのだ。
ここは敵国の高位の魔術師を捕らえる施設だから、捕まったら送られるにちがいないと踏んでいた。
アレマニア語を話せるという特技が珍しく役に立ったのだ。
この薄暗い地下牢のどこかにルーシィがいる。
どの牢も鉄の檻で囲まれていて、通路から中が見えるようになっている。
そして、捕虜の待遇はあまり良くないようだった。
みながやせ衰えていて、恨むような目つきで警備兵を見据えている。
なかにはぼろぼろの衣服で、うつろな瞳で天井を見つめている女性魔術師もいた。
透明な杭が胸には打ち込まれている。
アルテとフローラに用いたのと同じ、魔力吸収装置だろう。
捕虜を相手に非道な人体実験を行っている、という情報は正しいようだ。
俺は警備兵に小突かれ、牢の一つに閉じ込められた。
ふうっ、と警備兵はため息をつくと、どこかへと消えていった。
鍵をかけたから安全だと思っているんだろう。
たしかにこの地下牢は特殊な空間で、魔法が無力化されている。
おそらく大量のな魔力を空間に満たして、通常どおりの魔術の行使を妨げているのだ。
だから、いかなる高位の魔術師といえども、魔法を使って脱獄することはできない。
が、魔法以外なら話は別だ。
俺は口のなかに隠して置いた折りたたみ式の小さな工具を取り出す。
自然発火装置と鋭いのこぎり状の刃を組み合わせた道具で、普通の金属なら、
簡単に切れてしまう。
俺はあっさりと鍵を壊し、牢の外に出た。
捕虜の数が多すぎるのか、警備も雑なようだ。
さて、ルーシィを探そう。
少なくとも、これまで通ってきた道にはいないだろう。
ついでに他の捕虜とは性質も異なるし、重要人物でもあるから、どこか特別室のようなところに隔離されているのかもしれない。
決定的な手がかりもある。
ルーシィに渡した魔石だ。
コリント庭園で拾った希少な魔石は七色に輝き、そして強烈な魔力を放っている。
基本的には綺麗なだけの石なのだけれど、その魔力ゆえに、持ち主の居場所を探知できるのだ。
ある程度、持ち主の近くにいなければ、探知は不可能だし、それにルーシィが持ち物をすべて取り上げられていれば、意味がなくなってしまう。
けれど、俺が魔石を探知するための銀色の棒を取り出すと、すぐに赤く輝いて魔石の位置を示した。
周囲に満ちた魔力に邪魔されて故障してしまうのを心配していたけれど、実際には魔力探知棒がちゃんと動いて、俺はほっとした。
やはりルーシィは近くにいる。
俺はそっと歩き出した。
警備兵に見つかれば、作戦は失敗だ。
慎重に行動する必要がある。
はやる気持ちを俺は抑えた。
ルーシィはもちろん、クレアのことも心配だ。
クレアは拷問にかけられているらしいが、無事を祈るほかない。
やがて俺は地下牢の区画のかなり奥まで進んだ。
石造りの湿っぽい空間で、妙に不快な雰囲気だ。
一人の警備兵の若い男がそこにはいた。
できれば相手をしたくはないが、ちょうど通路を塞ぐ形で立っている。
仕方なく、俺はわざと甲高い足音を響かせた。
ぎょっとした顔の警備兵がこちらに走ってくる。
俺はすぐに近くの柱の影に身をひそめた。
警備兵の男は来てみたものの、何もないと知り、不思議そうに首をかしげた。
そして、彼が持ち場に戻ろうとしたとき、俺は背後から近づいて頭を剣でぽかりと叩いた。
もちろん峰打ちだ。
警備兵はあっさりとその場に崩れ落ちる。
しばらくは目を覚まさないだろう。
同じ要領で三、四人の兵士を各個撃破して、服を奪って牢の中に縛り上げておく。
俺は誰にも邪魔されず、探索を行うことができた。
やがて、比較的広そうな部屋を見つけた。
銀色の魔力探知棒は激しく赤く光っている。
ここに違いない。
俺はそっと扉を開け放った。
そこには鎖で両手を拘束され、吊るされた若い女性がいた。
驚いたように女性は真紅の瞳で俺を見つめる。
「そ、ソロンなの……?」
目の前にいるのは、俺の師匠のルーシィだった。
そして、その横には血まみれのクレアがぐったりと倒れていた。