Tsumi Kake Tensei Ryoushu no Kaikaku
Lesson 14: Three Fights
乾燥した空気が巻き上げる微細な砂に、ソラは目を細めた。
──あまり、良い天気じゃないな。
トライネン伯爵邸の馬場に、ソラは呼び出されていた。
目の前には芝生が広がっており、トライネン伯爵自慢の兵士達が馬を走らせている。
王都の真ん中にしては、随分と牧歌的な光景だった。
ソラは隣に立つトライネン伯爵にチラリと視線を投げる。
トライネン伯爵は兵達の馬術を険しい目つきで検分していた。
呼び出された理由はチャフの件だ。
王都に到着してからすでに三週間、トライネン伯爵もシドルバー伯爵から事情を聞いていたのだろう。
ソラが受け取ったトライネン伯爵からの手紙には、こう書いてあった。
「本日、我が屋敷の馬場にて、チャフとフェリクスによる三本勝負を行う。如何なる決着を迎えようとも、王都における勝負は最後とする。ソラ・クラインセルト子爵には見届け人となって頂きたい」
どうやら、ソラが決着を待っている事を察して、場を整えたらしい。
王都に到着してから三週間、ソラとしてもいい加減にケリを付けて貰いたいところだ。
既にシドルバー伯爵へ紹介する排水装置も試作品が完成しており、邪魔そうな顔をするサニアが泊まる宿の部屋に隠してある。
「……クラインセルト子爵、息子が迷惑をかけたな」
兵達へ向ける視線はそのままに、トライネン伯爵が謝罪した。
ソラは首を振って、微笑んだ。
「持ちつ持たれつ、ですよ。それにチャフの成長にも、欠かせない事です」
「……理解があって助かる」
トライネン伯爵は少々苦い顔をした。
トライネン伯爵もチャフと同じ悩みを抱えた事があった。歳もほとんど同じ、十五歳前後だ。
しかし、ソラは八歳にして既に答えを知っている。
何処でここまでの差が付いたのか、トライネン伯爵にはさっぱり分からなかった。
「おぉ、ソラ卿ではないか!」
背後から聞こえてきた大声に、ソラは顔を振り向ける。
シドルバー伯爵がチャフの首根っこを掴み、引きずって来る姿が見えた。
「ついさっきまで、サニアに稽古をつけてもらっておったんじゃ。いやはや、初めて見た時は小狸に騙されたかと思うたが、あの娘、なかなかやりよる。頼んで良かった」
シドルバー伯爵はチャフを解放すると、ソラに歩み寄る。
チャフはソラに身振りで、逃げろ、と伝える。
ソラは苦笑して、心配するな、と首を振った。
シドルバー伯爵はソラの横に立ち、馬場を見回した。
「フェリクスはまだ来とらんのか」
トライネン伯爵が頷いて、手近な兵士にフェリクスを呼びに行かせる。
ソラは二人の伯爵からそっと離れ、チャフに声をかけた。
「調子はどうだ?」
「好調ではある。掴めれば、片手で投げる事も出来るはずだ」
これで剣を手放さずに済む、とチャフは右の手を握り込んだ。
「今日こそは勝つ」
「勝った後はどうするんだ?」
ソラがさり気なく問いかける。
チャフは怪訝な顔をした。
「オレが勝ったなら、きちんと訓練させるだけだ」
いまさら何を聞くのか、と言いたげなチャフに、ソラは肩を竦めた。
──やっぱり、隠れて訓練している事は知らないのか。
「もうすぐ、時間みたいだな。格好いい所見せてくれよ」
馬場の端にフェリクスを見つけたため、ソラは会話を切り上げる。
チャフもフェリクスに気付き、視線が鋭くなった。
ソラはシドルバー伯爵とトライネン伯爵の間に入り込み、囁くように口を開く。
「……状況次第ですが、口を挟む事になるかもしれません」
二人の伯爵は揃ってため息を吐いた。
「世話の掛かる孫じゃ」
「苦労をかける」
シドルバー伯爵とトライネン伯爵がそれぞれ口にする。
ソラは苦笑で返し、フェリクス達に声をかけた。
「三本勝負を始めたい。双方、準備は良いか?」
フェリクスとチャフは無言のまま、木剣を構えた。
準備は整っているから早くしろ、という意味だろう。
ソラは刹那の間にチャフとフェリクスを観察する。
どちらも実用的な防具を身につけている。鎧は勿論、小手や兜も揃っている。
全力で打ち合えるように、というトライネン伯爵の配慮だろう。
チャフは常にも増して真面目な顔だ。
木剣の柄を短く持ち、片手でも安定するように工夫している。
重心もやや落としており、体全体の安定性を高めている。
剣による斬りから、徒手による投げに移っても、隙が生じ難くなるように考えたのだろう。
対して、フェリクスは体全体の重心がやや高い。
木剣も柄のギリギリを持ち、弾き飛ばせるものならやってみろとばかりにやや上段に構えている。
トライネン伯爵の前であるため、表情こそは真剣だが、態度で上手くチャフを馬鹿にしていた。
──演技力を買われて、悪役に選ばれたのか。つくづく不器用な奴だな。
ソラは心の中で同情した。
「先に二本取った方が勝ちだ。言うまでもないが、手を抜くなよ」
ソラは大きく息を吸い込み、声を張り上げる。
「一本目、始め!」
開始の合図と共にフェリクスが動いた。
滑るように距離を詰め、チャフの直前に到達するや否や、木剣を振り下ろす。
柄の持ち方が悪く、遠心力を大きく受けるが、巧緻な剣捌きで全てを威力に変換する。
迫り来る力強い振り下ろしは、チャフにも受け止め切れないだろう。
チャフが後ろに飛び退く。
フェリクスは振り下ろした勢いをそのままに、姿勢を低くした。
直後には、全身のバネを利用して、下から抉り上げるような突きを放つ。
流れるような一連の動作の見事さに、シドルバー伯爵が感心するように唸った。
チャフの胸を狙った突きは鋭い。
チャフは見極めながら、突き出される木剣の横腹に、自ら木剣を激突させる。
逸らしたと言うには余りにも乱暴な方法だ。
──余裕がないみたいだな。
ソラは勝負の趨勢を注視する。
武器を横合いに弾かれたフェリクスは、体の正面ががら空きだった。
チャフは一歩を踏み出し、フェリクスの胴に向けて横から剣を振り抜く。
胴にぶつかる寸前、フェリクスは体勢を整えつつ後退した。
まさに紙一重の回避だった。
しかし、この展開を予想していたように、チャフは次の動作へ移っていた。
未だに勢いを失わない木剣から、左手を離す。
全力を込めて大地を蹴り、フェリクスとの距離を即座にゼロにした。
自由になった左手をフェリクスの首元へ伸ばす。
フェリクスが上体を捻り、チャフに捕らわれまいと抵抗したが、中空を飛び裂くツバメのような左手からは逃れられない。
フェリクスの首元を掴み、チャフは更に前進する。
前進の勢いのみならず、体重までも利用された押し込みに、フェリクスの上半身が仰け反った。
フェリクスの隣まで走り込んだチャフは、トドメにフェリクスの足を刈る。
チャフが行った技は、力任せの強引な大外刈り。
足が宙へ浮いたフェリクスが、驚きに目を見張る。
直後、地面に叩きつけられた。
「──まずは技あり、か」
ソラは呟いた。
視線の先には、自分の左手を感慨深そうに見つめるチャフがいた。
投げた当人が一番驚いたらしい。
ソラは片手を挙げ、宣言する。
「チャフ、一本!」