Tsumi Kake Tensei Ryoushu no Kaikaku

Lesson Two: The Pioneer of Reconstruction

ここ数日、ソラはゴージュと訓練していた。

訓練後、泥だらけになったソラは、ラゼットによって風呂場へと放り込まれる。この流れも日常と化してきた。

「昨日も言いましたけど、洗う方の身にもなって下さいよ」

泥にまみれた服を手にラゼットがぼやく。

ソラは聞こえない振りをした。

体を洗い終え、タオルで頭を拭きながら、執務室に入る。

ソラ達が住むこの建物は逃げ出した町官吏の物だが、今は間に合わせの領主館として活用している。

かなり酷く壊されていたため、未だに改装が済んではいない。部屋も足りておらず、火炎隊士などは広間に雑魚寝している有様だ。

それでも執務室や応接室などは優先的に整えてある。最低限の機能は備えていた。

執務室には机と椅子、書類を収める棚があるだけで、飾り気は皆無だ。

財政に余裕があるとは言えないものの、せめて応接室には美術品を置いておきたい、とソラは常々思う。

貴族風の見栄も使う機会はあるものだ。ソラはこの一年で実感した。

ソラは現在、領主館の建設を急がせている。後数日で完成に漕ぎ着ける領主館の設計思想には、貴族風の見栄もしっかりと組み込まれていた。

執務机に置かれていた書類束を手に取って見ると、疫病の発生が報告されていた。

「……隣村でも出たのか」

ソラは椅子に腰を下ろし、壁に張り付けてある子爵領の大ざっぱな地図を見る。

現在、子爵領へは伯爵領からの難民流入が始まっていた。

難民が増加すれば、治安や衛生環境が悪化する。着の身着のままで駆け込んで来る者が多いため、財政への影響も馬鹿にならない。

疫病を防ぐための対策も、蒸留酒によるアルコール消毒やうがい手洗いの徹底などで取り組んでいる。

「発生した以上は仕方ありません。栄養状態が悪いのですから、避けられるものではありませんよ」

意見を述べながら、ラゼットは陶器のカップに白湯を注ぐ。

最近、ソラは手足に冷感を覚えていた。生まれ変わる前は冷え症と縁遠かったので、初めての感覚である。

カップで手を暖め、報告書をめくろうとした時、執務室の扉が叩かれた。

入室を許可すると、メイド服を着たリュリュが顔を覗かせた。豊かな胸が白いエプロンを持ち上げて、なかなか嬉しいことになっている。

「リュリュか。最近はメイド服か白衣しか着てないな」

「ラゼット姉が人手不足だからって着せてくるんだ」

ソラが横目でラゼットを見ると、素早く目を逸らされた。

──リュリュに仕事を押しつけやがったな。

しかし、人手不足なのは事実だ。必要悪と割り切ってソラは静観を決めた。

「それで、どうした?」

「あぁ、お客さんだよ。ウッドドーラ商会長と例の村の村長、それとベルツェ侯爵様の使い」

「その取り合わせだと……薫製シラカバ材か。今すぐ会おう」

ソラは報告書を机に置いて、立ち上がった。

薫製シラカバ材は今や子爵領の重要な輸出品である。それに関わる来客を待たせる判断は得策ではない。

「毎度お世話になっております。クラインセルト子爵はまた背が伸びましたな」

恰幅の良いウッドドーラ商会長ツェンドは、出っ張った腹を揺らしながら朗らかに笑った。

ツェンドの馴れ馴れしい物言いに、隣に座る村長が冷や汗を浮かべている。

ベルツェ侯爵の使者が苦笑いしているからには、ベルツェ侯爵を相手にする時ですら、ツェンドはこの距離で接するのだろう。

言葉だけではいささか無礼だが、態度を上手くつくろえば意外と不快には感じないもの。ツェンドは良く心得ていた。

そこらの行商人とは格が違うらしい。

「本日は、こちらのお二人をクラインセルト子爵にご紹介したくて参りました。人の縁は財産です」

