Tsumi Kake Tensei Ryoushu no Kaikaku
Episode XII: The Hand of Salvation
部屋に連れ戻されたソラは天蓋付きのベッドに腰掛けた。
部屋の明かりは消えているが先ほど雲が晴れ、姿を現した月が光を部屋へ差し伸べている。窓辺では小さな鍋に入ったアイスプラントの葉が月明かりをわずかに反射していた。
ソラは領主執務室で写し取った街周辺の地図とにらめっこしていた。月明かりが当たるように調整してあるものの、細かい部分は見えない。
しかし、何度となく見つめ続けたソラは大部分を暗記しているため、頓着していない。
「生産自体はそこまで難しくない。問題は保管場所か……。」
ソラはこめかみをギリギリと押さえつけて眠気を払いながら考える。
頭を悩ませているのは燃料の保管場所だ。
浮浪児という労働力を手に入れた事で生産の目処はたっている。生産拠点としてソラの住む領主館の庭を占有している。
「秘密基地を作る、か。我ながら子供じみた理由をでっち上げたもんだ」
庭を占有しつつ、使用人を近付けないようについた嘘を思い出したソラはクスクスと忍び笑う。
浮浪児達にはラゼットが仕立てた子供服を渡してある。領主館にはソラの友達として入ることが出来るようにも手を打ってあった。
浮浪児達の監視としてラゼットが実家から連れてきた漁師を付けている。
「出来上がり次第市場に流すか。いや、生産ペースがバレるのは不味いな」
街全体が冬を越せるだけの燃料を生産すると言ったものの、正確にはギリギリ冬を越せる量しか生産できない。生産ペース次第ではそれすら難しい。
凍死者が出る直前まで燃料を蓄え、一度に市場へ放出しなければ街の人々に安心感が芽生えず、燃料の争奪戦が始まるだろう。
米騒動に近い状況だ。
「相当な量を蓄えられる広さがあってウッドドーラ商会や教会に見つからない隠し場所」
領主館が使えればそれに越したこともないのだが、ミナンが豚親父へ報告する危険性が高い。そうなれば製法ごと奪われてしまう。
かといって、街の倉庫などを借りると浮浪児達が蓄えていた薪と同じく“正体不明の男たちに襲撃”される。その場合は教会が法外な値段で売りに出すだろう。
つまり、街の中に安全な場所がない。
「街の外に小屋を見つけて隠すしかないな。ったく、忙しすぎて魔法の研究ができやしない。終わったら絶対に獣耳を触りまくってやる」
街の外にあって人目に付きにくい場所をピックアップする。
そうして、作戦前夜は更けていった。
朝、小鳥の鳴き声で目を覚ましたソラは毛布から抜け出て欠伸した。
すぐに部屋の扉をノックする音がして、ラゼットが入ってくる。右耳の上の髪が跳ねているのは寝癖だろうか。
「おはよう、ラゼット」
「おはようございます、ソラ様。オガクズをもらってきましたよ」
ラゼットはカーテンを開けて部屋から見える裏庭を指さす。その先には五人の子供達がいた。
ラゼットが仕立てた服を着て少し身を清めたその子供達は所在なく裏庭の隅で固まって、周囲を見回している。
「年長者の五人は?」
「オガクズを運ばせています。漁師のゼズを監視に付けているので心配には及びません」
「よし、さっそく取り掛かるか」
ソラが裏庭の浮浪児達に手を振ると、彼らは振り返すべきか相談しているようだった。結局、振り返さずに頭を下げて返事した。
「それで、オガクズを集めて何をするんですか?」
寝癖がついた髪を指先で弄りながらラゼットは訊く。
ソラは彼女に水差しを手渡してやった。
「オガライトを作る」
オガライトとは、オガクズを焼き固めて作る人工の薪の事だ。
木材を加工する際に出るオガクズの再利用を可能としたオガライトは燃え尽きても灰が少ない等の利点も多く、昭和日本の経済成長を燃料面からサポートした。
「設備がないから半端な物になるけどな。焼却炉は確保してあるか?」
「ばっちりですよ。手順は子供達にも教えますか? それとも秘密にしておきますか?」
水差しの水で手先を濡らしたラゼットは寝癖部分に水をつけて直す努力をしている。
「教えてしまおう。さぁ、いくぞ。」
ラゼットを促してソラは歩き出す。全体に対して頭の比が大きい子供特有の体は、些細なことでバランスを崩しやすく、近くに人がいないと危険なのだ。
ラゼットは寝癖を慎重な手つきで直してソラの隣に並ぶ。
「寝癖、これで直りましたよね?」
「……諦めろ」
裏庭に出た二人は子供達の他に人がいないのを確認する。館の窓から覗く者もいないようだ。
裏庭は手入れをされていない植木が密生しているので覗いたとしても背の低い子供たちを見つけるのは難しい。
オガクズを運び終えた年長者組が戻って来たので整列させる。
ラゼットへ周囲に人が来たら教えるように指示を出したソラは両手を打って子供達の注目を集めた。
「手順を説明する。まずはこの容器に細かくしたオガクズを詰めてくれ」
ソラが持ち上げたのは金属製の筒だ。いくつかのパン型を街の鍛冶屋兼金物屋に渡して変形を依頼したものだ。パン型は館のコック達が渋々ながらも供出してくれた。
ソラもコック達を困らせるのは心苦しかったが、如何せん、この領地では鉄が少ないのだ。
持ち上げた鉄製の筒にオガクズを詰めたソラはそれを子供達に渡す。
「次にそれを加熱してから圧力を加える。この作業は少し危ないからオガクズ回収班の年長者にやってもらおう。作業場所はあそこに見える焼却炉だ」
ソラが顎で示す焼却炉は石を積んで作ってあるかなり大きな物だ。
「その作業が終わったらしばらく冷まして完成。一応、ちゃんと燃えるかの確認をする。以上、質問はあるか?」
「オガクズを熱したら燃えるよ?」
恐る恐るといった風に子供の一人が言う。周囲の子供が唇に立てた人差し指を当てるジェスチャーをした。
口答えしない方がいいと伝えたいのだろう。
「直接火に当てれば燃えるが、今回は筒に入れて熱するから大丈夫だろう。他に質問は?」
全く気にしない様子のソラに子供達は不思議そうな顔をする。
昨夜の『みみっちい』発言や獣人への態度、今のやり取りなどから、噂に聞いていた貴族よりも親しみ易そうだと察した何人かが笑みを浮かべて囁き合った。