Two as One Princesses

181. Alclay, the singer and the church

パーティ勧誘をにべもなく断ったところ、アルクレイは怒るようなことはなくなぜか呆けたような顔をする。

それならそれで、シエルに頼みごとをせずに乗り切れるしいいかと思って歩き出すと「お前、私の提案を断れると思っているのか!?」と声を荒げた。なるほど呆けていたのは断られると思っていなかったのかと納得はしたものの、面倒くさいなという気持ちが頭をもたげる。とりあえず、エインセルとしては初対面には違いないので「そもそも貴方は誰なんですか?」とぶっきらぼうに返した。

ベクトルが違うためこれが正確というわけではないけれど、フィイヤナミアの義娘という立場を除いても、A級ハンターのほうが嫡子でもない伯爵家の息子よりも立場は上だ。低く見積もっても同等はある。

だから客観的に見てわたしの発言は問題がなく、むしろアルクレイのほうが危ういことを言っている。とはいえ法律とか、権力でどうにかできるわけではなく、アルクレイの実家にハンター組合が抗議をいれるのが関の山だろうけど。

この辺りは慣例的な部分もあって判断が難しくはある。

それはそれとして、声も変えてエイルネージュにたどり着けないようにはしているものの、今後アルクレイに付きまとわれるのは困る。なにせエインセル(わたし)がハンター組合に顔を出すのはそこそこあるだろうし、その中でアルクレイに会う確率はそれなりにあるだろうから。

結局わたしたちは学園が休みの時くらいしかハンター組合に行かないだろうし、アルクレイもそのあたりは変わらない。だからここで何かしらの決着をつけられるのであれば、そうしてしまってあとは無関係でいたい。

だから逃げようと思えば逃げられるけれど、逃げていないわけだ。逃げるのはいつでもできるし。

「まさか学園生で知らないやつがいるとは思わなかったが、今回それは許してやろう。私はアルクレイ・トワイスエル。トワイスエル家くらい知ってるだろう?」

「トワイスエル伯爵家ですか……」

あたかも今知ったように返しておくけれど、アルクレイの言い分から察するに第一学園に通う生徒はハンターにはならないのか。第一学園は貴族しか行かない学園だし、当主にならないにしても騎士とか文官になる人が多いのだろう。どこぞの王子は第一学園でハンターやっていたような気がするけれど、むしろ彼は少数派なのかもしれない。

というか、ハンター組合に顔を出すということは、某王子とも顔を合わせる可能性があるということではないだろうか? そのあたりは姫様に確認しておこう。

「知っているのであれば話は早い。私のパーティに入れてやろう」

「お断りします」

「なぜだ!?」

「単純にランクさが大きいでしょうから。せめてB級ハンターでないとお受けできません」

「お前は何を言って……」

頭が追いついていないのか、理解はしているけれど認めたくないのかはかわからないけれど、無意味な言葉を繰り返そうとするアルクレイに、名前が見えないように気を付けてA級の証を見せる。

こうやって見せるのも癪だし、このカードも偽物だと騒がれる可能性もあるけれど、一応アルクレイも貴族の一員として教育を受けている以上、ハンター組合内で偽の証を見せることのリスクはわかってほしいし、そのリスクの大きさゆえにまずやらない――やる人もいるのだろうけど、常識的に――ことはわかってほしい。

「そういうわけで、これ以上わたしに話しかけないでください」

「待て、B級になれば良いんだな?」

「その時には、話くらいは聞きましょう」

「パーティに入ったらその仮面とフード外してもらうぞ」

なんかB級になる=わたしがパーティに入るみたいな図式が勝手に出来上がっているらしく、こちらの言葉を聞いてくれない。学園生の間にB級になるのは無理だろうし、学園が終わればわたしたちはこの国を出ていくだろうから、変に絡んでこなくなるのであればそんな認識で構わない。

それにしても証の真偽を疑わなかったな。それくらいには頭が回る子なのかもしれない。疑われても受付で聞けば嘘か本当かは教えてくれるだろうから、構わない……いや、ここにいるハンターたちにA級と広まりそうだから、話が早くて助かった。