「まったくだな」

ソラはツェンドと目が合うと、どちらともなく商売人の笑みを浮かべた。

小綺麗な言葉だが、発言者が商人となれば意味が変わる類の言葉だからだ。利益になるなら親でも売り払う連中である。

「では、村長」

ツェンドがお勧めの商品を紹介するような声で、村長に水を向ける。

ほん一瞬だけ気味悪そうにツェンドを見た村長は、ソラに向き直り、立ち上がる。

そして、深々と頭を下げた。

「子爵様が取り付けて下さいました木材貿易で、村は救われました。本当にありがとうございます」

珍しく照れたソラが顔を背けた。

ラゼットが微笑んでいるのを見つけて、困ったように顔の向きを変える。

ソラはごまかすようにわざとらしく咳払いすると、村長を座らせた。

「感謝はいらない。領主として当然の事だからな。それに別の村や町に先駆けて回復し始めたんだ。子爵領全体の復興に力を貸してもらう」

「もちろんです。村を挙げて可能な限りお手伝いいたしますとも」

「……言ったな?」

「──え?」

ソラがニヤリと笑った。

彼が右手を挙げると、ラゼットが素早く一枚の紙を渡す。

机の上にその紙を置いたソラは口を開く。

「ここ、クロスポートで水揚げされる海産物を村で薫製にした後、ベルツェ侯爵領へ輸出する。ツェンド、販路はあるか?」

「食品卸売りなら伝があります」

「よし、サンプルが完成したら、すぐに輸送を頼む事になる。人手不足で泣くなよ?」

「我が商会は優秀な人材が揃っておりますので、ご心配なく」

村長を置いてけぼりにして、瞬く間に話が進んでいく。

村に帰ったなら、昼夜を問わない薫製シラカバ材造りで、気が立っている村人に怒られることが確定した。

村長は力無く笑う。

「さて、随分と待たせてしまいましたが、こちらがベルツェ侯爵からの使者でして──」

一通り話を進めて満足したツェンドが、ベルツェ侯爵の使者を紹介する。

緊急の案件なら自分から話を始めるはず。そう考えて、後回しにしていたソラは使者と握手を交わして、話を聞いた。

「──つまり、シラカバ材だけでは職人を繋ぎ止める程の量を確保できない、と」

話を纏めたソラに、使者は頷いた。

職人が多すぎてシラカバ材だけでは供給が追いつかないのだ。

「そうは言っても、他に木材はない。そこでクラインセルト子爵のお力をお借りしたいのです」

使者が本題を切り出した。

ソラは目を細めて続きを促す。

「具体的には?」

「子爵領の復興を手伝うため、という名目で職人達を派遣します。時世は変わりましたから」

ソラは今や実質的に子爵領の全権を握る中立派貴族、教会派と魔法使い派の争点である。

強く批判する者は逆派閥からの総攻撃に遭いかねない。

ソラと親しい事が周知であるベルツェ侯爵だからこそ可能な荒技だった。

ベルツェ侯爵の策を気に入ったソラは、足を組んで考える素振りをする。

「職人の派遣は助かる。少々、こき使う事になるから食事が問題だが……」

ソラはそう言いながら、使者を流し見る。

使者は苦笑して、一枚の羊皮紙を取り出した。

「こちらで食料品を用意します。元々、職人への保障が出来ない故の代替案ですから、クラインセルト子爵に可能な限りご迷惑をお掛けしないよう、配慮いたします」

ソラは楽しげに忍び笑う。

その程度の要求は想定内だと笑うベルツェ侯爵を幻視したのだ。

無事に取引が成立しそうな雰囲気に、使者は内心ほっとした。

ソラ卿はとんだ食わせ者だ、とベルツェ侯爵から脅されていた。

そして、彼はこうも言われていた。

安心するのは子爵領を出てからだ、と。

ソラの瞳に獲物を狙う猛禽の輝きが宿る。

幼い子爵は友好的な笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。

「ところで──」