Tsumi Kake Tensei Ryoushu no Kaikaku
Episode Eight: Time for Work and Preparation for Work.
冬晴れの空から日が射し込む屋敷の裏庭にソラとラゼットがいた。
天気が良いとはいっても季節は冬、厚着しても寒さを感じる気温である。
「調子に乗りすぎたか」
ソラは容器の中をのぞき込み、危機感のないのんびりした口調でそう言った。
準備を整えての初実験は望む結果を出せなかったらしいとラゼットは予想した。
状況が分からない彼女には作り過ぎた事による弊害が予想できないが、ソラの表情からして碌な事にはならないと悟ってはいる。
「ソラ様、空気だけで酔っぱらいましたか?」
ラゼットが指摘する通り、ソラは酔っ払いのようなにやけ顔をしている。悪魔でももう少し優しく笑うだろう。
ソラのやった実験は酒を熱してアルコール度数を高める方法、つまりは蒸留だ。
外であるため幾らかましだが、周囲にはアルコールの匂いが漂っている。
「どうしようかな。お父様に飲ませて急性アルコール中毒ってのも乙だが」
「何か物騒なこと言いませんでしたか?」
地面に座り込んで独り言を呟くソラ。その手は容器を大事そうに抱えつつも中身を揺らして楽しんでいる。
まるで新しい玩具を手に入れた子供のようだ。どうやって遊ぼうかと、心の声が聞こえてくる。
ソラの年齢を考えれば豚領主を暗殺しても後見人がやってくるのがオチなので、急性アルコール中毒で始末する計画は封印する。
「ソラ様、そのきつそうなお酒はどう使うんですか?」
「燃やす。派手に」
にやけながらソラが答える。まったく説明になっていない。
ラゼットはソラの横から容器の中を見る。どんな物が出来ているのか、それだけでも確認しようと思ったのだ。
中にあったのはアルコール度数七十パーセントを超える酒だ。
「さて、ここで実験するのは危ないが、どうしたものか。もっと度数あげるか」
立ち上がったソラは中身が入っていないガラス瓶を持ってきて容器の近くに置いた。彼にはすこし重かったらしく腕を振って疲れを払っている。
ガラス瓶は昨晩、豚領主の歓迎会で出された酒が入っていた。空き瓶は十本ほどある。明日にはさらに数本追加されるだろう。
「後は紙だな。布でも良いか」
ソラがガラス瓶の口を見つめてぶつぶつと言うのをラゼットは聞き流した。
何を考えているか知らないが、理解できそうもないので端から無視の構えである。
「紙は高いから布だな。ラゼット、布は余ってたか?」
ソラが聞いたのは去年かき集めた古着からとった布の余りについてだ。
浮浪児の服に仕立て直したので残っていない事をラゼットは告げる。
「材木問屋か加工所に行って柏の樹皮を貰ってくるか」
柏はクラインセルト領の内陸部に生えている。黒松と同様に塩害に強い木であるが、内陸部でしか育てていない。出回る量も必然的に少なくなる。
「いま私が動くと教会に気取られますよ?」
ラゼットが塀を指差して言う。
ガイストが現れてからと言うもの、監視が始終付きまとってくるのでラゼットも辟易していた。
「それは大丈夫だ。実験できないのが辛いが、まぁ仕方ない。派手さが必要だしな」
「こんなお酒でどうするつもりですか?」
今回の目的は子供達を合流地点から逃がして保護するために必要な道具作りだと聞いている。
きついだけの酒で何をするつもりなのかとラゼットは怪しんでいるのだ。教会の人間を酔っ払わせるくらいしか使い方を思い付かない。
「その説明をする前に一人仲間を増やす」
そんなに都合良く仲間になる人が居るものだろうかとラゼットが疑問を言うより早く、とある人物がソラを呼びに来た。
「ソラ様、お昼が出来ましたよ」
要領悪く生きていることに定評のあるコックである。ラゼットが不安そうな面持ちでソラを見た。
「昼飯の前にちょっとお話しようか」
ソラが邪気のない風を装いながらコックに声をかける。
物珍しそうに蒸留酒に注目していたコックが人懐っこい笑顔で返事をする。
「何ですか? 何か食べたい物がありますか? 脂の乗った秋刀魚が手には入ってますよ。焼きますか?」
「おぉ、秋刀魚! 目黒か?」
「はい。秋刀魚の目は黒いですよ」
「秋刀魚はやはり目黒に限るな」
「先日の目が赤い珍しい秋刀魚はあまり美味しくありませんでしたしね」
呆れ顔のラゼットは秋刀魚で盛り上がり始めた主人の肩に手を置き、本題を思い出させる。
「おっと、秋刀魚は後だ。コルに少し手伝って欲しいことがある」
コルと呼ばれたコックは手伝いの内容を聞きもせずに二つ返事で了承した。
「それで、何をすればいいんですか?」
「ちょっとばかり教会の馬鹿司教にだまし討ちを食らわせる」
コルの笑顔が凍り付いた瞬間だった。
教会を相手に喧嘩をふっかけたなら街をまともに歩けなくなる。
教会は同じ信者ではない事を理由に襲いかかってくることはない。しかし、教会の信者が害されたならば襲いかかってくる。
「コルは教会信者ではないし、仲間にしても問題はないからな。あぁ断ってもいいぞ」
「それなら遠慮させてもら──」
「お父様の口に合う料理は作れるのか?」
断ったら豚親父からかばわないと言外に含めつつ、ソラが小悪魔的な微笑で問う。
断りの言葉を慌てて飲み込んだコルがむせる。
「安心しろ。教会そのものを敵に回す訳じゃない。教会の教えを食い物にしている不届き者の化けの皮を剥がしてやるだけだ。街を歩けなくなったりはしないさ」
ソラが続けるとコルがあからさまに安堵した。
豚領主が帰って来ている今、ソラの機嫌を損ねるのは最後の命綱が断ち切られるのに等しいのだ。ソラの頼みは断れない。
「それじゃあ、作戦を説明しようか」