「B級になるまで話しかけてこなければ、考えますよ」

「その言葉違えるなよ」

「わかりました。それでは」

依頼は受けていないけれど別に受ける必要はないし、さっさとハンター組合を出ることにした。

この後の予定がないけれど、ひとまず適当に人のいないところにいってからシエルと話をすることにする。

『そういえばどうしてアルクレイはおとなしくなったんでしょうね?』

『そうなのよ。せっかくエインに頼ってもらえると思ったのに。残念だったのよ』

『それは残念でしたね。ですが、本当にどうして……』

あんなに簡単に引き下がってくれたのだろうか。さっきは都合が良かったから考えなかったけれど、改めて考えると都合が良すぎるような気がする。

いつものパターンと違ったから、気になっているだけだろうか? アルクレイが変なことを考えているとかないだろうか?

たぶんわたし声を聞いて女だと気がついたから対応を変えたのだと思うのだけれど、まさか女の子に対する免疫がないのだろうか? 仮にも貴族の子息さすがにそんなことはないと思うのだけれど。でもベルティーナに対する対応がもしかしたら……?

わたしが瞑想しかけていると、シエルが不思議そうな声で『あら、エインは本当に気がついていなかったのね?』とつぶやいた。

『シエルは理由がわかるんですか?』

『詳しいところはわからないけれど、何となくはわかるわ』

『どうしてですか?』

『確認なのだけれど、私の動きは人目をひくのよね?』

『そうだと思います。わたしの目から見ても、シエルの所作はきれいだと思いますから』

シエルの所作については今更というか、少しの教育で王族にも劣らないものをものにしたのだから人目は引くだろう。とはいえ、わたしはすでにシエルに魅せられているものだから、他の人にどの程度シエルの動きが綺麗に見えているのかはわからない。だって、シエルの所作が一番綺麗だと思うから。

まあ、客観視できていない自覚はあるから、なにが「わたしの目から見ても」七日わからないけど。

『それは私が舞姫だからと言うのがあるわよね?』

『そうですね。わたしはシエルの動きを真似できませんし』

『だとしたら、エインの声だって人を引きつけてもおかしくはないと思うのよ』

シエルの言葉にはっとする。確かに舞姫の効果――副次的なものだと思うが――がその所作にまで及ぶのであれば、わたしの声に歌姫のソレが影響されていてもおかしくはない。実際わたしはわたし(エイルネージュ)だとバレない程度には声を変えることができる。

今までシエルの所作ほど効果が見えなかったのは、わたしの歌姫の熟練度がシエルの舞姫に及んでいなかったためか、意図して声を変えて話す機会がここにくるまでに少なかったからか。たぶん後者なんじゃないかなと思う。

もしかしてすんなりA級だと信じてもらえたのも、そのあたりが理由だったりするのだろうか?

『でもわたしにはわからないのよね?』

『そうですか? 言われてみるとわたしもシエルがいっていたとおりだと思うのですが』

『だって私には、エインの声はずっと魅力的なんだもの。だからエインの声を聞いて聞きほれない理由がわからないのよ。そういう意味だとアルクレイは少し見所があるというものね!』

似たようなことを思っていたわたしが言うことではないけれど、そんな風に言われるとくすぐったいというか、どんな顔をして良いかわからないと言うか――今はわたしが表にでているせいでもにょもにょと口を動かしているのがシエルに丸わかりだろうことがさらに恥ずかしいというか。『あら、何回だっていってあげるのよ?』といってくるあたり、もうシエルにはお見通しなんだろうなと言うか……。

仕方がないのでこれ以上いじられないうちに話を変えることにする。でもその前にシエルに対して『シエルの所作だってそうですよ』と伝えておくことにした。

言わないと伝わらないことも少なくないから。これで反撃、となれば少しは状況が変わったかもしれないけれど、シエルは『嬉しいわ、嬉しいのよ!』と喜ぶばかりなので、やはり話を変えることにする。

