Tsumi Kake Tensei Ryoushu no Kaikaku
Episode 5 Reasons for Calling
シドルバー伯爵は老齢の中立派貴族である。
険しい山を多数抱える領地を持つ事と、何よりも声の大きさから“活火山”の異名が付けられた。
異名を決定付けた事件は、貫陣のトライネンが青年だった頃に起きた。
当時、伯爵位を継いだばかりだった活火山は、子爵に叙爵されたばかりのトライネンの家へ赴いた。
シドルバー伯爵家とトライネン伯爵家は、盛んな相互貿易を行う、付き合いの深い間柄である。
長男の子爵位叙爵を祝うパーティーに、シドルバー伯爵を呼ぶのは当然だった。
シドルバー伯爵も当日の朝はすこぶる機嫌が良かった。
パーティーの主役である青年を見るまでは……。
シドルバー伯爵は子爵になったばかりである貫陣のトライネンへ、ツカツカと歩み寄り、顔をのぞき込んだ。
スッと見定めるように眼を細めたシドルバー伯爵は、ただ一つ質問をした。
──笑わんのか、笑えんのか、どちらじゃ?
質問を受けてすぐ、貫陣は顔をこわばらせた。
答えが返ってくるより早く、貫陣に頭突きをかまして黙らせ、胸倉を掴み上げる。
制止しようとした周囲を一喝し、シドルバー伯爵は抵抗する貫陣の拳も意に介さず、別室へと引きずって行く。
貫陣の父親だけは一切口を挟まず、むしろ扉を開けて促した。
しばらくしてシドルバー伯爵は、敷地の外を通りがかった者が怯える程の怒気を込め、怒声を轟かせた。
両家の仲が悪化するのではないかと、周囲は気が気でなかった。
しかし、予想に反して、会場に帰ってきた貫陣は憑き物が落ちたような笑顔を振りまいたという。
ソラは活火山のエピソードを思い出しつつ、首を捻る。
──なんでチャフが孫なんだ?
シドルバー伯爵とチャフの間に血縁関係はない。
現トライネン伯爵の妻はとある侯爵家の出だ。
「ソラ殿、突然の事で驚いただろう?」
目頭を揉んでいたベルツェ侯爵が、ソラに向き直る。
ソラはどんな顔をして良いか分からず、愛想笑いをした。
「あの方がシドルバー伯爵ですね?」
「あぁ、あれが活火山だ。貫陣のトライネンが、第二の父、と慕う傑物でもある。滅多に人を誉めないのだが、ソラ殿は気に入られたらしい」
先の強烈な一幕のせいで、素直に喜べないソラだった。
「小狸、そろそろ座れ」
ソラの対面に座っていた国王が、顎で席を示す。
ソラが腰を下ろすと、国王は疲れたように肩を回した。
「シドルバーはああ見えて、人を見る目は確かだ。あいつがトライネンの息子を遠ざけたとなると……まだ早いという事だろうな」
国王はベルツェ侯爵へ確認するように見解を述べた。
ベルツェ侯爵も頷きを返す。
「では、ソラ殿にだけ話しましょう」
「そうしろ」
国王が許可を出すと、ベルツェ侯爵は呼び出した理由をソラに説明する。
「これは極秘事項なのだが、シドルバー伯爵領にて、新たな銀鉱山が発見された」
ソラは興味深そうに身を乗り出した。
──最近、銀が出回っている原因か。銀細工だけじゃなかったんだな。
詳しい状況次第では、一儲けして復興資金の足しに出来そうだ。
「埋蔵量は分かりますか?」
「それは分からん。しかし、鉱夫の勘では大きな物だろうとの事だ。見た所、精錬前にも関わらず、純度も極めて高いらしい」
ソラは小さく唸る。非常に羨ましい話だった。
──銀山があれば、貿易都市の創設メンバーも雇えるんだろうがな……。
人員不足が原因で頓挫している計画が一瞬頭をよぎった。
ソラは思考を切り替えるように頭を振り、ベルツェ侯爵に疑問をぶつける。
「私を呼んだ理由は、その新鉱山絡みですか?」
ベルツェ侯爵は隠し立てせず、素直に肯定した。
「実はな、この鉱山は、一晩経つと坑道の一部が水没するのだ」
地下水が侵入しており、採掘作業が滞っている。
極秘に進めているため、鉱夫も少なく、水の汲み出しが追いつかない状況だった。
ソラは頬を掻きつつ、首を傾げる。
──それで、なぜ俺が呼ばれるんだよ……。
ソラの戸惑いを感じ取って、ベルツェ侯爵は遠慮がちに口を開く。
「ソラ殿は奇抜な発明をするだろう。シラカバの加工法やら火炎瓶やら、妙に丈夫な木材。ソーラークッカーなる物もあったか。それを見込んで頼みたい」
「……坑道の排水道具を発明しろ、と?」
ソラが先回りして訊ねる。
ベルツェ侯爵は、ソラの視線を誘導するように国王を見た。
──陛下に紹介したから、断られると困るって事か。ズルいな。
国王にまで、期待を込めた視線で見つめられては、嫌と言えない。
──ベルツェ侯爵にも随分と世話になっているし、恩を返さないと罰が当たるか。
ソラは手を貸す事に決めて、脳裏で計画を組み立てる。
「……微力ながら、お手伝い致します」
ベルツェ侯爵がほっと息を吐いた。
ソラは微苦笑を浮かべつつ、再度、口を開く。
「ところで、幾つか確認してもよろしいですか?」
「構わんよ」
許しが出たため、ソラは詳細を訊ねていく。
鉱夫の人数、坑道の幅や高さと傾き、水没地点の水深から導き出される水の量など。
「──つまり、人力で汲み出すには、最低でも現在の五倍以上の人員が必要、と」
ソラはこめかみを押さえて思考する。
──水流がないから水車は使えないな。
安請け合いしなければ良かったと、僅かに後悔する。
しかし、後悔の時間は長くなかった。
──揚水設備なら水車にこだわる事もないか。
解決策を思い付きはしたものの、ソラには心配事の種があった。
現在、除け者になっているチャフの事だ。
この場でソラが一から万事解決してしまうと、チャフが落ち込むのではないかと考えたのだ。
せめて、事情の説明くらいはしてやりたい。
──シドルバー伯爵が鍛えてくるらしいし、様子を見てみるか。
鍛えられてもなお、機密を話すには値しないと判断されたなら、諦めることにしよう。
そう決めて、ソラは国王とベルツェ侯爵に申し出る。
「──数日、時間を頂きたいです」