『ところで依頼をうけられませんでしたが、これからどうしましょうか?』

『それは困ったことなのよね。今日はエインが依頼をこなすのにつきあうつもりだったもの。早くても夕方までは壁の外にでていると思ったのだけれど。エインは今から何かやりたいことがあるかしら?』

『そうですね……』

シエルに問われて考える。実は先送りにしていたというか、気持ち的に放っておきたかったというか、でも行っておいた方がいいんだろうなと思う場所がある。

記憶が正しければ、ここの王都にもあるはずなのだけれど、気持ち的なもん題意外にも懸念点が存在する。

『一度、神殿に行っておいた方が良いかなとは思っています。創造神様に聞いておきたいことが無いわけでもないですから』

『そういえば、行ったことがないわね。フィイの邸が神殿の役割もあったはずだから、全くないとは言えないかもしれないけれど、教会も行ったことがないわ』

『あまり行きたくありませんでしたからね。それにまた創造神様のところに呼ばれたらどれくらいで戻ってこられるかがわからないんですよ』

『せっかくだからどちらも行ってみてはどうかしら? エインが今まで行きたがらなかった理由がわからないわけではないけれど、今なら大丈夫だと思うのよ』

確かに教会に近づきたくなかったのは、教会が歌姫を敵視している可能性が高いと思っていたから。それがバレることがあれば、捕まるか、殺されるか……どちらにしてもろくなことにはならないかなと思ったから。それに教会ならば、職業を見分ける魔道具もあるだろうし、警戒しておくに越したことがないと思っていたから。

わたしは歌姫なのは変わらないけれど、仮に歌姫だとバレても捕まるつもりも殺されるつもりもなく、何よりフィイ母様の義娘たるわたしたちに教会が手を出してくるとは思えない。

母様との関係を伝えるのは最終手段になるかもしれないが、とりあえずエストークで活動していた頃と比べると後ろ盾もわたしたちの実力も大きく変わった。だからもう大丈夫だろうというシエルの考えは正しいと思う。

『パルラやベルティーナが怪我をしたときに連れて行くことがあるかもしれませんし、行ってみましょうか。神殿は……』

『神託をくれないかしらね?』

『くれそうな気がしますね』

わたしが治療を行うという方法も無くはないけれど、歌姫だと伝える気もないし、今後何かないとも限らない。もしかしたら休日なんかにハンターとしてパーティを君で欲しいと言われるかもしれないし、そうなったときに絶対に怪我しないとは言えない。魔物は前もって近くできても、事故には対処できないし。

神殿で創造神様に会うのも、確かに聞けば神託をくれそうな気がする。前回はわたしの精神状態のせいで3日もかかったみたいなところあるし、今回は数時間とかで帰ってこられるかもしれない。

ともあれシエルの提案通り、まずは教会から行ってみることにした。

こちらの世界に来て――シエルの元にやってきて約13年。初めて教会関係の施設に向かう。

いつ聞いたのかも忘れてしまったけれど、この世界には創造神様とは別に何柱も神様がいて、教会が祀っているのはその中の一柱。愛の神アーシャロース。唯一人に神託を授けてくれる女神様。創造神様も神託をくれたけど、唯一人に神託をくれるのはアーシャロースだけ。つまりわたしは人ではなかった……!? いや、当時でも十分の一くらい神様だったので、人と言っていいのか謎ではあるが。

アーシャロースと創造神様を除いたその他の神様と、わたしとの関係はよくわからない。中途半端な神であるわたしよりも上かもしれないし、最高神たる創造神様の子供のようなものであるわたしの方が上の可能性もある。そのあたりも改めて創造神様に聞いておきたい。

この王都には教会も神殿もあるわけだけれど、教会は誰でもいけるけれど、神殿は基本教会関係者しかいかない。神殿は教会関係者以外も入れるけれど入るにはお金が必要だし、一般人には行く意味はない。

まあ、ともかく教会に入ってみることにしよう。ぱっと見お城に見えなくもない、なんだかお金がかかっていそうな教会へ。